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友人の様子に戸惑ったような様子を見せた眉村は、深いため息をついた。
「俺の父は公爵じゃない」
「何で言い切れる?」
「あの指輪は、父が初めての給料で母に贈ったものだときいた。公爵ならもっと高級なものを贈ったはずだろう」
「…」
「俺のことはどうでもいい。先に児玉を殺した犯人を捜すべきじゃないのか?」
「大体の見当はついてる」
「えっ」
探偵の言葉に三人が目を見開く。
「誰なんだ?」
「明日、警察が来たら種明かしだ。大貫のオッサンに頼んであることもあるしな」
寿也の脳裏に、人相の悪いスコッランドヤードの警部の顔が浮かぶ。
「何を頼んでいるんですか?」
「秘密」
「…」
「とりあえず寝ようぜ。さすがに眠いわ」
大欠伸をする男を呆れたように見つめた薬師寺たちは、渋々部屋に帰っていった。
「…犯人は誰なんだい?」
「だから、明日教えるって」
「僕を襲った犯人と同じ?」
「…あぁ」
吾郎は深いため息をつくと、水差しから注いだ水を飲んでいた。
「誰なんだよ」
「黙っててくれ」
「…」
今まで聞いたことのないような冷たい声に、寿也は息を飲んだ。
「…ごめん」
薄暗い部屋に重苦しい空気が流れ、吾郎は再び息を吐く。
「悪い。俺も気が立ってるみてぇだな」
「…」
「本当は…俺だってアイツをブチ殺してやりてぇよ。でも、まだ足りねぇんだ」
「…うん」
「もう寝ようぜ」
「…うん」
灯りを消し、ベッドに横になると一気に眠気が襲ってくる。
「…?」
ふっと温もりが背中を包み込んで、意識が少し浮上した。
背後から伸びてきた腕が、寿也の身体を抱きしめていた。
「…」
先日のように、寝ぼけているわけではなさそうだ。
振り払おうと思えばいつでも振り払える。しかし、寿也は眠ったふりをすることした。
伝わる温もりは、心地よかった。
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「…ん?」
翌朝。ふと目が覚めると、隣に吾郎はいなかった。
「…吾郎君?」
触れたシーツは冷たく、男が随分前にベッドから出たことを示していた。
時計を見ると、まだ六時前だ。
もう少し寝ようかと考えていると、小さなノックが聞こえる。
「はい…?」
こんな早朝に誰だろうと首を傾げつつ、声を掛けると小さく返事が聞こえた。
「あの…国分です」
「どうしたんですか?」
「茂野さんが…」
「え?」
「茂野さんが僕の部屋に来ていて…あの、佐藤さんを呼んできて欲しいと言われたので」
「えっ…すみません。すぐに用意します」慌てて用意を済ませて部屋を出ると、小さな男が申し訳なさそうな顔をしていた。
「朝早くにすみません」
「こちらこそ、茂野が無理を言いまして」
お互いに頭を下げ、寿也は国分の後をついて行った。
「こちらです」
国分に案内された部屋は客間というには、貧相な部屋だった。
児玉の部屋よりも狭く、早朝ということを差し引いても薄暗い。
「…?」
不審に思ったものの、部屋に足を踏み入れると後ろでドアが閉まる。
「お待ちしていましたよ」
「え?」
部屋にいたのは、江頭だった。
「あの…?」
「少し込み入った話がありますのでね…こちらへ来て頂きましょうか」
「は?」
立ち上がった江頭が柱の装飾の一部を押すと、壁に穴が開いた。
驚く寿也を尻目に、男は壁の中に蝋燭を何本か運びながら楽しそうに笑っている。
「この屋敷は隠し部屋がいくつかありましてね…部屋に入ったはずの人間が消えることから、
幽霊屋敷と言われているようです」
「…」
「さ、どうぞ」
後ろで国分がナイフを握っていては、従うしかない。
「…」ため息をついて壁を潜ると、小さな部屋があった。
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