<剣術指南・下>

 

 

お堂のゆらめく蝋燭の灯と、戸の隙間から差し込む月光の中で、

弥生さんの裸身は、しらしらと透けるようだった。

「や、弥生さん……」

「弥生はこんなことしかできませんが、殿方を大人にするには、これが一番です」

弥生さんは、目を伏せながら言った。

自分の肩を抱くようにして立つ年上の女性を前に、僕は金縛りにあったように動けなかった。

「弥生さん、なんで……。駄目だよ、いけないよ、そんなこと。

女の人の貞操は命より大事だ、って弥生さんは言っていたじゃないか……」

唾を飲み込み、かすれた声でやっとそれだけ言うと、

弥生さんは、泣き笑いのような表情を浮かべた。

「気を使わないでくださいまし。私は……生娘ではございません」

その消え入るような声に、僕は息を飲んだ。

漠然とだが、もう二十歳になる弥生さんが全く男性経験がない、とは思っていなかった。

でも考えてみたら弥生さんの性格なら、男女の秘めごとを許すのは一生の夫婦になる相手だけのはずだ。

この人の貞操は、葉月のそれなどとは比べ物にならないくらい重い意味がある。

まさに「命より大事なもの」だ。

だから僕は、反射的に弥生さんの行為を止めようと思ったのだ。

「まさか、兵馬が──」

僕は思わず、今この世で最も嫉妬と怒りを抱いている男の名を呟いた。

「いいえ、ちがいます」

弥生さんは頭を振った。

混乱している僕の心のうちを、察したのだろう、目を伏せてぽつぽつと語り始める。

「三年前、……弥生は、父に犯されました」

「──!!」

一牙斎先生が!?

「父は、その頃から、もう心も身体も病んでいました。

義母や葉月の我儘から私と宗太郎を守るのにも疲れたのでしょう。

ある日、泥酔した父は、私を呼びつけ──私を犯したのです」

「……」

弥生さんは、淡々と語ったが、その心のうちを想像して僕は慄然とした。

「一度たがが外れると、父は私に狂いました。私は、何度も何度も父に犯されたのです。

……親子でまぐわうなど畜生道にも劣る大不倫に耐え切れなくなった私は、回国修行に出ました。

父を──剣豪・鳴神一牙斎を上回る剣理を身に付ければ、あるいはこの痛みから解き放たれるかと思って」

「弥生さん……」

「でも、三年経って戻ってみれば、父はもう剣を取って勝負できる体ではありませんでした。

私が立ち合いをせまった時の、父のあのうろたえた、懐柔するような、ずる賢い怯えた表情……。

──鳴神一牙斎は、とうの昔に生ける屍になっていたのです……」

僕は、弥生さんの能面のように無表情な貌に血の涙を見、静かな声に血を吐くほど枯れきった泣き声を聞いた。

弥生さんは、自分の呪縛を解き放つ術を、永遠に失ったのだ。

昔と変わらぬ弥生さんの中にいる、狂いたくても狂えない美しい幽鬼のような女(ひと)に、

僕は掛けるべき言葉を何も持っていなかった。

弥生さんが微笑んだ。

疲れきった、全てを諦めた、悲しい微笑だった。

「……ですから、辰之助様はお気を使わなくてよろしいのです。

汚れた女を抱くのがお嫌でなければ、弥生の身体で大人の男になってくださいませ。

辰之助様の心を呪縛しているのは、葉月や、葉月を抱く兵馬どのに対する劣等感や気おされでございます。

女を知れば、──葉月の姉である私を抱けば、きっと解き放たれることでしょう」

「──そんなこと、言うなっっ!!」

僕は怒鳴った。

怒鳴って、弥生さんに突進した。

「あっ!」

不意をつかれて、弥生さんはあっけなく床の上に崩れ落ちた。

その肩を、僕は骨も折れる勢いで抱きしめた。

 

 

 

 

「そんなこと、そんなこと、言わないでよっ!!

弥生さんは、弥生さんは、汚れてなんかいないっ!」

「……」

「そんな風に弥生さんを抱かなきゃ兵馬に勝てないのなら、僕は勝てなくていい!

一生、葉月や兵馬の餌だっていい! 弥生さんがそんな悲しい思いをすること、僕は受け入れられないっ!」

後は言葉にならなくて、僕は弥生さんを抱きしめ続けた。

ぼろぼろと涙を流して、抱きしめ続けた。

やがて──僕の肩に、熱いものがぽつぽつと落ちてきた。

弥生さんの涙だった。

「……弥生さん」

「……ゎ…」

「……弥生さん」

「……ぅぅ…ううっ……うわああ〜っ!」

弥生さんは、僕より大きな声を上げて泣き出した。

一牙斎先生に襲われてからの日々、回国修行の三年間、そしてもどってからのここ数日。

弥生さんは心に閉じ込めていたものを全て解き放ち、小さな子供のように泣いていた。

僕は、どうすることもできず、ただ自分ができること──弥生さんを抱きしめることだけを続けた。

 

「──辰之助様を助ける前に、私のほうが救われてしまいましたね」

ひとしきり泣いた後、弥生さんは微笑んだ。

さっきの、悲しい微笑とは違う、優しい微笑だった。

何かがすとんと抜け落ちてしまったように、弥生さんは、小さく、優しくなったようだった。

その姿は風が吹けば飛んでいってしまうのではないかと思うくらいに弱々しく、

今にも消え入ってしまいそうなほどに頼りなく、でも僕にとって何者より美しかった。

「弥生さん……」

思わず、その名を呼ぶ。

弥生さんは、目を伏せた。おずおずと言葉を発する。

「でも、辰之助様には、……やはり私を抱いていただきとうございます」

「え……」

「十日後の立会い、辰之助様に負けてほしくありません。

私を捕らえていた呪縛を解いてくれたお礼をしたい、ということもあります。

でも、辰之助様に抱かれたいのは、決してそれだけの理由ではありません」

弥生さんはちょっと言葉を切った。そしておずおずと続きの言葉を口にした。

「弥生は、弥生は──辰之助様の女に……なりとうございます」

弥生さんは震えていた。

その瞳の弱々しい光を見て、僕は悟った。

今、弥生さんは空っぽだ。

過去の呪縛から解き放たれたということは、全てを捧げていた一牙流を捨てたことと同じ意味。

弥生さんは、拠って立つべきものを全て失くしたのだ。

──理不尽な世界の中で、どうしようもなく傷ついていた弥生さんは、

逆に自分を傷つけ続ける一牙流にすがり、剣を神としてかろうじて自分を成り立たせていた。

たとえ禍つ神であっても、その神を失ったことは弥生さんの精神を根底から崩壊させかねなかった。

弥生さんには、新しい神が必要で、そして弥生さんは、それを僕に求めている。

僕に奉仕し、僕に全てを与えることを欲している。

「──うん」

僕は躊躇なく頷いていた。

それがどれだけの意味なのかは、わかっていた。

弥生さんが二十年間、剣に捧げ続けていたもの──その全てが僕に転じられるのだ。

その重さ──でも、これを受け入れられなければ……弥生さんは、確実に、壊れる。

弥生さんが、壊れてしまう。

だから、僕は神様になることにした。

たとえ、他の人間に対しては鬼にも悪魔にもなろうとも、弥生さんの神様になることにした。

一生の決心は、ときに実に簡単につくことがある。

「──僕も弥生さんを抱きたい。弥生さん、僕の女になってよ」

弥生さんは涙がいっぱいたまった瞳で、でも思いっきり笑顔になって、大きく頷いた。

「はい。──弥生は、今日から辰之助様の女になります」

それは、弥生さんと僕が、昨日までとは別の人間になりはじめた瞬間だった。

 

 

 

 

口付けをかわすと、弥生さんは俄然積極的になった。

「──葉月が兵馬どのにしたことの、何倍も良くして差し上げます」

弥生さんはささやいた。

それが、僕の劣等感を取り除く一番の方法らしい。

本当なのかどうかはわからない──いや、弥生さんがそういうのなら、それは全部本当なのだろう。

現に、弥生さんの口を吸ったとき、僕は心と身体の内に、かっと燃える火が灯ったのを感じた。

弥生さんの髪の匂い、弥生さんの唇の甘さ、弥生さんの舌の柔らかさ。

葉月が僕を裏切っていたことなんか、どうでも良くなってきた。

あんな女を喜んで抱いていた兵馬のことも、ものすごく小さな男に思える。

唇を離すときには、僕はもう二人に対する恐れを捨て去りはじめていた。

──残ったのは、僕と弥生さんを傷つけようとしていることに対する、冷え冷えとした怒りだけ。

いいぞ。

今の僕は、この感情を自分の思うように抑え、あるいは爆発できる。

そして僕は、怒りだけでなく、欲情もまた、意のままに操る術を身に付けてはじめていた。

心臓はこんなにどきどきしているのに、僕は慌てることなく、弥生さんの身体に触れることができた。

弥生さんの首筋に顔をうずめながら、胸乳をまさぐる。葉月よりもずっと大きい。

「弥生さん、いい匂いがする……」

「先ほどお湯を使ってまいりましたから……」

弥生さんの肌は、湯上がりの匂いだけではなく、若い娘そのものが持つ甘い香りがした。

僕はそれを胸いっぱいに吸い込む。──いいことを思いついた。

「……弥生さん、僕のためにお湯を貰いに行ったの?」

「は…い。──弥生は、辰之助様に抱かれるために……身体を清めてまいりました」

弥生さんは、顔を赤らめながら、しかしはっきりとそう言った。

思ったとおり、弥生さんは、自分で言葉にすると何倍も気が昂ぶる性癖のようだった。

興奮した弥生さんは、自分の胸を手で持ち上げ、僕に差し出してきた。

青い静脈が透ける白い乳房は、あばら家に差し込む月光に溶け込むようだ。

「辰之助様、吸ってくださいまし」

鴇色の乳首に吸い付くと、弥生さんは声を上げてのけぞった。

僕は赤ん坊のようにちゅうちゅうと弥生さんの先っぽを吸いたてた。

両の乳房を存分に吸い、僕の唾液でべとべとにすると、

弥生さんは官能に燃え立った熱く甘い息を吐いて僕の耳元にささやいた。

「辰之助様も、お脱ぎになってください……」

胴着に手をかける。弥生さんが、脱ぐのを手伝ってくれた。

褌の中で、僕の男の部分はすでに怒張を始めていた。

「ああ……辰之助様……逞しいですわ」

僕の物を褌の上から白い手で撫で回した弥生さんが、いとおしげに頬ずりする。

弥生さんに褌を解かせ、僕は男根を解放した。

「すごい……ご立派ですわ。辰之助様……」

弥生さんは目を見張った。

「──父のより、ずっと立派……」

無意識に言ってから、弥生さんは慌てた風な表情になった。

弥生さんの唇から漏れたことばは、僕の嫉妬心を炙ったが、

僕は、これから自分が何をすればいいか分かっていたので冷静に対処することができた。

弥生さんの手を取る。

「あ……」

「弥生さん、握って」

白くて暖かい手に、僕のこわばりを握らせる。

「どう? 一牙斎先生のよりすごい?」

先生の名前が僕の口から出たことに、弥生さんはちょっと戸惑ったようだが、

僕が、逸物を握らせた弥生さんの手を、その上からぎゅっと握ると、表情から迷いが消えた。

「はい……辰之助様のほうがずっと……すごいです」

「どういう風にすごいの?」

「は、はい。辰之助様のほうが…大きくて……堅くて……熱くて……」

──これは儀式だ。

一牙流の化身であり、彼女を犯して剣に呪縛した鳴神一牙斎から、弥生さんを解き放つ。

今、弥生さんの目の前にあるものが、一牙斎よりもずっと力があり、

一牙斎よりもずっと弥生さんに必要なものだと、刷り込む儀式。

弥生さんは、そのことを悟ったのだろう。

僕の男根を優しく愛撫しながら褒め称える弥生さんは、積極的にその儀式に応じようとしていた。

 

 

 

十一

 

弥生さんは、僕の男根を握り締めた。

鍛え上げられた女剣士の指は、でも、僕が思っているよりずっと小さくて柔らかかった。

弥生さんに、僕の性器を握られている。

改めてそう認識した僕が、すさまじい快感に思わずうめくと、弥生さんは本当に嬉しそうに微笑した。

弥生さんの新しい神様になるのは、一苦労だ。

でも弥生さんは、自分の未熟な神に対して、献身的で協力的な巫女だった。

「ふふ、辰之助様の先っぽ、もう、おつゆが漏れていますわ」

弥生さんは、唇を寄せた。

ちゅっ。

先端を軽く吸われる。

僕の男根はたちまち限界まで膨れ上がった。

「ふふふ、弥生が、口取りをして差し上げます」

弥生さんが唇を開けた。僕の物を、含む。

「〜〜〜!!」

柔らかな粘膜に包まれた触感もさることながら、

弥生さんに奉仕されていることに、僕の男根はものすごい刺激を受けた。

しゃぶっている。

弥生さんが、僕の物を──。

そんなに唾液をたっぷりと塗りたくられたら、

そんなに舌を使って亀頭の縁を丁寧に舐められたら、

そんなに強く優しく先っぽを吸われたら、

僕は、もう──。

「いいのですよ、弥生の口に出してくださいまし」

弥生さんが唇を離してささやいた。

床の上にぺったりと座った僕の股の間から、弥生さんがねっとりとした視線で僕を見上げた。

「い、いいのっ?」

「ふふ、葉月は吐き出していましたね。──弥生は、飲みます」

「──!!」

さっき、弥生さんがささやいた言葉を思い出した。

(葉月が兵馬どのにしたことの、何倍も良くして差し上げます)

弥生さんは本気で、葉月の何倍も僕に奉仕するつもりなのだ。

「──弥生に、辰之助様の精を飲ませてくださいまし」

優しく微笑んだ弥生さんの唇にもう一度含まれると、僕はたちまち達してしまった。

射精は長く続いた。

細い管を熱い粘液が、どくどくと脈打って流れる。

弥生さんは、目を細めてそれを受け止めた。

永遠に続くかと思った脈動が終わり、僕が腰を引くと、弥生さんは、唇をすぼめた。

僕の男根と、弥生さんの唇とを、精液と唾液の混じりあった銀色の糸が長く伸びてつなぐ。

あ、これは、葉月と兵馬のときと同じ光景だ。

葉月は、兵馬の精を砂の上に吐き出して、川の水で口をすすいでいた。

でも、弥生さんは──。

ぐちゅぐちゅ。

弥生さんの口元から、粘液質な音が鳴った。

ああ、弥生さんが、弥生さんが。

僕の精液を口の中で味わっている。舌の上で、転がしている。

僕の子種が、弥生さんの柔らかな口の中で、あの甘い唾液に溶け込んで──。

こくん。

白い喉が鳴る。

弥生さんが、飲んでくれた。──僕のを、一滴残らず、全部。

「──おいしいです。父のよりも、ずっと味が濃くて、量もたくさん。

牡として、辰之助様が父などよりずっと優れている証拠ですわ。

弥生は、もう辰之助様のもの。――女が殿方の精を飲むのは、絶対の服従のあかしです」

あからさまな言葉と共に、弥生さんは、鳴神一牙斎とも一牙流とも決別した。

「──兵馬。お前なんか葉月にさえ飲んでもらえなかったのに、

僕は弥生さんに飲んでもらったぞ。──葉月の何百倍も上の女(ひと)が、僕の女(おんな)だ」

僕は、葉月や兵馬へ抱いていた劣等感を完全に消し去った。

 

 

 

十二

 

一度放ったばかりだというのに、僕の男根は痛いほどに怒張していた。

弥生さんと、交わる。

弥生さんを、僕の女にする。

その欲望に、僕は猛り狂っていた。

僕は弥生さんの上にのしかかった。

弥生さんは、床の上に敷いた小袖の上に横たわって僕を迎え入れた。

何処までも無防備に全てをさらけ出している弥生さんの裸身を前にして、僕は逡巡してしまう。

ああ、おっぱいにさわりたいな。

もう一回、お乳を吸いたてたくもある。

あのすべすべのお尻を思う存分撫で回したいし、

太ももに頬ずりもした。

それに、あそこ!

弥生さんのあそこをじっくりと眺めたい。

な、舐めてもいいのかな。

そういえば、弥生さんのお尻の穴はどんなふうになっているのだろう。

いやらしいことが次々と浮かんで、僕は金縛りにあった。

「──いいのですよ。辰之助様が望むこと、全て試してください」

弥生さんが、僕の欲望の全てを見通したように、優しく微笑んだ。

「弥生は、心も身体も、丸ごと全部辰之助様のものです。」

その言葉と微笑とで、僕の身体が自由になった。

今一番したいことが、はっきりする。

「弥生さん。僕は、弥生さんの中に、入りたい」

「よろこんで──」

僕は大きく下肢を開いた弥生さんの白い体の上に乗った。

もうたっぷりと蜜を吐いていた弥生さんのあそこは、僕を優しく飲み込んでいった。

柔らかな肉と、粘膜が、僕の敏感な先端を包み込み、奉仕する。

これが、弥生さん──。

弥生さんのあそこは、まるで、何百人の小さな弥生さんが、いっせいに僕に奉仕するようだった。

知識も経験もまるでなかったけど、ただもう本能が赴くまま、僕は何度も腰を振った。

すぐに絶頂感が僕を襲ってきた。

「うわぁっ、や、弥生さん。僕、もうっ──」

「いいのですっ、くださいませっ! 弥生に、辰之助様をくださいませっ!」

弥生さんが声を上げてしがみついてきた。

引き締まった脚が、僕の腰の辺りを挟み込んだ。

白い腕が、僕の首筋を抱え込む。

「弥生さんっ!!」

「辰之助様っ!!」

僕たちは、つながった部分だけではなく、身体の全てでとろけあい、重なった。

すさまじい射精感が僕を捕らえる。

弥生さんの中に、出す。

僕はもう、それだけを考えて絶頂を迎え入れた。

どくどくという命の律動の音とともに、僕の精液が弥生さんの身体の奥深くに注ぎ込まれる。

「〜〜〜っ!!」

弥生さんが、気をやった。

弥生さんが、何度も立て続けに絶頂を味わっているのが、感じ取れた。

僕も、今放ったばかりだというのに、弥生さんの中であそこがまたカチカチに膨らんで

次の射精をしようとしているのを感じた。

僕は、もう自分の身体が自分の身体じゃない感覚を覚えた。

弥生さんも、同じように感じているらしい。

──ああ、そうか。

僕の身体が、僕のものでないとしたら、それは弥生さんのものだ。

弥生さんの身体が、弥生さんのものでないとしたら、それは僕のものだ。

これはお互いが、お互いを所有している感覚なんだ。

僕と弥生さんは、そのまま朝まで溶け合ったまま過ごした。

 

 

 

十三

 

それからは、めくるめくような毎日だった。

僕は、家人に悟られぬよう、最低限家に帰るだけで、

あとは一日の全部を弥生さんのお堂で過ごした。

弥生さんとは、もう回数も数え切れないほど交わった。

やりたいことを全部試そうとしたけど、後から後から欲望がわいてきて、とてもできなかった。

当たり前だ。

弥生さんは、この先、一生僕が守り、むさぼり、愛する女性だ。

十日間で味わい尽くすなんて、とてもできない。

それでも僕は、弥生さんの色々なところを知ろうと、思い切り弥生さんを求めた。

弥生さんの綺麗な顔を、兵馬が葉月にやったよりももっとたくさん、僕の精液でどろどろに汚したり、

その顔に、うんと執拗に僕の男根をこすり付けたり、弥生さんの黒髪にまでかけたり、

弥生さんのあそこを延々一刻(二時間)舐め続けて何百回も弥生さんをいかせたり、

弥生さんのお尻の穴まで犯したり、足の指で僕の男根をしごいてもらったり、

夜中に辻に引き出して、弥生さんを真っ裸にして交わったり、

森の中で弥生さんにおしっこをさせて、それをじっくりと眺めたり、

僕の屋敷の湯殿に引き込んで、弥生さんの身体の恥ずかしいところ全部を僕が洗ったり、

弥生さんが回国修行中に覚えた全国の言葉で、弥生さんにいやらしいことを大声で言わせたり、

その言わせた通りのことを実行したり、

とにかく、弥生さんに触れられるときは一秒も無駄にせずに弥生さんをむさぼった。

──もちろん、剣の修練も死ぬほどやった。

弥生さんと、一日何百本もあわせ稽古をした。

一日の何処にそんな時間があるのか、自分でも不思議でしょうがなかったが、

睡眠も、食事も、弥生さんが奨めるまましっかり取ったのに、

剣の稽古も、弥生さんとの交わりも、あきれるほど行なうことができた。

時間が、これ以上ないくらい濃密だったからかもしれない。

弥生さんの中に精を吐き出すたび、弥生さんと木刀を交えるたび、

僕の身体にしがみついていた、余分な、嫌なものがどんどん抜け落ちていくようで、

僕の剣は、自分でもはっきりわかるくらいに、疾く、鋭くなっていた。

僕は、僕が変わって行くのを自覚した。

弥生さんも、どんどん変わっていくのも。

 

十日間はあっという間だった。

だけど、その間を、僕は一瞬たりとも無駄にしなかった。

 

──朝。

兵馬が立会いを申しこむ、と言っていた日。

すっかり忘れていたが、今日は祭りの日だった。

早朝から市が立ちならび、人通りも多い。

僕は選手に選ばれてなかったが、道場も昼時に公開稽古を行う手はずになっている。

兵馬は、そのときを狙って立会いを申し込むのだろう。

人目につくことが好きな男だ。支度をしながら僕は苦笑した。

「何か──」

弥生さんが、僕の着替えを手伝いながら聞いてきた。

僕は朝一番で家を出て、弥生さんのお堂でゆっくり準備していた。

「いいや。兵馬が、今日という日を選んだのがおかしくてね」

唇に浮かんだ笑いは、自分でも獰猛なものだったと思う。

そんな僕を見て弥生さんがにっこりと笑い、すっくと立ち上がった。

「そろそろ時間です。参りましょう」

 

 

 

十四

 

道場に着いた。

弥生さんは、一応は挨拶をするために、一牙斎の離れに向かった。

道場生の控えの間に入ると、すぐに兵馬が、つつ、と近づいてきた。

「今、弥生と歩いてきたな」

見下した言葉遣いは、他の人間が居るところでは決して使わない。

「……それがなにか?」

「──この十日ばかり、あまり見かけないと思ったら、二人してつるんでいたのか」

兵馬はおかしそうにくつくつと嗤った。

「ああ、弥生さんから、技を一つ教えてもらったよ」

「はっ、愚図のお前が、弥生の古臭い教えを受けて何か会得できるものがあるのか」

「うん。──お前を打ち倒すくらいの役には立つ」

「──何っ!?」

兵馬はあっけにとられたような表情になった。

今まで散々馬鹿にしてきた相手からの思わぬ反撃に、端正な顔が見る見るゆがむ。

「……そりゃあ、よかった。──じゃあ今日、立ち合おうぜ。皆の目の前で」

「いきなり、だね」

「安心しろ、今日は、最後は負けてやる。今の大口をたっぷり後悔させた後でな」

「ふうん。八百長か。──いらないよ」

「くくく、お前が知らないことがいろいろあってな。そうもいかないのさ」

「ありがたいこった。涙が出るよ」

そっぽを向いた僕に、兵馬はふふんと鼻を鳴らして背を向けた。

「──そうだ、知っているか。弥生も、俺のものになるぜ」

「へえ。……弥生さん「も」?」

「道場は俺が婿に入って継ぐことになる。それに、別の物もとっくに俺のものになっているしな」

「──」

「ま、弥生のほうは一牙斎の爺いがくたばったら、とっとと追っ払っちまうつもりだから、

欲しけりゃお前にくれてやってもいいぞ。俺がおもちゃにした後のボロクズでよければ、な」

兵馬は、振り返ってにやにやと嗤った。

この男は──。

ぴいん、と僕の周りの空気が凍ったのに気がつかない。

抑えようとしても、僕の冷たい怒りが体の外へ流れ出てしまうのに気がつかない。

こんな奴、適当にあしらって終わりにしてもいい──先ほどまでそんなことも考えていた。

今の言葉を聞くまでは。

「……兵馬」

「なんだ」

「──弥生さんと祝言は挙げさせないよ」

「ははは、そりゃ何の冗談だ。お前、あの石頭に惚れたのか」

こいつはおかしい、と兵馬はケラケラ笑いながら部屋の外へ出て行った。

──僕の言った言葉の意味を、考えもせずに。

 

「──辰之助どの、試合を申し込みたい」

模範演武を終えた兵馬は、皆の注目が集まる前でそう言った。

慇懃無礼。

家老の息子である僕に対して、兵馬は人前では丁寧な口調をする。

「いいでしょう。日時はいつがよろしいかな?」

僕も道場の上座という意味で兵馬には敬語を使っていた。

だが、今日は兵馬のお株を奪うほど慇懃無礼な声音だ。

兵馬が眼に怒りを浮かべた。

「……今、この場というのはいかがですか?」

「かまいませんが。ひとつ、提案があります」

「何でしょう」

「木刀で立ち合いましょう。真剣でもかまいませんが」

周りの皆の驚く声が聞こえた。

竹刀ならともかく、木刀では下手をすれば大怪我をする。

そんな戦いを、愚図が麒麟児に挑んだのだ。

「──よかろう」

兵馬は、蒼黒い顔で即答した。

 

 

 

十五

 

試合は、模範試合として公開された。

家老の倅と藩内きっての麒麟児の試合、竹刀ではなく木刀、しかも何やらただならぬ雰囲気。

物見高い連中が祭りをそっちのけで道場の周りに鈴なりになった。

道場の人間の列に、葉月がいた。

顔が興奮で赤らみ、瞳がぬれたようにきらきらしている。

決闘という名の暴力沙汰。しかも自分をめぐってのこと。

葉月にとっては、最高の見世物だろう。

僕は視線を外した。

その隣で、弥生さんが、じっと僕を見つめていた。

胸元で堅く組んだ手が、僕の勝ちを信じる頭とは別に、天に祈らずにいられない心を表している。

弥生さんに小さくうなずいて見せ、僕は試合場となっている庭の真ん中に進み出た。

 

「──始めっ!」

開始の合図と同時に兵馬が突っ込んできた。

──遅いな。

この十日間、弥生さんの打ち込みを受けてきた僕の眼には、それは蝸牛の歩みにも思えた。

兵馬の木刀をはじく。──二度、三度。

信じられない、という表情で下がった兵馬を追わず、僕は構えを直した。

右八双。

木刀を顔の右側で構えて斜めに振り下ろす、もっとも人を斬りやすい攻撃の型だ。

ただし、その分防御しにくい。

捨て身か、あるいは圧倒的に格下相手に使うべき構えに、観客がどよめいた。

「貴様ッ!」

怒りと屈辱のあまり、蒼黒いを通り越してドス黒くなった顔をゆがめて兵馬が突進してくる。

僕はそれに合わせ、無造作に木刀を振り下ろす。

袈裟切り。

弥生さんに教わった、一番簡単な、技。

「簡単な技にこそ、実力の差が出ます。単純な技ほど、極めれば受ける手がないのです」

それが一牙流の極意だと、弥生さんは言った。

ああ、その剣理は本当に正しい。

兵馬は木刀をひねって受けようとした。木と木のぶつかる音が響いた。

木刀を合わせることが間に合って、兵馬がにやりと笑う。

──何を笑っているんだ? 

──僕の剣を受けきってもいないのに。

合わせた木刀に力をこめると、兵馬の顔が驚愕にゆがんだ。

振り切る僕の力に、兵馬の木刀が押され、片手が離れた。

しっかりと握っておかないから、そんな簡単に手を離すんだ。

いや、しっかりと握れないのか。

力が足りないな。

お前、剣士として、何を修行してきたんだ?

──教えてやろうか、兵馬。

──木刀は、雑巾を絞り込むようにして強く握れば、容易に離れない物なんだぜ。

兵馬が左手一本で持つ木刀を、僕はさらに力をこめて押し切った。

 

 

 

十六

 

ぼきり。

いやな音が木刀を通じて伝わってきた。

最後の瞬間にねじりこむように押し込んだ僕の力を支えきれず、兵馬の左親指がへし折れた音だ。

研ぎ澄まされた僕の感覚に、筋や神経がぶちぶちと切れる音が感じられる。

かわいそうに。

──これじゃ、箸を持つようになれるのも一年がかりだな。

でも兵馬は、この先、この左手を使って食事を取らなきゃならない。

──何故って?

僕は飛燕の速度で木刀を切り返した。

──兵馬の右腕は、もう一生使い物にならなくなるから。

右肩に打ち込んだ渾身の一撃は、兵馬の肩骨を粉々にうち砕いた。

どんな名医でも、接ぐ骨そのものが砕けていては直しようがない。

兵馬が、かっと眼を見開いた。

──ああ、参った、をしたいんだろうなあ。

お前の気持ちが分かるよ。

まだ痛みは神経に伝わってない。お前が今感じているのは──恐怖だ。

お前を簡単に不具者にした男が、まだ目の前にいる。

僕の顔を見たお前が怯えるのは、当然だよ。

僕は、まだ「やる」気だ。手を緩めるつもりは全然ない。

毒虫を踏み潰すときよりも躊躇なく「続き」をすることがわかるだろう?

──今、僕の唇に浮かんでいる微笑を見れば。

──なあ、兵馬。

「参った」って言いたいよな。

──でもお前、今の一撃を食らったときに、息を全部吐き出してしまったよ。

それじゃあ、もう一度息を吸い込まないと、負けを認める声を出せない。

でもその前に「もう一撃」が来るのは、分かってるよな?

お前や葉月を放っておくと、弥生さんに害を及ぼす。

だから、二人とも壊れちまえ。

まずはお前からだ。

言っておいたよな?

──「弥生さんと祝言は挙げさせない」って。

さっきのお前の台詞で、はっきりわかった。

打ち下ろした木刀で、地上すれすれで巻きかえす。

下から跳ね返るような一撃は、兵馬の股間へ吸い寄せられるように伸びた。

ぐちゃり。

鳩の卵くらいの大きさのものが二つ、綺麗につぶれた感触が伝わる。

──子種がなければ、嫁取りも婿入りもできない。

もちろん、弥生さんとの祝言も、ご破談だ。

白目を剥いて倒れこんだ兵馬を、僕は冷たく見下ろした。

 

顔を上げ、声もなく凍りついたまわりをぐるりと見る。

一牙斎先生も、宗太郎師範も、呆然としている。

観客も、屠殺のような一方的な勝負に、唖然としていた。

葉月と眼が合った。

「──勝ったよ」

僕の言葉に、葉月が恐怖に顔をゆがませた。

兵馬を不具者にした時の、そのままの微笑を浮かべた僕が見つめたからだ。

葉月は、僕が兵馬との不貞の件を知っていることを悟った。

そして今の僕は、言い逃れも、ごまかしも、謝罪すら通じぬ相手だということも。

葉月は、がたがたと震えだした。

僕が一歩、前に踏み出すと、葉月は失禁して気を失った。

汚らわしい女から視線を外した僕は、その隣の、美しい女(ひと)に目を向けた。

「──勝ったよ」

僕の言葉に、弥生さんがにっこりと笑った。

 

 

 

十七

 

それからの数刻はてんやわんやだったし、

それから数日も大騒動だったし、

それから数ヶ月も色々とあった。

 

──結局、僕は葉月と結婚した。

家老にもなれる家柄の僕と、郷士とはいえ土着の名門である葉月の家との婚姻は、

予定通り以外の結果を許されないものであった。

兵馬は、逐電した。

あの身体では二度と剣を持てないだろうし、どの家も継げない。

人を集めて復讐しようにも、今年から城務めを始め、立身への道を歩き始めた僕を狙うのに手を貸す人間はいない。

第一、兵馬本人が、もう僕ともう一度相対する勇気も気概もなくなっていた。

一度だけ、逐電前の兵馬を見かけたが、生ける屍のようだった。

僕はあいつを廃人にしてしまった。

二度と会うこともないだろう。でも、罪悪感はまるっきりない。

僕を裏切っていた葉月を妻に迎えたことにも、後悔はなかった。

それどころか、毎日、下城して葉月のいる家に戻るのさえ、僕は楽しみでいた。

もっとも、葉月と寝るのが楽しみなわけではないけれども。

 

「──ひぃぃっ!!」

土間の上で、葉月が悲鳴を上げる。

敷物を一枚敷いただけだから、床につけている膝や手の平は冷たいだろうし、痛いかもしれない。

でも僕はそんなことお構いなく葉月を犯し続けていた。

兵馬とさんざん乳繰り合っていた葉月は、十七になったばかりの女にしては十分に熟れていたから、

僕が多少乱暴に扱っても身体は対応できる。

今だって、すすり泣きながら、あそこはぐちゃぐちゃに濡れて僕をくわえ込んでいる。

売女め。

僕は、出入りの商人から買った張型を葉月の不浄の門にあてがった。

一番大きな奴。商人は、これは看板要で、本当に買う人なんかはじめてみた、と驚いた。

「そ、それはっ──」

葉月が恐怖に目を見開くが、僕は無視してそれを押し込んだ。

「ひぃぃっ!!」

めりめりと音がして葉月の肛門が裂けた。

まあ、壊れたところで別にかまいはしない。

一牙斎先生と葉月の母は、あの後すぐに流行り病であっけなく死んだ。

道場を継いだ宗太郎師範は弥生さんの実の弟だし、今回の件も薄々知っていて口出しはできないから、

葉月を守る人間は誰一人いない。

亭主である僕の意のままに扱える。

あ、もう一人、葉月を好きなようにできる人はいるけど。

 

「──ふふふ、いきそうですか? 旦那様」

畳の上からその人──弥生さんが声を掛けてきた。

「いや、全然。葉月は締りが悪いし。弥生さんとは大違いだよ」

僕はことさら平然とした表情を作ろうとした。

「嬉しいことをおっしゃいます。でも、嘘はよくありませんよ。

葉月も結構、味がよろしゅうございましょう?」

弥生さんは、にこにこと笑いながら腰を振る僕を眺めている。

相変わらず全てお見通しだ。

実際、葉月のあそこは結構具合がいい。

今日はもう二回射精しているのに、僕は限界に近くなってきていた。

でも僕は、にこやかな弥生さんの瞳の中にある嫉妬の光を感じ取っていた。

一牙斎先生の死後、一牙流を正式に宗太郎師範に譲った弥生さんは、剣を捨てた。

「今はもう、剣より大事なものがあります」

そう言って刀も胴着も処分した弥生さんは、すっかり女らしくなった。

僕が葉月と交わっている間、ちらちらと見せる嫉妬は以前にはなかったものだ。

弥生さんは、僕を独占したがっている。──とても嬉しい。

「や、弥生さんのあそこのほうが、ずっとずっといいよ」

「まあ」

この台詞は本心のものだ、これもお見通しで、弥生さんの笑顔が深まった。

葉月に劣らず上気した顔なのは、先ほど僕と交わったばかりだからだ。

 

 

 

十八

 

──僕は、汚れた葉月を妻に迎えるのに当たって、弥生さんを妾として家に入れる事を条件にした。

事情を察した一牙斎先生や宗太郎師範は、何もいえなかった。

本人にそれを申し出るときだけ、僕はどきどきと不安になったが、

弥生さんは本当に嬉しそうな表情でそれを受け入れてくれた。

葉月の不貞を表ざたにしない以上、正妻の子である葉月を差し置いて、

妾腹の弥生さんを妻に迎えることはできない。

だから、弥生さんは妾として僕の家に入らざるを得なかったけど、

そうした表面上のことはどうでもよかったし、またどうでもよくする術を僕は知っていた。

後は、僕と弥生さんとの心の問題だけで、それは、問題にさえならなかった。

僕は弥生さんが必要だったし、弥生さんも僕が必要だった。

──僕らはもう離れられない。

弥生さんと一緒にいるために、葉月を道具として利用することを僕はためらわなかった。

「おおっ」

葉月の中に入っているというのに、声を聞いていたら、

先ほど弥生さんのあそこに入れたときの感触を思い出してしまい、僕の息が荒くなる。

葉月の中で、僕が一回り大きく、堅くなってくる。

葉月はかすれた声を上げて上体を床に突っ伏した。

──弥生さんとの交わりを済ませてから、葉月と交わる。

それが、僕が決めた我が家の掟だった。

掟は、もう一つある。

「──ううっ、も、もういきそうだよ、弥生さん……」

「まあ、旦那様ったら、そちらで出しては駄目ですよ」

弥生さんは僕を軽く睨んで下肢を広げた。

指で自分の性器を開いて見せる。

そこは、弥生さんの蜜液と、先ほど放った僕の精でぬるぬると光っていた。

「旦那様が子種をお出しになるのは、ここ。弥生のここでございます」

「わかってるさ。──僕の跡継ぎを産むのは弥生さん。葉月は石女(うまずめ)ということにしておかなきゃね」

失神した葉月を乱暴に投げ出し、僕は土間から部屋へと上がった。

びくびくと脈打っている男根にそっと桜紙をあてがって葉月の蜜液をぬぐう。

「そんなことなさらなくても良いのに」

「弥生さんのあそこを、葉月の汚い汁で汚したくないんだよ。

それに、葉月の汁なんか借りなくても、弥生さんは十分濡れてるでしょ? ほら、こんなぬるぬる……」

「ああっ、旦那様ったら……」

覆いかぶさって突き入れると、弥生さんは声を殺してしがみついてきた。

「ああっ、や、弥生さんっ!」

あの日、お堂で初めて交わった時と同じ快楽に、僕は声を上げてうめいた。

「来てくださいましっ! 来てくださいましっ!」

すすり泣いて僕をくわえ込んでくる弥生さんに、興奮はたちまち絶頂に達した。

僕の男根はどくどくと力強く脈打って、弥生さんの中に子種をたっぷりと送り込んだ。

本当の妻の中に射精する快楽。

僕は弥生さんをぎゅっと抱きしめた。

 

──弥生さんは、もうすぐ僕の子を孕むだろう。

──葉月は、もう少しで壊れるだろう。

 

そうしたら、石女で気がふれた正妻を離縁できるし、

嫡男を産んだ妾を正室に迎え入れることに反対する者もいないだろう。

僕は、葉月や兵馬や一牙斎先生などより、よっぽど悪辣で冷酷な陰謀家になってしまった。

でも、かまわない。

剣の道を失い、僕のほかに心の拠るところを何もなくしてしまった弥生さんのために、

僕は誰にも負けられないから。

弥生さんのために、葉月や兵馬や他の人間をどれだけ傷つけても僕は平気だ。

僕は弥生さんを、弥生さんは僕をむさぼることでしか生きていけなくなってしまった。

だから、二人がお互いを求め与え合うのに邪魔なものは、すべて排除する。

(──さしあたっては、弥生さんをはやく僕の正室にしなきゃな)

花嫁衣裳を着た弥生さんは、どんなに魅力的だろうか。

弥生さんとの祝言を想像したら、僕はまたあそこがカチカチになるのを感じた。

僕と弥生さんの夜は、まだまだこれからだ。

 

 

 

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