色とりどりの花弁が風に舞う。これから起こる惨劇への、手向けのように。
「こんにちは、お嬢さん。…何をお探しかな?」
知らない声に真里亞が恐る恐る振り向くと。鮮やかな赤い髪とは対照的に、曇天に溶け込むかのような漆黒のスーツを纏った男の姿。
けれど衣服に刻まれた片翼の鷲を見て、おそらくは屋敷の人間であろうと、真里亞は肩の力を抜いた。
「真里亞の薔薇。ここにあるのにないの。目印も付けてもらったのに。」
「この風にやられちまったのかもなぁ。…どれ。」
男が目を閉じると、ざわりと不自然に空気がざわめく。そしてどこからともなく現れた黄金の蝶が、彼に何事かを告げる。
「やっぱな。この風で飛ばされちまったって、みんな言ってる。」
その言葉に、うー、と小さく唸って真里亞は俯いてしまう。まだ諦めきれないのだろう。
沈む少女に、男は努めて明るく声をかけた。
「…っと、まだ名乗ってなかったな。俺は戦人。無限の魔女の見習いやってんだ。」
無限の魔女。その単語に、少女は勢いよく顔を上げた。青い瞳を丸くして、戦人に問う。
「ベアトが、無限の魔女を継がせたい子がいるって言ってたよ?バトラはベアトの弟子なの?」
「まぁな。名前でそうかと思ったけど、やっぱりお前が原初の魔女見習いのマリアかぁ?」
スーツが濡れるのも構わず膝を折り、真里亞と目線を合わせる。
「そうだよ!真里亞はベアトの友達!魔女同盟の大切な仲間!ねぇバトラ、バトラも魔女なら直せる?真里亞の薔薇、直せる!?」
まくしたてる少女を落ち着かせるように、戦人は薄く微笑んだ。
「直せる…と言ってやりたいんだけど。俺はまだ見習いだからな。ベアトみたいに上手くは出来ない。蘇るのはきっと、ほんの短い間だけだ。
それでも構わないなら。」
戦人の言葉を咀嚼して。少しだけ残念そうな顔をしながら…それでも真里亞は頷いた。せめてもう一目だけでも見たい。
散ってしまうのなら、よく頑張ったね、お休みなさい、と言ってあげたい。
戦人もそれに頷き返して、言霊を紡ぎ始める。
「さぁさ、思い出してごらんなさい。あなたの愛する薔薇が、どんな姿をしていたのか。…さぁさ。思い出してごらんなさい。」
黄金の蝶が一匹、二匹と真里亞の眼前に集まる。やがてその光が弾けて…一輪の、可愛らしい薔薇になる。
風に微かに揺れる、薄桃色の薔薇。思い出した通りの姿。起こった奇跡に、真里亞の顔にはたちまち笑顔が戻る。
「すごい!すごいすごいすごい!ありがとう、バトラ!」
「どういたしましてっと。これがベアトならずっとここに留めておけるんだろうけどなぁ。ん〜…やっぱベアトは凄ぇや。」
愛する魔女の姿を思い描いて、改めて彼女の偉大さを思い知る。そうして、彼女の名を継ぐことへの決意を新たにする。
儀式を成功させて、彼女に相応しい魔女になって。そうして彼女に褒めてもらいたい。頭を撫でてもらいたい。
「…いいな。真里亞も早く、魔女になりたい。」
「そう急ぐなよ。俺だって12年待ったんだぜぇ?ましてや、真里亞の原初の力は稀有だ。そう焦るこたぁねぇよ。もうじき、黄金郷の扉も開かれるしな。」
「儀式が、始まるんだね?」
真里亞の問いに、戦人は再び頷いた。期待のこもった眼差しに、八重歯を見せて不敵に笑う。
「そだ。薔薇のお代と言っちゃあなんだが、一つ頼まれちゃくれねぇか?」
首を傾げる真里亞に、戦人は家紋の刻まれた封筒を差し出す。
「ベアトからだ。この手紙をディナーの後、皆に読んでやってほしいんだ。」
大好きな魔女からの手紙。その頼みを、真里亞が断る筈もなかった。
喜々として受け取り、壊れ物でも扱うかのようにそっと、手提げの中に入れる。
「…あと。俺の名前は、出来れば言わないでくれると有難い。ちょっとびっくりさせたい奴がいるんだ。」
「うー?いいよ?真里亞言わない!魔女の約束は絶対!」
曇りない笑顔。戦人も笑顔を返し、真里亞の頭をわしゃわしゃと撫でる。
それから蝶を呼んで、傘に変化させた。それを真里亞に託し、戦人は立ち上がる。
「そろそろ、楼座おばさんが来る頃だろうから。俺は行くぜ。…じゃあな、真里亞。また会おうぜ。」
「まずは初手。さぁ、第一の晩は…すぐそこだぜ。」
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