<パックス・タタターリカ>・2
父上の葬儀は<上の都>で行われた。
曾お祖父様の時代は「大ハーンの葬列が出会った者は皆殺しにする」という過酷な草原の掟が守られていたけど、
お祖父様の時代はだいぶ穏やかになり、今、父上の葬儀では完全にそれが撤廃された。
それは、父上の遺志でもあったし、僕の望みでもある。
世界帝国タタタール。
世界で一番の経済大国は、文化も進んでいるべきだ。
タタタールは、もう蛮族ではないのだ。
「草原の民」であることを強く意識している古くからの将軍は何人か眉をひそめたけど、
重臣たちを含む大多数は、それを喜んだ。
とりわけ、草原ではなく低地に住むチーヌ(東の民)たちは。
だから僕は、逆に葬儀を<上の都>で行うことにした。
<上の都>は、文字通り高原にあり、<大草原>の東の中心に位置して、
僕の領土のもう一つの都である<下の都>と双璧を為す。
チーヌたちを統治するために低地に作られた<下の都>は、
広大な東の富を集める街で、僕の領土のもっとも重要な拠点だ。
チーヌの農地が開発されていくほどに、その重要性は増し、
いつかは<上の都>は<下の都>に飲み込まれるのではないか、とささやかれている。
だから、僕はことさらに葬儀を<上の都>で、草原の様式を以って行った。
(大ハーンは草原の民の支配者である)
僕が葬儀で内外に示したそれは、重臣たちの大半が歓迎するものだった。
チーヌに、あるいは商人たちが喜ぶ文明化を進ませながら、
一方で草原の騎馬民族であることを保持し続ける。
絶妙なバランス感覚は、僕の国には絶対に必要なことで、
僕は、今のところ、それをうまく舵取りしているようだった。
そして、僕は大ハーン位を継ぐことを宣言した。
<大草原>の東の中心<上の都>で。
それは、<大草原>の西の中心にある<イル河のほとりの都>で
同じく大ハーン位を宣言したカイゾンに宣戦布告したことに等しい。
(真の大ハーンとして、もう一人の偽りの大ハーンを倒し、草原の民を一つに導く)
お互いに、そう宣言することが、僕とカイゾンが、
「大ハーン」として最初に行ったことだった。
「さて、とうとう始まっちゃったね、君が大ハーンの時代が」
儀式が終わって、祝宴までわずかな時間ができた。
少しでも休んでおこうとオルド(後宮)に戻ると、シルンドがにやにや笑って僕を出迎えた。
この娘は僕の夫人だから、当然、オルドを差配している。
「嬉しそうに言うなよ」
儀式のときは緊張して思い出さなかった恐怖と重圧が
すばらしい速さで戻ってきて、僕はため息をついた。
「だって嬉しいだもん。――君が大ハーンになったのが」
間髪入れない返事。
裏も表もない、そのままの言葉。
「北の砂漠の細かな砂ほどの」迷いもない声。
僕は絶句した。
儀式の中で祝福と賛辞の言葉は、数え切れないくらいに浴びた。
でも、シルンドのそれは、他の誰ともちがう重みを持っていた。
真実の重さ。
あらためて、目の前の娘が自分にとってどんな存在なのかを思い出す。
「ん、どうしたの?」
シルンドは、呆然としている僕に声をかけた。
「いや……、なんでもない」
「変なの。――まあ、いいや。作戦会議を始めよう!」
シルンドは、絨毯に座った。
隣をぽんぽんと叩く。ここに座れということらしい。
「作戦会議って……?」
「君がカイゾンを倒す作戦さ」
これまた間髪入れない答え。
「ちょっと、倒すって、お前……」
言うまでもなく、シルンドはただの娘だ。
タタタールきっての貴婦人で、変な、そして魅力的な娘であることは確かだけど、
彼女は、将軍でもなければ大臣でもない。
こんなときに何かが出来る人間ではないし、そういうことを考えられる人間でもない。
でも、シルンドは絨毯をぽんぽんと叩き続けて、結局僕をそこに座らせた。
「さて、質問。――カイゾンは、君の何倍強い?」
いきなりの問いに、僕は目を白黒とさせた。
「何倍って……そんなのわからないよ」
一日に千里を走る馬に乗り、
手の中に握った三本の矢を同時に放って、全てを鷲の目に当てる化け物と、
十日に一回は落馬して、三回に一回しか動かぬ敵に当てられない愚図とは、
何倍の強さの違いがあるのだろうか。
「ああ、違う違う。君がカイゾンと一騎打ちしてどうするの?
そうじゃなくて、君の軍隊と、カイゾンの軍隊」
「ああ、そっちか」
僕は腕組をした。
「今、三倍で全然勝てない」
カイゾンの軍は、二十万。
草原を自在に駆ける、タタタール鉄騎の精鋭だ。
僕の軍は、六十万。
タタタールの兵は、カイゾンより少し多いくらい。
残りはチーヌや、もっと南で征服した国々から集めた混合軍。
父上は、この三倍の戦力で戦い続け、そして勝てなかった。
戦場は、広い広い<大草原>。
神出鬼没のカイゾンは、草原のあらゆる場所に現れては、
父上の軍の手薄な場所を攻め、こちらが兵力を集めるとさっさと退却する。
互いに全軍を率いての激突はほとんどなかった。
そして、僕らの軍は、僕が知る限り、カイゾンにいいようにやられ続けている。
「一番良かった戦い」が、三ヶ月にらみ合って双方兵を退いた引き分け、
というのが、笑うべき、だが笑えない戦績だった。
「ふうん。じゃ、五倍だと、どう?」
シルンドも腕組をした。
難しいことを相談するとき、この娘はこういう姿勢になる。
……たぶん、僕の癖がうつったんだ。
「五倍……駄目だな。たしか、二度か、三度そういう戦いがあったはずだ」
二十年も戦い続ければ、カイゾンだって二度や三度は間違いを犯す。
思うように軍団を合流できないところに、父上の軍隊が攻撃をかけることができたこともあった。
カイゾンは、自分の親衛隊だけで、自分の五倍の相手からの攻撃に耐えなければならず、
──そして耐え切った。
一万のカイゾン親衛隊を五万で破れなかった戦いが一度。
二万のカイゾン本隊を十万で破れなかった戦いが二度。
それは、「バァトルの中のバァトル」の強さを<大草原>中に広めた。
「──じゃあ、十倍は?」
「それも一回あるな。やっぱり勝てなかった」
「化け物だね。じゃ、十五倍は?」
「……それくらいなら、なんとかなるかもな」
机上の空論だ。
カイゾンの二十万の軍隊の十五倍となると、三百万。
そんな兵隊を編成するのは、「帝国の七の内の三」の国力を持つ僕らの国でも無理だ。
人数だけなら集められないことはない。
チーヌの昔の皇帝は、僕たち遊牧民族の騎馬軍団を恐れて、
数百万人の人夫を動員して長城を築いたこともあるのだ。
だけど、三百万人もの人間に見合う武器と兵糧はどこにもないし、
またそれだけの人間をチーヌの農村から狩り出せば、
次の年の税収は見込めない──どころか、確実に反乱が起きる。
だが、シルンドは、空論を続けた。
「じゃあ十五倍! それだけ集めれば君はカイゾンと互角に戦える」
「ああ。それだけ集められれば、な」
僕はため息をついた。
シルンドが僕のために一生懸命考えてくれていることは分かる。
だけど、やっぱりそれは虚しい計算でしかない。
僕の第一夫人は、僕の味方。
僕の、僕だけの味方。
それだけは、よく分かる。
唯一の慰め。
ちょっと悲しい気分になったとき、シルンドは腕組を解いてにっこり笑った。
「決まりだね! 十五倍だ! ――あ、ツァイにしようよ」
シルンドは、作戦は決定、とばかりに明るい表情で言った。
「シルンド……」
「何?」
「……なんでもない」
僕は、何かを言いかけたが、口を閉じた。
戦の経験もなければ、本来そんな事を考える必要もない娘が、
懸命に考えてくれたこと。
たとえ、それが無駄な空想でしかないとしても、
それは、僕にとって何より価値のある、唯一の救いだった。
「……ありがとう」
ただ、それだけを言う。
「ん。――ああ、ツァイね。君が飲んだり食べたりする前にお礼を言うのはめずらしいね!」
僕の妻は、碗を手にしてにやりと笑った。
「ちょっ、ちがっ……」
「いつもそれくらいお行儀よければ、君の母上さまにお小言をもらわずに済んだのになあ。
あれ、ボクもいっしょに怒られてたんだよ?」
「お前だって全部平らげてから言うじゃないか」
「あったり前じゃん! 美味しいものの最初の一口目は、早いもの勝ちだい!」
せっかくの気分が、台無しだ。
──切ない悲しみといっしょに、台無し。
僕とシルンドは、それでいいのかもしれない。
僕はもう一つため息を──さっきと違う種類のため息をつき、
そして、自分の喉がからからに乾いていたことを知った。
シルンドが暖めた羊の乳を碗に注ぐ。
刻んだ茶葉と岩塩のかけらを投げ入れる。
ぐるぐるとかき混ぜて、出来上がり。
「……ん。うまい」
濃厚な羊乳が身体を温め、茶葉が栄養をつける。
獣肉がタタタール人の身体を作るのならば、
この薄い塩味の飲み物は、タタタール人の血を作る。
「こんなのも作ったんだけど?」
いつの間に用意したのか、シルンドは、大皿にいっぱい盛った白い小さな塊を差し出した。
「これは、小麦か? 中に何か入っているな」
「うん。食べてみてよ」
言いながら、シルンドは先に一個をつまみあげてかぶりついた。
僕もそれに倣ってかぶりつく。
「ん。これは羊肉か?」
中から広がる細かく刻んだ肉と肉汁に、僕の頬は緩んだ。
「うん。羊肉を刻んで炒めたんだ。そいつを中に入れて、蒸しあげる」
「チーヌの食べ物だな、これは」
「あはは、当たり! ボーズ(包子)って言うんだ。
チーヌは豚や牛を使うみたいだけど、ボクらには羊肉のほうがいいよね」
「そうだな」
手軽で、うまい。
一個食べると、自分がどれくらい腹が空いているのか思い出した。
儀式の間は酒も飲めなかったし、もちろん食べ物も出ない。
結局、朝食を食べたきりで僕は半日は何も口にしてなく、そして祝宴は夕方からだった。
ツァイと、手軽につまめて腹にたまる食べ物は、
今まさに僕が何よりも必要としているものだ。
──シルンドは、僕が必要としているものをいつも用意してくれている。
食べ物と、飲み物なら、なおさらだった。
空腹を一度意識すると、と、たまらなく食欲がわいた。
三つ四つ、立て続けに平らげ、ツァイをすする。
「うまいな、これ」
「でしょ? すぐ作れるし」
「中は馬肉でもいいな。一つ二つなら、豚のも食ってみたい」
「あ、いいねえ。今度作ってみるよ」
「そうだな……。たとえば、こうやって盛り付けてあるやつの中身が、
全部違う肉っていうのはどうだ? 食うまで中身がわからない」
「おおっ?! そりゃ考えつかなかった!
宴会の料理によさそうだね。中身の当てっこしたり」
「そうだな。子供たちが喜びそうだ」
親類縁者の子供たちの顔を思い浮かべながら言うと、
シルンドは、はしゃいだ声をあげた。
「いいね、いいね! 中身を当てた子には、何かいいものをあげよう。
……そうだ、ちっちゃな翡翠と琥珀の粒が余ってた!
小さすぎて大人にあげるには可哀想だけど、子供にはちょうどいい」
外見も中身も、子供のような貴婦人だ。
こうした「遊び」は大好きにちがいない。
本当に嬉しそうに手を叩いているシルンドを見ると、僕も何かを考えてやりたくなる。
「……羊を当てたら翡翠だな。豚を当てたら琥珀。
馬を当てた子がいたら……僕の瑪瑙(めのう)をやろう」
「そりゃ面白そうだ。今日の君は冴えてるね! それに太っ腹!」
「たしかにお腹は太いがな……」
大皿に盛られた素朴な食べ物は、どんどん二人の胃袋に消えていった。
最後は、うまい具合にふたつボーズが残ったので、
僕とシルンドは取り合いの喧嘩をすることなく仲良く軽食を終えた。
もっとも、他の人間だったら、きっと丸々一食分な分量だろうけど。
「ふう」
「落ち着いた?」
「ああ。これなら祝宴まで保(も)ちそうだ」
温かいもので膨れたお腹をさすって、僕は答えた。
「よかった。祝宴のごちそう、楽しみだねっ!」
「そうだな」
大ハーンの就任祝いだ。
タタタールで一番の宴会は、世界中から集められた一番のごちそうが出る。
儀式のことと、カイゾンのことで頭が一杯で、考えもしなかったけど、
シルンドに言われると、確かに楽しみだ。
「ちょっと、祝宴のゲルを見てくる」
準備がどうなっているか気になって、僕は立ち上がりかけた。
その手首をつかまれて、また座らされる。
「ダメだよ。まだお料理だって準備は出来てないさ」
「でも……」
たしかにそうだけど、開催者として色々と……。
「そんなことは、大臣たちにまかせておきなよ。
君にはもっと大事なことがあるんだから」
「大事なこと?」
「そ。ここはボクのオルドだよ?
君の第一夫人……あ、ボクってもう皇后になったんだっけ?
まあ、どっちでもいいや。とにかく、ボクのオルド。
つまり、君が休んで、眠って、君の女を抱いて行くところ。
そこに立ち寄ったんだからさ、……自分の奥さんと仲良くしていきなよ」
シルンドは、子供のように明るい声と、
そして到底子供とは言えない淫靡な光をたたえた瞳で僕を誘った。
──シルンドの唇は、甘い。
薄塩味のツァイと、もっと塩味の濃いボーズを食べたばかりなのに、
ほんのりと甘くて、いい匂いがする。
桃色の小さな舌は柔らかくて、僕の唇の上でよく動く。
これが、本当にボクと同じ人間なのだろうか。
羊のそばに牝鹿がいるように、シルンドがまるで僕とは違う生き物のように思える。
その「別の生き物」は、色とりどりの布でできた貴婦人の装束を
大胆にずらして、裸体を僕の目にさらしていた。
薄い胸乳の先端には、桜色の乳首が息づき、
平らで引き締まったお腹は白い石のように滑らかだ。
成人してもまだ毛が生えていない乙女の丘と、
その下の、命の谷間。
僕の舌が、上から下にその全てを蹂躙していく。
「んんっ……はぁっ……!」
シルンドの、息遣い。
快感を、押し殺した声。
甘やかな髪の匂い。
五感のすべてが、腕の中の女を愛おしく感じ取る。
「……っ!」
乗馬袴を下ろすと、僕の雄の部分は、痛いほどにそそり立っていた。
「あはっ、元気だねっ! いつもよりすごいんじゃない?」
「そう…かもな……」
「大ハーンになって一回り逞しくなったのかな、どれどれ?」
シルンドの小さな手が、僕の物を包み込む。
「うわっ、シルンド……!」
柔らかな指先と手のひらは、僕のそれとはまったく違った感触で、
僕は危うくシルンドの手の中で射精しそうになった。
実際、今までに何度もそうして彼女の手の中に精を放ってしまったことがある。
「うふふ、耐えたね? さすが大ハーン。えらいえらい」
シルンドがくすくすと笑った。
本気ではない、戯れ。
でも、それで僕が射精してしまっても、それはそれで楽しくて嬉しいこと。
彼女のいたずらっぽい瞳は、そう言っていた。
「このぉ……!」
頭に血が上るのは、怒りではなく、欲情のせい。
僕は強引にシルンドの身体を引き寄せた。
力なしの腕でも、小さく軽い娘の肢体は易々と扱える。
シルンドが僕の妻になったのは、天の配剤かもしれない。
谷間の入り口に、僕の先端をあてがうと、
タタタール一の貴婦人は、艶やかに微笑んだ。
「いいよ、来て──」
シルンドのそこは、すでに、<南の湿地>よりも潤んでいた。
細く未成熟な身体のいったいどこに、こんなに熟した蜜が蓄えられているのだろうか。
幼いとさえ言える肉を押し割って入って行く僕の男性器を、
シルンドはたちまちのうちに蜜まみれにした。
「ふわっ……すごい…や。君のおち×ちん、いつもよりすごいよ。
まるで別人……。さすが……大ハーンだねっ……」
シルンドが、甘くかすれた声を上げる。
「そんなにちがう……か?」
就任の儀式を受けて何か変わったのだろうか、僕の中で。
自分で感じ取れない変化は、喜びよりも、むしろ不安。
僕は、思わずシルンドに問い返した。
僕のことを一番よく知っている女性に。
シルンドは僕を見詰め、――舌をぺろっと出して笑った。
「うふふ。――う・そっ! いつもと同じ、君のおち×ちん、だよっ!」
「……なっ」
予想外のことばに、僕は一瞬絶句した。
固まって動きを止めた僕に、シルンドは、くすくすと笑ってことばをかける。
「あはは、人間、そうそう変わるわけないじゃん。
大ハーンになってもならなくても、君は、君。
――ボクが大好きな君だよ。このおち×ちんもっ……」
「なっ、騙したなっ!」
「あ、でも、いつもよりすごいのは本当。
うふふ、はじめて味わうシルンド皇后サマのおま×こに興奮したかな?」
「……ばっ……お前こそ、いつもと変わらないよっ!」
「あはっ、じゃ、君のお気に入りってことだね!」
シルンドが、抱きついてきた。
同時に、彼女の「中」が僕の「先端」をきゅうっと包み込む。
「お、おい、ちょっと待って、もうっ……」
「んっ。待たないっ! イっちゃいなよ、ボクの中で!」
シルンドの唇が僕の唇をふさぐ。
ああ、こうなったら、もう、僕は……。
(あっ、出るっ!!)
悲鳴に似た声さえも、シルンドの唇に吸い取られる。
どくどくと、はじける感覚。
身体の奥底に溜まっている、欲望の汁が、
タガを外してはじけ飛んで、受け止められる。
どこに──?
愛しい女の、中に。
「〜〜っ!!」
不意に、身体の奥底から湧き上がる衝動。
僕は、射精の途中だというのに、シルンドの上で激しく身体を動かした。
精を放ちながら、さらに腰を振る。
次の精液、次の次の精液が身体の中でつかえている。
この女の中に、全てを放ちたい。
全身が、それを欲していた。
僕はシルンドの中に、射精し続けた。
シルンドは、僕の動きが止まるまで僕に唇と身体を重ね続けた。
「はぁっ……。ほんと、君って助平だよねぇ……。
わっ、ボクのお腹の中、君の精液でぐちゃぐちゃ」
起き上がったシルンドが、下腹を撫でながらくすくすと笑う。
「……」
なんとなく、言い返すことばもなくて、僕は黙っていた。
シルンドは、何がおかしいのか、笑い続けながら、
僕の性器を薄布でぬぐってきれいにし始める。
そうしたところは、いかにも妻らしい仕草で、
僕は思わずどきりとした。
今さっき、身体中の精液をこの娘の中に放ったばかりだというのに、
気を抜くと、また男の部分が鎌首を持ち上げかねない。
……たしかに、僕は底なしの助平なのかも知れなかった。
くすぐったさと心地よさが半々に混ざった感覚にひたっていると、
シルンドが、下から僕を見上げながらつぶやいた。
「あのさ、さっきの続きだけどね」
「何だ?」
「君、カイゾンに勝てると思うよ」
「そうか。……ありがとう」
「あーっ! その顔、信じてないな!」
表情に出ていたのだろうか、シルンドはほっぺたを膨らませた。
「い、いや、そんなことは……」
あわてて弁解する。
だが、怒ったシルンドは止まらずに、
ぽんぽんとことばを僕に投げつけはじめた。
「要するに、相手の十五倍の味方を用意すればいいんだよ。
君はカイゾンよりいろんなところで勝っているから、それくらい楽勝だよ!
十五倍、集めてカイゾンをぶっ倒しちゃえ!」
「……勝ってる? 僕が、カイゾンに?」
思わず聞き返す。
「うん!」
シルンドは嬉しそうに頷いた。
「どんなところが勝ってるんだ?」
「昨日も言ったじゃん。――喰いしん坊で、助平なところ」
「……おい?」
「後は、怠け者で臆病なところも、だね」
「おい……」
真剣に聞いて損をした。
「お前なあ……」
僕が少し怒ったような声を上げると、シルンドはにやりと笑った。
「まあまあ。とりあえず、カイゾンに勝つにはそれだけで十分だと思うよ。
さしあたっては──」
「さしあたっては……?」
「祝宴に行こうよ! そろそろごちそうも並んでる頃だし!」
「〜〜っ!!」
無責任この上ない提案に、さすがの僕も声が出ない。
でも、シルンドは、そんな僕に、にっこりと笑いかけた。
「祝宴で、君のいいところ、頑張ってね!
今日は、「怠け者」で、「喰いしんぼう」なところだよ!」
──そんなものが、本当に「勇者の中の勇者」と戦うための有効な武器になるなんて、
このとき、僕は想像もしていなかった。