<孕ませ神殿>2 親子巫女 イリア&カヤーヌ・上

 

 

「――明日から別の客を取ってもよい、というのですか?」

私のことばに、巫女タチアナはちょっと眉をひそめた。

無理もない。

<成人の儀式>を行なう執政官の息子のために集められ、

入念な準備──つまり半年も男断ちを命じられたあげくに、

その子に抱かれもせずに解散、では売春巫女として立つ瀬がない。

他の巫女は指名されたが自分は指名されずに終了、というのならば、

まだ自分の魅力のせいと納得することも出来るかもしれないが、これは──ある意味、出来レースだった。

それも恐ろしく手の込んだ出来レース。

執政官の息子が選んだアドレナという名前の娘は、ついこの間までこの神殿の巫女長代行だった。

──しかし、その正体は異教の巫女。

<帝国>の女神である<婚姻と出産の守護女神>に仕える娘にして、

あの「坊ちゃま」の婚約者──未来の妻だった。

この世で最も強力な女神が、彼のために、その誕生と同時に

──いや生まれる前の受精卵の段階から丹念に丹念に「作り上げ」てきた女。

たとえ百万人の美姫に囲まれても、あの坊ちゃまはあの娘を選ぶだろう。

姿を見れば眼が選び、声を聞けば耳が選び、匂いをかげば鼻が選び、

同じ部屋に閉じ込めれば生殖本能が選ばせる、「自分にとって最もよいつがい」を。

あの娘は、本人さえも気が気付かぬ、ごく自然なことばや仕草、それに選択のひとつひとつが、

すべて坊やにとってもっとも好ましいものになるよう育てられているのだ。

美貌や肢体や知性や能力などのさまざまな魅力もさるものながら、

それこそが帝国貴族の妻が持つ「最高の武器」だった。

アドレナは、ただ、あの坊やの前に立つだけで、自然と微笑を交し合うことができ、

ただ呼吸をしているだけで、未来の夫を魅了してやまない。

そんな女を交えた出来レースを、一切の手を抜かず、厳格に執り行うことを強制する<帝国>。

──不毛の大地に種をまくような、従属国の悲哀を思い知らされる半年だった。

私や、目の前にいる巫女タチアナなど神殿の幹部数人はこのことを知っていたが、

大多数の巫女はそんなことがあるとは露知らず、期待とともに<準備>を行なっていたのだ。

あるいは、あの坊ちゃまが、アドレナが消えた後で、他の巫女を抱く気になっていればよかったのだが、

残念ながらそうはいかなかった。――予想通り。

タチアナが非難するような目になったのも無理はない。

 

「……ええ、先ほど本人にも確かめましたが、<準備>していた巫女を解散してよろしいそうです」

私はつとめて事務的に返事をした。

しかし、タチアナは、視線を和ませ、ふっと苦笑を浮かべた。

「アドレナ……<婚姻と出産の守護女神>の巫女。

たいしたものですね。もう未来の夫の心をつかんで離さないでいるわ」

──この街を支配する<帝国>の守護女神は、われらが<大地の母神>の力を借りて

自分の巫女であるアドレナに男子を妊娠させる方法を予見した。

アドレナはそれにしたがい、この神殿の売春巫女のふりをして未来の夫に抱かれた。

効果はてきめんで、彼女は二ヶ月もせぬうちに妊娠し、それが分かった日の夜、

帝都から派遣されてひそかに待機していた数十人の巫女や女騎士たちに大切に守られながら、

邪神たちの呪いから逃れるために、一路、帝都の<婚姻と出産の守護女神>の大神殿へと向かった。

大神殿に着きさえすれば、彼女の出産を妨げるものは何もない。

ついでに、あの坊ちゃまとの結婚にも。

顔を合わせるようになって一年ほど。身体を重ねるようになって二ヶ月ほど。

──その間に、執政官の息子は、(本人は知らないが)自分の婚約者にめろめろになった。

自分が童貞を捧げ、代わりに処女を貰った、相思相愛の初恋の相手に。

だが、<婚姻と出産の守護女神>の策略の緻密さは、それだけにとどまらない。

──妊娠がわかってから、安定期に入るまでの数ヶ月、アドレナは姿を消す。

あの子は自分の前から消えた最愛の女性を想い、人生最大の失意に苦しむだろうが、

それさえも、この先何十年も続くアドレナとの結婚生活を極限まで楽しむためのスパイスに過ぎない。

一度失ってその価値を心の底から実感した「この世で一番大切なもの」を

「幸運にも」もう一度手に入れることができた男は、もう二度とそれを手放さないだろう。

「――ふふ、つかんだのは心だけじゃなさそうね。

あの坊っちゃま、あれからおち×ちんが勃たないそうよ。

もう、あの娘でなければセックスできないみたい。

ふぐりのほうも、未来の妻にしっかり握り締められちゃったようね」

それは、売春巫女にとっては徹底的な敗北を意味していたが、

自分たちよりもはるかに年若な乙女にしてやられた思いは、意外に爽やかだ

──結局、あの娘はどれだけ魅力があろうとも、自分の夫となる男以外にはまったく興味がないので、

多くの男性に春をひさぐ売春巫女の私たちにとって本格的な<敵>にはならないからだ。

いわば、お互いの「生息領域(テリトリー)」が違う。

帝国とこの街、<婚姻と出産の守護女神>と<大地の母神>との関係も、それでうまくいっているのだ。

 

タチアナと二人で、肩の力が抜けた表情で笑う。

あとは熟練の巫女同士の話──猥談になる。

「……少なくとも、新婚から十年か二十年、あの坊やは、

自分の妻となったあの娘以外の女に見向きもしないでしょう」

「そうね。毎晩せっせと同衾しては、熱心に子種をしこみ、

毎年のように彼女に子供を産ませるにちがいないわ」

「まあ、帝国の貴族様にとっては、それが幸せなんでしょうけれども……」

「ね、あの娘――あの坊っちゃまが一生のうちに作る精液のうち、何割を独占するのでしょうね?」

「そうですね。――あるいはあの坊や、一生あの娘以外に女を知らない人生であっても不思議ではありません」

お茶を三杯ほど飲む間中続いた会話は、年頃の男の子が聞いたら

思わずズボンの前を押さえたくなるくらいに卑猥で際どい。

──どこの売春神殿や娼館でも、控え室の中はこんなものだ。

とくに私と巫女タチアナはその中でも「好き者」の筆頭格。

楽しい猥談がひとしきり続く。

しかし、その中にも、一抹の寂しさがあるのは免れない。

なんと言っても、あの坊ちゃまは、巫女たちの間でも人気のある男の子だった。

育ちも頭も性格もよくて、初心な少年は、

いかにも帝国貴族らしい(この街にとっては)欠点を持ち合わせていたが、

それを補ってあまりある魅力があった。

最良の性交相手が準備されている事実を知っている私やタチアナでさえも、

ひそかに自分が<成人の儀>の相手に選ばれはしないか、

いっそアドレナからあの子を寝取ってやろうか、と思っていたほどだ。

「……ちょっと嫉妬してしまいそうですね。いろいろな意味で……」

タチアナが空になったカップに視線を落としながら呟いた。

夫のいる身で、他の男に心をひかれたり性交したりすることを、<大地の母神>はとがめない。

それをいいことに、この人妻巫女は神殿での売春と自由恋愛を大いに楽しんでいる。

彼女にとっても、あの坊ちゃまは「お気に入り」だったのだ。

私にとっては……。

──いけない。そろそろ頭を切り替えなければ。

私は自分のカップに残ったお茶を飲み干した。

 

「幸せなのでしょうね――最初に手に入れた女が、自分にとって最高のものだったというのは……」

テーブルの上を片付けながら、タチアナは自分に言い聞かせるように言った。

「ふふ、「それ」に出会う前に他の女で遊んでみるのも、またちがった楽しさだったはずだけど、

残念ながら、あの坊ちゃまは永遠にその機会を逃したようね。

──お互い、あの坊っちゃまのことは忘れましょう。あらためて貴女にふさわしい客を取りなさい」

「ふふ、わかっております。――主人と相談して決めますわ。よい子を孕めるように」

妖艶この上ない表情で答えたタチアナに私は苦笑した。

この人妻だけは、よく分からない。

どこまでも<大地の母神>信者の女にふさわしい言動だが、

あるいは、私と違って彼女には信仰はあまり重要でないのかもしれない。

他の巫女たちに「解散」を伝えるように命じたタチアナが一礼して部屋から出て行った後、

私は娘──カヤーヌを呼んだ。

 

「――あ、あたし、選ばれなかったんですか? おかあ……いえ、副巫女長」

「カヤーヌ、そういう嫉妬はいけませんよ。

どの殿方とも同じ喜びを持って春をひさぎ、どの殿方の精液も等しく受け入れる。

同時に誰に選ばれなくても恨みはしない。――それが神殿の巫女というものです」

「あ、は、はいっ。……あの、でも、別にあたしは嫉妬とかじゃなくて……」

家に居るときとは全く違った頼りない声でうつむき、

ごにょごにょとことばを濁した娘は、本来は、快活なことでまわりに知られている少女だ。

慣れない神殿での生活は気疲れするのだろう。

春をひさぐ巫女なのに、まだ処女の身であることにも。

自分はともかく、あるいはこの娘にはあの坊ちゃまが食指を動かされる可能性があるかもしれないと

「準備」の巫女たちの中に入れておいたが、ちょっと相手が手ごわすぎた。

この子にはかわいそうなことをしたかも知れない。

初めての相手、それも王子様と言って差し支えない存在に、

大勢のライバルの中から選ばれる──女の浪漫だ。

カヤーヌがそういう結末に期待を抱いていたとしても不思議ではなかった。

「……じゃ、明日から普通のお勤めに戻るわね、お母さま──じゃなかった、戻ります、副巫女長」

だが、意外なことに、カヤーヌはにっこりと微笑みながら顔を上げた。

その笑顔に、私はちょっとどきりとした。

 

……あれは、どういうことだったのだろうか。

部屋に入ってくるときのおどおどとした様子とは打ってかわって

上機嫌で部屋を出て行った娘のことを考えながら、私は神殿の受付のほうにまわった。

ロビーで客の応対をしている巫女たちの中を歩く。

胸に客たちの視線が集まるのを感じた。

──ゆれる乳房は、男の生殖本能を刺激する。大きければ大きいほど。

たとえ貧乳好みの男でも、目の前で動くものがあれば目で追ってしまう。

それは無意識下で性欲を刺激し、精巣の動きを活発化させ、

結局は、相手に選んだ巫女との交わりに良い結果をもたらす。

だから神殿は、乳の大きな巫女はつとめて巫女装束の胸元を緩めるように指導しているのだ。

解散した巫女のうち、すぐに客を取ると言ってきた巫女たちの名札を受付に出すように指示する。

名札を出さないで待機している巫女が控えの間にたむろっていた。

神殿を訪れる客は、やはり色々な巫女と交わりたいという者が多いが、

自分好みの巫女と何度もセックスしたいという客も以外に多くなってきている。

何人かの巫女は、神殿と相談の上、その客専属になっていた。

巫女の数は増える一方だが、客となる男の数は、むしろ減少しているからだ。

専属の売春巫女――それは、巫女服を着て神殿で待機する「妻」と何らかわらない。

帝国が<大地の母神>に容認を与える以上に、この神殿が<出産と婚姻の守護女神>に

影響されていることが大きいのだ。――これも世の中の流れなのだろう。

その流れは、副巫女長の私でさえ免れえ得ない現実だった。

現に、私の娘カヤーヌは──。

「……あ、あのっ……!」

ふいに後ろから声を掛けられ、私は驚いて振り向いた。

まだ少年と言ってもいい若者が、立っていた。

 

「――はい、お客様ですね。ご予約の方でございますか?」

私はにっこりと笑って挨拶をした。

一応確認はするが、この子が予約客でないことはわかっていた。

副巫女長の私は、その日の客の動向を逐一把握している。

今日の予約者に、こんな若い年齢の少年はいない。

「あ、いえ。よ、予約はないんですが……」

この子は、運がいい。

今日は、執政官の息子のために拘束されていたとびっきりの巫女たちが

いっせいに予約の受付を再開する日だ。

大半の者は「解散」命令後、今日は自宅に帰ったが、

最上級の巫女の何名かは、まだ神殿の中にいる。

客が来さえすれば、彼女たちは喜んで売春を再開するだろう。

セックスを生業とする巫女の、数ヶ月の男断ちの後の初めての客。

久しぶりの情交には、普段にもまして濃厚な反応とサービスが伴うだろう。

この子は、普段はめったにめぐりあえない人気巫女の、

数年に一度の最高の状態を味わえるのだ。

だが──。

「あ、あのっ、これから予約できますか!?」

「ええ。待機している巫女の名簿をお持ちします」

「いえっ!! もう決まってます!」

言い切った少年は、空気を求めてあえいだ。

深呼吸を二つ。三つ目の途中でもどかしそうにことばを押し出す。

「――か、カヤーヌちゃん……いや、カヤーヌさんをお願いしますっ!!」

私は、私の娘を指名した少年をまじまじと見つめた。

 

 

この少年──見覚えがある。

たしか、この街の<評議会>にも名を連ねる大商人の跡取り息子だ。

もっとも、この街に限らず、<評議会>などの組織にはすべての成人男子が参加している。

女は神殿などの別の組織を使って、都市の運営に携わる。

むろん、男女の組織の間は、緊密で友好的だ。

<評議会>の慰労会は、毎年神殿を半分借り切っての大宴会に定められている。

評議員一人に巫女が十人もつく慰労会は、神殿の腕の見せどころだ。

──しかし、この子が神殿を訪れる年頃になっていたとは──。

私は、「名簿」を閲覧しながらこっそりため息をついた。

今年あたりに<成人の儀>を迎えるという話だったが、失念していた。

あの坊ちゃまの件で大わらわだったからだ。

本来なら、この子のためにも、巫女を<準備>させておく必要があった。

しかし、怪我の功名で、<準備>が出来ている巫女は十分な数がそろっている。

──この少年が指名したカヤーヌも。

ふいに、私は、娘が子供の頃──と言っても今でもカヤーヌは「大人」ではないが──に、

この少年と同じ私塾へ通わせていたことを思い出した。

つい二年ほど前は、机を並べる級友。

その後は、……最近、カヤーヌが街への買い物を積極的に手伝ってくれたわけがわかった。

カヤーヌは、いつも同じ商店の紙袋を抱えて戻ってきた。

私が鈍かったのもあるが、娘は、知らぬ間にずいぶん成長していたようだった。

執政官の息子のための<準備>を解くよう命じられたときのカヤーヌの微笑を思い出す。

──なるほど、そういうことだったのか。

「あの……」

招き入れられた私の執務室で、少年――イドリスという──は、居心地悪そうに身じろぎした。

「――大丈夫です。……カヤーヌを、私の娘を、あなたにお届けしましょう」

「え……娘……?」

イドリス少年は、びっくりしたように私を見た。

恋しい娘とよく似た顔立ちを私の中に見出し、緊張のあまりに忘れていたことを思い出す。

私塾の行き帰りに、何度か顔を合わせたことのある同級生の母親。

「あ……」

どぎまぎとした少年は、顔を真っ赤にしてうつむいた。

 

「え……、あ、そ、……そのっ……!」

もとからしどろもどろだったイドリス少年は、さらに困惑を深めた。

それはそうだろう。

恋人とのセックスを申し込みに行って、受付を担当したのがその娘の母親だったのだ。

いくら、売春神殿でのこととはいえ、これは恥ずかしい。

ましてや、童貞の男の子にとっては。

「――」

私は、ふいに息を飲んだ。

──どこかで見たことのある風景。

そういえば、この少年は……。

イドリスの経歴を思い出す。

彼の母親は、私が生まれる頃にこの街を統治していた執政官が当時の巫女長に産ませた女だ。

帝国の血筋を引く娘から産まれた少年がカヤーヌに惹かれたのも、あるいは当然のことかもしれない。

カヤーヌの父親も、帝国貴族――何代か前の執政官だった。

ごくり、という生唾を飲み込む音を私は聞いた。

少年のものではない。

聞こえたのは、私の喉もとからだ。

「……よいのですよ。副巫女長として、母親として、

あなたの<成人の儀>と、そのための交わりを祝福します。――ですが……」

私のことばは、すらすらと続いた。

自分が、何をしようとしているかは、よくわかっていた。

「カヤーヌは、五日後にもっとも受胎しやすい期間に入ります。

まぐわいはじめるのは、そのころからにしたほうがいいでしょう」

これは、嘘ではない。

カヤーヌだけでなく、巫女たちの月の巡り会わせについて神殿は、よく把握している。

だが、イドリス少年にはいわないでいることがあった。

「では、別室にてくわしくご説明しましょう。――ご案内してさしあげて」

私付きの巫女見習いに先導されたイドリスが部屋をでていくと、すぐに私は神官衣の中に手を差し入れた。

──濡れている。

指先にたっぷりとからみついた蜜液は、副巫女長のものでも、母親のものでもない。

現役の、それも最高級の売春巫女のもの──いいや、それもちがう。

もっとシンプル──恋し、欲情している女のもの。

<親子巫女 イリア&カヤーヌ>:9

深い淵に沈めたはずの記憶は、肉体の刺激で呼び起こされていた。

執政官の息子に好意を抱いていた理由がはっきりわかった。

カヤーヌの父親も帝国貴族。――私は、ずっとその面影を追い求めていたのだ。

そして、イドリス少年は、あの坊ちゃまよりも、それが色濃い。

私のはじめての男の雰囲気が。

「ごめんね、カヤーヌ。――あの子、私に半分頂戴」

抑えきれない情欲に身体をわななかせながら私は蜜まみれになった指を舐めた。

たっぷりと成熟した、牝の匂い。

「ああ……」

乳を揉みしだく。

軽く触れただけで母乳が流れた。

何度も妊娠を経験し、また女神の秘術を授かった私は、孕んでいなくても乳が出る身体だ。

部屋に満ちる牝と母性の匂いが絡み合う空気は、私──イリアそのものだった。

「……大丈夫、あの子をあなたから取り上げたりはしないわ。

でも、愛する女の母親を味わってみるのも、イドリスにとって良いことだと思うの」

一度口に出した欲望は、どんどんと形を作り、高みを目指す。

私は、このまま自慰で達してしまいそうになる自分を必死で抑えた。

この燃え上がった炎は、最良の形で次のまじわりに使えば良い。

 

イドリス少年には言わなかったことがある。

──五日後からは、私も受胎しやすい時期に入るのだ。

 

 

 

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