<鰐淵先輩> 上

 

 

「ちょっと、何これ? 私、ダイエットDr.ペッパーって言ったはずだけど?」

「あっ、す、すみません!」

間違えてチェリーコークを買ってきてしまった。

プールサイドに寝転んでいる獅子尾(ししお)先輩が、じろりと僕を睨んだ。

あ、これはヤバい。

僕の所属する<水辺でお昼寝倶楽部>の部員で、

二年生の獅子尾先輩は、ライオンの獣人。

非の打ち所のない金髪と美貌が、同じ女生徒からも人気の高い「お姉さま」だけど、

群れを作る動物の獣人らしく上下関係にうるさくて、

しかも肉食動物なのだからか、ものすごく怒りっぽいんだ。

「あー、これはわざと変なのを買って来たんじゃないでゲスかねー?

この子、獅子尾サマがダイエット中と言うことを知ってたはずでゲスよー」

妙な口調で言ったあと「にしし」と笑ったのは、獅子尾先輩の取り巻きで、

品性下劣を自認している新聞部との掛け持ちの一年生、灰斑恵那(はいぶち・えな)。

僕の同級生のハイエナ娘が余計な事を言わなければ、さらっと済んだ所だったのに、

獅子尾先輩は、恵那のことばを聞いて柳眉を逆立てた。

「何……、わざとなの?」

「そ、そ、そんなことありません」

慌ててもう一回頭を下げたけど、先輩は怒り出すと止まらない。

特に、自分への侮辱に対しての怒りはものすごい。

<学園>内での注意事項その16、にも

<ライオン獣人のプライドを傷つけることは避けましょう>とあるくらいだ。

普段は面倒見のいい先輩が瞳に殺気を宿らせて詰め寄ってくるのを、

ただの純血種人間でしかない僕は、金縛りにあったように見ているしかなかった。

獅子尾先輩が真っ赤な口を開け、白くて大きな牙をむき出しにして怒るのを目の前にして、

足がすくまない人間はいない、と思う。

空気さえびりびりと張り詰めた中で、

恵那がニヤニヤと笑いながらこっちを見ているのがちらっと見えた。

 

(あー)

人間、命の危機が迫ると、むしろ客観的になるらしい。

走馬灯を見ること0,1秒。

短かったけど、楽しかったな。お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください、

とか思い始めたとき、

「なーに、ガチャガチャやってるんだい!?」

横合いから女の人の大きな声が割って入ってきた。

「……!」

獅子尾先輩がざっと跳び下がった。ネコ足立ちで身構える。

「バカ沢……あ、いえ、河馬沢(かばさわ)……」

恵那がつぶやきかけ、あわてて言い直した。

「「先輩」をつけな、このデコ介。

自慢じゃないが、あたしゃ、たしかにテストは毎回赤点補習のお馬鹿だから、「バカ沢」でもいいけど、

最上級生で、あんたらの先輩であることはちがいないんだから」

三年生で、クラブの役員でもある女生徒は、腕組をして二人を睨みつけた。

カバの獣人だけあって、体が大きい。

太目……いえいえ、恰幅がよい分、その仁王立ち姿はものすごい迫力だ。

ついでに腕組で盛り上がったおっぱいの迫力も、ものすごい。絶対150センチ超えてる。

──サバンナの<水辺のヒエラルキー>で最強といわれるのは、

実はライオンなどの肉食動物ではない。

体の大きなゾウやカバなのだ。

特にカバはユーモラスなイメージとは裏腹に、攻撃的でしかも執拗だと言う。

文科系(?)のぬるいクラブで、下級生から慕われる気風の良いこの女先輩が、

獣人の不良どもが最敬礼で挨拶する元ヤンだということと同じくらいに意外な話だけども。

その元ヤンの先輩に、獅子尾先輩は──ぎん、と目を怒らせて一歩前に出た。

「ひっこんでいていただけませんか、河馬沢先輩。

これは、一年生のしつけの問題で、貴女とは無関係です」

「ほお……。上等な口を叩くじゃないかい」

純粋種人間や、小型生物の獣人だったら、それだけで気絶しそうな視線を受けて、

河馬沢先輩が獰猛に笑った。

 

「あわわ」

僕は青くなった。

見れば、恵那も同じ表情になっている。

百獣の王と、水辺の覇者。

<学園>広しといえど、こんな<大物>同士がぶつかることなんか滅多にない。

それは、一介の純血種人間やハイエナ娘に止められるものではなかった。

獅子尾先輩が、耳をつんざく声で大きく吼(ほ)え、

河馬沢先輩が、どん、と地面を足で踏みしめる。

縦横五百メートルを誇る学園のシンボル、<大プール>。

プールというよりはすでに池や湖の範疇に入るその岸辺で突如始まってしまった果し合いは、

──ざぱあっ、という水音と

「……理由なく下級生を使い走りさせてはならない。

<水辺でお昼寝倶楽部>部員心得、第二十三条……」

その静かな声で唐突に終わりを告げた。

「……わにぶっちゃん……」

「鰐淵…先輩……」

自ら上がってきたのは、激しない声と物腰、

そしてスクール水着のお尻の部分からのぞく長くて太い鱗の尻尾が、

彼女が爬虫類の獣人だということを万人に認めさせる美女――鰐淵(わにぶち)先輩だった。

「パシリ、よくない」

水中メガネを外しながら鰐淵先輩はぼそり、とつぶやいた。

シンプルな正論に、獅子尾先輩がぐっとことばに詰まる。

「……」

「……」

爬虫類系獣人特有の、どこに焦点があっているのかわからない視線を受けて、

獅子尾先輩はとまどっているようだった。

そこに、唐突に、

「……おしおき」

鰐淵先輩は、獅子尾先輩の手首を掴んだ──どぼん。

ライオン獣人を道連れにプールに再び飛び込んだ。

「ぶるおっ! ごばっ! どぼっ!」

引き込まれた金髪の美貌が、これ以上ないという驚いた表情と盛大な泡を浮かべて、水中に消えていく。

「あちゃー。勝負あったね。ワニは不意打ち得意だからねえ。

じっと動かない、と思った瞬間にはもうガブリ、さ……」

河馬沢先輩が、腰に両手を当てて、愉快そうにわはは、と笑う。

150センチオーバーの爆乳がぶるんぶるん揺れるけど、僕はそれどころではなかった。

「ちょっ……浮かんできませんよ!」

「あー。<大プール>は最深部が20メートルあるからねえ。

ま、わにぶっちゃんも、そこまで深いところは苦手だから、

3メートルかそこらで獅子尾を押さえ込んでるだけだろうけど」

「さ、3メートルでも、息できませんよ!」

「そりゃそうさな。そうやって獲物を仕留めるんだもん」

河馬沢先輩は、もう一度、わはは、と笑った。

「そ、そんな、獅子尾先輩、死んじゃいますよ!?」

「うーん。ま、そろそろやね。ほら」

涼しい顔の元ヤン先輩が指で指した先に、鰐淵先輩が浮かび上がってきた。

肩に、獅子尾先輩を担いでいる。

「まー、ライオンだろうがトラだろうが、水辺でわにぶっちゃんに勝てる

獣人なんてそうはいないさね。おー、見事な土座衛門。……どれ」

河馬沢先輩は、プールサイドに横たえられた獅子尾先輩のおなかの上に手を当てて、

ちょっと体重を掛けた。うわ、重そ……い、いや、人命救助、人命救助。

「……けはっ、ごばっ!!」

激しい咳き込みと同時に、ライオンの獣人娘は口からぴゅーっと水を噴出した。

「そこのハイエナ女、後でこの子を保健室に連れてってやりな」

河馬沢先輩は恵那にそう命じた。

その横を鰐淵先輩はすっと通り過ぎた。

たった今、猛獣の獣人と生死をかけた(一方的だったけど)

戦いをしてきたとは思えないくらいに表情に乏しい。

だけど、そのぼうっとしているようにも見える顔は、びっくりするくらいに美しかった。

 

「……」

僕は、ありがとう、と言うのも忘れて、

呆けたように鰐獣人の女先輩が歩いて行くのを見送った。

鰐淵先輩はプールサイドにいくつも並んだパラソルの一つに向かって歩いて行き、

その下でごそごそやっていたが、やがて、黒縁の眼鏡をかけなおして戻ってきた。

「わあ……」

眼鏡をかけると、その静かでクールな美貌はいっそう際立つように思える。

「……獅子尾、か」

ぐったりした獅子娘を恵那が苦労しながら運んで行くのを見た鰐淵先輩は

ちょっと首をかしげてそうつぶやいた。

も、もしかして、相手を認識してなかったの?

「わにぶっちゃんは目が悪いからねー。鰐にはメガネが必須なのさ」

河馬沢先輩がわはは、と笑った。

今度は、150センチオーバーのおっぱいが揺れるさまが目に入った。

ちょっと嬉しい。

「……帰る」

水着の上からバスタオルを羽織った鰐淵先輩がぼそりと言った。

「お。じゃ、あたしも帰るかな」

河馬沢先輩がうーん、と伸びをしながら答える。

「あ、あのっ!……ありがとうございました!」

慌てて二人にお礼を言う。

「わはは、いいってこと。可愛い後輩のピンチくらい、いくらでも駆けつけたやるさね。

……まあ、獅子尾も可愛い後輩ちゃあ、可愛い後輩なんだけどね。

ま、明日、ちっとお灸据えて、その後はチョコパフェでも奢ってやって終わりにするさ。

こないだ金魚鉢にてんこ盛りのジャンボパフェの店を見つけたからね」

からからから、と河馬沢先輩は豪快に笑った。

せ、先輩。獅子尾先輩はダイエット中……。

突っ込もうかと思ったけど、恐くて言えなかった。

「……」

不意に日が翳ったと思ったら、――鰐淵先輩が僕の顔を覗き込んでいた。

「一緒に、帰る?」

唐突な、そして意外な質問。

「あ、はい!」

僕は、反射的に返事をした。

それから、すごく近くに鰐淵先輩の顔があったことに気が付いて、僕はどぎまぎとした。

 

 

僕らの住む街は、獣人特区。

僕の通う学校──獣人と人間の若者が<共学>する市立学園を中心にして、

人と獣人が共生するモデルタウンとして作られた。

獣人を嫌う人間も多いけど、宇宙に飛び出して「進化の壁」にぶち当たった人間にとっては、

はるか昔に捨て去ったはずの「獣の因子」を持つ自分たちの亜種は、大きな可能性を持つ存在だと思う。

宇宙開発が頓挫した世界政府は、世界中に隠れていた獣人を保護し、集結させ、

次世代の<超人類>が外宇宙への壁を打ち破ることを目指している。

<特区>と<学園>は、そのための大切なゆりかごだ。

 

 

制服に着替えて(<水辺でお昼寝倶楽部>はプールサイドで活動するから、水着のことが多い)外に出る。

鰐淵先輩と河馬沢先輩は部室棟の前で待っていてくれた。

カバ獣人の女(ひと)はクラブ役員だから、何度か話したことはあるけど、

鰐獣人の女(ひと)と話すのはほとんど初めてだ。

「あの、今日は、本当にありがとうございました」

改めて二人にお礼を言う。

「いいってことさ。純血種はあたしらより腕力とか、弱いからね。

でも、それをいいことに、パシリだなんだって使うのはまちがってる」

……獅子尾先輩は、「力の弱い相手に」ではなくて「部活の後輩」にパシリをさせたつもりだと思う。

機嫌のいい時の獅子尾先輩は面倒見がよくて、僕も色々お世話になってたから、

まあちょっと嫌だなー、とか思いながらも1キロ離れた購買にジュースを買いに行ったんだ。

河馬沢先輩に言わせると、そういうのもよくないこと、らしいけど。

 

「……頭、なでて」

僕がそんなことを考えながら複雑な思いになった瞬間、ぼそっとした声が、

予想もしないことばを運んできた。

「え?」

僕は思わず左手のほうを見上げた。

鰐淵先輩は、僕より背が高い。

身体の大きな獣の獣人は、女の子でも身体が大きい。

僕のクラスメイトには身長196センチの象娘や225センチのキリン娘だっている。

今僕の右隣を歩いている河馬沢さんは、多分体重150キロ越え……いや、なんでもありません。

とにかく人間の男としてはちょっと小さい僕より、鰐淵先輩は10センチくらい背が高かった。

その先輩から、「頭をなでて」とは……、聞き間違いだっただろうか?

「……お礼なら、頭、なでてくれるのがいい」

今度は、はっきり聞こえた。

「わはは、こりゃ驚いた。あんた、わにぶっちゃんに気に入られたね」

河馬沢先輩は豪快に笑った。

「頭、なでるって……」

「……そこ、私の家。寄って」

裏門を出てちょっと歩くバス停の前で、鰐淵先輩は言い、僕は目を白黒させた。

 

 

バス停からすぐの路地にあるアパートの角部屋が鰐淵先輩の下宿だった。

「ここは、爬虫類系の獣人専用のアパートでね。全室東向きなんだ」

河馬沢先輩が説明してくれた通り、東側に大きな窓が付いている。

爬虫類系の獣人はこういうところに住まないととても寝起きが悪いらしい。

うっかり北部屋のアパートに入居してしまった蛙娘が、三週間連続遅刻の偉業を達成してから、

<学園>の学生課は、下宿先を細かくチェックしている。

「……なでて」

部屋に入るやいなや鰐淵先輩はそう言った。

床の上にぺったりと座った頭をこっちに突き出す。

並んで歩いていたときは、長身の相手に対してやりずらかったけど、これなら背が届く。

「で、でも、なんで……頭をなでるんですか……?」

「わにぶっちゃんは、頭、弱いから」

「え?」

横合いからかえってきた返事に、僕はびっくりして振り返った。

河馬沢先輩は、床の上で胡坐をかいて(先輩いわく、普通の椅子だと壊れるそうだ)、

ニヤニヤしながらこっちを眺めている。

「頭弱いって……」

どちらかというと、それは河馬沢先輩のほうだ。

なにしろ、カバ獣人のこの先輩は、テストの後一週間はクラブに出てこない。というか出てこられない。

全教科赤点補習。本名の「河馬沢」よりも、「バカ沢」のほうが通りがいいくらいだ。

それに比べて、鰐淵先輩はすごく頭がよくって、トップテンの常連のはずだった。

クラブの女の子たちがテスト前に色々教わってるのを見てるから間違いない。

「いま、何考えた?」

「いいえ、な、何も!」

バカ沢先輩、い、いや、違った、河馬沢先輩がじろりと睨み、僕はびくっと飛び上がった。

でも河馬沢先輩はくすっと笑って追求をやめて

(この辺が「同じ面倒見のいい先輩」でも、獅子尾先輩とちがうところだ)説明をしてくれた。

「まー、あたしゃバカという意味で頭弱いけどね。この娘は別の意味で頭弱いのさ」

 

「別の意味?」

「んー。ま、それはいいから、頭なでてやりな」

「あ、は、はい!」

河馬沢先輩との会話中も、鰐淵先輩はずっと頭をつき出したままだった。

無言でじっと固まっている姿を見て、慌てて僕はそっちに向き直る。

恐る恐る手を伸ばして、鰐淵先輩の頭に触れた。

長い黒髪は、ものすごくさらさらしていて、しかも艶がある。

爬虫類系の獣人は肌とか髪とかが綺麗だ、といわれるけどその通りだった。

「……これ、いい」

なではじめると、鰐淵先輩は、こくん、とうなずいて、また無言、無動作に戻った。

かわりに河馬沢先輩が話を続ける。

この恰幅のいい先輩がいないと、鰐淵先輩の行動を僕はまったく理解できない。

「鰐はさー、上あごを下げる力はめちゃくちゃ強いけど、上げる力は弱いんだって。

人間が頭抑えるだけで口を開けられなくなるくらいに」

「え?」

「だからかどうか知らないけど、鰐獣人って、頭が弱点というかなんつーか、

……性的に弱いんだな。いわゆる一つの、性感帯?」

「ええ!?」

頭をなでる手に、微妙な振動が伝わってくる。

鰐淵先輩が、身体を震わせているのだ。

これは、その……興奮している……の?

「もちろん、誰にだってそういうことさせるわけじゃない。

性的だろうがなんだろうが、肉体的弱点には変わらないからね。

わにぶっちゃんが、そんなこと言い出した相手ははじめて見るよ」

「そ、それってどういう意味……」

「だから、あんた、この娘に気に入られたんだよ。性的なパートナーとして」

あっさりと言い切った河馬沢先輩に、僕は自分の顎がかくん、と落ちるのを感じた。

 

「ちょ、ちょっと性的なパートナーって! 何それ!?」

「いやー、わにぶっちゃんは鰐獣人の娘の中でもとびきり<因子>の力が強いからね。

全く関心のないような感じで油断させておいて、決める時は電光石火。鰐の狩りそのものだわ」

うんうんとうなずく河馬沢先輩。

「な、なんなんですか、それえ!?」

「ワニと言うのは、クールに見えてなかなか一直線で、気に入ったら一気に勝負。

それも押して行くんじゃなくて、自分のホームグラウンドに引っ張りこむんだな。

獲物を水中に引きずり込んで仕留めるように、

男の子を速攻で自分の下宿に引きずり込んじゃうなんて、こりゃ乙女チックだねえ」

河馬沢先輩のうなずきは深くなった。。

「ちょ、何ですか、それって……」

無言、無動作のままなでられ続ける鰐淵先輩から視線を引き剥がそうとして、……僕はそれが出来なかった。

つややかな黒髪の手触りは気持ちよかったし、

うつむいた表情は見えないけれど、鰐淵先輩は、ものすごい美人だ。

触れていたい、さわっていたいという気持ちはたしかにある。

だけど、それ以上に、ライオン娘を一方的にのしてしまった猛獣の獣人、

という事実が、手を止めることの恐怖をかき立てる。

(この女(ひと)の意にそぐわないことをしてしまったら……)

「あ、あの……」

「何だい?」

「鰐淵先輩って、メガネカイマンとかそういうのの獣人の方ですか?」

体長2メートル、ペットとしても飼えるというメガネワニの名前を出して聞く。

先輩はメガネが似合う美人だ。

ひょっとして、そういう大人しい種類のワニの獣人かもしれない。

「うんにゃ、わにぶっちゃんは、母方の苗字が「入江」さんだよ」

「……それって……」

「おとなしいカイマンでも、普通のアリゲーターでもなくって、一番獰猛なクロコダイル。

その中でも全長7メートルにもなる<最大最強の人食いワニ>イリエワニが、わにぶっちゃんの<獣因子>さね」

……ころころと笑う河馬沢先輩に、僕は体中の血がどこかに下がって行くのを感じた。

「んじゃ、邪魔者はそろそろお暇するわ。後は若いモノ同士でごゆっくり……」

河馬沢先輩は「にまっ」と笑うと、よっこらせと掛け声を上げて立ち上がった。

「ちょっ! 河馬沢先輩、鰐淵先輩と同い年! 僕とも二歳しか違わない!

とかそういう話じゃなくてっ!! ああっ! 待ってぇ!!」

僕の悲痛な叫び声を、閉じられた扉が跳ね返す。

僕は、頭をなでてあげている女の人がゆっくり身体を起こして行くのを感じ取った。

「……つがおう」

獅子尾先輩と遣り合っているときさえ焦点が合わなかった瞳は、いまや見開かれて爛々と光っている。

そして──最大最強の爬虫類の獣人娘は、無力な人間の上にのしかかった。

 

 

 

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