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「今日も収穫ナシか…」
昨日と同じく、同じベッドに入った彼らは、相変わらず背中を向けて会話をしていた。
「公爵がワーズワースとキーツが好きだって、分かったくらいだね」
「そんなの手がかりにもならねぇよ」
「良い詩だよ?」
「どうでもいい」
「あっそ…読んだことないの?」
「ないね。興味ねぇし」
「威張って言うことかなぁ…」
「ハイハイ、どうせ情緒を理解しない男って言うんだろ?」
「まだ言ってないよ」
「お前が昔、言ったんだぞ」
「…ごめん」
「電気、消すぞ。お休み」
「…お休み」
気まずい沈黙の後、吾郎の寝息が聞こえてくる。
「早く解決しないと、寝不足になるなぁ…」
昨日の晩も、隣の気配が気になって殆ど眠れなかったのだ。
微かな衣擦れの音や、息遣いを感じるたびに胸が高鳴り、ようやく意識が沈んだのは空が白んでくる頃だった。
とりあえず目を閉じていようと、寿也は布団を頭から被った。大きな窓からは朝陽が差し込み、どこからか小鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝だった。
「…」
寿也は布団の中で硬直していた。
いや、正確には吾郎の腕の中で硬直していた。
「ど、どうしよう…」
寿也を胸に抱きしめて眠っている男は、目を覚ます気配がない。
「…起きてよ」
小さな声で覚醒を促しても、吾郎の寝息は深い。
寝顔をまじまじと観察すると、少しだけ開いた唇が目に入った。目を閉じていると少しだけ幼い寝顔に、
思わず笑みが浮かんでくる。精悍なラインを描く頬を突付くと、顔を背けられてしまう。
「ん…」
起こしてしまったかと、息を詰めていると再び寝息が聞こえてきて寿也は胸を撫で下ろした。
「呑気な顔しちゃって…」
眠りの世界の住人は、楽しい夢も見ているのか僅かに笑っているように見える。
このまま寝顔を見ていたいような気もするが、吾郎の後ろにある時計を見るとそろそろ朝食の時間だ。
「吾郎君」
「…」
「吾郎君、ねぇ起きて」
肩を揺さぶって声を掛けると、微かな唸り声と共に吾郎が目を開けた。
「ん…寿?」
ぼんやりとした目が寿也を捕らえ、彼は嬉しそうに笑う。背中を抱いていた腕に力が入り、吾郎の顔が近付いた。
「寿也」
「起きた?君が起きないと起きられな…っ」
寿也の言葉は、重なってきた唇によって遮られてしまった。
「んっ…」
驚きに目を見開いていると、男の手が夜着の中に忍び込もうとしている。
「っ!!」
思わず吾郎を突き飛ばすと、乱れた服の裾を握り締めた。
「あれ…寿?」
完全に覚醒したらしい声で相棒の名を呼んだ男は、自分がしたことを思い出したのか息を飲んだ。
「…悪い」
「…」
二人の間に気まずい空気が流れ、置時計が八時を知らせる。軽やかな音色と同時に女の悲鳴が響き渡った。「何だ!?」
「向こうの部屋からだったよ」
ガウンを纏った二人は、悲鳴が聞こえた部屋に向かう。
「どうした!!」
児玉の部屋に飛び込むと、倒れているメイドを薬師寺が介抱していた。
花瓶の破片と生けられていた花が散乱し、テーブルの上には中身が零れたグラスが転がっている。
「どうしたんだ?」
「児玉さんが…」
「えっ」
視線の先のソファの傍らに、眉村が立っていた。
「警察を呼んだ方がいい」
首を振った彼は、ため息をついて脈を取っていた手を静かに下ろした。
「死んでる」
「…」ソファに座っているように見える児玉は、息をしていなかった。
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