JANIE'S GOT A GUN ― The Permanent farewell ―
夕日が、鮮らかに沈んでいく。 やけに暑い日だった。 昨日は秋の足音を聞く事さえ出来そうだったのに、今日はまるで、夏の盛りに戻った様だ。 次元は、ロングソファに寝そべりながら、ぼんやりと天井を見上げていた。
あの子を、助けてやれ―
ヴィクトルがそう言ったのには、理由があったのだ。
昨晩、ジェイニーと別れてからモーテルに戻った次元は、宿の主人であるベンに、ジェイニーの事を聞いた。 ベンは、いつも埃とヤニのこびりついた古ぼけたフロントに、一人で座っている。 何をするでもなく、客である次元に話しかけるでもない。ただ、虚ろな目をして一日中そこに座っているのだ。その様子は、まるで時の流れに置き忘れられた、廃れた蝋人形を思わせた。 次元が話しかけたときも、ベンはしばらくは虚ろな瞳を返すだけで、反応しなかった。 仕方なく、話題を亡くなったリリーという妻に向けると、ようやくベンは話をする気になったようだった。 リリーとどうやって出会ったか。ふたりの日々はどんなに幸せだったか。ベンの瞳は、遠い日の風景を見つめていた。 リリーが死んだ時、ベンの人生もまた終わってしまったのだと、次元は思った。 「ジェイニーも、リリーのことを、わずかだが俺に話してくれたよ」 次元がさりげなく話題をジェイニーに向けると、ベンは、物思いに沈んだ様子になった。 「ジェイニーは…。あの子は、可哀相な子だよ…」 とつとつと、ベンは語り始めた。
ジェイニーは、町外れのボロ屋で、父親と二人暮しだった。母親は、ジェイニーが三つの時に男と出ていった。父親はこの町でも一、二を争う飲んだくれで、アル中だった。定職に就く事もなく、ジェイニーが十歳になるかならないかで酒場に働きに出させた。 以後、ジェイニーは酒場の給料で父親を養ってきたのだが、父親はジェイニーに感謝するどころか、時には暴力を振るう。 「…たまに、町外れのあの子の家の前を通りかかった連中が、喚き声や悲鳴、物が壊れる音を聞くんだそうだ。…あの子の父親は、酒が切れると手がつけられなくなるらしい…。」 「…邪魔して悪かったよ、ベン。またな。」 それ以上話を聞く気が起きなくなった次元は、チップをベンの手元に置くと、部屋に戻った。
ジェイニーを、助ける。 どうやって? ジェイニーを連れて町を出るか? だが、その後は? 明日の暮らしどころか、命の保証さえない自分とこの町を出て、一体、ジェイニーの何になるというのだろう…。 次元の頭の中では、同じ考えが堂々巡りをしていた。
「ダイ。」
聞きなれた声に我に返って開け放った窓を見ると、夕日を背にしてジェイニーが立っていた。
「ジャケット返しに来たわ。…入ってもいい?」 次元が目で促すと、ジェイニーは窓枠にすらりとした足をかけて、そのまま部屋に入ってきた。 「…クリーニングに出すひまがなくて。ごめんなさいね。でも、シミはとったし、アイロンもかけたから。」 ジェイニーの手からジャケットを受け取ると、次元はジェイニーに笑いかけた。 「…別に急がなくたって、良かったんだぜ?」 ジェイニーはそれには応えず、曖昧に微笑った。
生ぬるい風が、窓から吹き込んできた。その風が、ジェイニーのほつれ毛を頼りなく揺らした。
「…ダイには、好きな人、いるの?」
次元のほうを見ようともせずに、唐突に、ジェイニーは聞いてきた。 次元が黙っていると、次元のほうを振り向いて、ジェイニーは悪戯っぽく笑った。 「ねえ、教えてってば。好きな人、いるの?」 次元は煙草を取り出して、火を点けた。夕日が、最後の力を振り絞って、町全体をオレンジ色に染めている。 「…好きな人、ってぇのとは、違うと思うんだが…」 俯きながら、次元は答えた。
「コイツの為なら死んでもいい、と思える奴はいるよ。」
「…話してくれた、相棒の事ね。」 ジェイニーは、次元の向かいの椅子に寄りかかって、足を交叉させた。 「…いいな。私には、そんな風に思える人も、思ってくれる人も、いやしない。」 胸を刺す痛みを悟られない様に、明るく次元は言った。 「おいおい。君、今一体幾つだい?ジェイニー。…これからいくらでも、そういう事はあるさ。」
「ないわ。…分からないけど、…多分、そういう事はないわ。」 ジェイニーは、まるで自分に言い聞かせている様だった。
「これ。」 ジェイニーは、出会った日に次元が手渡したサーカスのチケットを差し出した。 「今日、バークレースプリングスまで行ったんだけど、見られなかったの。だから、返すわ。」 「…そうか…。残念だったな。」 「もう、幕が降りてたの。」 ジェイニーの心は、まるでここに無いかのようだった。
「私、行かなくちゃ。」 もたれ掛かっていた椅子から立ちあがると、ジェイニーは次元に向かって微笑んだ。
「グッバイ、ダイ。」 「…Bye.」
ジェイニーは、微笑んだ。哀しそうな、いや、いっそ何か吹っ切れたような、透明な微笑みだった。 ジェイニーが窓から出ていったのを見届けた時、強烈に、次元は後ろ髪をひかれた。 窓から身を乗り出して、ジェイニーを探したが、もうどこにも、その姿は見えなかった。
夏が、終わる。 暑かった夏が、日没とともに終わりを迎えようとしていた。 次元が窓を閉めようとしたとき、遠くのほうで銃声が聞こえた。
窓の外の風景は、見とめる暇もなく通りすぎていく。次元は、チャールストンに向かう列車に乗っていた。 手もとの新聞には、片田舎の町で起きた、少女による父親殺しの記事が、小さく掲載されていた。 「…殺された父親は、日頃から少女に、身体的暴行の他に、性的暴行も加えていたと見られる。なお、少女の家には銃を購入できるだけの金銭的余裕が無かったと見られるため、警察が追求しているが、金銭の出所については、少女は固く口を閉ざしている―」
自分が渡した僅かなチップを握り締め、サーカスを見るためではなく、銃を買うために、あの日、町を出た少女。
ジェイニー、これがお前の答えなのか。 お前になにもしてやれなかった俺に対する、これが、お前の答えなのか―
次元は窓を押し上げると、ジェイニーの手から自分の手へと戻ってきたサーカスのチケットを、ひらりと風にまかせた。紙切れは、すぐに消えて見えなくなった。 窓を閉めると、次元は新聞を脇へ放った。 列車は、ウエストバージニアの針葉樹林の森を、警笛を鳴らしながら走り抜けていった。
豪華客船「サーロイン号」で、ルパンと次元が再会するのは、これから更に二年後のことである。
〜Fin〜 ----------------------------------------- みんなはヤツが、呪いにでもかかったんだと言っている (中略) 彼女は彼の気持ちを静めて その苦しみから逃れるんだ The man has got to be insane
Runaway, runaway from the pain ----------------------------------------- ※この物語は、エアロスミスの同名曲に強くインスパイアされて書いたものです。元になった歌も知っていただけたらと考え、一部歌詞を掲載しました。 管理人:花 ←back
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