nocturne

 2.

 開いた足の内側を、緩慢に指先がなぞる。
「もう……少し……」
「どうした?」
 背中から抱き締められた腕の中で、緩やかな愛撫を受けながら、ゼクスは熱い吐息混じりに呟いた。
「ご自分を……大切になさってください」
「無理をしているつもりはないのだがね」
 微笑む声が耳許に吹き込まれ、耳朶に口吻けが落ちる。舌先が這う感触に肩を竦めたゼクスは、逃れようと身をよじった。彼の腕が、やんわりとそれを遮る。
「あ……っ」
 散々愛撫されて過敏になっている胸の突起に再び指が触れ、ゼクスは全身を震わせた。
「や……トレーズ、もうっ……」
「こんなに鼓動を早くして……まるで小鳥のようだ」
 吐息のような甘い声に、ぞくりと肌が粟立つ。拒もうとする手首を捕らえて胸への愛撫を繰り返しながら、トレーズは耳許に囁いた。
「私のことで迷わなくていい。君があの時選んだように、私の選択もまた、私自身の意志だ。そしてそのことを後悔してはいない。君もそうではないのか? ミリアルド」
 ゼクスは振り返った。熱っぽく潤んだ視線が、艶めいた彼のまなざしと絡み合う。切ない痛みが胸を締め付け、身体が熱くなる。
「トレーズ……」
 頬に触れてくる手に、眼を閉じる。
「私を……見捨ててはくださらないのですね」
 触れるぬくもりは優しかった。たとえ自らが身代わりとなって傷を受けても、醜悪な現実の全てからゼクスを救おうとするぬくもりだった。
 このぬくもりから逃げなければならないはずだった。この優しさを振り捨てる勇気があれば、彼を救うことが出来たのに。
「君が必要だからだ、私には」
 真摯に告げるその言葉に、まなざしに、ゼクスは抗えない。
 顎をすくわれ、唇が重なる。うつ伏せにされ、背後からトレーズが挿し入ってくる。その強さと熱にゼクスは声を上げた。言葉も発することが出来ないほど、身体が燃え立つ。
「ミリアルド……」
 囁かれる言葉。触れる吐息。蹂躙する熱。繋がった身体。声も抱き締める腕も、息も出来ないほどに全てが愛しい。
「トレ……ズ……!」
 狂いそうなほどの快楽に飲み込まれていきながら、ゼクスは声を振り絞り、叫んでいた。



 目覚めると、カーテンの隙間から見える窓の外が白み始めていた。
 ゼクスはトレーズの腕の中に収まったまま、視線を上げ彼を見つめた。寝入っていると思っていた彼のまぶたが、ふと開いた。
「もう、起きてしまったのかね?」
 囁きでゼクスも答える。
「起きていらしたのですか?」
「君の寝顔は見飽きないからね」
 苦笑するゼクスの髪に、彼がそっと口吻ける。一度眼を閉じてから、ゼクスは言った。
「そろそろお戻りになった方が良いのではありませんか? もう夜が明ける」
「一夜の余韻も冷めないうちに、かね? 相変わらずつれないな、君は」
 ゼクスは軽く睨んだ。
「トレーズ」
 彼はくすりと笑った。
「では、君を困らせてばかりのこの男に、朝の口吻けを。ミリアルド」
 ゼクスは苦笑混じりに溜息をついた。沈んでいた心が軽くなる。顔を寄せてくる彼の頬に手を伸ばし、両手で包み込んで唇を重ねる。
 互いに互いを抱き締め、舌を絡ませ合う。長い口吻けの間にいつの間にか組み敷かれたゼクスは、トレーズが顔を上げるとほっと笑みを浮かべた。
「ようやく、笑ったくれたな」
 ゼクスの髪を撫でながら、トレーズは眼を細め、微笑んだ。



あらかじめ時間を告げておいたらしく、アパートの階段を降りると、前の路地を塞ぐようにしてリムジンが待っていた。
 再び呆れるようなシルクハットをかぶったトレーズは、それを取って車に乗り込む間際、不意に見送るゼクスに身を寄せ、耳許に囁いた。
「また来る、ミリアルド」
 そよ風のように囁きが耳をかすめる。ゼクスは、一瞬ふくれあがった感情に胸を塞がれて、何も言葉を返せなかった。
 彼を乗せた車が走り去り、そのエンジン音が遠く消える。
 ようやく溜息をつき、踵を返したそこに、ヒイロが立っていた。
 驚きより、安堵が胸に広がった。ゼクスは自然に笑顔を浮かべた。
 昇ったばかりの朝陽が、眩しく降り注ぎ始める。
「早いんだな。いつもこんな時間に出かけるのか?」
 どこからか、小鳥の声がしていた。




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