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「やれやれ…橋が落ちてるなんてツイてねぇな」
「申し訳ありません。古い橋だったので…」
 ため息をついた探偵の前で、薬師寺は恐縮していた。
 城の前を流れていた川が上流の大雨で流されてしまい、警察を呼びに行こうにも回り道をしなければならない。
 執事の指示で、足の速い下男と馬の扱いに慣れた御者がロンドンに向かっていた。

「おう。どうだった?」
 検死を終えた寿也が、部屋に入ってきた。
「死因は頭部の傷だね。死亡推定時刻は…大体午前二時から六時の間ってところかな。
 棚に置いてあった花瓶で殴られたか、たまたま花瓶にぶつかったのか…」
 ため息交じりの言葉に、江頭が眉を寄せる。
「眉村さんみたいに、後ろから殴られたということですか?」
「…さぁ」
「とりあえず、だ。アンタたちにはもう少しここにいてもらう」
「…私もロンドンで仕事があるのですがね」
「帰るなら帰ってもいいけど…警察が後から画廊に行くだけだ。客商売なのに大変だな」
 そう言った吾郎は、寿也を視線で促すと部屋を出て行った。
 行き先はもちろん児玉の部屋である。 

「さて、調べるか…お前はカバンを調べてくれ」
「はいはい」
 肩を竦めた寿也は、古びた旅行カバンの中身を床に並べ始めた。
「替えのシャツと本と…あまり荷物がないね」
「そういえば、こいつ何の仕事してるって言ってたっけ?」
「造船所で働いてるって言ってたじゃないか」
 寿也の呆れたような視線を受けた男は、肩を竦めて故人のジャケットを探っていた。
「ん?」
「どうしたの?」
 ポケットの中から出てきたのは、布に包まれたエメラルドの指輪と小箱に入った可憐なエメラルドの指輪だった。
「これって…」
「あのちっさいのが持ってたのだよな」
「まさか、彼が犯人ってこと?でも昨日は夕食の後は会ってないって、さっき言ってたじゃないか」
「そんなの本人がそう言ってるだけだろ?」
「そうだけど…」
「まぁ、アイツが犯人なら指輪は持って帰るはずだし…別に犯人がいるのかもしれねぇしな」
「…そうだね」
 顔を見合わせてため息をついた彼らは、指輪のことは伏せて応接間に降りて行った。

「昨日の夜ですか…」
 最初に話を聞いた江頭は、面倒くさそうに口を開いた。
「夕食を頂いてから、庭を散歩した後に部屋に帰りました」
「その後は?」
「部屋で本を読んで…寝ましたよ」
「お前は?」
 隣の椅子に座る男に視線を移すと、国分は落ち着かない様子で身体を動かしている。
「僕は…部屋にずっといました」
「本当に?」
 探るような目で国分を見つめると、江頭が口を開いた。
「すみません、嘘を言いました」
「嘘?」
 眉を顰めた吾郎の前で、画商は悠然と足を組み換える。
「私は国分さんの部屋に行きました」
「何の用で?」
「次期公爵かどうかを確かめたかったものですから…あぁ、メイドにワインを運んでもらいましたから
 彼女に話を聞いてもらってもいいですよ」
「どんな話をしたんだ?」
「別に…彼の母上のことを色々と」
「ふぅん…」
「僕と国分さんは別だとして、薬師寺さんはどうなんですか?」
「は?」
「いくら公爵の実子に後を継いでもらいたいと言っても、海堂家の財産は莫大だ。
 二人ともいなくなれば、あなたが相続することになるんでしょう?」
「…俺が犯人だと言うのか?馬鹿馬鹿しい」
「否定するだけなら、誰でもできる」
「俺は、眉村と酒を飲んでいた」
「…その通りだ。落ち着かなくて、俺が誘った」
「あなたは公爵の主治医だったはずでしょう?
 医者のくせに、怪我の後にお酒を飲むなんてありえないんじゃないんですか?」
「…その通りだ。反省している」
「前から不思議だったんですが、あなたが主治医というのも解せないんですよ」
「は?」
 首を傾げた吾郎に、江頭は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「若すぎると思いませんか?」
「若い?」
「名門海堂公爵家の主治医にしては、若すぎると思いませんか?普通はもっと熟練の医師がつくはずでしょう。
 まさか、公爵とただならぬ関係で…」
 言葉の途中で、江頭の眼鏡が吹き飛んで床に転がる。
「眉村を侮辱するな」
 江頭を殴り倒した薬師寺は、乱暴にソファに腰を下ろした。
「こいつを主治医にしたのは、誰なんだ?死んだ公爵か?」
 吾郎の質問に、眉村が頷く。
「公爵とは面識があった。大学の夏休みに、薬師寺がこの城に招待してくれたときにお目に掛かった」
「それで?」
「先代の主治医が俺たちの大学の卒業生で…後継者を探しているという話を教授に伺って、弟子にして頂いた」
「その主治医は?」
「一昨年、肺炎で亡くなった」
「そうか」
 眉村の話に頷きながら、吾郎は薬師寺に近付いて何やら耳打ちをした。
「なっ…!!」
 薬師寺が顔色を変え、吾郎が笑みを浮かべる。
「違うか?」
「…その通りだ」

 不可思議な遣り取りに首を傾げつつ、寿也は部屋を出て行った吾郎を追いかけた。
「何の話をしてたのさ」
「薬師寺と眉村は犯人じゃねぇってこと」
「どうして?」
「…知りたいか?」
「え…」
 先に階段を昇っていた男が足を止め、寿也を振り返る。
「知りたいか?俺があの二人を、容疑者から外した理由」
「…それは、まぁ」
「…」
「何だよ…」
 いつになく真剣な目で見つめられて、寿也は息を飲む。
 自分に向けられる視線は、昨日庭で向けられたものと同じ熱を持っていた。
 一時は結婚の約束をしていた綾音と別れてから、吾郎はこんな顔をするようになった。
 そして、その視線を向けられる度に寿也は戸惑ってしまう。
「…吾郎君?」
「…やめとく」
「えっ?」
「そのうち教えてやるよ」
「何だよ、それ」
「まー探偵の守秘気味ってやつだ」
「守秘義務の間違いだろ…もういいよ。で、どこ行くの?」
「幽霊が水を零す部屋」
 肩を竦めた吾郎は、再び階段を昇り始めた。

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