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とある事件でスコットランドヤードの大貫を訪ねていた吾郎と寿也は、帰り道にその足でパブへと向かった。
新年が近いこともあり、町を歩く人々の足は浮かれているようにも見える。
おまけに、来年には女王陛下の従弟にしてインド総督の結婚式がロンドンで行われるとのことで、
それに便乗する商売も詐欺も同じ日に結婚式を挙げようとする恋人たちも大忙しのようだった。「もうすぐ新年かぁ…」
ビールを飲んでいた寿也は、重苦しいため息を吐いた。
「どうしたんだよ?」
「病人とか怪我人が増えるんだよ。飲み過ぎ食べ過ぎ、喧嘩して流血沙汰とか」
「羽目を外し過ぎってことか」
「まぁね」
「来年の総督の結婚式は、広場で酒とか菓子が配られるんだってよ」
「うわぁ…」
眉を顰めた寿也は、ビールを一気に呷る。
「おめでたいことだからあんまり文句を言うのもどうかと思うけど、忙しいだろうなぁ…」
「一番の稼ぎ時だって思えよ」
肩を竦めた吾郎は、ふっと息を吐いて顔を寄せてきた。
「な…何?」
「大変な寿也センセイに、今日は大サービスしてやろうか?」
「…余計に大変になるから、遠慮しておくよ」
「じゃ、普通に?」
「…知らないよ」
少し赤くなった頬を隠すようにして顔を背けると、並んで立っていた状況をいいことに手を握られた。「帰ろうぜ」
「…うん」
手を引かれるようにして店を出ると、通りの向こうから走ってきた男とぶつかってしまった。「うわっ」
「ぶっ」
体格の良い男に 弾き飛ばされるようによろけた寿也は、吾郎に抱き止められるが、
ぶつかってきた男は雪道に転がり弾みで落ちた眼鏡を探している。
「眼鏡…眼鏡…」
「あ、どうぞ」
足元に落ちていたものを差し出すと、男は丸っこい指で受け取った眼鏡を装着した。
「怪我はありませんか?」
職業病的な質問をすると、男は雪を払いながら手足を捻る。
頭や肩に雪が乗っている姿は、雪だるまのようだと二人は思ったが口にはしなかった。
「大丈夫です。こちらこそ、すみません。急いでいたもので」
軽く頭を下げた男は、再び急いで二人の前から歩き去って行った。
「見ない顔だな」
「そうだね」
「さっさと帰ってヤろうぜ」
「知らないよ!あ…」男が歩き去った後には、白い封筒が 残されていた。
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