雷鳴が、幕開けを告げる。





無数の雨粒が、中空にて凍りつく。一切の時が止まった空間に、二つの影が降り立つ。
「12年ぶり、だな。懐かしいか?」
「…別に。ここに住んでたわけじゃねぇし。」
豪華な屋敷を見つめる戦人の眼差しは、酷く冷たい。彼にとってここは、既に捨て去った世界。
「ここは、俺の居場所じゃない。…だから、何とも思わねぇ。」
「ならば結構。そなたのゲーム、存分に愉しませてもらうとしよう!上〜手に出来たら、ご褒美あげるからなぁあ!くっくっく!」
「そりゃ楽しみだ。…頑張らねぇとな。」
いっひっひ、と独特な笑い声を零しながら、戦人はベアトリーチェの手を取り、その白い甲に口付けを落とす。
神聖な、忠誠の口付け。彼が身も心も魔女に捧げているのだと示す行為。
愛し子の純粋な愛情に、ベアトリーチェは優しく微笑んだ。


魔女が姿を消したのを見届けて、戦人は屋敷へと向き直る。
「…ルシファーか。」
戦人の背後に、いつの間にやら黒髪の少女が控えていた。膝を折り、恭しく臣下の礼を取る。
「ベアトリーチェ様より、戦人様の補佐をするよう仰せ付かりました。何なりとご命令を。」
「ひひ、いつもの調子で構わねぇぜぇ、ルシファー。お前にそんな口調で話しかけられたんじゃ、調子狂うぜ。」
「…まったく。あの坊やが、随分と生意気な口をきくようになったものだわ。」
肩に掛かった長い豊かな黒髪を、ばさりと後ろへ手で払う。真紅の瞳を不敵に細めながら、ルシファーは戦人の隣へ歩を進めた。
随分と大きくなったものだと、ぼんやり思う。けれど彼の容姿が変わることは、これから先きっと無い。
今日彼の魂は本当の意味で、ニンゲンとしての生を終える。母と慕う魔女の名を受け継いで、これから永久を生きるのだ。
「貴方が描く幻想を、私達が全て形にしてあげる。私達が、貴方を魔女にしてあげるわ。」
「そりゃ頼もしいお言葉だぜ。…だけど俺の見せ場も残しといてくれよぉ?俺だって魔女の端くれなンだからな。」
にやりと笑う戦人に、ルシファーはわざとらしく肩を竦めて。見習いの癖に生意気な、と言ってやる。
そうしてくすくすと、二人して笑い合う。姉弟の、ささやかな、時間。

そこにひらりと舞う、黄金の蝶。ふわりと弾けて、人の形を形成する。
「なんだ。アンタも来てくれたのか、ロノウェ。」
「ぷっくっく。お嬢様はあれで、過保護でいらっしゃいますからねぇ。詰めの甘い戦人様をよくよく監視するように言われまして。」
そこで一礼をして、懐より何かを取り出す。
「お嬢様が、ゴールドスミス卿より預かられたものでございます。お嬢様が戦人様にと、仰せでしたので…どうぞ。」
差し出されたそれは、指輪。片翼の鷲の刻印が刻まれた仰々しい指輪。右代宮の全てを統べることの、象徴。
手に入れようと、あるいは守ろうと右代宮の人間が必死になって手を伸ばすそれを、戦人はあっさりと指に通す。
「…さて。それじゃあそろそろ、行くとするか。」

そうして、時が爆ぜる。雨が風が舞う花弁が、溢れるように動き出す。
黒いスーツに身を包んだ魔女の愛し子が、雷鳴を背に嗤う。





「さぁ、ゲームを始めよう。」





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