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「水は零れてないみたいだな」
「そうだね」
 少し傾いた『定位置』の絵の前で、二人は笑みを浮かべる。
 眉村が倒れていた場所には多少の血が流れていたが、今は綺麗に掃除がしてあり
 僅かにカーペットの色が違うだけとなっていた。
「同じ犯人だと思う?」
「さてね…まぁ眉村を殴ったのは、あのチビじゃねぇだろ」
「そうだね、彼が殴ると傷の位置がもっと低い場所になるだろうし…ん?」
 眉村が倒れていた床にしゃがみ込んだ寿也は、そばにあった飾り棚の下に手を伸ばす。
「これじゃない?形見のネックレスって」
 寿也の手には古い指輪に通された、銀の鎖があった。
「倒れたときに切れたんだね」
「そうだな…へぇ、これもエメラルドなんだな」
「え?」
 よく見ると、銀の台座に申し訳程度に飾られたエメラルドが光っている。
「同じ形見でも、えらい違いだな」
「またそんなこと言って…後で渡しておくよ」
「あぁ」
 拾得物をハンカチに包み、無くさないようにとポケットに仕舞った。

「さてと…とりあえず、どっちから手をつけるかな」
「殺人の方じゃないの?」
 寿也の言葉に、吾郎は頭をかいた。
「…だよなぁ。よし、お前は隠し子の方を当たってくれ。夜に話を聞くから」
「僕が?」
「当たりをつけた日記があるから、それを読んでおいてくれ」
「はいはい」
 肩を竦めた寿也は、吾郎の背中を追って公爵の書斎へ足を踏み入れた。

「ちょっと気になることがあってな…」
「何?」
「『ワーズワースの気分を味わった』って何だと思う?」
「?」
 手渡された日記を見ると、日付は二十余年前の冬のものだった。
「『庭を歩いていたら、自分の庭でワーズワースの気分を味わえることに気付いた。面白いものだ』…?何だろうね」
「さてね。そのあたりはお前に任せる。そのあたりは日記が短いってのも引っかかる」
 数冊の日記を寿也に手渡そうとした吾郎の手から、日記が滑り落ちる。
「悪い…ん?」
 机の下に入り込んだ冊子を拾った吾郎は、美しい模様を描く浮き彫りが施された天板に目を留めた。
「何?」
「これ…開くかも」
「え?」
「昔、これと似たような机を見たことがある…どっかの模様を押すと、どっかの引き出しが開くんだよ」
「そうなの?」
 興味深げに吾郎の行動を見守っていると、微かな音がして薄い引き出しが飛び出してくる。
 引き出しと引き出しの間の部分だと思っていた部分は、秘密の物入れだったらしい。
「な?」
「…すごい」
 引き出しを覗いてみると、古びた冊子が入っていた。
「これ、日記だ…」
 中を捲った寿也が、驚きに満ちた顔を上げる。
「ほら、見てよ」
 内容に目を通した吾郎が満足そうに頷く。
「これで隠し子だ誰か分かるな」
「…そうだね」
「じゃ、よろしく」

 手を振った男は部屋を出て行き、残された寿也は机に座って日記を読み始めた。
「メイドと出会ったのは、あの池の傍か…」
 公爵の日記には、メイドとの出会いから別れまでが綴られていた。
 詩的な文章で綴られた日記は、まるで物語を読んでいるようだ。
 大学時代、文学の教授に情緒がない文章を書くと指摘された過去が頭をよぎり、寿也は苦笑した。
 レポートなどを書くのは得意だが、叙情的な文章は苦手であることは同居人には秘密にしている。
「見習いたいものだね…」
 若き日の公爵は恋人の誕生日プレゼントで悩んでおり、自分で働いて贈り物を買うことにしたらしい。
 次のページを捲ろうとしたとき、軽いノックが聞こえて返事をすると樫本が顔を出した。
「お茶になさるそうですが、いかがなさいますか」
「ありがとうございます。行きます」
 寿也は樫本が背を向けた隙に、日記を元の場所に戻した。

「樫本さんは、公爵の息子さんと薬師寺さんのどっちに継いでもらいたいんですか?」
 階段を降りながら訊ねると、執事は黙って首を振った。
「私などが口出しできることではありませんので…ただ」
「ただ?」
「公爵家を大事にして下さる方だと、いいですね」

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