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天井近くに小さな明り取りの窓があるだけの空間で、微かにカビの匂いがする。
「さて…昨日は大変でしたね」
「はい?」
「お風呂で溺れ死にそうになったそうじゃないですか」
「…」
「しかし、本当に死ななくて残念だ」
「は?」
「あなたが公爵の隠し子なんでしょう?」
「え?」
意外な言葉に、寿也は瞬きを繰り返した。
「僕が…?」
「えぇ」
「違いますよ」
寿也の否定に江頭は動じることなく、ポケットからハンカチを取り出した。
「これが証拠ですよ」
彼の手の中には、眉村の指輪が光っていた。
「それは僕のものではありません。それに…国分さんだっているのに」
「彼は違いますよ。私が雇った男です。もともとは私の画廊で働いていたんですがね」
「え…」
「もっとも…どこかの貴族の落とし胤であることは間違いありませんよ?
父が引き取ってきたので、詳しくは知りませんが」
「それって…」
「公爵の隠し子のことを聞いて、年が同じくらいの彼に名乗り出るようにお願いしたんですよ。
まぁそれはいいとして…指輪を返してください。あれは結構値打ちモノなんですよ」
「僕は持っていません」
「じゃ探偵の方か。仕方ない…国分、アイツを呼んで来い」
「はい」
頷いた国分が部屋を出て行ったが、秘密の入り口は閉じられてしまう。
「庭でどちらが隠し子か、と聞いたのはわざとだったんですね」
「その通り。私は国分が偽物だと知っているわけですから、あやしまれないようにね
…何せ児玉は扱いにくい男だったですし」
「児玉さんはあなたが雇ったんじゃないんですか?」
「違う。だが、彼は海堂家の血は引いていない。国分と同じで、どこぞの貴族の胤でしょう」
「…あなたが殺したんですか」
「違いますよ」
「…」
無言で睨み合っていると、壁の扉が開いて男が入ってきた。
「吾郎君!!」
「…」
江頭の姿を認めた吾郎は、寿也を背に庇うようにして江頭の前に立つ。
「なんだ…二人共々始末しようってワケか」
「…え」
「眉村を殴ったのはコイツで、児玉を殺したのはそこのチビだ」
「…僕は殺してなんかいない!!」
「どういうことだ?」
「揉み合っていたら、あの男が足を滑らせて…」
「揉み合う?」
「落とした指輪を拾ってくれてたんだ…でも、なかなか返してくれなくて。
無理矢理取り返そうとしたら、あいつが転んで…」
「そんなことはどうでもいい」
国分の訴えを鼻で笑った江頭は、探偵に手を差し出した。
「指輪を渡してもらおうか」
「…」
「早く渡せ!!」
「ほらよ」
放り投げられた指輪を受け取った江頭は、可憐な指輪を大事そうに上着にしまうと再度手を出した。
「もう一つもだ」
「あれはお前のじゃねぇだろうが」
「うるさい!!早く出せ!!」
「…」
深いため息をついた男が渋々指輪を渡すと、素早く奪い取った江頭は笑みを浮かべた。
「じゃ、君たちは大人しくここにいてください」
「…」
「気が向いたら、出してあげましょう。もっとも、私は一ヵ月後にはインドに行ってますがね」
楽しそうに笑った男に続いて、国分が部屋を出て行く。壁が閉まると、何の音も聞こえなかった。
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