もし空が
色だったら、



color 01





顔面に蹴りを叩き込む。
靴底が分厚いから骨の砕ける感触はいまいち伝わってこない。
足を戻す瞬間を背後から狙われた。それで不意を付いたつもりなのか。バレバレだ。
左手を思い切り振り上げる。間抜けな音がして、また一人地面に沈んだ。
恐れをなしたのか、じり、と遠巻きに取り囲むだけになった。…こうなると面倒くさい。
心の中で、小さく舌打ち。
「言ったはずよ。…雑魚に用は無い、って。」

そうして周囲を睨み付ける少女の瞳の色は。




ざあ、と風が吹き抜ける。

小高い丘の上、小さな霊園のはずれにぽつりと、それはあった。
白い十字架が二つ。名前は刻まれていない。
片膝を付いて、ぎこちなく十字架に手を伸ばす。
そっと、触れる。…けれどあの頃の温もりなど、そこに残ってはいなかった。
「…母さん、…翡翠…。」
呟いた名前は、生暖かい風にかき消されるように。
漆黒の空が徐々に明るい色へと変わっていく。…夜明けが、近い。
新しい日の、始まり。
けれど自分の時間はあの時から止まったままだ。
自嘲気味に、少女は嗤う。

「紫翠。」
背後からかけられた、馴染みの声。
名を表す紫の双眸が、声の主を捉える。
「…潤。」
「帰ってこなかったからさ。…ここだと思って。」
さく、さくと草を踏み、潤は紫翠の隣に立つ。
「折角夕飯、作ったのに。…紫翠が好きなオムレツ。」
「フライドポテトは?」
「もち。」
「…そっか。帰ればよかったかな。」
けれど紫翠の視線は十字架に向いていて、その手は冷たい十字架を撫で続ける。
限りなく優しい手つきだったが、その瞳に宿るのは喩えようもない悲しみだった。
無理もない。紫翠と翡翠は本当に、仲の良い双子だった。恋人と言ってしまっても、遜色無いほどに。
紫翠の時間はあの時から、止まったまま。―――魂の片割れを砕かれたあの日から。
自分では動かしてやることは出来ない。紫翠が見ているのはいつだって、翡翠だったから。


「もうすぐ、誕生日だね。」
唐突な言葉に意識を引き戻す。
けれど、それは自分に向けた台詞ではなかった。
「…もうすぐ、終わるよ。…全部…終わらせる。」
真白な十字架に―――今はもういない片翼に、睦言のような甘い声で、紫翠は囁きかける。
ぞっとするほどにきれいで、恐ろしくもある光景だった。

濃紺から藤色へ、そして唐突なオレンジ色。
―――夜が、明ける。





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(2007.08.12)





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