<BCF・アマズールの解放> 下・アマズール・クイーン編

 

「──宰相殿から話は聞いている」

扉を守る若いアマズールの戦士は、氷の針のような視線をキールに突き刺してきた。

つい昨日までの魔術師ならば、きっと挑発的な行動を取らずにいられなかっただろうし、

そのおかげでのっぴきならない状況に──しかも今キールは仲間と別行動でたった一人だ!──陥っていたに違いない。

しかし、クワリ・クボナとのひと時が、未熟な魔術師を、冷静で賢明な男へと変えていた。

キールは何か言いたそうなアマズールを刺激するでもなくことさら無視するでもなく、ごく自然に対応した。

頷いてすっと扉の前に立った異国の魔術師に、タイミングを外されたアマズールは、とまどったような表情になった。

うまくかわされると、一介の衛兵としては、宰相じきじきの命令に従うほかなく、

女戦士は、客人のために不承不承扉を開かざるを得なかった。

──扉の向こうは、女王の執務室。

最初に会った時の謁見の間と同じような玉座があり、アマズール・クイーンが腰掛けている。

キールたちが、カブハボタンを献上した女だ。

目じりに塗りたくられたアイシャドウと濃い香料の匂いが、魔法使いをげんなりさせる。

先ほど、最上等の女性とさんざん交わってきた身としては、貌立ちは良くとも、

こうも「やりすぎ」な女を前にすると、やる気がどんどんと萎えてきてしまう。

玉座の周りの護衛たちが鋭く睨みつけてくるのもそれを手伝っている。

もっとも、キールに恐れはない。

女蛮族最強のバルキリーはあなどれぬ強敵だが、

炎の邪神との戦いを閲した魔法使いにとってはむやみと恐れるほどの相手でもない。

もちろん、今のキールはアマズールと敵対する気も挑発する気もなかった。

そして、その余裕と冷静さ──成長の証こそが、彼に大きな自信を与えていた。

無言で睨みつけてくるアマズール・クイーンの視線をさりげなく受け止めたキールは、一歩進み出ようとして足を止めた。

「──」

眉根を寄せて考え込む。

「玉座に座っているのは、この前会った人だな。──じゃあ最初から謁見に影武者を使っていたのか」

玉座の女が、はっと目を見開いた。

「今日の僕は冴えてるぞ。君から感じる気は、とうていアマズール最強の戦士とは思えない。

アマズール・クイーンは、一族最強の戦士だったはずだ。──つまり、君は、ニセモノ」

キールはにやりと笑った。

実際、心身ともにすっきりとしている今の自分は、観察力も判断力も以前とは桁違いだ。

伝説の中の大魔術師──<魔道王>や<魔人ダバルプス>にでも肩を並べたような気さえする。

玉座の下にたむろう女戦士たちの誰かが、本物の女王なのだろう。──陳腐な手だ。

図星を指されたアマズールたちがざわめく。

「──見事だ。よく私が本物の女王とわかったな」

声は、キールの後ろからした。

振り向くと、扉を開けてくれた若い女戦士が渋い顔をしてキールを睨みつけていた。

若い魔術師は、自分が自尊心のほどには成長していない事を悟った。

女王がニセモノということは見事見破ったが、まさか扉の守り手が本物の女王とは予想していなかった。

魔都リルガミンの大魔術たちのような冴え、なんて、とんでもない思い上がりだった。

しかし、キールは同時に、まだ自分が相当「ツイてる」ことも確認した。

本物のアマズール・クイーンは、キールが自分のことも見通したとばかり思っている。

冷たい表情の中で、瞳にだけはたしかに感嘆の色が浮かんでいる。

女王は手を振って、自分の影武者や護衛たちに下がるように命じた。

「影武者を見破れなかったら、そなたの首をはねてもいい約束だった。

見破ったら受け入れるという約束と引き換えに、な。

──残念だが、クワリ・クボナの言うとおりに、そなたは相当の実力者のようだ。

……わが閨房の客として認めよう」

女宰相が自分の主君ととんでもない賭けをしていたことを知ってキールはひそかに眉をしかめたが、

まあ、なるようにしかならない、とすぐに臍を固めた。

 

アマズール・クイーンの寝室は、彼女の部下であるクワリ・クボナのそれよりも小さく、質素で、殺風景だった。

「どうした?」

不審げな顔のキールを見て、鋭い観察力を持つ少女は理由を悟ったようだった。

「──宰相殿より、私は裕福ではなくてな。まださまざまな権限を預けたままだ」

修行中の女王は、実入りも少ないということだろうか。

「それに、宰相殿の嗜好を、私は好かない」

質実剛健をよしとする女蛮族の長は、たとえそれだけの財力があっても、

クワリ・クボナのような天蓋付きのベッドと異国の珍品奇品を積み上げたテーブルとは無縁だろう。

飾りひとつないベッドの上に腰掛けた美少女に、しかしキールは好ましいものを感じた。

「マウ・ムームーを、斃したそうだな」

アマズール・クイーンは、宙の一点を見つめるような表情で呟いた。

「ああ、強敵だったよ」

「そうか。……あれは、人が斃せるものだったのだな」

若い女王の呟きは、複雑そうだった。

女蛮族を縛り付けていた邪神は、生贄だけを欲し、何の恩恵も与えぬ低級神だった。

しかし、あまりにも長い間支配されていたアマズールたちにとって、それはまぎれもない神であり、

人の子が斃すことができる存在だったとは夢にも思わなかったのだろう。

「私も幼い頃、夢に思ったことがある。──あの理不尽な神を除くことができないものかと」

「──」

「だが、日々の生活が、あれに服従することへの疑問を磨耗させ、忘れさせた。

正直に言おう、そなたたちがあれの討伐に向かったとき、その背中を、私たちは嗤った」

「……だろうね。自分でも酔狂だと思ったよ」

キールの苦笑を、しかし女王は真摯に受け止めた。

「私は自分を恥じる。そして、そなたを尊敬した」

まっすぐな女王の視線に、キールはどぎまぎと目をそらした。

美少女と呼ぶにはあまりにも物騒な目つきをしていたが、顔立ちと肢体そのものだけ見れば、

おどろいたことに、アマズール・クイーンは女宰相よりも美しい。

あと数年──彼女が成熟し、女王の実権を全て手中にする頃、アマズール一の美女の座も彼女のものとなろう。

クワリ・クボナがそれを笑って受け入れるか、別の手を打つか──キールには分からない。

しかし、今、キールは女宰相よりも、自分と同じくらいの年齢の少女に心惹かれるものを感じた。

──それに対しては、クワリ・クボナがにやりと笑って背中を押してくれることだろう。

「──おう」

一瞬、ぼうっとした魔術師は、女王の言葉を聞き逃した。

「なんだって?」

「では、まぐわおう、と言ったのだ。そなたもそのために来たのだろう?」

あまりに簡潔な言葉に、キールはむせこんだ。

咳き込む魔術師に、アマズール・クイーンは柳のような眉をひそめた。

「……私と、まぐわいたくないのか?」

「い、いや、そんなことはないけど」

「私は、そなたとまぐわいたい」

きっぱりと言い切る大理石のように硬質な美貌を前に、キールはしどろもどろになった。

「い、いいの?」

「何がだ?」

「そりゃ、色々と。……はじめてじゃないの?」

「私がか? 男とまぐわうのは初めてだ」

「だ、大丈夫なの?」

「クワリ・クボナは、そなたが教えてくれるから大丈夫だ、と言った」

「そ、そりゃ──」

「ならば、問題あるまい。──これも不要だ」

テーブルの上においてある小瓶をちらっと見やった女王は、それを戸棚にしまいこんだ。

「それ、何?」

「避妊の魔法薬だ。──クワリ・クボナは、子については

孕んでも孕まなくてもいいと言っていたが、私はそなたの子を孕みたい」

キールは退路が絶たれたのをひしひしと感じた。

 

現金なことだが、それほどの精神的な重圧を受けても、アマズール・クイーンが貫頭衣を脱ぐと

キールの男根はたちまち元気になった。

色気はまだまだだが、肢体だけならば、すでに美貌の女宰相にもひけを取らないほどのものを

女蛮族の首長はすでに備えていた。

「大きいな。それに不思議な形だ」

ローブを脱いだキールの股間をアマズール・クイーンはしげしげと見つめた。

「見るのもはじめて?」

「いや。マウ・ムームーに捧げる生贄の男のものなら何度も見ている。

皆、その様に立派ではなく、上を向いてもいなかった。そなたのは、特別なのか?」

それは死の恐怖で縮こまっているだけじゃないか、と、キールは言えなかった。

アマズール・クイーンの話にびっくりした自分のものが「下向き」にならないように集中する。

幸い、それはそれほど難しいことではなかった。

男を知らないとはいえ、女王の若い身体は女体として十分に完成していたし、

何よりもキール自身が、目の前の女性と性交したいと思っていたからだ。

魔術師は、アマズールの支配者に近づき、その身体をそっと抱きしめた。

女王は、身じろぎもせずにそれを受け入れる──と言うより、どう反応すればいいのかわからないのだろう。

しかし、キールが唇を寄せて軽くキスをすると、そっくり同じしぐさでキスを返してきた。

舌を絡めあい、ベッドの上に折り重なる。

空気を荒く吸い込んだ鼻腔が、女王の匂いでいっぱいになる。

香水を惜しみもなく使い、また自分自身が大輪の花のように熟れたクワリ・クボナと違い、

アマズール・クイーンは、若い女そのものの健康的な匂いがした。

汗の匂い、湯の匂い、太陽の匂い、そして牝の匂い。

それは、同年代のキールにとって、女宰相と交わったとき以上の興奮を与えた。

「ああ……」

石か木のように表情に乏しかった女王は、

キールに胸乳をまさぐられ、その先端を吸いたてられると、意外に大きな声で喘いだ。

自分でも驚いたらしく、とまどったように手を口元に当てる。

しかし、魔術師が「ここが突破口」とばかりに乳首を攻め立てたので、女王の唇からは熱い吐息が漏れ続けた。

「大丈夫かな?」

キールは、透明な蜜にあふれている女王の性器に触れながら言った。

指先が性器の縁をなぞると、アマズール・クイーンは押し殺した悲鳴を上げた。

「大丈夫だ、……私の中に…入って来い」

性行為をどのように表現すればいいのかわからず、女王は無機質な言葉を使った。

だが、それを伝える声も吐息も、焔のように熱い。

キールは女王の中にうずめた。

「──っ!」

女王は眉をしかめたが、破瓜の痛みは短かった。

初めて味わう感触が、やがて本能を呼び覚まして至上の感覚に変わる。

「これが、そなた……か。──堅い。熱い。大きい」

思ったままのことをつぶやいて抱きついてくるアズマール・クイーンに、キールは激しく興奮した。

たっぷり潤っているとはいえ、乙女の秘所はぴっちりとした粘膜の塊であり、

その中を割って入った男根は、四方八方から潤んだ肉に包まれることになった。

魔術師は、たちまち絶頂を感じた。

相手の興奮を知って、アマズール・クイーンのほうも昇りつめていく。

若い男女は、激しく交わりを交わした。

やがて、女王は、魔術師にこれ以上ないと言うくらい強くしがみついて、大声で叫んだ。

「ああっ、──子種を、そなたの子種を、私にくれ──」

女王のあからさまな要求に応えて、キールがはじける。

魔術師が、自分の胎内へ大量の精液を送り込むのを、女王はのけぞって受け止めた。

「──もっと、もっと、もっと。私が、そなたの子を孕むまで、続けてくれ」

それは、情欲だけではないもっと切実な願いだった。

キールは、一昼夜かけて、アマズール・クイーンのその願いをかなえた。

 

後朝(きぬぎぬ)の別れと呼ぶには、いささか疲れすぎていた。

クワリ・クボナとその侍女たちとの交わりは一晩だったが、

アマズール・クイーンとのそれは、昼と夜を丸々に及んだ。

交わった回数も、使った体力も、倍以上だろう。

キールは自分がミイラになっているんじゃないかと思ったが、ことの最中は、

このままファラオのように干からびてしまってもいいと思っていた。

──ことの終わった今も、そう思っている。

「よいまぐわいだった。私は、一生忘れぬだろう」

相変わらず、羞恥とは無縁そうな直接的な表現で、女王はキールに謝意を伝えた。

「その……やっぱり、孕んだの?」

「もちろんだ。──良い子を産む」

きっぱりと、というよりは淡々と言う女王に、キールはもう気おされるものを感じなかった。

この娘は、こういう喋り方、こういう表情というだけなのだ。心のうちは──。

「──ごめんね。……僕は、この先に進まなきゃならない」

「分かっている。そなたは冒険者だし、私はアマズールの女王だ」

<災厄の王>にかかわる探索は、いまや世界そのものの危機に直結していた。

そのクエストから降りることは──今の魔術師には許されないことだった。

どんな相手をもまっすぐ見つめるはずの娘が、キールから視線をそらした。

魔術師は、思わずアマズール・クイーンを抱きしめた。

「心配するな。そなたの子だ。──きっとアマズールを良い方向へ導いてくれる」

キールの髪を撫でながら女王は自分に言い聞かせるように呟いた。

「……アマズールを?」

「そう。そなたと私の子は、アマズールの希望なのだ。異国から来たわが夫よ。

マウ・ムームーが滅び、私たちは「外」を迎え入れる種族となる。私やクワリ・クボナも無論頑張るが

それが成るのは、外からの良き種がもたらした新しい女王、あるいは王の世代だろう」

「……」

「私たちの祖先は、ここよりもっと大きなピラミッドを築いた。

三十の国を征服し、三十の大河を征服するほどの大帝国だったという。

それは、いつしか分脈し、衰退したが、また興る日が来るだろう」

「……うん」

「……ひとつだけ、願いがある」

「何?」

「旅立つそなた。アマズールの国にいるうちは、もうクワリ・クボナや他の女と交わらないで欲しい」

「約束するよ。──というより、僕はもう君以外の女の人と交わらない。

いつかコズミック・フォージの謎を解いて、ここに戻ってくる。僕の大好きな人と、僕の子供のもとに」

キールの言葉に、アマズール・クイーンは魔術師の身体をぎゅっと抱きしめることで応えた。

「……出立するというのに、疲れておるであろう。貢物の中に強壮剤があった。持って行くがいい。──わが夫よ」

 

 

 

「あれ、キール。ルタバガ……食べられたっけ?」

一番の苦手だったカブハボタンをかじりながら歩く魔術師に、ターキッシュは驚いたような声を上げた。

女猫侍の声に、魔術師は鼻声で答えた。

「ああ、うん。食べられなくもないよ。

──おっかしいよね。女王が強壮剤くれたのは良かったんだけど、僕らが献じたルタバガだったんだ。

まわりまわって僕らの手に返ってくるんだったら、もっといいのを貢物にしとけばよかったね」

「キール……?」

ずずっとすすりあげる音に、ミモザが不審げな表情になった。

後ろを歩く魔術師の顔を覗き込もうとした犬バルキリーを、ターキッシュが袖口を引っ張ってとめた。

「ほっときな。──キールは、大人になっただけだよ」

「た、たしかに。ルタバガ食べられるようになってるわね」

「……そういう意味じゃない」

察しの早い女猫侍と、鈍感な犬バルキリーのやりとりを聞きながら、キールはそっと涙をぬぐった。

ドラゴン族の神官たるカーディナルは何も言わなかったが、

最後尾の少年が、そっと後ろを振り向いたのを見てみぬふりをした。

成長した魔術師を加えたパーティは、さらなる強敵と謎に挑まねばならなかったが、

ピラミッドがまだ見えるうちはそのことを忘れていていい、と思ったからだ。

 

──アマズールの最初の王は、この女だけの蛮族にすぎなかった部族を、ひとつの全き国アマズールへと変えた。

彼自身ももちろん英雄であることに間違いはなかったが、その治世は、部族時代の最後の首長である母親と、

ゾーフィタスを破り最強の魔術師と呼ばれた父親の存在が大きかったと伝わる。

 

 

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