その綺麗な翅が、絡め取られることのないように。





「…酷いわ。」
落とされた呟きは、ゲームの開催を聞きつけてやってきたラムダデルタのものだった。
常の賑やかな彼女らしくない、一切の表情が消えた様は、彼女の力の存在と相俟って非常に恐ろしい。恐ろしい以外の何物でもない。
そんなに酷いか?とゲーム盤を振り返って粗を探して見る。いくつか心当たりはあるが、どれも致命傷では無い筈だ。
むしろ初めてにしてはよくやっているほうだろう。贔屓目もあるだろうが褒めてやりたいと思う。

沈黙に耐え切れず、おずおずと、ベアトリーチェは未だ押し黙るラムダデルタに声をかける。
「…あの、その…ラ、ラムダデルタ卿…?」
「酷いわ!なんであの子あんなに大っきくなっちゃってるわけぇ!!?」
何枚もの硝子を一斉に叩き割ったかのような、けたたましいとも言える、渾身の叫びだった。
「………は?」
「は?じゃないわよぉおおぉ!あんなにちっちゃくて可愛かったのに!ラムダお姉ちゃんラムダお姉ちゃんって寄ってきてくれて!なのになのに!
 なによあれあんな大っきくなっちゃって!あれじゃちっとも可愛くないじゃないバカバカバカベアトのバカー!」
捲くし立てられた内容に、ベアトリーチェは色々な意味で脱力した。妾の心配返せ、と声に出さず心の中でひっそり呟く。
その発想は無かった。戦人は随分と長いこと卿に会っていなかったから、卿は驚くだろうと思ったが。いやしかし驚きすぎである。
いやこのリアクションは驚くという言葉に当てはめていいのか。怒りのほうが相応しいんじゃないか。
…と若干思考の論点がずれているのにも気付かない辺り、ベアトリーチェも混乱しているのかもしれなかった。

静かになったラムダデルタがクッキーを控えめにさくりと齧る。その姿は何処か拗ねているようにも見えた。
「ずるい。ずるいわ。ベルンは全然振り向いてくれないのに、ベアトは戦人に愛してもらっててずるい。」
「なら卿も今度ベルンカステル卿をカケラに閉じ込めた時は一から育ててみては如何か?案外懐いてくれるやもしれぬぞ?」
「………貴重なアドバイスとして受け取っておくわ。」
苦虫を噛み潰したような顔でまたさくさくとクッキーを削るように食べるその姿は、やっぱり拗ねているようだった。


「でも、ほんとに大っきくなったわ。…なんだかそのことのほうがよっぽど魔法みたい。」
「…小型犬かと思って育てたら大型犬だった、といったところか。妾もまさかここまで大きくなるとは思っても見なかった。」
盤上の戦人に目をやると、ゲストハウスの前に雨の中佇んでいるところであった。篭城した生き残りをどう炙り出すかを思案しているのだろう。
しばらくしてから方針が決まったのか。にやりと彼が口の端を上げる。幼いその表情に、ベアトリーチェの顔も自然と緩む。…あぁ、可愛い。
浸りそうになっていたところで、ふと駒の一つの不穏な気配に気付く。…やはり来たか。
あくまで彼のゲームだから手出しはしないつもりだったが、これはまだ魔女の位を正式に持たない戦人には酷だろう。
立ち上がったベアトリーチェに気付き、ラムダデルタが怪訝な視線を向ける。
「ベアト?」
「…少しばかり席を外させて頂く。…あのお方は、妾の子のゲームがどうにもご不満なようなので、な。」





羽化したばかりのその翅を、絡めとられぬようにするのが己の役目。

―――邪魔は、させない。





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