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「お世話になりました」

 まだ朝霧が立ち込めている早朝。
 出立する探偵たちを玄関で見送っていた薬師寺は、二人に頭を下げた。
「しかし児玉は気の毒だったな」
「…そうですね。大貫警部にもご協力頂いて、身内の方と連絡を取れればと思っています」
 不運な事故で命を落とした男に、全員が眉を曇らせる。
「そういえば、どうして分かったんだ?」
「え?」
「俺たちがあの部屋に閉じ込められてるって、どうして分かったんだ?」
「あぁ…」
 薬師寺が困ったように執事に視線を投げかけた。
「聞こえたんです」
「何が?」
「先代が使っていた呼び鈴が聞こえたような気して、廊下に出たら…その」
「?」
 言葉を濁した薬師寺の後を引き取った執事が口を開いた。
「先代があの部屋に入られるのが見えまして」
「…」
「心配なさっておられたのでしょうね」
「そ、そうだな」
「ありがたいことです」
 嬉しそうな樫本とは対照的に、探偵と医師は引きつったような笑みを浮かべるのが精一杯だった。

「どっちが跡継ぎになるのかな?」
 馬車の窓から風景を眺めながら、寿也が呟いた。
「さぁね。別にどっちでも変わらねぇと思うけどな」
「どうして?」
「…お前ってさ、本当に鈍いよな」
「…どういう意味だよ」
「薬師寺は、どうして俺たちを同じ部屋にしたと思う?しかもベッドは一つしかないのに」
「…そういえば、何でだろう」
 公爵家を訪れたときは、まだ『相棒』だったはずだ。
「自分達と同じだと思ったからだろ」
「え?」
「気付かなかったのか?あの二人は、同じベッドで寝てたぞ」
「…それって」
「児玉が死んだ夜、二人からは同じ匂いがした」
「同じ匂い?」
「…あんまり言わせるなよ」
 苦笑する男の顔で事情を察した寿也は、顔を赤らめた。
「アレってまだ有効だよな?」
「アレ?」
「『アパートに帰ったら、覚えておけ』って言っただろ?」
「…っ」
 革張りのシートの上に置いた手を握られて、指先に口付けられる。
「どうなんだよ?まさか冗談とか言うなよ?」
「…違うよ」
「本気にしていいんだな?」
「…うん」
「じゃ、とりあえず手付け」
「え」

 嬉しそうに笑った男の唇が重なってきて、寿也はその背中にそっと腕を回した。

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