<年上妻・美佐子>2

 

「髪を乾かしてくるから、ゆっくり温まっててね」

軽くキスをしてから湯船から出ると、夫は実に名残惜しそうな視線を向けた。

シャワーを浴びながらいちゃついたから、下半身はとっくに回復している。

その元気はベッドの中で発揮してもらおう。

バスタオルで身体を拭きながら、リビングに戻る。

ドライヤーを手にする前に、夫の鞄を開ける。──あるとすれば、この小物入れの部分。

……あった。薄っぺらな正方形の包みを取り出す。──<明るい家族計画>だ。

随分とお洒落な包装には、見覚えはない。

我が家では、この手の物を買ってくるのは私の役目だから、これは香織が仕込んだものだ。

浮気相手の女は、男の持ち物に自分の痕跡を残す事を好むという。目的は、本妻への挑発だ。

あらゆる点でステレオタイプな妹に、私は苦笑した。

そのままリビングのゴミ箱へ──はよくない。夫の目に留まるかもしれない。

すでに用意してあった紙袋に入れて、私の部屋のゴミ箱へ──これが正解。

代わりに、戸棚から我が家ご指定のコンドーム君を取り出す。

二人で色々試したが、夫はこれが一番合っていると言う。香織はリサーチが足りない。

もっとも、リサーチのしようがないだろうが。

「……ふむ」小箱を片手に考え込む。

ここ一、二年ほど、夫婦最大の懸案事項だったことが頭の中をよぎる。

二人でたっぷりと話し合い、問題は一つ一つクリアしてきた。貯金も計画も万全だ。

最後に残ったのは、決断だけ。──いい機会かもしれない。

私は、小箱を戸棚に戻した。しばらくこの「今度産む」君とはお別れだ。

腹はくくったが、胸はドキドキしている。深呼吸三つ。

今まで、その資格が十分あるにもかかわらず、手に入れていなかったものを今晩手にするのだ。

「──ん……」

そう考えただけで、少し濡れた。

さっき、玄関で夫のしぐさにドキリとしてから、感じっぱなしだ。

風呂場で、興奮しきっている夫をあしらいながら洗いっこだけで済ませるのは、実はこちらのほうが大変だった。

私は結構、セックス──というより「夫婦生活」に積極的な女なのだ。

 

手早く髪を乾かし、裸にバスタオルを巻きつけた格好で寝室に入る。

夫もバスタオルを腰に巻きつけただけの姿だ。──股間の部分が大きく盛り上がっている。

「おまたせ」

「あ、ああ、うん」

バスタオルに包まれた私の胸元に視線をさまよわせながら夫は返事をした。

この数年間、さんざん生で拝んでいるはずなのに、まだ飽き足りないらしい。巨乳好きは因果な性癖だ。

まあ、先ほど、これ以外のおっぱいとは生涯無縁の人生を送る、と誓わせたばかりだ。

多少いやらしい目つきで見ても許してやろう。それくらいは亭主の特権だ。

──ちなみに、私と香織は体型も似ているが、バストだけは私のほうが5センチ大きい。

その辺も、香織が私を気に入らないところなのだろう。

「……じゃ、<仲直り>しよっか、けー君?」

夫──敬介をあだ名で呼びかける。

普段の呼び方は「あなた」だ。人前で説明するときには「主人」。夫の親類の前では「敬介さん」。

基本的に夫を立てる呼び方をしている。

男の世界には色々あることは理解しているつもりだ。

ただし、家の中──特にベッドの上では立場が逆転していることが多い。

「けー君」と呼ぶときは、付き合い始めた頃の、会社の先輩後輩時代の雰囲気が色濃く残っている。

私が磨きあがる前の、ちょっともっさりとした晩生の男の子の呼び名だ。

私に童貞を捧げた、かわいい男の子。

──私も処女だったが、まあ二つも年上で先に社会にも出ていた女は、臆病な男の子よりも色々知識がある。

私の家には、十五の頃から男をとっかえひっかえしていた、ふしだらな妹もいたことだし。

それがただの耳年増ということを悟られないうちに、二人で色々と実践したが、ベッド内での力関係は逆転しなかった。

「──う、うん」

けー君はこっくりと頷いた。あいかわらず可愛い。

「それじゃ、そこに寝ましょうね。──あ、目隠ししてあげる」

手に持ってきたタオルをゆるく縛り付け、夫の視界を奪う。

けー君は、ダブルベッドの上に大人しく横たわった。

「ふふふ、今夜はお姉さんがたっぷりいじめてあげるわよ」

──あれ、仲良くするんじゃなかったっけ? まあ、どちらでも同じことか。

私は仰向けになった夫の横に添い寝した。

天井を向いた夫の唇に、自分の唇を軽く重ねる。

片手で夫の髪をすいてやる。もう一方の手は、胸や腹や太ももを軽くなでまわしている。

「ん……」

目隠しのせいで触感が鋭敏になっているのだろう、夫は吐息をかみ殺した。

「うふ、かわいいわよ、けー君」

耳元でささやく。夫は、びくっと身体を震わせる。

その反応に恋人時代のことを思い出して、心臓が高鳴る。夫も同じくらいドキドキしていることだろう。

──いいことを思い出した。

こういうとき、一番いい<仲直り>の仕方があった。

「ねえ、けー君──私、けー君に聞きたいことがあるんだけど?」

「何?」

「けー君は……どんな女の子が好きなの?」

「え、え?」

夫は、突然の質問にとまどっているようだ。

忘れちゃったかな? あのやり方を。しばらくやっていなかったし。

「それは──みさ……んんっ?」

私の名前を言おうとしたところを、キスで口をふさいだ。──そうじゃないでしょ。

唇を割って、舌を絡めあう。たっぷりとディープキスを楽しんでから、唇を離す。

考える時間を与えると、しばらくして、あ、と言うような表情を浮かべた。──よし、再チャレンジ。

「うふふ、もう一度──けー君は、どんな女の子が好みなのかな?」

「──うーん……髪の毛が長い女の子が、いいなぁ……」

夫はこのゲームの<ルール>を思い出したようだ。

感心感心、さすが私の旦那様。あとは以心伝心だ。

「ふぅ…ん。髪の毛はどれくらいの長さがいいの? うんと長いロング?」

「ううん、セミロングくらいがいいなあ。──あ、絶対に黒髪! 僕、黒髪の人、大好き!」

学生時代から、私の髪型はずっとセミロングだ。髪を染めたことは、一度もない。

「ふうん、そうなんだ。じゃ、色白のおっとりした子と、小麦色の活発な子とどっちが好き?」

「──そりゃ、もちろん。色白の大和撫子!」

あは、これは少し照れる。

色は間違いなく白いほうだ。大和撫子のほうはどうだろう。少なくとも、外ではそれで通ってはいるが。

「そう。──おっぱいは大きいのが好き? 小さいのが好き?」

「お、大きいほうがいいなあ……」

「やん、けー君ったらマザコン?」

「そ、そんなことないよぉ……」

真っ赤になった表情が可愛いから、ご褒美をあげよう。

右手を取って私の胸元に導く。夫はすぐに私の胸を揉みはじめた。

「わあ、お姉さんのおっぱい、大きいなあ」

「これくらいの大きさがいいの?」

「うん! それにすっごく柔らかくて張りがあって……」

「……やっぱり、けー君、マザコンだぁ」

「ち、ち、ちがうってば!」

うん。たしかに私の旦那様は、姑より嫁を優先する優良亭主だ。

もう少しご褒美。ベッドの上で身体を上にずらして、夫の上にのしかかる。

目隠しをした顔に、自慢のおっぱいを押し付ける。心底嬉しそうな夫の笑顔が、私の白い乳房で隠れる。

口元に乳首をあてがうと、夫は無心に吸い付いた。たっぷりと乳房を吸わせた後、今度は、身体を下の方にずらせる。

「あ……ひ…」

唇を離すとき、いかにも名残惜しそうにしていた甘えん坊さんが、女の子のような声を上げた。

私が、夫の乳首に舌を這わせたからだ。おっぱいの次は、おっぱいだ。

「んふ、けー君ったら乳首弱いね。──こういうの好き?」

「う、うん、──大好き」

「そぉ──甘えんぼさんね」

ちろちろと舐め上げながら股間に手を伸ばす。バスタオルの中身は、布地を突き破らんばかりに猛っている。

生地の上から軽くしごくと、夫はびくびくと身を震わせた。

怒張したペニスに、タオル生地の感触は、けっこう効くらしい。

──ちなみに、私のショーツだと、もっと「いい」らしい。

たまに脱ぎたてのショーツにくるんでしごいてあげると、それはもう、気持ちよさそうな声を出して射精する。

新婚以来、出張のときには、お見送りの玄関で下を脱いで渡している。

夫は、出張先で風俗やキャバクラに一切付き合わない固い男、として社内で有名らしいが、

その実、宿泊先のホテルで妻の下着でオナニーに耽る変態さんだと言うことは

──私しか知らないし、私しか知らなくていい。

──先日の一週間の海外出張のときは、ショーツを三枚も渡してやったのに、見事に三枚とも使い尽くしてきた。

散々精液を吸い込んで固いシミになった上に、さらに何層も精液をかけられたショーツは、もちろん再利用不可だった。

ビニール袋に厳重に包んで持ち帰ったそれが税関で調べられなかったのは幸いだ。

会社の人間に知られたら、完全に変質者扱いだろう。

──もっとも、新旧の精液にまみれて返ってきたそのショーツを、捨てる前に散々おもちゃにしたあげく、

思わず穿いてみたり、あげくの果てに穿いたままでオナニーに耽ってしまった私も、十分変態だ。

あれは、ものすごく興奮した。

まあ、同行した夫のライバルが主張先での買春で性病をうつされ、入院と離婚騒動を起こしたあげく、

子会社に左遷されていったのに比べると、我が家はずっと平和で健全(?)だ。

三枚のショーツが翌年の昇進のカギになったとは誰も思うまい。──家庭円満、万歳。

そんなことを思い出しながらゆるゆるとこすっていると、夫がうめき声をもらした。

いけない。調子に乗りすぎた。慌てて手を緩める。

今日は、これで出してもらっては困るのだ。

見事にそそり立ち、びくびくと脈打っているペニスから手を離すと、夫は、はぁはぁと荒い息をついた。

よく我慢しました。えらいぞ、旦那様。

後で、もっといいところで射精させてあげる。

私は言葉責めのペースを変えた。

次々に夫の好みの女性像を告白させる。

興奮を抑えるために、いったん色っぽいことから離れた話題から入り直す。

……ふむふむ。

けー君の理想の女性は、

──いわゆる良妻賢母で、夫を立てる女性らしい。

常識的な価値観と貞操観念を持ち、控えめだが頭が良くて、夫を手の平の上で転がすことが得意な女。

それでいて、ベッドの中では積極的なほうがいいらしい。

……贅沢だぞ、けー君。

そんな女、このご時勢でそうそう見つかると思っているのか。

一生のうちに一人出会えるかどうかもあやしいぞ。

──まあ、君の場合は、もう、その一人を見事射止めてしまっているが。

夫が持ち直したところで、再び言葉責めは色っぽい方へと向かう。

 

女の子にフェラチオされるの、好き? 

──大好き!

お顔に掛けたいの? それともセーエキ飲ませたいの? 

──飲んでもらうのが好きだけど、たまにはお顔にも掛けさせてくれると嬉しいな。

ふぅん、エッチな女の子が好きなんだ?

──うん、エッチなお姉さんにいぢめられるの、好き!

そう。じゃ、風俗のお姉さんとかにこんなことされたいんだ?

──ううん、そういうのは苦手……。

ええ? なんで?

──僕をいぢめるお姉さんには、僕以外の男の子とエッチしてほしくないんだもん。

あらあ、贅沢な子ねえ。

──だって、だって……。

……それって、君のお相手のお姉さんは、一生、君以外の男の子とエッチするなってことでしょ?

──ぼ、僕も一生、そのお姉さんとしかエッチしないよぉ……。

ほんと?

──ほんと、ほんとだよぅ……。

ほんとに、ほんと?

──ほんと!!

じゃあ、君はそのお姉さんと結婚するしかないね。

──け、結婚!?

そ、結婚すれば、奥さんは一生君のもの。君も一生奥さんのもの。

──そ、そっかあ!!

それに結婚しちゃえば、大好きな女の子に君の子供産ませられるわよ。

──!!

うふふ、夫婦だったら、赤ちゃんができちゃう日にエッチしてもいいんだよ。

もちろんコンドームなんか使わないで、大好きなお姉さんのおなかの中に

君のセーエキをいっぱいドピュドピュして、セーシを種付けしてもいいんだよ?

──!!!

二人で子供作っちゃってもいいんだよ?

──夫は、私の意図を完全に理解したようだった。

夫の腰のバスタオルを剥ぎ取る。──私のほうのバスタオルはとっくに脱ぎ捨てて全裸になっている。

夫のペニスは、これ以上ないと言うくらいに膨れ上がっていた。

ゆっくりとそれをしごき始めながら、夫の目隠しをそっと外した。──<仲直り>の儀式は大詰めだ。

いつもはここから、「けー君は、美佐子さんと結婚したいです」「はい、一生、仲良くしましょうね」

という〆のことばにむかって一直線になる。──ちなみに、プロポーズの言葉もそれだった。

だが、今夜の最終目的はちがう。私は夫にキスをしながら、耳元でささやいた。

「──ほら、けー君のお×んちん、石みたいに硬いよぉ。タマタマもぱんぱん……。

こうやってしごくと、けー君のセーシ、どんどん濃くなっちゃうね。

──女の子のおなかの中に出したら、きっと一回で妊娠しちゃうよぉ?」

「う…あ……」

「……このまま、お姉さんのお手々でイっちゃおうか?

きっと気持ちいいよぉ? ──ねえ、けー君、セーシどぴゅどぴゅ出しちゃおうよ」

「……や、やだぁ…」

「イヤなの? どうして?」

「僕……セーシは、奥さんのおなかの中に……出したい」

びくびくと震えながら、夫がかすれた声を上げた。

「ええー、そんなことしたら、赤ちゃんできちゃうよー?」

「──赤ちゃん、……作りたい。僕の子供、美佐子に産ませたい……」

ふいに、夫の声の調子が変わった。

甘えきった年下の彼氏の声から、一家の大黒柱たる男の声に。

「──本当?」

私の声も変わる。年上の彼女から、家を守る妻の声に。

我が家には不文律がある。重要なことはきちんと二人で言葉にして話し合い、宣言する。

その場合、決断宣言は夫のほうが言い出すことになっていた。

プロポーズも、さんざん私が先回りし、お膳立てはしておいたが、言ったのは夫から私への形を取っている。

子作りも、そうするべきことだろう。

「子供、作ろう──」

「──はい、あなた」

儀式が終わった。──後は実践だ。

──そのとき、携帯電話が無粋な音を立てた。

 

 

 

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