<年上妻・美佐子>3
夫が大きなため息をついた。
「電話──出ていいよ。こんな夜中に掛けて来るんだもの、急ぎの用かもしれないし」
「うん、──ごめん」
これ以上ないと言うくらいに済まなさそうな顔をして、夫が枕元の携帯を手に取る。
まあ、相手は誰だかわかっている。
「もしもし……あ……香織君か? ……ああ、こんばんは。何か用?」
仕事関係の緊急事態でないと分かって、夫は複雑な表情になった。
仲のいい同期の女、しかも美人で有名な義妹からであっても、機嫌が悪くなるのは当然だろう。
何しろ人生最高のセックスをいただき損ねた直後だ。
香織からの声は聞こえないが、明らかに不機嫌な夫に戸惑っているのは容易にわかる。
夫は普段、温厚な人間だ。こんな声を出すことはめったにない。
香織君、減点50点。──食べ物とセックスの恨みは大きいのよ。
だから賢い妻は、まず食卓と寝室とをしっかりと抑える。
男の食欲と性欲の両方をきちんと餌付けできれば、亭主にとって自分の家が一番居心地のよい場所になる。
──香織も母さんからそう教わっていたはずなんだけどな。
「え? ──別にいいよ、お礼なんて」
とりあえずは食事の礼をしているようだ。あわよくば、お返しにかこつけて再チャンスを狙う、と言うところか。
定石どおりとは言え、なかなか効率的な攻めだ。でも、今回は全然逆効果よ。
しかし香織もしぶとい。なんだか色々と言葉をつなげて粘っているようだ。
夫の眉のあたりがだんだん険しくなってきた。
私も、そろそろ腹が立ってきた。
──んふふ。
いい事を思いついてしまった。ちょっと──いや、かなり意地悪な復讐方法。
香織、あなたが悪いんだからね。
私は、ベッドの縁に腰掛けて電話をしている夫の横に腰掛けた。
夫は携帯を右耳に押し当てている。私はその逆、左隣に座った。
ぴたっと身体を寄り添わせる。夫の肩に頭を乗せた。
触れ合う面積は大きく、掛ける体重は多からず少なからず。
絶妙のバランスは百回や二百回では身体が覚えない。スキンシップは毎日やることに意義があるのだ。
「──」
夫がちょっとびっくりしたようにこちらを横目で見る。
にっこりと笑いかえした。
電話の向こうにはぐずぐずと言い訳する女、すぐ隣には飛びっきりの微笑を浮かべて寄り添う女。
どちらに興味がわくかは一目瞭然。
しかも私は──夫もだが──全裸だ。
夫の左腕に、私のおっぱいが押し当てられている。
生乳の感触を求めて、夫が左腕をもぞもぞ動かした。
──すけべめ。私はもっと胸を押し付けた。私も同じくらいすけべだ。いや、もっとかな?
私の手は、夫の内腿のあたりを撫でさすってから、すぐにペニスに伸びているから。
「──!」
男性器を優しく触れられて、夫が絶句する。
電話の向こうの香織は何か喋っているようだが、──残念。それ全然聞いてないようですよ。
けー君は、奥さんのお手々の動きに夢中です。
先ほど限界まで膨張していたペニスは、不本意な中断を受けても、完全には萎え切ってはいなかった。
容易く諦めたりせず、あるかどうかわからない次のチャンスに備えて、半勃ちの状態を保って耐えている。
世の中は甘くない。そういう涙ぐましい努力が報われないことのほうが多い。
最近の幸運の女神サマはあまり優しくないのだ。地味で我慢強い男の子はたいてい無視される時代。
──でも、そういう男の子が大好きな女もいる。
少なくとも、君の隣に座っているのは、そうだよ。
何度かこすり上げると、ペニスはたちまち硬度を取り戻した。
反り返った怒張は、十代の若者のように下腹にぴたりと張り付く。ものすごく元気だ。
ちなみに、けー君は、元はそれほど精力家ではなかった。
一日二回でギブアップしていた男の子を一晩の最高記録八回の男に変えたのは、規則正しい生活と健康的な三食の積み重ねだ。
けー君の専属コックは、非常にマメで仕事熱心な性格をしている。
ついでにいうと、その女は、けー君専属のセックスカウンセラーも兼任している。
こっちのほうには、もっとマメで仕事熱心だ。
前にも劣らぬ勢いでそそり立った男性自身に、夫は鼻息を荒くした。
「……ん、ああ、──なんでもない。こっちの話」
香織相手の相槌は可哀想なくらいにおざなりになっている。
こすこすと、しごき続けると、夫の電話がどんどんとあやしくなった。
「ああ、うん? ──そうだね、…いや、ちがう」
それでもなんとか会話が続いているところがすごい。
夫の切羽詰ってからの強さには、時々本当に驚嘆する。いざというときは本当に頼りになる人だ。
だけど、セックスに関してはちょっと弱いところがあったほうが可愛い。
──今みたいに、あえぎ声を漏らすまいと必死になっている表情なんか最高だ。
「……い、いや、何にもしていないよ。ちょっと…うん、ちょっとね」
そ、けー君は何もしていないよ、香織。
ただ、おち×ちんをおっきくしているだけ。後はお姉さんが色々してるの。
あ、でも、けー君のタマタマは今フル稼働中ね。
奥さんのおなかの中に出したり、飲ませたり、お顔に掛けたりするセーエキ大増産。
ちなみに、どんなに作っても独占契約先が全部引き受けるから、貴女には一滴も回らないわよ。
「…ぅゎ……な、なんでもない。話を続けて……」
ついに声が漏れた。
ああ、これいいなあ。ゾクゾクする。
「──男の人が興奮する不倫セックスのシチェーションは、
他人の奥さんとセックスしながら、奥さんに旦那さんへ電話させることなんだって!
奥さんは背徳感で燃えるし、男は他人の女奪ってる実感沸いて二人とも、そりゃもぉコーフンしまくりなんだって!
あ、セックスするのが普段旦那さんとイタシてる寝室だと、もっと最高!」
エロ小説とエロ漫画の収集に命を掛けている私の耳年増仲間が、以前力説してくれたっけ。
髪の毛さらさらの美人で、性格も良くて、ものすごい巨乳の持ち主なのに、いまだに処女なのはあの趣味のせいだ。
しかし、彼女から聞かされる知識は結構役に立つ。
人のものを奪うことに至上の価値感を見出している男女が、そういうので燃えるのなら、
私のように自分のものを守ることが最優先の女は、こういうのがいいかな、と思っていた。
──見事に正解だった。
夫を狙っている女に、妻がいかに慈しんで大事にしてやっているか、夫がそれでどれだけ幸せになっているか、見せつける。
うん、最高。
とろんとした目になってきた可愛いけー君を、香織に見せてやりたいくらいだ。
でも駄目。夫のこの表情は、私が独占するもの。
香織によく言われたっけ。
「──お姉ちゃんは、ケチだ」
そう。私は自分の大切な物は、絶対に他人に触れさせない主義だ。
だから、夫は他の女に触らせない。
けー君は、ずっと私のものだ。
上体をかがみこませた。夫の太ももの上に私の髪の毛がかかる。
「──ん」
亀頭の先端に優しくキスした。
夫が身体を震わせる。
先ほどのピロートークのときと同じくらい興奮してきたのが伝わる。
こちらのテンションも急速に上がってきた。
私だって、さっきのセックスを中断されたのは大いに不満だった。ましてや香織にやられたのは。
その証拠に、夫の男性器をいじっているだけなのに、私の女の部分はたっぷりと濡れてきている。
けー君は射精する準備ができているし、私もそれを受け入れる準備ができている。
言葉は交わしていないが、二人の間で意思は疎通していた。
(今度は、最後までしよう──何があっても!)
ちゅっ。
先端をちょっとだけ咥えた。鈴口を吸う。
口の中で、先走りの汁が私の唾液に混じって広がった。
夫の味と、匂い──。
──あ、理性が飛んだ。これはもう、収まらないや。
生殖本能、全開。今から、子作りします。
がばっと上体を起こして、けー君に抱きついた。
そのまま、巴投げの要領で後ろに倒れこむように、ひきつける。
ころん。
夫が上、私が下になった。両足でけー君の腰の辺りを挟み込む。
うん。記念すべきセックスは、やっぱりこれがいいな。私は正常位が一番好きだ。
大地(今はベッドだけど)と、愛する男に挟まれる安心感。
太ももを大きく開いて夫を受け入れ、精液を注ぎ込まれる。
人間のオスとメスが子孫を作るのに一番使っている体位は、やっぱり子作りにふさわしい。
「──!!」
夫が、私の中に、入ってきた。
「──んんーっ……」
声を殺して、下から抱きついた。
私はじゅうぶん潤っていたから挿入はスムーズだったが、興奮しきった夫の性器は、石のように硬くて重かった。
硬さも重さも普段の十倍くらい──は錯覚だろうが、私の女性器はそう感じていた。
それにこの感触と熱さ。ゴム一枚でこんなにも違うかな。
(今、射精されたら、赤ちゃんができる)
そんな意識が雌の本能を燃え上がらせる。
私は、私の女性器が、さらに敏感になり、液を分泌して夫の男性器を受け入れやすくしているのを感じた。
こんなに硬いものを受け入れているのに、自分の内部が異物感を感じることなく対応していることに対して、
今更ながら驚きかけたが、驚愕は不意に消えた。
──ああ、そうだ。
私のここは、結局、けー君のセーシを受け止めるための器官なんだっけ。
けー君のあそこは、私にセーシを注ぎ込むための器官。
だからこんなにぴったりと相性がいいんだ。
倒れこむときにけー君が放り出した携帯は、ベッドの上のどこかに転がっているらしい。
ひょっとして、私の耳元かな?
──香織が何か叫んでいる声がわずかに聞こえる。
(何、何? どうしたの?)
ああ、おかまいなく。夫婦で仲良くしているところです。
香織がなんか叫んでいるみたい。ちょっとうるさいけど、もう気にならない。
私も夫も、もう声を全開にしてセックスに没頭しているから。
あえぎ声と、すすり泣きと、愛してる、と、気持ちいい、と……そういう声と言葉で寝室が満ち溢れている。
ほら、けー君が、私の中でこんなにふくれあがって──。
あれ、携帯切れたのかな。香織の声が聞こえない。
じゃ、もっと大きな声で叫んじゃえ。
「けー君、だーい好きー!!」
「美佐子さん、大好きー!!」
あは、やっぱり夫婦だ、同じタイミング。
ほら、イくときも一緒だ。
私が上り詰めるのと、夫が射精を始めるのは同時だった。
「あ、イく、イくよ、美佐子さん!!」
「来て、けー君!!」
熱い粘液が私の膣を充たしていく。
セーシのいっぱいこもったザーメンが私の子宮に注ぎ込まれる。
やがて、夫の元気な精子君が、待ち構えていた私の卵子ちゃんに出会って……
律動がゆっくりおさまりはじめ、私の上で荒い息をつくけー君の体温を感じながら、私は失神した。
目が覚めたとき、太陽はかなりの高さにあった。
数年ぶりに寝過ごしたが、今日は休みだ。何も問題ない。つくづく私は用意周到だ。
結局、昨日は一晩中イタシテしまった。
回数は覚えていないが、夫は興奮のあまり、最後はアナルにまで……いや、これは子作りに関係ない。
でもまあ、あれだけすれば、確実にヒットしているはずだ。
私の予感では、たぶん、最初の一回目ので妊娠しているはず。
今日も明日も同じくらい「する」予定だし、どの交わりで妊娠するのかなんてわからないけど、そう思いたい。
軽く寝息を立てている夫にそっとキスをすると、私はベッドから起き上がった。
床に下りると、つま先に硬いものが当たった。──夫の携帯だ。
私はそれを拾い上げて部屋を出た。
「──うん、壊れてはいないようね」
軽くシャワーを浴び、新しいバスタオルを身体に巻いてリビングのソファに腰掛けた。
夫も起き出してトイレを済ませ、私と入れ違いにシャワーを浴び始めている。
着信履歴を見る。──香織から、何回か入っていたようだった。
くすくす笑いながら、掛ける。
私と違って朝に弱い妹も、今の時間なら起きだしている頃だ。
「──もしもし。敬介さん!?」
どんな声を出せばいいのか、判断付きかねる、というような声音が耳元から流れた。
駄目だぞ、香織。私とよく似たいい声なんだから、もっと可愛く使わなきゃ。
「残念、私でした」
「──姉さん!?」
どんな反応をすればいいのか、もっと混乱した声が返ってきた。
香織がペースを取り戻す前に、私が先手を打つ。
うんと機嫌のいい声で──夫にたっぷり愛された次の日の若妻は、こういう声を出す。
「あ、香織、昨日はありがとね」
「──え?」
「けー君に、なんかお祝いしてくれたんでしょ?」
香織は、食事の前に、なんかちょっとしたものをプレゼントすることが多い。
昨晩は探らなかったが、たぶん、夫のスーツのポケットにハンカチか何かがあるはずだ。
もしあげてなくても、昨日捨てたコンドームのことを言っていると解釈するだろう。
「──どんぴしゃ。ちょうど当日に前祝いくれるなんて、さすが妹ね」
「前祝い?」
「うん。昨日、あの後ね、けー君、パパになったんだよ」
電話の向こうで、香織の頭に百万トンの重りがぶつかる音が聞こえたような気がした。
「……そう。昨晩はお楽しみだったというわけね。──でも勘違いとか、ヌカ喜びってこともあるわよね?」
お、反撃してきた。
「うーん。ウチの女は妊娠しやすい家系だし、こういう時に直感が働くから、たぶん間違いないと思う」
私の実家は、平安から続く妙な家の傍流だ。
私の勘が鋭く、色んなことに先回りできるのもそのせいだと教えてもらったことがある。
「そう。──姉さん、ナナシノの血が濃かったもんね」
そして、香織が私を目の敵にする最大の原因もそのへんの嫉妬からだった。
だが、本来、平凡な主婦とOLには何の意味のない話だ。こだわる香織がおかしい。
孕みやすい体質と言うのは、今の私にとってはとてもありがたいが。
「まあ、それはどうでもいいわ」
どうでもよくなさそうな声で、香織が言う。反撃の一言を思いついたようだ。
「……姉さん、知ってる?」
「なあに?」
「──男の人って、奥さんが妊娠しているときに一番浮気しやすいんだって。
妊娠中は、旦那さんのことをあんまり構ってあげられなくなるから、寂しくなっちゃうそうよ」
「ふぅん。──気をつけないとね」
「──女と違って、男の人って子供が産まれるまで父親の自覚が生まれないんだって。
おなかの中で赤ちゃん育ててる母親と、ちょっと自覚の時期がズレるそうよ。だから喧嘩も多くなっちゃうんだって」
「ふぅん。恐いわね」
「ええ。気をつけたほうがいいわよ……。あ、私、今日買い物に行くから。敬介さんに、よろしくね」
「うん、伝えとくわ」
電話が切られた。宣戦布告。私の妊娠中にけー君にちょっかい掛ける、と宣言されちゃいました。
悲しいことだが、妻の妊娠中の夫の浮気が多いのは事実だ。
男と女は、親になることをしっかり意識する時期にズレがあることも。
香織にしては、上出来な戦略ね。変なことばっかり覚える子だ。──まあ、その辺もちゃんと考えてはいる。
「──あれ、どうしたの、俺の携帯?」
シャワーを浴びてもまだぼんやりとしている夫が声を掛けてきた。
「んー、香織が昨日掛けてきたみたいだから、気になってかけてみたの。──私から言っといた方がいいかな、と思って」
話中にセックスを始めちゃったことを思い出して、夫が顔を赤らめた。
たしかに、本人よりも、姉の私からフォローの電話を入れておいたほうが無難だ。
「あ、ありがと。──その…香織君、昨日のこと、なんか言ってた?」
私と香織があんな会話をしていたとは夢にも思うまい。
「うーん、オメデタならご祝儀はずむわよって」
「そ、そう……」
「あ、あと男の人は、父親になる自覚を持つのが遅いから、今からしっかり教育しておきなさいって」
前半は嘘、後半は半分だけ本当。でも辻褄は合っている。
「──だからね、私、ちょっと考えたの」
私は夫の前にひざまずいた。昨日あれほど射精したのに、朝になるとまた元気になっている。
「わわ、何を──」
「んふふ、けー君、セーシ飲ませて」
「ええ?!」
「セーシって、とっても良質なたんぱく質なんだって。おなかの赤ちゃんの身体作るのに最適なのよ。
だから、私、これから毎日けー君のセーシ飲むわね。──おなかが大きくなってもフェラチオはできるし」
私は、わざとらしくおなかをさすった。まだ細胞分裂前の精子と卵子にむかって。
「ね。パパが毎日栄養くれるから、キミは丈夫な身体を作るんだよ。ママも頑張るから、元気で生まれてきてね。
──とりあえず、今日の分、パパから貰おうね」
私は目を白黒させている夫の男根を口に含んだ。
これから毎日こうやって、夫婦二人の共同作業と言う事を刷り込んでいけば、
父親の自覚もすぐに持てるようになるだろうし、浮気の防止にもなるだろう。
──香織。
私の旦那は、こういう奥さんじゃないとダメなのよ。
この人のことは、あきらめなさい。