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翌日、雨は上がっていたが空はどんよりと曇っていた。
二人を迎えに来た馬車は立派なもので、ロンドン郊外の城に着くまで快適に過ごすことができた。
目的地が近いのか馬車の速度が落ちて、窓の外を流れていく景色が緩やかなものになる。
「あ、あれかな」
丘の上たつ大きな城が窓から見え、寿也は身を乗り出した。
「凄い城だね…」
「デカイ城だな…」
城というよりは要塞のような趣の城は、鉛色の空を背景に聳え立っていた。
川に架けられた古びた橋を渡り、馬車は坂道を登っていく。
大きな門が開かれ、手入れが行き届いた庭を通り過ぎると色とりどりの花が目を楽しませる。
「足元にお気をつけて」
丁寧な御者に見送られ、二人は重厚な扉の前に立つ男に出迎えられた。
大きく広い玄関は、ベイカー街の二人のアパートがすっぽりと入りそうなくらいだ。
「お待ちしておりました。茂野様、佐藤様」
彼らを出迎えたのは、樫本と名乗る執事だった。
「お荷物はお部屋に運んでおきますので。薬師寺様がお待ちです。こちらへどうぞ」颯爽と歩き出した執事に案内されて、二人は赤を基調とした豪華な部屋へと通された。
重厚で大きな暖炉には火が入り、天井に煌く大きなシャンデリアが部屋を照らしている。
壁に掛けられた肖像画は、この応接間を使用してきた公爵家の人間の誰かだろう。
「ご足労をおかけしました」
応接間で彼らの到着を待っていた薬師寺は、立ち上がって二人を出迎えた。
薬師寺の隣の椅子には、短い黒髪の男が座っている。
「彼は眉村と言います。俺の友人で、先代の主治医でもありました」
紹介された男は、頭を下げて「眉村です」とだけ名乗った。
「例の二人は?」
「今、来ると思います」
樫本に先導されて部屋に入ってきたのは、きつい目つきをした長身の男と、おどおどした様子の小さな男だった。「ったく…探偵なんて呼ぶんじゃねぇよ」
「僕は疑われているんですか…」
二人の反応は正反対だった。
「こちらが児玉さん、隣が国分さんです」
「アンタがあの有名な茂野?アホ面してるんだな」
「…何だと」
児玉の不遜な様子に、吾郎が眉を顰める。
「じゃ、アンタは金持ちの隠し子と嘘を吐いてる泥棒予備軍ってワケだな」
「何だと!!」
「やめなよ」
ソファから立ち上がった二人を諌めた寿也は、ため息をついた。
「…とりあえず、話を聞かせてくれ」
紅茶を啜った吾郎は、児玉と薬師寺に向き直った。
「話?」
「もちろんお前の母親の話だ。そこのちっさいのは外にいろ。別々に話を聞く」
「何でお前なんかに話さなきゃならねぇんだよ」
不機嫌そうに足を組んだ児玉は、眉を顰める。
「…いいから、彼に話してください。今の海堂家の責任者は俺です」
薬師寺はため息をついて児玉を促すと、彼は渋々口を開いた。彼の話を要約すると、約二十年前に海堂公爵家の嫡男は美しいメイドと恋に落ちた。
当然のことながら二人の恋は許されるものではなく、彼女は屋敷を追われてしまったが彼女は一人ではなかった。
愛する男の子供をひっそりと産んだ女は、子供が十歳にならないうちに風邪をこじらせて亡くなったのだという。
「指輪は?公爵から渡されたという指輪を見せてくれ」
「あぁ…これだよ」
児玉は胸ポケットから布に包まれた指輪を見せた。
金の台座に細かいダイヤに縁取られた大きな四角のエメラルドが嵌った、見事な指輪だ。
「母さんは、金に困ってもこれだけは絶対に手放そうとしなかった」
「ふぅん…」
矯めつ眇めつ指輪を観察した吾郎は、児玉にそれを返した。
「じゃ、ちっこいのを呼んで来てくれ」
次に入ってきた背の小さな男が語った内容は、児玉の話と小さな違いがあったものの殆ど同じだった。
「じゃ、指輪を見せてくれ」
彼がポケットの小箱から差し出したものは、銀の台座に真珠とエメラルドが花を形作っている小さいながらも、
細かい細工が見事な可憐な指輪である。
「まぁ…ひとつだけ分かったのは、エメラルドだけは本物ってことだけだな」
「何だと…俺は本物だ!!向こうが偽者だ!!」
「違うよ!!」
「大体、何で俺たちがこんな胡散臭い探偵なんかに、調べられなきゃいけねぇんだよ」
「胡散臭いだと?」
「吾郎君…」
気色ばんだ吾郎を再び制した寿也は、薬師寺に向き直った。
「とりあえず、先代の寝室と書斎を見せてもらえます?行くよ。吾郎君」
「あ、あぁ…」激昂していた探偵を促した医師は、応接間から出て行った。
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