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【保】それでも、いつかは……信じたい − 旧・小説投稿所A

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【保】それでも、いつかは……信じたい

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まるでベットの中で暖かな布団を被り、眠っているかのような心地よさ……
気持ちよさでゆっくりと身も心も溶かされてゆく感覚。

そんな快楽を伴った夢心地の中にいた密猟者は突然、現実に引き戻された。

「……うっ…………ぐっ」

安らぎの伴った暖かさは消え失せ、身を切り裂くような寒さが体を凍てつかせ思わず体を丸める。
防寒の魔術がかかった防具が、密猟者の体から一つ残らず消え失せていた。

寒さからの守りを失った体には、この冷気を耐えろなどとは酷なこと。

それでも強靱な体力を誇る密猟者は、立ち上がり……イヤにべと付く体を手で拭い払う。
粘液質なそれは恐らくスノードラゴンの……

「ぐへぇ……ヌメヌメしてやがる」

イヤなことを想像し顔を歪ませている。
特に耳回りが気になるのか密猟者は、その辺りを念入りに拭い取っていた。
その耳に……ここ数日の間に聞き慣れた青年の声が触れる。

「やはり貴方も……来てしまったんですね」

いつの間にか密猟者の背後に、あの青年が立ち尽くしていた。
もの悲しそうな表情を浮かべて……

それに驚き密猟者が振り返ったときには、青年の表情は元に戻っていた。
見知った顔の登場に密猟者の表情に安堵が浮かぶ。

それも直ぐに困惑へと変わった。

「お前が……俺を……助けてくれたのか?」
「いえ……ですか、これで分かったはず、彼らを狩るのは諦めてください」

淡々と言葉を並べる青年に対し、密猟者は鋭い目つきを向け腰を屈める。
青年を敵として見定め、何時でも動ける体勢を取ったのだ。

「俺の目的……知っていたのか?」
「ええ、貴方のような人は何人も見てきましたから……」
「……そうか、なら話は早い」

言葉の牽制、低く抑えられた声には威圧感がある。

さらに密猟者は相手の動きに注意を払いつつ、少しだけ体を動かす。
手の動き、足の動き、指先の感覚……それら一つ一つ自分の体の動きを確かめていった。

感覚が僅かに鈍い……しかし、まだ許容範囲内。
今の状態でも目の前の青年を取り押さえるぐらいは容易い……と判断する。

「また、頼み事ですか……?」
「その通り……頼み事がある、聞いてもらえるかな?」

会話をしながら青年を中心にして円を描くように歩き、隙を伺う密猟者。
何処をどう見ても、彼には隙だらけにしか見えない。

だが、警戒を解くつもりはなかった。
ましてや……ここまで得体の知れない者を相手するなど初めてである。
初めて会ってから感じていた得体の知れなさ……

その正体が今ようやく密猟者にも理解できた。


感情が乏しすぎるのだ……人間としての……


それが違和感となって、密猟者は得体の知れなさを感じ取っていたのだ。

だが、青年にまったく感情が無いわけではない。
密猟者は何度か青年が笑ったりと、幾つかの感情の変化を見てきた。
しかし、それらに人間らしさというものがあまり感じられない。

「断ると行っても……聞いてはもらえませんよね」
「ああ……是非とも協力してもらいたい。俺の目的のために!」

この会話の最中もそうだった。
密猟者は青年から恐怖という感情が殆ど感じることが出来ない。

本心を言えば、密猟者はこのまま協力を頼んで良いのかと迷った。
だが、彼にはもはや時間がないのだ。
受けた依頼を達成するには、今日中にスノードラゴンを狩らねばならない。
しかし、このまま挑んでも同じ轍をふむのが落ち……

そうなるとやはりこの青年の力が密猟者には必要であった。

「もしも……拒否するのなら無理矢理にでもっ!」
「そんな物まで……」
「ふふふ、依頼主がくれたとっておきだ」

何処に隠していたのか……素早く密猟者は隠し持っていた武器を青年に突きつける。
大きさは腕の長さと同じぐらい、黒光りする鋼で作られたそれは……

『銃』

魔法技術が発達し、変わりに科学技術の進み具合が遅れているこの世界において、
それはまだ登場したばかりの希少な武器であった。

青年は突きつけられた黒光りする筒を見つめ、変わらず淡々と呟やいた。

「……しょうがないですね」
「そう、素直に協力してくれるのなら、こんなもの使わずに済むんだ」

密猟者も青年を撃ちたくはなかった。
恩義を感じているわけではなく、単に銃の弾は自前で補充しなければならないからだ。
一発の値段は高くはないが安くもない。

密猟者も人間、得たいの知れない青年に全くの恩義を感じてないわけではないが、
それでも自分の欲のためなら、金のためなら情など捨てられる。

「それじゃ、案内して貰おうか彼奴らがいるところへ」
「ふぅ……付いてきてください」

ため息を吐き出し、青年は密猟者を連れて歩き出す。
背後には逃げられるのを防ぐため、絶えず銃が突きつけられていた。


          ※  ※  ※  ※


「おい……まだなのか?!」
「……あまり騒がないでください、もうすぐですよ」
「くっ! そろそろ夜が明けちまうぜ……」

青年の案内を受け山を登り、彼らはすでに中腹を越え、さらに山頂近くへと近づいていた。
イヤな感じの風が山頂付近に吹き荒れていて、もうすぐ吹雪になりそうである。

防寒の術を失っていた密猟者は、いくらか青年の身につけていた防寒具を奪い取り、
それを身につけ寒さを何とか凌いでいたが、迫る吹雪の気配、未だ見つからないスノードラゴンの姿に、
苛立ちを隠しきれず、時折こうして青年に当たり散らし先を急がせていた。

それに密猟者にはどうしても青年に対する不信感が拭えなかった。

(……コイツ、本当に案内する気があるのか?)

眼を細め前を歩く青年の姿を疑う密猟者……時間が立つにつれてその思いは強くなってきている。

無理矢理協力させている以上、青年が非協力的な行動にでる事については想定内だが、
コレまでの様子からはそのような振りは見受けられない。
それがますます密猟者の猜疑心を生んだ。
必然的に銃を握りしめる手に力が入り、手が汗ばんでしまう。

(……もしかして、俺を罠にはめるつもりかもな)

此処は密猟者も把握できていない雪山の山頂付近、もし何か罠を仕掛けるつもりなら此処しかないだろう。
ただの素人にそんなことが出来るはずがないと密猟者も思う……だが、

この青年になら……

圧倒的な優位にいても、どうしてもそう思ってしまうのだ。
そう相手に思わせてしまうだけの雰囲気が、この不思議な青年にはある。


(まぁ、いざとなったらコイツを竜の前に突き出して、そのまま逃げれば良いか)


最終的に行き着いた答えで、密猟者は自分を納得させた。
ゆっくりと息を吐き出し、汗ばんだ手が冷気によって、握りしめたまま銃器に張り付かないように動かす。





その気が抜けた合間をついて、青年が密猟者に声をかけた。

「何故……貴方はスノードラゴンを狩るつもりなのですか?」
「……教える理由はない」

僅かに動揺して心を押し殺し、密猟者は素っ気なく答えた。

「お金のため……貴方にとって彼らはお金を生む道具でしかないのですか?」
「……しつこいぞっ!」

此方の意志を無視して話を続ける青年の背中を、密猟者は苛立った声と共に銃口で突き上げた。
さすがの青年も衝撃で踏鞴を踏む。

「……乱暴な」
「お前はいわれたとおり案内してれば良いんだよっ!」

いわれたことは正解だがイヤに腹が立った、その理由は彼には分からない。
ただただ声を荒げ青年にそれを悟られまいとするかのように、密猟者には声を荒げるしかなかった。

「…………」

その強い口調に押されたのか、青年も押し黙る。

「……行け!」
「……はい」

短く威圧的な言葉に青年は従順に頷き、再び密猟者の前を歩き出した。

それから二人の間には一切の会話は途切れ、密猟者と青年はひたすら山を登ってゆくことになる。
吹雪の前触れ……強い風が少しずつ吹き始めていた。

少しずつ……次第に強さを増してゆく風、それが吹雪へと転じるまでさほど時間はかかりはしなかった。
突風で彼らの周囲が真っ白に染まり、数メートルの視界すら確保できない。
ましてや頂上付近、密猟者が行き倒れた時以上の吹雪が吹き荒れる。

寒さは尋常ではなく、青年から奪い取ったスノードラゴンの毛皮で作られた防寒具でさえ意味をなさない。

「……ぐぅっ! 本当にこっちで大丈夫なんだろなっ!!」

たまりかねた密猟者は吹き付ける吹雪から顔を隠し、大声を張り上げた。
しかし……青年の返事は返ってこない。

それに密猟者は怪訝に思ったが、前を向くことが出来ず、青年が何処にいるかを確かめることが出来なかった。


……ガッ!


「なっ! ぐふっ!」

何か固いものを蹴りつけ、つんのめった密猟者はまともに横転する。
倒れた先の積雪は意外と固く、かなりの痛みと衝撃で密猟者はゴロゴロと雪の中を転がり落ちていった。

その後、ようやく止まったときには自分が何処にいるのか、どっちを向いているのかすら、
判断もつかない状況に密猟者は陥ってしまう。
確実に青年と離ればなれになり、再び密猟者は雪山の中で一人っきり……
辛うじて切り札である銃だけは手放さずにすんだ。

「ぐぅ……いてぇ」

全身に痛みが走る体に鞭を打ち、密猟者は四つん這いに体を起こす。
こうなっては自力でスノードラゴンを狩らねばならない、突然いなくなった青年の事も気がかりだが、
密猟者は現状を理解した上で、そう判断した。

なら……目当てのスノードラゴンは何処にいるのか?

その心当たりが密猟者にはあった。
青年が嘘をついていなければの話だが……雪山の頂きに一匹だけで住んでいる竜がいるとのことであった。
つまりはぐれ竜と言うことだ。

「……ふっ、此処まで落ちぶれた俺には、丁度良い相手か」

自嘲気味に笑う密猟者。

怒りに我を忘れ武器を壊し、油断で一度は竜の餌になりかけ、いつの間にか防具も無くなり、
そして……道案内をさせていた青年の協力も無くなった。

唯一手元に残ったのは銃だけだが、強力な武器であるコレも竜に通じるかは密猟者にも分からない。

「まぁ、いいさ……それでも、俺は生き残ってやる!」

銃を杖にして立ち上がり、吹雪の中で密猟者の決意のこもった叫び声が響いた。



          ※  ※  ※  ※



雪山の頂き……そこにたどり着いた密猟者が見たものは、遠い地平線の先。
幾重にも連なる雪に埋もれた山脈の際から、ゆっくりと白み始めた夜明け前の空であった。

あれほど荒れ狂っていた吹雪が、山頂ではその勢力を失っていた。

そして、彼が見つけた物はもう一つ……

「……やはり、此処まで来てしまいましたか」
「はっ……しぶといのが取り柄でな、いまさら吹雪で俺が引き返すと思ったか?!」

当然、感動の再会とは行かない。
あの時と同じように密猟者は銃を青年に突きつける。

「言え、竜は何処だ!?」

長い沈黙の後に青年はその問いに答えた。

「……ふぅ…………貴方の目の前に」
「なに?」

気がふれでもしたかと密猟者が問い返す目の前で、青年は不思議な言葉の羅列を紡ぐ。
それは呪であり、青年の体を縛る呪縛からの解放の言葉。

自らにかけた呪いを青年は解呪した。

一瞬、普段は不可視の呪い、青年の体に取り巻く文字で組み上がった帯が実体化する。
それに切れ目が生じると細切れにはじけ飛ぶ。
呪縛から解放された青年の体は、瞬く間に光に包まれ巨大化していった。

メキメキと急激な変化で青年の体から音が響く。
服は光に包まれたと同時に光の粒子となって消え失せ、変わりに皮膚から体毛が生え体を包み込む。
蛇のように自身をくねらせる太い尻尾が生えたかと思うと、変化は更に進み、
手足はその形状を変え、鋭い爪が伸びてゆく。
姿勢は少しずつ前傾に傾いていき、骨格が人間からまったく別の生き物へ……


一分にも満たない時間で青年は竜の姿『スノードラゴン』へと変化し終えた。 


その一部始終を呆然と佇み見ていた密猟者は……

「なっ……人が竜に化けた……?」
「違います……竜が人に化けていたんですよ」

青年であった竜が、密猟者の勘違いを訂正した。
少々喋りにくそうにしてはいるが、紛れもない青年の声で紡がれたのは人間の言葉。

「そして、コレが本当の私の姿……正体です」

体長は凡そ八メートル……それは一般的なスノードラゴンの個体に比べても遙かに巨体であった。

久しぶりに戻る本来の姿に竜の心には、素晴らしい高揚感が生まれていた。
感覚は遙かに鋭敏になり、体中に満ちる力の充実感……

半年ぶりの開放感を竜は存分に感じる。

それに体を覆う自身の毛並みの感触に、竜は目を細め懐かしく思う。
人間のように衣服を纏う行為に随分と慣れはしてきたが、やはり自身の毛並みが一番なのだ。

短い感傷に竜が浸っている間――


ゴゥンッッッ!!


密猟者が撃ちはなった魔力の銃弾によって全身が一瞬にして炎に包まれた。

「もう一発くらえっ!!」

銃は単発式、手が素早く新たな弾丸を掴み出す。

同時に排莢口から、打ち終わり力の失った黒ずんだ魔力石がはじき出され、
変わりに真っ赤に輝く魔力石を詰め替えられる。
素早く装填……火達磨となった竜に向けて二撃目を打ちはなった。

引き金を引くことで石に込められた魔力が解放され、同時に銃口に魔法陣が展開する。
打ち出された魔力は魔法陣に吸収され、炎の固まりとして実体化した。


ドゴゥンンッッッッッ!!!


先ほどまでの倍以上の炎が燃えさかり、スノードラゴンの体を包み込んだ。
その熱気に密猟者は数歩後ずさる。

自分に被害が無いところまで来ると立ち止まり、炎の固まりとなった竜を見つめ呟いた。

「……やったか?」

密猟者が見たところ……竜とはいえ助かるような炎ではないように見える。
このままでは毛皮も燃え尽きてしまうだろうが、
そもそも密猟者は毛皮が目的でスノードラゴンを狩りに来たわけではないのだ。

彼が受けた依頼の内容は、『スノードラゴンの肉』。

何処の世の中にもグルメという人種がおり、彼の依頼主もその人種の一人であった。
今回の依頼もその依頼主が、スノードラゴンの肉を食べたいと言い出したことが始まりである。

そして、密猟者は今此処にいるのだ。

もはや動く気配もなく、燃え続けるスノードラゴンを見つめ、ようやく依頼が達成できたと一息つく。

「……まぁ、少し燃えすぎのような気もするがな」

改めて銃の強さに感心しつつ、炎が収まり黒こげの竜が姿を現すのを待った。
元々全身の肉など、密猟者一人では持ち帰る事は出来ないのだ、持てる分だけ残れば丁度良い……

本当にそう思っている密猟者は冷徹に笑う。

時間が過ぎる事に燃えさかる炎は勢いを弱め、密度が薄れてゆく。
徐々に黒くなった竜の体が見え始めると、密猟者の笑みが更に冷たさを増し……

「……少し驚きました。その銃がこんなに危険なものだったとは」
「なっ!!」

全身が煤に塗れた竜が目を開き、真っ黒になった己の毛並をみて少々悲しそうな表情を見せる。
皮膚には火傷一つもなく、完全に無傷であった。

「馬鹿な……火竜でもない竜があの炎で……」

竜はその視線を、笑みが驚愕へと変わった密猟者に移し疑問の答えを告げる。

「私達の一部には寒冷魔法を扱える者がいるんですよ。
 もっとも冷気の幕で炎は防げても……煤までは遮れなかったんですがね」

しきりに汚れを気にするかのように、竜は両手で手の届く範囲を払っていく。
さほど綺麗にならないのがよほど不満のようで、呟かれた声が少々険悪になっていた。

「……あ…………ぁぁ……化け物だ」

その言葉に竜が反応を示す。
怒るのではなく、顔には寂しさが浮かんでいた。

「……悲しいですね、数日前までは一緒に笑っていられたのに」

密猟者が自分のことをどう思っていようが、竜はあの時の一時が楽しかった。
だから密猟者が押し黙る理由も分かってしまう。

強すぎる力……長い時間を生きてきた分だけの力が竜の体には備わっている。
その気になれば何時でも目の前の密猟者をどうにでも出来た。


それこそ尻尾を振ればあっさりと片が付く。
爪を使うのも良し。
牙でも構わないだろう。
魔法で凍り漬けにも出来る。


今の彼の巨体はそれだけで十分な凶器なのだ。
だから、竜は人と対等ではない。

だが、竜には何時までも悲しんでいる暇はない、密猟者には幾つか聞かねばならないのだから。

「聞かせて貰います、私に見せてくれたあの依頼書は偽物だったんですか?」
「うぁ……あ、あれは本物だ」
「何故? 貴方は同時に二つも依頼を……?」

どんなハンターであっても普通は同時に依頼を受けないはずだった。
竜が人間の時に集めた知識……それがハンター達の常識である。

「つ、ついでだ。それに情報も必要だったから……」
「私達の情報ですね……なるほど、そう言うわけでしたか」

密猟者から引き出した情報で、竜はようやく合点が行った。

協会の依頼を受けその依頼書を元に、自分のような詳しい者に協力を得る。
そして、依頼をこなしつつ情報を引き出した後に……本来の仕事に取りかかった。

それが竜の仮説だが、恐らくそういう事だろう。

「……利用したんですね」
「ひっ! 仕方がないだろ、依頼者からの依頼は絶対だ。
 俺に拒否権はない……ないんだ」

見つめる赤い瞳の眼光に恐れおののき、密猟者は命乞いをするかのように言葉を並び立てる。
それらは総じて『自分は悪くない』と自己保身から生まれた言葉でしかない。

竜に取って耳障りな声だった。
醜く歪んだ心が反映された言葉が、それを発する者を醜悪に見せていた。
親しみすら感じた事のある、この密猟者に対して竜は……


(……もう、聞きたくない。貴方のそんな言葉!)


心の中で悲痛な声で叫んだ。
もう、終わらせる……相手の為にも自分の為にも……

竜は決断した。

「ようやく……決心が付きました。遅すぎるぐらいですが……」

竜の口調と雰囲気が一変する。
目に分かるような変化は、縦に裂けている瞳孔が細まっただけ。
たったそれだけの事で、赤い竜の瞳が血の色のように見えてしまう。

ましてや、そんな瞳で睨みつけられてしまったら……

「……うぁっ……ぐっ!」

思わず密猟者が尻餅をついた。

慌てて銃を構えようとするが……切り札であったはずの武器が、
まったく効果がなかったことを思い出し、さらなる恐怖に顔が引きつる。

「く、来るなっ!」

密猟者は役立たずな銃を竜に投げつけ、その間に後ずさっていく。

「もう遅いんですよ、貴方は此処まで来てしまった」

投げつけられた銃を竜は尻尾ではじき返した。
一秒ほどの足止めにはなったが、直ぐに追いつかれてしまう。

程なく密猟者は追いつめられてしまった。
震える小さな生き物に成りはてた密猟者を見据え、竜はただ一つ思う。


(後悔するのなら……どうして、貴方は帰ってくれなかったのですか?)


コレまで竜の彼は何度か密猟者を山から追い出していた。

それもコレも…この山に住む仲間達を守るため……
しかし、心優しい彼はこの山に訪れる密猟者達にこうやって諦めるチャンスを与えていた。


それとなく一緒の共同生活の中でも忠告をしている。
雪山で実際に自分たちの恐ろしさを教えもした。
さらには……一度別の竜に喰われた密猟者を助けたのも彼である。


不思議なことだと思うかも知れないが、仲間の内で一番強い力を持つ彼は人間が好きであった。
それは初めて出会った人間との関係に起因する。

それでも……彼は同族が狩られるのを黙って見過ごすことは出来ない。

もし、密猟者が悪質な奴で、諦めることがなく。
必ず自分たちが危険になると判断したのならば……

「貴方は私達の敵です! なら私は……っ!」


ジュルリ


密猟者に見せつけるかのように、竜は大きな口から真っ赤な舌で舌なめずりをしてみせる。
ボタボタと少量の唾液が密猟者に降りかかり、顔を体を濡らす。

「……あっ」

竜の口から滴り落ちた液体を浴びて、密猟者は惚けたようにそれを拭う。
粘りけがあって透明で、少し生臭いそれを見つめる……

それは……竜の涎。

「ひっ……ぁ……い……いや……だ」

目には涙を湛え、声は恐怖に震えている。
もうすぐ自分は……『喰われる』……絶対的な強者の手によって為す術もなく。
それが目の前に立ちふさがる竜から伝わってくる意志。

それに抗う術は密猟者には無い。
彼の未来は目の前の竜によって絶望に閉ざされてしまったのだ。

そんな彼の目の前で竜がうなり声をあげる。

「グルルルルッ」

相手を喰うと決めた瞬間、竜は心の奥底でもう一つの彼が呼び起こそうとしていた。
それはいつもは抑制されている筈の心をさらけ出すこと。
生きるために何の感慨もなく他者を喰らうことが出来た、あのころの自分を……竜の本能を呼び起こす!

それは異様な興奮を竜の心に抱かせ、目に殺気を伴わせる。
次第に半開きになっていく口の中で、鋭く尖った無数の牙が鈍く光ていた。

「助けて……た、助けてくれ!」

目に涙を湛え、今にも自分を喰らおうとする竜に重ねて命乞いをする。
そして……

竜は容赦なく密猟者を喰らいつくため牙を剥いた。

「うぁっ! うぁぁああああ!!」

完全に顕わになった巨大な口、迫り来る死の恐怖に密猟者はつんざくような悲鳴をあげる。
命の危機が無意識に体を反転させ、少しでも生き延びようと努める。

数歩逃げることが出来ただけでも上出来であった。
そのささやかな抵抗に竜は、僅かに姿勢を崩さねばならなかったのだから……

「……あっ………ああっ!」

頭上から覆い被さってきた黒い影……密猟者がそれに気が付き頭上を仰ぎ見たとき、
見えたのは視界いっぱいに広がる竜の口内の光景であった。


バクゥッ!!


竜は頭から密猟者に覆い被さるように食らいつく!
次の瞬間、強い衝撃が密猟者を襲い、彼は気を失った。


密猟者の悲鳴が途切れた後……

大きく一歩踏み出し、前屈みになっていた竜がゆっくりと体を戻してゆく。
パラパラと竜の口から雪が剥がれ落ちる。

密猟者がいた辺りは周囲の雪原ごと食いちぎられており、見事な歯形が残されていた。

「グルルル……グゥ……ピチャピチャ」

竜は軽く喉を鳴らすと、顎が僅かに上下するように動かし始めた。
すぐに何かを舐めるような音が響きだす。
唇から溢れる涎……捉えた獲物の味見をしているのだろう

しかし、頑なに閉ざされた竜の口に阻まれ、中を窺い知ることは出来ない。

ただ一人……密猟者を除いて。


          ※   ※   ※


「……うぅん」

一時的な失神から密猟者が、意識を取り戻すまで十秒もかからなかった。
今の彼はとても窮屈な空間に閉じこめられている。

全身に感じる圧迫感に身じろぎする密猟者。

たとえどれだけ動こうとも、密猟者がその圧迫感から逃れられる事は無かった。
今の彼は舌と上顎の肉壁に挟まれた状態で竜の口の中にいる。


ヌチュ……クチュル……


体の動き似合わせ舌の肉が柔軟に形を変えていく。
唾液が音を立て飛沫、体を動かせば動かすほどまとわりついてくる。

やがて自由になることを諦めて、密猟者が大人しくなった。

「あぅ……俺は」

声には力が感じられない。
体を動かすことが億劫に感じるほど、密猟者は心身共に疲れていた。
粘つく唾液は密猟者に不快感をもたらしていたが、
柔らかな舌は寝そべり、外よりも暖かいそれに包まれていると意識がボ〜としてくる。

明らかに状況を把握できていないようだ。
無理もない……自分が喰われた瞬間を思い出したくないのだろう。

だが、彼の本能がどれだけ逃避を計ろうとも……此処は竜の口の中。


ジュルルッ


「うぶぅっ……うはぁ……」

動き始めた舌に揺すぶられ、密猟者は苦しそうに喘ぎ出す。
七十キロを超える体が易々と持ち上げられ、上顎に押し付けられる。
刺激により唾液も大量に溢れてきた。

まるで大きめの飴玉を舐めるかのように、密猟者は竜の舌の上で弄ばれていった。

「ひぅ……んっ!」

飛沫を上げ降りかかる涎の合間を縫い、何とか続けていた呼吸が止まる。
強く上顎に押し付けられて腹部や胸がより強い圧迫感に晒され、空気を吐き出す事を強要される。
体は柔らかな舌にめり込み包まれていき。
肉と体の間で潰された涎が、音を立てて染み出し口の底に溜まっていく。

「……っ! ……っ……っっ!」

空気を求め必死に密猟者が、口を開いて呼吸をしようと試みていた。
自身を押しつぶす舌や上顎に手を当てて、押し広げようと出来うる限り抵抗する。

だが……吸うことは許されない。
この苦しみを密猟者は、まだ耐えねばならなかった。

実際には一分に満たない時間ではあったが、密猟者はそれに耐えきる。


「……ぅ……あっ!」

拘束の力が緩み、呼吸が出来る空間が生まれ密猟者は空気を貪った。
貪りすぎて口の底に溜まっていた涎をも呑み込んでしまう。

「……はぁ、は……ぐぶっ! げほ、げほ!」

直ぐに激しく咳き込み、密猟者は大量に呑み込んだ涎を吐き出した。
口の中に残る生臭い味は不快感となり、胸の辺りで蟠る。
密猟者も暫くその不快感に耐えていたが、吐き気が止まらず嘔吐しそうになっていた

絶えず蠢いている竜の舌も、まるでそれを促すかのように密猟者の体に這い回り、刺激を続ける。
それでもこれ以上の醜態をさらすまいと密猟者はそれを堪えきった。

「………っはぁ! はぁ、はぁ……」

もはや密猟者の気力も残り少ない。
せめてもの救いは、救いといえるかは分からないが……

そろそろ竜が味見に飽き始めていた。


          ※   ※   ※


獲物を口に収めた竜は、獲物を味わうため、弱らせるために舌で獲物をいたぶるように弄ぶ。
モゴモゴと動いている口をよく見れば、湧き上がる唾液は留まることを知らず、
竜の頬を伝ってポタポタと地面にまで滴り落ちていた。

昔の自分に……野生の竜に立ち戻る。
その意味がコレである。

獲物を容赦なく弄ぶ今の彼の姿は、人々が恐怖を抱く竜そのものの姿だった。
それでも何時までも味見を続けていては、竜も舌が疲れてくる。

舌に感じる獲物の動きも大分鈍くなっていた。

「……グァ」

軽く頭を上向きに傾け、竜が僅かに口を開く。
口の中には舌の上を滑り落とされ、喉の中へと引き込まれていく密猟者の姿があった。


ゴクッ!


そのまま獲物を丸ごと丸呑みにしてしまう。
巨体に相応しい太い首が、膨れあがり音を立てて呑み込んだ獲物を胃へと運んでいく。

その速度は遅々としていたが……獲物が胃に収まり、
竜のお腹を膨らませるまで、さほど時間はかからないだろう。

「グルル……」

竜が唸り、喉を撫でた。
膨らみは首の真ん中辺りを下っている。

ジュルジュルと中の内壁と獲物が擦れる音が、今にも伝わってきそう。

「グギュゥゥ……」

再び竜が唸る……同時に体も震える。
それは獲物を呑み込む喉越しの気持ちよさのせいだろうか。

喉の膨らみもそろそろ終点を迎え、今にも胃袋に滑り落ちてしまいそうになっている。
それに伴い喉を撫でていた竜の手も腹の方へと移動し、
若干姿勢が俯き加減に……少しでも喉越しを長く味あわんとするかのよう。

そして……胃袋に衝撃が走る。

「グルゥッ!」

大きく竜の体が震えた。
ついに獲物が胃袋に滑り落ちたのだ。


胃の中へと入り込んだ密猟者の体が、胃壁を伝って底まで滑り落ちる。

胃袋の中は見かけより広く、今の大きさだけでも人間の二人や三人は収めてしまえそうなぐらい。
更にスノードラゴンは獲物を丸呑みにする為の進化を極め……
自分より大きな獲物でも丸呑みしてしまえるほど、大きく口を開くことが出来てしまう。
当然のように胃壁も弾力に富んでいる。
詰め込めるだけ詰めようとすると、一体どれだけの量を収めることが出来るのか、試した者はいない。

そのどちらも密猟者程度では、その性能を見ることは出来ないのだが……
胃袋は中に収まった者を平等に扱ってくれる。

「…………ぅ……ん」

弱々しい呻き声が胃袋の中で響く。
蠕動する食道の内壁に残された体力気力を根こそぎ奪い取られてしまったのだろう。
まったく動く気配がない。

されるがまま緩やかに蠢く胃壁に揺らされて、密猟者の意識は遠のいていく。
真っ暗な闇に閉ざされた、柔らかい肉の揺りかごの中で微睡みながら……

密猟者の意識は途絶えてしまった。


ジュルル……ヌチャ……


それを待っていたかのように、絶えず蠢いていた胃壁が次第に収縮を始める。
静かに眠りについた密猟者の体を取り込むかのように包み込む。
それからも絶えず蠕動を続け、優しく密猟者を揉みほぐしていった。


クチュ……グジュ……グチャ……グジュルル……


時間が経つにつれ揉みほぐす音に粘りけのある水っぽさが混じってくる。
湧き出てきたのは浸食性の低い彼らの胃液。
これから獲物となった密猟者は、ゆっくりと溶けてゆくのだろう。

スノードラゴンの胃液はとても粘性が強く、唾液などよりも強く体の動きを妨げる効果があった。
更に麻痺毒の成分が混じっており、痛覚も含め全ての感覚機能は瞬く間に麻痺させる。
彼らの胃袋に捕らわれた獲物は全て痛みも感じず、生きたまま溶かされていくのだ。

ゴボゴボと音を立てゆっくりと……
そして、お腹から聞こえだしたその音を聞き……竜が鳴き声を上げた。

「グギュウ……グルルル」

竜は膨れたお腹を満足げに見つめている。
その視線の先に……胃袋の中が透けて見えているかのようにジッと見つめ続けている。


そして……竜は前のめりに崩れ落ちた。
衝撃で地響きが起こり、雪煙が舞う。


まるで苦しむかのように竜は両手でお腹を抱え込み……
呼び起こした昔の自分……獰猛な本性を持つもう一つの自分が姿を隠し……彼は元に戻った。

後に残ったのは心に重くのし掛かる想い。

「くぅ……覚悟はしてましたが」

ハッキリと感じていた、ハッキリと覚えていた。

自分が喰った人間を容赦なく弄んだ自分の姿を……
飲み下し喉の中を落ちていきながら、もがき足掻いていた人間の喉越しを……

そして、胃の中でゆっくりと溶かされていくさまを今も感じている。

少しでも人間が苦痛を感じる時間を減らそうと、竜はお腹をさすりそれを願う。
その願いに反して、いつまでも音を立てて消化が進む音が響く。
人間が好きな竜に戻ってしまった彼に、それは一日かけて付きまとうのだ。



こうなることは覚悟の上で彼は……竜は人を喰らった。

「また……私は、人間を……何であなた達は引いてくれない! 諦めてくれない!」

竜の目に涙が浮かんでいる。
消化の続くお腹を力任せに抱きしめ、心にため込んだ思いを叫び続けた。


竜の心を蝕む心の葛藤……彼が人を食う度にその葛藤はより強くなっていくのだった。

人間達の竜に対する言い伝えにこんなのがある。

『竜は人間を喰らうとその味を覚え、回数を重ねる度に他のモノでは美味しいとは感じなくなり、
 何時しか人間しか喰うことが出来ない人食い竜になってしまうと』

真実のほどは竜の彼でも知らない。
だが、自分の中に人間を喰うのが大好きな自分の存在がいないと否定は出来ない。


スノードラゴンを追いやった密猟者達の竜狩り。


その惨劇を生き残った彼は、それこそ数え切れない人間を喰らっていたのだ。
そして、今もこうして人間を食らっている。
仲間を守るという大義を口実に本当は、人間を食べたいだけではないのか?

常にこうして彼は自分に呼びかけをする。
自分を見失い本当に人食い竜になってしまわないように……

それ故に人間の大好きな竜は苦しんでしまう。


何故大好きなもの達を喰わねばならぬのか?
こんな事なら、彼らと知り合わなければ良かったのに……

崩れ落ちた竜はその負の感情に壊れてしまいそうになって……それでも……それでも!



『いつかは共に歩める未来が来ることを信じたい』



最後にはそうやって、自分のもっとも大事な信念を確かめ……思いを強くする。
それが心の中心に座っている限り、彼は人食い竜になることはない。

だから、彼はゆっくりと身を起こすと……夜が明けた空に向かって、山々に向かって、

「クゥオオォォォォ……」

もう、このようなことがないようにと悲しげな咆吼を響かせた。





そして、彼の悲しみにも関わらず……次なる密猟者が訪れる度……
このようなことがまた繰り返されるのかも知れない……

だが、それでも竜は自分の思いを信じ続けるのだろう。


The End


<2011/06/10 21:39 F>消しゴム
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