どうすればよかったのでしょうか。
答えは分からない。けれど、止めなければならない。





ゲストハウスに立て篭もっていた彼らに異変が起きたのは、11時半を過ぎた頃だった。
台所から、火の手が上がっていたのだ。消そうにも火の勢いは強く、碌な消火設備も無かった為消火は諦めざるを得なかった。
一体誰が。どうして。疑問はあったが安全を確保するほうが先。一同は屋敷へとひとまず避難することになった。

雨の中駆ける8人の足が、突如止まる。否、彼らだけではない。雨も、風も、世界の全てが凍り付く。
そんな、静止したモノクロの世界に。鮮やかな赤が降り立つ。
黒の瞳を細めて、にぃい、と。魔女の子が笑う。それはそれは、楽しそうに。
「ご苦労だったな、ルシファー。」
「どうってことないわ。…さて、目論見どおり炙り出せたわけだけど。…標的は後ろの3人でいいのかしら?」
「あぁ。…黄金郷は目の前だが、そろそろ家具どもには退場願おうか。」
その言葉に、ルシファーの口も弧月を描く。…これで、終わりだ。彼の旅はもうすぐ終わる。
否、きっと、はじまり。新しき魔女幻想の、はじまり。
「さぁ、お前たちっ!儀式の仕上げよ!!」
高らかなルシファーの声に、はぁい、お姉様ぁ!とベルゼブブとアスモデウスの甘い声が続く。
本来の姿を現して飛んでゆく彼女らを見送って、戦人も姿を消した。

後には何事も無かったかのように、雨と風が散るばかり。


最後尾を走っていた郷田の耳を、くすくすと鈴を転がすような可愛らしい笑い声が擽る。
思わず振り返ってしまった彼が最期に見たものは果たして何だったのだろう。少女の赤い瞳か、それとも己を無慈悲に狙う切先か。
それを知る術なぞ有りはしない。だってほら、彼はもう駒置き場の中。
どしゃりと郷田の巨体が地に伏せる音に、前を走っていた留弗夫達はそこで始めて自分達が狙われていることを知った。
霧江が縁寿を抱え上げながら叫ぶ。
「南條先生、止まっては駄目、走って!」
郷田を助けるべきなのか否か。一瞬でも迷ってしまったことが彼の命取りだった。そうでなくとも狩人は彼を狙っていたというのに!
ばっくりと頭に咲いた大輪の真紅の花は、風に吹かれて一瞬で消えた。
「南條先生!」
「くそ、走れッ!!」


けれど、”彼女”の足は止まる。駆けてゆく留弗夫たちの背中を見送って、そうしてゆっくりと振り返る。
それを諦めと捉えたアスモデウスが飛ぶ。真っ直ぐ真ッ直ぐ、心臓目掛けて!
しかし血潮をその身にたっぷりと浴びる筈だった彼女の刃は獲物に触れることなく弾かれる。雷のような紫の光がばちりと散った。
「っな、こいつっ、何を…!?」
再度飛び掛ろうとしたところで彼女を制止する声があった。背後からゆっくりと歩み出る影。…戦人だった。
「戦人君!?」
「…下がってろ、アスモ。」
簡潔に告げられた言葉。常の彼らしくない表情から何かを察して、アスモデウスは無言で退いた。
険しい表情で”彼女”を睨み付ける戦人の視線の先で、盛大に雷が落ちた。否、雷のように圧倒的な、魔力の奔流。
光が爆ぜたあとに見えた姿に、戦人は無理矢理に口の端を上げる。
「……やっぱり、おいでなすったか。」
直刃(すぐは)のような銀糸の髪。魔力の残滓に、上品な紺のドレスが舞う。





「お久しぶりっすね、…先代様。」





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