<パックス・タタターリカ>・1

 

 

「やあ、陣中見舞いだよ! ……なんだい、シケた顔してるね」

大きな手籠を抱えてゲル(遊牧民のテント)に入ってきたシルンドは、

僕を見るなり、片手を腰に当てて口をとんがらせた。

「シケた……って、おい……」

絨毯の上で毛布をかぶってがたがた震えていた僕は、思わず顔を上げた。

そこに、――どすん。

音を立てて手籠が落ちてくる。

「わっ」

情けない声を上げて、僕はかろうじてそれを抱きとめた。

「お、うまいうまい! 君にしちゃあ上出来、上出来!」

今、手籠を放り投げた小娘は、ぱちぱちと手を叩きながら

豪奢な衣服をひらめかせて歩み寄った。

普通、低い背と凹凸に乏しい姿に、古今東西から集めた華麗な装束は似合わない。

でも、他の貴婦人たちのものと違って、乗馬袴を基調とした

<昔のタタタール女>のような格好に仕立て上げられた装束だと、

この娘の軽やかな足取りにとても似つかわしい。

一瞬、僕は、その姿に見とれた。

それから、いま投げつけられた物のことを思い出す。

「このっ……」

いやに重たい手籠を抱えたまま、僕は何か文句を言おうと思ったけど、

それは声になる前にしおしおと崩れて、喉の奥に退散した。

「あらら、重症だね」

シルンドは、形のいい眉根を寄せる。

「重症にもなるさ。……ジャムチ(駅伝)が来た」

僕はテーブルの上に投げ出した紙を眺めた。

「ふうん、なんて?」

「……カイゾンが挙兵したって」

僕の声は、消え入りそうに小さかった。

 

「ふうん、野心家だねえ、さすが生粋のタタタール」

「……父上の終生の好敵手だった男だ」

全大陸を席巻した<大タタタール帝国>の五分の一を領するハーン(王)の一人にして、

三日前に死んだばかりの大ハーン(皇帝)が、

二十年かけてついに滅ぼせなかった不敗の魔王の名を、僕は震えながら口にした。

「へえ。じゃあ戦争だね。――次代大ハーンの、君と」

シルンドはこともなげに言い、僕の横に座った。

「戦争って……あのバケモノと?!」

僕は思わず叫んだ。

だけど、それが「馬が草を食む」ことくらいに当然のことであるのを、

僕は自分でよく分かっていた。

 

カイゾンは、草原一のバァトル(勇者)。

文字通り、草原で一番。

誰よりも早く馬を駆り、

誰よりも強い弓を誰よりも正確に獲物と敵に当て、

誰よりも羊の群れを上手く引き連れることができる、草原で一番の男。

「ハーンの中のハーン」が僕の父上だとしたら、

「バァトルの中のバァトル」がカイゾンだった。

それは、偉大なる<初代大ハーン>から始まってわずか百年足らずで

大陸の大半を占める大帝国になったタタタールの持つ、

「最大の統治者」と「最強の戦闘部族」という二つの特質の具現化。

僕の父上は前者を受け継ぎ、カイゾンは後者を備えて生まれた。

そして、二人はそれゆえに二十年のもの間、不倶戴天の敵として争った。

 

二人の争いは、概して億の父上が優勢だった。

帝国の東側、人口も収穫も一番多い地方に基盤を持っていた僕の父上は、

タタタールを治める五人のハーンのうち、一番大きな勢力を持っていた。

<大ハーンの領土は、帝国の五の内の一。ただし、国力は大ハーンが七の内の三>

そう言われる肥沃の大地を占有したからこそ、

父上は前回のクリルタイ(皇位継承会議)で大ハーンの座に着き、

それに異を唱えるカイゾンが他の二人のハーンを誘って反乱を起こしても、

残った一人のハーンを味方につけるだけで、カイゾンを圧倒することができたのだ。

だけど、それは、

――カイゾンがそれだけ不利な状態でも父上に負けなかった、ということでもある。

そして、父上が死に、その後を不肖の息子が継いだとしたら、

どちらが勝つかは、火を見るよりも明らかだった。

 

「……カイゾンと戦って勝てるわけないよ」

僕は、そうつぶやいた。

父上の残した重臣たちは、もちろん健在だ。

でも、カイゾンと戦って勝てるほどの将軍は一人もいない。

いや、あの魔王と戦争して負けない人間は、

父上以外、この大陸のどこにもいないだろう。

ましてや、僕のような──無能な弱虫では。

そして、僕は、その魔王と戦わなければならない。

<大ハーン>が倒れれば、新しい<大ハーン>を決めなければならない。

そして、他の三人のハーンは、すでに<大ハーン>位を諦めると伝達してきていた。

それはつまり、最強の勇者であるカイゾンと、最大の国力を持つ僕とのどちらか。

直接対決を制したものを後追いで承認するということ。

草原で一番強いハーンと、二番目に強いハーンは、

逃げることも、相手に大ハーン位を譲ることもできない。

大ハーンに匹敵する男が生きていれば、いつかまた争いになるから。

どちらかが首をとられるまで、戦い続けなければならない。

それが、草原の掟だった。

 

「……カイゾンに勝てるわけがないよ」

僕は、もう一度つぶやいていた。

さっきよりも、もっと声に力がないのが自分にも分かる。

「……ふうん」

シルンドは、気のない返事をした。

この娘――僕の第一夫人は、いつもこうだ。

シルンドの考えることといえば、世の中に二つだけ。

ひとつは……。

「まあ、いいや。難しい事を考える前に、まずは腹ごしらえだよ!

ほら、羊の焼き串! それとチーズ! ヨーグルトもあるよ!」

僕の手から手籠を分捕って蓋を開けると、

シルンドは、まだ湯気を上げている焼肉と壺を二つ取り出した。

そう。

こいつの頭の中の半分は、食事のことでいっぱいだ。

シルンドは、年がら年中何か料理を作るか、食べるかしている。

背もちっちゃく、胸もお尻もぺったんこな痩せっぽちのくせに、

どこに入っていくのだろうか不思議なくらいな、大喰らい。

「馬の様によく喰う」と言われる僕に負けず劣らず食べる。

そして、僕は「馬に乗るのも苦労する」と笑われるくらいに太っているのに、

シルンドはいくら食べても肉がつかず、身が軽い。

世の中、不公平だ。

僕なんか、太っているせいで乗馬がへたくそなのを、

ことさらみんなに陰口を叩かれてるというのに。

 

「何か言った? はい。君の分」

一本が「肘から、伸ばした指の先まで」もある大串を手渡される。

かぶりつくと、ほど良く焼けた羊の肉汁が口の中に広がる。

「……旨いな」

「でしょ? でしょ?」

「塩がいいな、こいつは」

僕は、かみ締めた肉から溢れる汁を吟味してそう判断した。

「あ、わかる?」

シルンドの顔がぱっと輝く。

「いい塩が手に入ったんだよ! さらっさらの、砂みたいな塩!

知ってる? 西の岩塩より東の海で取れた塩のほうが旨みがあるんだ!」

身振り手振りを交えながら早口で説明するシルンドの表情は、

本当に楽しそうで、嬉しそうだ。

「へえ、意外だな。羊は陸のものだろう。

山から取れた塩のほうが合うんじゃないのか?」

僕は、草原の民の常識を口にした。

実際、僕らが慣れ親しんでいる塩は、

赤かったり、黄色かったり、色のついている大きな塊だ。

でも最近は、東の海から取れた白い砂のような塩が出回るようになった。

どっちがうまいかは、――シルンドに言われるまで考えたことがなかった。

「うーん、そういわれているけど、本当はそうでもないのかもよ。

商人に聞いたら、西の人も東の人も、塩は海のほうが陸のよりも上等だって。

それに、……実際旨いじゃん、これ!」

シルンドは、串焼きにかぶりついてから反論した。

ほっぺたが二重の意味で膨らむ。

……どう考えても、<次期タタタール皇后>候補筆頭には思えない。

ついでに、こんなものを自分の手で焼いて持ってくるのも、

大帝国の頂点にいる貴婦人のすることではない。

僕の曾お祖父様──偉大なる始祖・初代大ハーンの頃の、

遊牧民族の色が濃い時代ならともかく、

自分で窯の灰をさらって料理をはじめる皇后なんか、世界中どこを探してもいないだろう。

ましてや、それが──。

「美味しいものを食べたければ、時には常識を疑ってかかることも必要なんだよ!」

……自分が旨いものを食べたいがために、という奴は、特に。

 

この娘――シルンドは、一応「お姫様」だ。

それもそんじょそこらのお姫様ではない。

初代大ハーンが妻を娶って以来、三代続けて大ハーンの正妻を出した名門氏族の娘だ。

大ハーンの息子の僕の第一夫人に選ばれたのも、彼女が「四代目」の皇后になるためだ。

僕らの結婚式に、こいつのお爺さんは馬三千頭と羊一万頭を引き出物にした。

大きな城塞都市(まち)がいくつも買える財産を持つ女は、帝国広しと言えど、そう多くはない。

シルンドと同じくらいの物持ちの女は、タタタールでも五指を数えないだろう。

ちなみに──その自分の馬と羊からチーズとヨーグルトを作って持ってくる貴婦人は、

断言する、世界中にこいつしかいない。

 

大串を半分くらい食べて、チーズとヨーグルトに手を伸ばした。

チーズらしく、ヨーグルトらしい味。

凝ってはいないが、普通に、ごく普通に、そして丁寧に作った、──婆様たちが作りそうな奴だ。

碗にいっぱい取った分が、瞬く間になくなる。

もう一度壺に手を伸ばそうとすると、

「あ、ボクの分も残せってば!」

と奪い返された。

「お前も碗いっぱい食べただろう?」

「むう、しかたないな。半分こだよ? これ、上手くできたんだから」

シルンドが口をとんがらせる。

「やっぱり、お前が作ったのか。前に作ったより旨いな」

「そう? やっぱり、ボクは天才だね!」

とんがっていた口元が、左右に広がる。

小ぶりな唇は桜色で、小粒な歯は真っ白だ。

一瞬、見とれる。

シルンドを妻に迎えてから何年になるだろう。

皇族の常として、生まれてすぐに決められた許婚がこんな変な娘だと知ったのと、

この笑顔が魅力的だと知ったのは、どちらが先だったのか、覚えていない。

「あ、塩漬け玉葱、食べる?」

手籠の底から二つ取り出した片方にすでにかぶりつきながらの提案。

受け取って、かじりつく。

冷めはじめた羊肉が、香味野菜の味で旨みを取り戻す。

塩漬け玉葱を半分齧り終える頃には、僕は大串のほうも全部腹の中に納めていた。

 

「――ほんと、君はよく食べるね。ボクと同じくらいに。

それに、ボクと同じくらいに味が分かる。だから作り甲斐があるよ」

シルンドは、自分の分の大串を平らげながら笑った。

「そうか」

苦笑いをして、手に残った玉葱の半分に視線を落とす。

羊肉の付け合せには最高だけど、これだけを齧るのはなんとなく口さみしい。

籠の中に、何か残っていないかと覗き込む。

「お?」

生の馬肉の塊。

「いい物があるじゃないか」

草原の民にとって、馬は足であり、食料でもある。

ハーンは、羊の肉と馬の肉とで身体を作るのだ。

僕は馬肉を切り分けようと手を伸ばした。

だけど、それは、寸前でシルンドに取られた。

「こら、半分よこせ」

手を伸ばして取り戻そうとする。

その手を片方の手でぴしゃりと叩いてシルンドが馬肉を持ち上げる。

「だめ、だめ。ただ食べるよりもっと美味しくしてやるから、手を引っ込めろ」

「旨くなるのか?」

「うん。その玉葱、こっちに頂戴」

食べかけの玉葱を指差してシルンドが言う。

「これか?」

「うん」

齧りかけの玉葱を渡すと、シルンドは、それを自分の玉葱と一緒にする。

「どっちも食べかけだけど、気にしないよね?」

「お前の食いかけなら、別に」

「ボクも、君のなら」

小さな頃から、お互いの食べ物を奪い合って、分け合って、育った食いしん坊二人だ。

僕がシルンドの食べかけを食べた回数は、

シルンドが僕の食べかけを食べた回数より、多分一回くらい少ないだけだと思う。

「いや、絶対、君のほうが一回多い」

シルンドはまた口をとんがらせた。

「だって、去年の正月のお祝いのとき、君、ボクの白チーズを食べちゃったじゃないか」

「待て、そういうお前は、一昨年の母上の誕生日のときに、僕の茶菓子を二つも失敬しただろ」

「ああ、あれは美味しかったね!」

「返せ、あれは僕の大好物だったんだぞ」

「うーん、まあ、そのうち同じのを作ってあげるよ。

今日は別の美味しいものを作ってあげるから、忘れろ」

シルンドはぺろっと舌を出して話を打ち切った。

 

まったく。

シルンドはいつもそうだ。

だけど、まあ、こういう時、こいつは、

いつも「別の美味しいもの」を作ってくれるのは確かだった。

床に木の板を敷いたシルンドは、馬肉の塊を刻みはじめた。

鉈のように重たいナイフが、小さな手の中で自在に踊る。

音楽のように軽やかな音を立てて、生肉が小さく小さくなっていく。

「ここで玉葱を入れるんだ」

二人の食べかけ玉葱をざくざくと切って生肉の上に置く。

そのまま、肉といっしょに刻み込む。

「お?」

いつもの馬肉とは一風変わったものに仕上がったそれを、

僕は興味津々でのぞきこんだ。

「食べてみて、食べてみて」

「うん」

木の箆(へら)ですくって口に入れる。

「――おお?」

「どう?」

「……うまい!」

「やったね!」

軍馬に使う草原の馬は、肉が硬い。

だから細かく刻んだり、それを袋に入れて鞍の下に置いて乗り手の体重で潰して食べる。

だけど、それに塩漬けの玉葱を混ぜるとは。

「お前、天才かもな」

「やっぱり? そうじゃないかなーって自分でも思ってるんだ」

シルンドのほっぺたが赤く染まる。

自分も箆を使って一口食べ、それを飲み込んでから、

「えへへ、――実は、これ、僕が考えたんじゃないんだ」

とシルンドが白状した。

「え?」

「西の、西の、ずっと西のエウロペの人たちの料理だって」

エウロペは、帝国の西に広がる白い肌の連中の国だ。

軍隊も弱く、文明も遅れているけど、帝国から遠く離れているのでなかなか征服に行けない。

でも商人たちは、たくさん来ていて、色んなものを売り買いしている。

「エウロペの連中も馬を食うのか。聞いたことないなあ」

西の果ては、草原より馬が少ない。

馬自体も小さいし、足も遅い。

西の連中は、僕の国に多いチーヌ(東の住民)と同じように農耕で食っているのだ。

「うん。だから、代わりに牛を使うことが多いんだって。

エウロペナ(西の住民)は、ボクらより生肉を食べなれてないから、

玉葱とか、香草をいっぱい入れるんだってさ」

「へえ」

はじめて聞く話だ。

「それでね、それでね! ……エウロペナがこの料理のこと、なんて呼んでるか知ってる?」

シルンドは、箆を持った手をくるくると回しながら聞いてきた。

「知らない。――何?」

「<タタタールのステーキ>だってさ! おっかしいよねっ!」

「そう……だな。おかしな話だな」

遠い世界の果ての人間が考え出した料理に、

僕らの草原の帝国の名前が付けられている不思議。

僕は、一瞬、言葉につまり、

それから頷いて、もう一すくい<タタタールのステーキ>を口に入れた。

 

「ん。これ、他の香草を入れてもいいな。

いや、待てよ。生卵なんか混ぜてみたらどうだ?」

「ふふっ」

シルンドが優しく笑う。

「なんだよ」

「ん。君って、ほんと君だなあって思った」

「何が?」

「喰いしん坊で、甘えん坊で、臆病で、おおよそタタタールのハーンらしくないってこと」

「悪かったな」

もう一すくい、肉を口の中に放り込む。

「あ、僕にもよこせ」

シルンドが箆を奪い返して自分も頬張る。

「まったく。僕にとりえはないってことかよ」

「そんなことないよ。君は、ボクのご飯をうまいうまいってみんな食べてくれる」

「なんだそれ」

「あ、あと、ボクの工夫をわかってくれるのも君だけだね。

この<タタタールのステーキ>の妙味を一口で分かったじゃん」

「食べることだけか、僕は」

僕はため息をついた。

たしかに、馬だの、弓だの、戦術だの、

タタタールの男らしいことで誉められたことは一度もない。

「まあ、この状況でもりもりご飯を食べられるというのも君のとりえだよね」

いつの間にか、空になった板の上を眺めて、シルンドはくすっと笑った。

その言葉に──僕は、僕を取り巻く状況を思い出した。

 

「うわあああっ……!!」

毛布をかぶって震える。

ダメだ、絶対勝てない。

あんなバケモノ相手に戦争したら──殺される。

「あらら、こりゃ重症だね」

さっきと同じセリフも、遠く感じる。

一瞬だけ忘れていた恐怖は、先ほどよりも強く感じられたからだ。

だけど……。

「仕方ないなあ。――ほら」

前に回りこんだシルンドの声。

これは聞こえる。

だって、これは──。

僕は無意識に顔を上げた。

目に彩なものと、その中心の白いもの。

「えへへ、これ見て元気出せ」

照れたように笑うシルンドの両手は、

上着の裾を思いっきり捲り上げ、乗馬袴を思いっきり押し下げていた。

鮮やかな衣装がそこだけ取り払われて、シルンドの白い白い肌が露出している。

薄い胸乳と桜色の先端。

ほっそりとしたお腹と腰。

それに、この歳になってまだ毛も生えていない丘と、

──その下の、深い谷間。

どきりとするほど生々しい、でも何かの彫刻のように美しいもの。

「あはっ、もう元気になってるよ? 

ボクのま×こ見ただけで、君のおち×ちん、もうこんなになってる。

君って、ほんっと、……助平だよね!」

シルンドが笑う。

嬉しそうに。

──僕の第一夫人の頭の中は、二つのことだけ。

半分は、食べること。

残りの半分は、――僕とむつみあうこと。

 

シルンドの笑顔は僕が飛びついても消えず、

絨毯の上に組み伏されるとますます深くなった。

「はっ……ん……。やっぱり、君、うま……いね……」

絨毯の上で、白いシルンドの下肢がうねる。

その股間に僕の顔がうずまる。

両手で開いたシルンドの中心は、僕しか知らない花園だ。

桃色のそこに僕の舌が這うと、シルンドは声を上げて仰け反った。

「ほ……んと、こういうのだけ……は、上手いんだから……」

シルンドのかすれた声。

少女のような性器から女の蜜がたっぷりと吐き出される。

胸もお尻も小さな女の子──というより男の子みたいな身体の癖に、

中身は、こんなにも女。

僕は、自分の妻の持つ二面性に昂ぶる。

「はうっ……、そこ、だめ……、だめ、だって、ばあ……」

上着を脱ぐ暇もなく舐めはじめたので、シルンドは下半身だけが裸だ。

袖をばたばたさせる仕草──それが、ますます少女じみた挙措に思える。

ぴっちりと閉じた割れ目に舌を思いっきりねじ込む。

「ひっ……!!」

強く引いた良弓のように、シルンドの身体が反った。

「ああっ……」

矢を射たときのように強く跳ね、次いで弛緩する。

良い弓。

最高級の良い弓。

それは、持ち主と一体になる。

だから──。

「えいっ」

乗馬袴の上から、男根をつかまれて僕は身を捩った。

「……まったく、やってくれるね。ボクだけ一人でイかせるなんてひどいじゃないか。

これはこれで、まあ良いんだけど……ボクは君のおち×ちんでイきたかったんだよ?」

布越しに強くこすりながら、シルンドは柳眉を逆立てた。

「まあ、いいや。お返しに全部搾り取ってあげるから、覚悟しろ」

──良弓は、持ち主と一体になりたがる。

 

「――うわっ、シルンドっ、ちょっと待って!」

「待たない。一回、これでイっちゃえ」

「ダメだ、ダメだってば! それ!!」

シルンドの舌が、僕の乳首に這う。

男も、そこを舐められると気持ちがいいということを探り当てたのはシルンドだ。

こんなこと、他の貴婦人は絶対にしないだろうし、見つけられもしない。

でもシルンドは、僕が彼女の薄い胸を舐めたり触ったりして

彼女を気持ちよくさせたら、お返しに同じ事を試してみようと考える娘だ。

伸ばした左手の指先が、もう片方の乳首をコリコリとつまむ。

太った僕の、うずくまった野牛のような身体の上に、

白い小鹿がぴったりと重なる。

重なって、離れない。

「ふふ、やっぱり君、これ弱いね」

「ば、ばか、もうやめ……」

「やーだ。こっちもいいんでしょ?」

シルンドが意地悪な笑みを浮かべて右手に力をこめる。

男根をしごかれて、僕は女の子のような悲鳴を上げた。

「ほらっ、ボクの手でされて気持ちいいでしょ?

イっちゃいなよ、ボクの手でイっちゃいなよ!」

頭の中が真っ白になるくらいの気持ちよさ。

「あっ、あっ……」

「うふふ。イくの? イくの? じゃあ、……ご褒美!」

シルンドが、僕の体の上を滑るように動く。

僕の唇に、彼女の唇が重なった瞬間、僕は爆発していた。

 

柔らかな、唇と舌の感触。

優しい手の動き。

身体の中で一番敏感な先っぽの中の細い管を、

塊のような粘液が押し出されるように吹き出る感覚。

「ひあっ!!」

射精する僕を、シルンドは心底嬉しそうに眺めた。

「いっぱい出したねえ」

シルンドが、くすくす笑う。

自分のお腹の上に大量にぶちまけた白濁の液を指先ですくって弄びながら。

時々、僕のお腹や胸にそれを擦り付ける。

まるで子供がお気に入りのおもちゃで戯れるようにご機嫌だ。

「うん。――やっぱり、ボク、君のことが好きだな。

君、食べることのほかに、いいところ、いっぱいあるから」

「なんだよ、それ……」

「君、ボクの身体でこんなに気持ちよくなってくれるし」

「そんなことで好きになるのか」

「なるよ、すっごく。世界で一番」

シルンドは上気した顔できっぱりと言い切った。

「君がいないと、きっとボクは世界が全然楽しくなくなる。

だから、君はカイゾンなんかに負けちゃダメだ。

負けて首をとられちゃダメなんだ」

「シルンド……」

「だから──君は、カイゾンに勝つんだ。ボクといっしょに」

横たわった僕の上で、シルンドはひどく真剣な目をした。

 

 

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