セックスマスター

・・・1・・・

 小さなビルの前に一人のスーツ姿の中年が立っていた。手にはチラシを握りしめ、ビルの三階を見つめている。
 やがて意を決したようにビルの中へ男は入っていった。

「チン」
エレベータのドアが開いた。目の前の壁には「受け付けこちら←」の張り紙がある。男は矢印の方向に早足で進んでいった。通 路の奥にはラブホテルのフロントのように相手の顔が見えないついたてがあり、小さな窓があった。


「あの…。」

男はおそるおそる手に握っていたチラシを小さな窓に差し込んだ。
「これを見たのですが、入会できるでしょうか。」

ついたてのおくから、中年女性の声が聞こえる。
「ああ、セックス養成講座の受講だね。今から始まるところだよ。」

男は言われるまま、財布から三万円を取り出し差し出すと、かわりに厚紙で作られた会員証と黒いマスクを渡された。

 

 男はマスクをかぶり、隣の扉の中へ入っていった。部屋の中には三人、折り畳みイスにすわっている。

 上下のジャージを着た男、工事現場の作業着を着た男、グレイのスーツを着た男の三人である。みな同じマスクをかぶり、新参者の方を振り返った。

 新参者の男は、空いているイスに腰掛けた。

「ガチャ」
部屋の奥のドアが開き、赤いスーツを着た女が入ってきた。女もまた黒いマスクをしている。女はケツのような巨大なおっぱいをゆっさゆっさと揺らしながら、男たちの前に立った。ケツのようなおっぱいだと新参者は思ったが、その女の尻はそのおっぱいに比例するかのように、巨大で、赤いスーツが今にもはちきれんばかりにつっぱっていた。

「んー、それじゃあ、始めるよ。」
女は中年のようだ。でかい声で話し始めた。
「受付で渡した会員証にあんたたちのここでの名前が書かれてあるから、さっさと覚えちまいな。」
威圧的なしゃべり方で女は話し続けた。

「いいかい?ここは、セックスのへたくそな男たちを救う場所さ。ここで学んだテクニックを嫁でも風俗嬢でも誰でもいいから、試してみな。相手はあんたたちから離れられなくなるんだ。」

イスに座っている男たちからうめき声が聞こえる。

「はい、あんた。」

赤い女はジャージ男を指さした。
「あんたの名前は?」

ジャージ男が答える。
「田な…」

ビシッ、赤い女は持っていた鞭でジャージ男の足元の床をたたいた。

「誰が、あんたの本名を聞いた?あん?私が聞いているのは、会員証に書かれた名前だよ。」
ジャージ男は慌てて会員証を見た。
「“マッスル”です。」

よろしい、と女はうなずき、今度は作業着男を指さした。
「あんたの名前は?」

「い、“色黒”です。」

女は大きくうなずき、グレイのスーツ男に同じ質問をした。

「“パトロン”です。」

新参者の番がやってきた。

「う、“宇津井健”です。」

女は満足そうにうなずき、ビシッと鞭を鳴らした。
「忘れるんじゃないよ。」

 かくして、マッスル、色黒、パトロン、宇津井健の四名は、この赤い女のセックス養成講座を受けることになった。


 

 


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