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「実は…人を探して頂きたいのです」

 換気をして軽く掃除をした部屋に招き入れた男は、薬師寺と名乗った。
 泰造が運んで来てくれたお茶を出した寿也は、吾郎の隣に座り来客の話を訊いている。
「人探しか…」
 あからさまに面倒くさそうな顔をした吾郎の脇腹を突付いた寿也は、「家賃」と耳打ちをして隣の男を睨んだ。
 家主である泰造に先々月と先月の家賃を払えなかった分は、寿也が立て替えておいたのだ。
「…で?誰を探すんだよ?お家騒動は勘弁だぜ」
「お家騒動?」
 寿也が首を傾げると、向かいに座る男が息を飲む。
「さっき新聞で読んだぜ。海堂公爵家の当主が死んで、隠し子が三人だか四人も現れたってな。
 金持ちそうなアンタが一人で来たってことは、人に知られたくないことなんだろうし」
「現れた?でも人探しって…」
「あの海堂家だぜ?遺産はたっぷりあるんだから、少しでも心当たりがあるなら誰だって名乗り出るだろ」
 肩を竦めた男は、ミルクをたっぷり入れた紅茶を飲み、皿に盛られたショートブレッドを二枚まとめて口に放り込んだ。
「大方、その隠し子から本物を探してくれってことなんだろ?…美味いなコレ」
「…その通りです」
 頷いた男はため息をついた。
「先代が亡くなる間際に言い残されて…昔、恋仲になったメイドとの間にできた子供がいると。
 先代は結婚なさっていなかったので…」
「それまでは、アンタが後継者に指名されてたってワケか」
「えっ」
 吾郎の言葉に、寿也も薬師寺も目を見開いた。
「アンタは海堂家の関係者だろ?使用人にしては、良い靴を履いてるしな」
 男の足元に視線を移すと、確かに美しい光沢の靴を履いていた。
 膝の上に置かれたコートはよくよく見ると、上質のウールだ。
「それに、だ。外は雨が降っているのに靴は汚れていない…雨の中を歩いていないってことだ。
 まぁ後継者云々は当てずっぽうだったけど」
「…」
「アンタが持っているコートの中では一番質素なものなんだろうが、上等すぎるぜ」
 薬師寺は深いため息をついて、冷えてしまった紅茶に手を伸ばした。
「その通りです。親戚の俺が後を継ぐことになっていたんですが…
 四日ほど前に、隠し子だと名乗る男が二人も現れてしまって…」
「両方とも本当の子供だってことは?」
 寿也の問いに、薬師寺は首を振った。
「先代は身体が弱かったので、それはないと思いますが…。おまけに、少々困ったことが」
「困ったこと?」
「えぇ…先代によると、メイドにエメラルドの指輪を贈ったそうなんですが…二人とも指輪を持っていまして…」
「どんな指輪か知らないんですか?」
「エメラルドだとしか、聞いていません」
「…」
「どうせなら、本当の子供に跡を継がせた方が公爵も喜ぶと思いますから、ハッキリさせておきたいんですよ」
「ふぅん…」
 三人分のショートブレッドを食べ終えた吾郎は、寿也の紅茶で喉を潤して口を開いた。
「まぁヒマだし。受けてやっていいぜ」
 今に始まったことではないが、依頼人に対する吾郎の態度はお世辞にも良いとは言えない。
「吾郎君」
 嗜める言葉を発する前に、薬師寺が嬉しそうに身を乗り出してきた。
「ありがとうございます。では屋敷に来て頂けますか」
「あぁ」
「では、明日。迎えをよこしますので」
「頼むわ」
 頷いた男は、再び礼を言うと帰って行った。

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