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「この日記は依頼人に渡しておく。ちゃんと読んでくれ」
「…分かりました」
「…じゃ、解決ってことだな。今日はもう遅いから、明日帰らせてもらう」
「…」
「おやすみ。寿也、行くぞ」自分たちに宛がわれた部屋へと向かう二人の前を歩く樫本に、吾郎が声をかけた。
「あの日記、見覚えでもあるのか?」
「…えぇ。あれは、私が…三十年以上前に贈った手帳です」
「そうか」
「私は十歳までこちらの屋敷で育ちまして…別れのときに贈ったものです。
今となっては、大それたことをしたものだと反省していますが」
「公爵は嬉しかったんですね」
「大事に使ってくださって頂いていたようで、光栄です」
そう言った樫本の肩が、僅かに震えたような気がした。
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「ところでさ」
「何だよ」
この豪華な寝台で眠るのも、今日で最後だ。
「どうしてエメラルドだったのかな?吾郎君が言うように、他の石でも良さそうなのに」
「…お前、時々妙に鈍いよな」
「…悪かったね」
「彼女の誕生日はいつだって書いてあった?」
「えっと…『新緑が眩しい宝石のような月だ。彼女の生まれた日に相応しい』…あ、五月の誕生石か」
「そういうこと…ところで」
「何?」
相変わらず寝台の端に寄って背中を向ける寿也に、吾郎は声を掛けた。
「何でそんな端っこに行くんだよ」
「別に…前もそうだったじゃない」
つれない言葉に深いため息が聞こえて、ギシリと寝台が軋んだ。
「…っ」
背後から抱きすくめられて、寿也は身体を強張らせる。
「何もしねぇよ…」
「…」
「こっち向けよ」
「やだ」
「何で?」
「別にいいだろ」
「俺が見たいんだって」
「っ」
項にキスを落とされ、観念した寿也は身体の位置を入れ替えた。
「…真っ赤だな」
「…だから嫌だったのに」
紅潮した頬に触れた吾郎は、額に口付けて笑みを浮かべる。
「手、繋いでいいか?」
「え?」
「このまま抱いて寝ようかと思ったけど…さすがに無理だわ」
「…」
照れたように笑った男が身体を離して、手を握り締めてきた。
「おやすみ」
「おやすみ…」
頬に唇が触れて、部屋の明かりが消える。毛布の中で繋いだ手は温かかった。
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