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 執事の言葉に頷いた寿也が応接間に入ると、既に吾郎は紅茶を飲んでいる。
「遅いぞ。お前の分のクッキー、食っちまうぞ」
 探偵の子供っぽい言葉に苦笑した寿也が椅子に座ると、芳香を放つお茶を口に含む。
「美味しいですね」
 隣の国分を見て笑みをうかべると、彼も嬉しそうに笑った。
 美しい皿に盛られたクッキーは、泰造のものと同じくらいに美味しい。
「あれ?薬師寺さんたちは?」
「村で病人が出たらしいから、往診だとさ。橋が落ちて隣町に行けないからだと」
「ふぅん…」
「ところで、何か分かったか?」
「え…、うん…まぁ」 
 江頭たちがいる前でわざわざ口にすると言うことは、何かあるのだろう。
 寿也は曖昧に頷いた。
「色々と面白いことが分かったよ」
 医師の言葉に、江頭が顔を上げる。
「面白いこと、ですか」
「えぇ」
 ちらりと視線をやると、小さく頷いた吾郎が口を開いた。
「何でエメラルドだったかってことだろ?」
「え?」
 今度は国分が首を傾げた。
「お前の母親は、何で指輪を貰ったって言ってたんだ?」
「前にも言ったと思いますけど…結婚の約束で」
「約束なら、ダイヤでもサファイアでもいいじゃないか…ルビーでも」
「…」
 自分に対して含むところがあるのかと探偵を睨むと、彼は肩を竦めた。
 かつての婚約者に贈った指輪は、美しい赤い宝石だったのを吾郎は知っていたからだ。
「母さんの目は、緑だったからだよ」
「ふぅん」
 頷いた吾郎が自らお茶のお代わりを注ぎ、クッキーを摘むと寿也の隣で小さな悲鳴が聞こえた。
「わっ…」
「大丈夫ですか」
 カップをひっくり返した国分のズボンに、紅茶の染みが広がる。
「火傷は?」
「大丈夫です」
 ポケットからハンカチを取り出し、ズボンを拭こうとすると中に包んでいた指輪が転がり落ちた。
「おや、落ちましたよ」
 床に転がったものを拾い上げた江頭が、まじまじと指輪を観察をしている。
「はい、どうぞ」
「…ありがとうございます」
 指輪を返してもらいながらも、寿也は江頭が奇妙な笑みを浮かべていることが気にかかっていた。

 患者に付き添っているという眉村を除いた面々が、夕食のテーブルに座っていた。
「それで、どうですか?」
 探偵に水を向けた薬師寺は、些かやつれているようだった。
「半分くらいは分かった」
「半分…ですか?」
「そのうち話す。ところで警察はいつ来るんだ?」
「明日来られるそうです」
「そうか」
 頷いた吾郎は、大口を開けてパンを食べている。
 いつもと変わらない様子に、寿也は肩を竦めて食事を進めた。
「ちょっと話があるんだけど、いいか?」
 江頭たちが引き上げた席で問われた薬師寺は、軽く頷くと後で自分の部屋に来て欲しいと言って部屋を出て行った。

「さてと、俺たちも行くか…どうしたんだ?」
「え…」
「何か眠そうだけど…疲れたのか?」
「…そうなのかな」
 先ほどから眠くて仕方がない。
「先に寝てていいぞ」
「…ごめん、そうさせてもらうよ」
 欠伸をして席を立つと、足元がふらついた。
「おい、大丈夫か」
「…うん。さっき飲みすぎたのかな」
「ほら、掴まれ」
「ごめん」
 手を引かれて部屋に辿り着きベッドに倒れこむと、抗いがたい睡魔が襲ってくる。
 ふわりと温かいものが身体を覆い、髪を撫でられた感触がした。

 部屋の明かりが消え、静かに閉められたドアの音を遠くで聞きながら寿也の意識は沈んでいった。

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