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【保】それでも、いつかは……信じたい − 旧・小説投稿所A

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【保】それでも、いつかは……信じたい

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(プロローグ)


中央大陸『エンチェルティア』の北の端、大陸から突き出たように伸びている半島。
土地の殆どが背の高い山脈で連なり、極寒の大陸『レイガランスト』にほど近い位置にそこはあった。

大地は長年の内に凍り付き、雪が降り積もった不毛な寒冷地。
レイガランストには及ばないものの、常に氷点下を下回る厳しい寒さに一年中覆われ、
食料を確保するにも一苦労する。

そんな不毛な地に人々は町を造りあげた。
町の住人は多くはないが、人間に獣人……お互いが敵視しあう彼らでもこの地では手を取り合った。
決して諍いが無かったわけではない。
単に手を取り合わなければお互い生きていけなかっただけ。

彼らは身を寄せ合い、お互いの特技を生かしながら長い月日をかけて町を大きくしていった。

他の地域では見られない人間と獣人が諍い無く平穏に暮らす町。
今ではちょっとした特産物で有名となったこの町は、地図にこう記されている。


『毛皮の町・リィンウィルタ』


その名が冠するとおり、此処で作られる毛皮は名品と知られており、
毛皮を生産する職人達と毛皮を買い付けに来た商人達が、日々逞しく交渉を続ける賑わいに包まれていた。
多種多様に渡り売り買いされる毛皮の中には、貴重な品も珍しくない。

その中で特に一級の品と言われているのが『スノードラゴンの毛皮』である。
他の毛皮と一線を画したこの一品は、数が少なく非常に高値で取引されていた。

ただ、とても悲しい歴史がこの毛皮にはあった。
それは毛皮が出回り始めた十年前のこと……



リィンウィルタから更に北へと進んだ場所にそびえ立つ巨大な山脈。

人間がこの土地に町を構える以前から、その土地に住んでいる先住民達がいた。
それが『スノードラゴン』である。
彼らが発見されたのは、最近のこと……町と同じ名前を頂いたリィンウィルタ雪山は、
その標高の高さ、ほぼ毎日吹き荒れる吹雪によって閉ざされ、外界からの接触を拒んできた。


長年不可侵が続いてきたそれを破ったのは、一人の竜研究の博士。


その筋ではかなり有名な人物であり、竜研究の権威として名を博していたのだが、
当時はすでに初老を迎えて、その名声も徐々に薄れつつあった。
そんな博士がまさか単独で雪山を踏破しようとは、彼の周囲にいる者でさえその唐突な行動に驚かされた。

とくに同業者の中には失笑する声も少なくなく。

『年甲斐もない』『ただの人気取りだ』『道楽で山登りとはいい身分だ』

……などと、こういった陰口があったのも事実である。

しかし、博士はそのような声など聞こえてないかのように、何度も雪山に通い続けた。

時は流れて数ヶ月後……
雪山に通い続けた博士が書き上げた論文によって、人々は再び驚かされることとなる。
新たな種として、『スノードラゴン』の事が記載されていたのだ。

今までいるとは考えられていなかった場所での竜の発見により、資料が学会に発表されると、
学会はにわかに活気を帯びた。

こうしてスノードラゴンは新たな種の竜として、広く認知されることとなったのである。


それが……スノードラゴンたちの不運に繋がってしまう。


博士の書いた資料にはこうあった。

『背や顔にかけて白藍、腹部周辺は白の体毛に包まれている。
 それらは高い保温性を持っており、雪山、氷原とうに生息する有毛の竜達特有の特徴である。
 観察中……一度だけ、彼らの体に接触する機会があった。
 
 彼らの体毛は触ってみると、非常に暖かく、強度にも秀でていた。
 雪山での散策中にかき集めた抜け毛で作った毛皮は、雪山での行動を助ける優秀な防寒具となり、
 コレがなければ、研究資料を纏めるのが非常に難しかったであろう』

数百枚に及ぶ、スノードラゴンたちの生態の資料の中で、抜粋されたこの文章。


人は金が絡むと非常に目ざとい時がある種族である。

優秀な防寒具……資料を読みそれを認めたある人種が動き出した。
彼らは主に『密猟者』と言われ、総じて欲深い。
非合法に世界中で高値の生き物を狩り、素材を売りさばく、法の外で生きる者達。



我先にと雪山へと足を踏み入れた彼らが行ったこと、
それは俗に言う『竜狩り』



強大な力を持つ竜も彼らから見れば、大金を生む道具でしかないのだ。

そんな彼らにスノードラゴンの牙の洗礼が待ち受けていた。

『スノードラゴン』……名の冠するとおり、彼らは竜であり、地竜を代表する種族。
空こそ飛べないが、すべからく強靱な生命力、巨躯を誇っており、人々から畏怖される存在なのだ。
自分たちの領域を侵されたのなら、彼らも牙を剥き襲い掛かかるのも躊躇しない。
密猟者達の多くが単独行動を好むこともあり、それが結果として仇となる。

彼らは次々とスノードラゴン達の胃袋に収まり、多数の犠牲者が行方不明となっていった。


しかし、欲深さが最大の武器である密猟者達は諦める様子を見せない。

彼らの中のベテラン達は待っていたのだ。
未熟な密猟者達が鉄砲玉となり、狩るのに必要な情報が彼らの情報網に蓄積されるのを……

十分に準備を整えたベテランの密猟者は手段を選ばない。

一人で無理なら必ず仲間を集い、力が及ばないのなら罠や魔法を駆使する。
それらの連携は巧みに竜の隙をついた。
群れをなさないスノードラゴンを狩ることなど、造作も無いぐらいに。

出回りだした竜の毛皮は高値で売り買いされ、物珍しさも手伝い多くの者が買い求めたという。
需要と供給がさらなる密猟者を呼び寄せるという循環が生まれてしまう。

もはや彼らには遠慮という言葉はない。

日を追う事にスノードラゴン達は、一頭また一頭と打ち倒され、
その数を減らし……悲鳴をあげて雪山に散っていった。



この竜狩りを止めたのも、あの竜研究の博士であった。

この状況に責任を感じた博士が、再びこの雪山に訪れた時に言い残した言葉。

『彼らを死に追いやった、その責任を儂は取りに来た』

博士が何をするために雪山に訪れたのか、誰にも分からない。
たった一人で山を登り、数日後に下山した博士の片腕が無かったという事実を除いて……

このことに関しては博士が頑なに口を噤み、誰一人として事の真相を知る者はいなかった。

その後の博士は学会に働きかけ、彼らを守るための法の整備を国に求めた。
自分のまとめ上げた論文を、回りの制止も聞かずに破棄してまで、彼らの保護を求めたのである。
博士の言葉は国には届かなかった。
だが、地方を纏める領主を動かすことには成功した。

領主が動いたことにより、博士の言葉は国民の噂となって少しずつ広がりを見せていった。
たった一人の博士の言葉から始まった活動が、
最後には国中の国民を動かし、国を動かす事に繋がる奇跡の結果を生む。

僅か数ヶ月で法が作られ、密漁を取り締まる兵士達が町に駐留することになった。



それから十数年の月日が流れ……
施行された法は概ね良い方向に状況を傾けてくれていた。

密輸に対する取り締まりは段階を分けて強化され、非合法な品は市場から姿を消しており、
一時期賑わいを見せていたスノードラゴンの毛皮ブームも、
希少価値による値段の高騰が崩壊を始めたことから、以前ほどの人気が見られなくなった。

ただ需要が消滅したわけではなく、買い求める客も少なからずいる。
その場合、質は落ちるものの、雪山で見つかる彼らの抜け毛を集めて作られた人工的な毛皮が、
唯一合法な品として扱われ売り買いされた。

質の落ちた人工的な毛皮とはいえ、本物に迫る暖かさが有り、それなりの人気を博すこととなる。
やはり優秀な防寒具は寒冷地において必需品であることには間違いない。


こうした決して忘れてはいけないスノードラゴン達の不幸な犠牲によって、
現在の毛皮の町・リィンウィルタがあるのだ。




そんなある日のこと。
一人の人間がリィンウィルタの町を訪れた。

町でよく見る商人ではなく、どちらかというと風来坊な旅人のような姿をした男性。
彼は町の中を歩き回ると、見つけた一軒の酒場に足を運びこう言った。

『この辺りで、一番雪山に詳しいのは誰なんだ?』

男の声は騒がしい酒場の喧騒の中で、ハッキリと響いた。

深々とフードを被り、厚着のコートを身に纏った旅人の様相の怪しさに、酒場は静まりかえり、
酒場の店主が何かをその旅人に語りかける。
旅人は店主の話が終わると、簡単に礼を言い酒場を立ち去った。

暫くして再び酒場に活気が戻る。


酒場の外に出た、旅人の視線は雪山に向けられ、酒場に入る前に壁に立てかけておいた荷物を背負い直し、
降り注ぐ雪と夜の闇に紛れ……町の中へと消えた。


<2011/06/10 21:38 F>消しゴム
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