<鰐淵先輩> 下

 

 

「ちょ、ちょっと先輩……!!」

ゆっくりとのしかかってくる鰐淵先輩に、僕はパニック寸前だった。

怒られるとか、そういうのなら、まだ理解ができるけど、

女の子に言い寄られるのは初めての経験だ。

ましてや、それが──。

「セックス、しよう」

……そういうこととなれば、なおさらだ。

「お、落ち着きましょう、先輩。ぼ、僕ら、まだ学生ですよ?」

「私は、もう卵を産める」

鰐淵先輩の、眼鏡越しに見える瞳は真剣そのものだ。

先輩は、それから小首を傾げて、僕を見つめた。

「……まだ、精子、出ない?」

ストレートな物言いに、僕は仰け反ろうとして、

床に押し倒されていたので後頭部をフローリングにしたたかにぶつけた。

「で、出ますよ!」

言ってから、しまったと思った。

まだだ、と言えば、あるいは見逃してもらえたかもしれないのに。

だけど、なんとなくそれは男として情けない、という気持ちが働いたのだろうか、

僕は、反射的にそう答えてしまった。

「そう。嬉しい」

鰐淵先輩は、頷いて、僕に馬乗りにのしかかったまま、自分の制服に手をかけた。

「あわわ……」

体育の時に着替えるように、先輩の動きには躊躇がない。

夏服のセーラー服をするり、と脱いだところで、僕は思わず、

「だ、だめだよ、先輩っ!!」

と叫んでしまった。

 

 

「……なぜ、だめ……?」

脱いだばかりの上を手に持ったまま、先輩は僕を見つめた。

感情をあまり表に出さない瞳に、心底意外そうな色が浮かんでいる。

「だって、そういうのは、大人になってから好きな人とするもので……」

しどろもどろになりながら僕は答えた。

「君も私も、もう子作りができる大人。それと私は――君が好き」

「……え?」

我ながら、間抜けな声を上げたことだと思う。

僕は、たっぷり一分は鰐淵先輩を見つめていたと思う。

「君が好き。一目見たときから、君との卵を産みたいと思った」

淡々と、求愛のことばを言い放った鰐の女獣人に、

僕はただ目を白黒とさせるのが精一杯だった。

「そ、そんな、だって今日はじめて話したばかりなのに……。

それに……僕は、獣人といっても女の子に脅されちゃう、情けない子なのに……」

鰐淵先輩は、そんな僕をもう一度見つめる。

「……腕力、筋力、戦闘力は、私の中では意味がない」

種としては最強生物のひとつである猛獣の<因子>を色濃く持ち、

十分すぎるほど強い女(ひと)には、確かにそれは決定的なものではないのかもしれない。

「その意味では、君は弱い。けれど、私は君を好きになった。

きっと、君も知らない、君の中の「何か」が私を誘(いざな)う。――君の卵を産めと」

先ほどまでとは別人と思うくらいに、鰐淵先輩は饒舌になった。

その熱っぽく潤んだ声と瞳に、僕は、いつか学校の授業で習ったことを思い出した。

 

 

遺伝子の螺旋は、強いもの同士が引き合うとは限らない。

一見、弱いと思えるものを内包することで、

<因子>はあらゆる可能性に対応できる多様性を保つ。

 

 

ほんの少し昔のこと、純血種の人間は、自分たちの中に

地球上で最高の効率を持つ遺伝子を完成させていた。

だけど、それは、外宇宙への挑戦において逆に足かせになった。

虚空のかなたへ飛び出そうとした純血種は、みな病気になったり、発狂したりした。

遠い昔に捨て去ってしまった<効率が悪い遺伝子>こそ、

実は外宇宙での生活を支えるための強力なファクターだったのだ。

なんでもない、平凡で、単純な、<因子>。

それを再び呼び戻すために、人は、

獣人という、自分たちの、より原初的な亜種との交配を始めた。

 

 

──純血種の人間が薄れさせ、忘れてしまった幾つかの本能。

そのうちの一つは、生殖行為に直結した、猛烈で、まっすぐな、この求愛行動。

<季節なくして恋をする>のは、人間の特徴だけど、

季節=繁殖期、つまり生殖活動から切り離された恋愛はただの娯楽へと堕ち、

ゲームのように駆け引きを楽しむその行為は、純血種の生殖と進化から活力を奪った。

でも、獣人種は、よりストレートでより熱い原初の感情を持ち続けていて、

それは、つがう相手を見つけた瞬間に爆発する。

今の鰐淵先輩のように。

いつもは焦点が合わないガラスのような瞳が、今は僕だけを見つめている。

僕は、ごくりと、唾を飲み込んだ。

頭の中は、色んなことが渦巻いて──すぐに真っ白に消えていった。

「……」

このまま見つめ合えば、何か言わなくちゃならない。

そして、何か言ったことばが決定的なものになってしまう、という確信に、

僕は美しい鰐獣人から必死で目をそらそうとした。

自分でも驚くほどの抗いの末、鰐淵先輩の視線を外す。

──それが間違いだった。

 

 

 

鰐淵先輩の目から無理やり引き剥がした僕の視線は、自然と下のほうに落ちた。

スポーツブラ一つをつけただけの、先輩の半裸の上半身に。

学生らしい薄い水色のブラは、中側に詰め込まれた肉丘で大きく盛り上がっていた。

先輩はスレンダーだけどかなりな巨乳なことは、水着姿の時に見ているから知っている。

だけど、下着姿を見ると、改めて迫力だ。

そして、その下の白くて滑らかで、引き締まったお腹を見たとき、僕は……。

「……勃起した」

鰐淵先輩が、淡々と、だがどこか嬉しげにつぶやいた。

僕は、自分の意思に反してむくむくと大きくなってしまった「それ」を情けない思いで見つめた。

ズボン越しにもはっきりわかる自己主張の塊を、

僕の太ももの上に跨っている鰐淵先輩は、白い手で、そっとなで上げた。

「ひゃいっ!」

僕はびくん、と跳ねたけど、太ももを先輩にしっかりと押さえつけられている状態では、

上半身が反応しただけだった。

「君は……強い女が好みだ」

きっぱりと、鰐淵先輩は言い切った。

「あ、あう……」

僕は反論も出来ず口ごもった。

たしかに昔から僕が「いいなあ」とか思った女性は、

女子プロレスラーだったり女子アスリートだったりする。

いじめられたり、ののしられたりするのが好き、というほどマゾではないけど、

単純にそういう「強い」女の子と仲良くなりたいなあ、という気持ちはあった。

考えてみれば、獅子尾先輩とかのまわりにいたのも、そんな延長線上にあったのかもしれない。

パシリにされたり、強い口調で責め立てられたりすると悲しくなるけど、

気力と体力に満ち溢れた、颯爽とした獅子尾先輩を、間近で見ているのは好きだった。

そして、それは──。

「動物としての本能」

ライオンの獣人より、もっと強い女(ひと)はそう言い切って僕を見つめた。

「だから、私は、君のパートナーになれる」

僕の太ももの上の鰐淵先輩は、じりじりと身体を寄せてきた。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、待って、ダメだって……」

口から漏れることばは、我ながら説得力がなかった。

僕の目は、鰐淵先輩のお腹に釘付けだった。

<水辺でお昼寝倶楽部>と水泳部とを掛け持ちする先輩は、

すらっとしているけど、胸とかお尻とか、出るべきどころは大胆に出っ張った体型をしていて、

……そして腹筋はスイマーらしく引き締まっていた。

ボディビルダーのような不自然な大きさではない、アスリートの、自然でしなやかな筋肉。

その美しさは、僕を魅了した。

「君は、こういう身体が好き」

鰐淵先輩は、またごくりと唾を飲みこんだ僕を見つめながら言った。

「胸。尻。太もも、腕。それに腹筋。自然に鍛えた身体の女が好き」

「……」

「そんな女と交わりたい。――君はそう思っていた」

「……」

淡々とした声は、僕の心の奥底の、一番原始的な本能を見透かしていた。

だから、僕は、鰐淵先輩が僕を見据えたまま、脱衣を再開しても、

抗議の声をあげることも、拒否の意思表示をすることもできなかった。

ブラジャーとショーツさえ脱ぎ捨て、全てを僕に晒した先輩が、

躊躇することなく、僕のズボンを脱がし始めても。

僕を裸に脱がし終え、鰐淵先輩は小さく笑った。

「さっきより、大きい」

むき出しにされた僕のおち×ちんは、

自分でも信じられないくらいにいきり立っている。

「私で大きくなった、ご褒美」

僕の上にゆっくりとその長身を重ねてきた先輩は、

その大きな胸乳を僕の顔に押しつけた。

むぎゅう。

滑らかな肌の下に張りのある肉の塊をぴちぴちに詰め込んだ双丘の谷間に、

僕の顔が埋めこまれる。

「!!!」

ひいやりとした、どこまでもなめらかな肌と、男の体には絶対に備わらない

その弾力感を頬に受けて、僕の背中に電撃が走りぬける。

「えんひゃいっ!」

叫び声を上げて反射的に起き上がろうとした僕は、

余計に鰐淵先輩の胸の間に飛び込む形になった。

 

「……」

真っ白な肌にうずもれて何も見えなくなったけど、

鰐淵先輩が微笑む気配が伝わってきた。

鰐獣人の女(ひと)は、そのままゆっくりと裸の体をずらしていく。

まるで白いおなかをぺったりと地に付けながら砂浜を這っていくように。

形のいいおっぱいが僕の頭の上に移動していき、

かわりに、引き締まった腹筋が僕の顔をやさしくこする。

きれいに割れた、でも男のそれのようにごつごつはしていない、

不思議で複雑な曲線が、僕のほっぺたや鼻をなぶる。

それは、下腹のあたりで、もっとなめらかな阜(おか)にかわって、

「!!!」

その終着点は、刃でなぞったような綺麗な肉の谷間になっていた。

「これが、私の性器」

鰐淵先輩が、僕の頭の上でつぶやいた。

はじめてみる、女の人のそれは、飾り毛がなかった。

爬虫類系の獣人は、髪の毛や眉毛以外の毛がない人が多い。

鰐淵先輩のそこも、毛が生えていなかった。

おかげで、僕には、先輩のあそこが丸見えで……。

「純血種のメスと同じ……?」

答えは、盛大に吹き上げた鼻血だった。

僕は、女の子のあそこなんて生で見たことないけど、

目の前10センチにある、先輩の女性器は、DVDとかエロ画像とかで見る、

人間の女の人のそれとまったく変わらず、――ずっとずっと綺麗だった。

 

「せ、せ、せせせ先輩っ!」

気がつけば、僕は、鰐淵先輩のあそこにむしゃぶりついていた。

唇と舌とがはじめて触れる異性の性器は、

かすかなプールの塩素の匂いと、若い牝の香りがした。

さえぎるものもない、白い肉の阜の中心に、

薄桃色をした複雑な峡谷が息づいている。

僕は、それを必死で舐めたて、ついばみ、にじみ出る蜜をすすりこんだ。

「……だめ、それ以上されたら、イってしまう」

鰐淵先輩が、僕の頭を抑えた。

片手と両膝で支えているからだが、小刻みに震えている。

「せ、先輩……?」

「私がイくより、君をイかせたい」

返事をする暇もなく、鰐淵先輩は体を下へとずらしはじめた。

僕の唾液と、にじみ出た愛液で濡れそぼったあそこが遠ざかり、

白いおなかと大きなおっぱいが通り過ぎ、

ぞくっとするような鰐淵先輩の美貌が、僕の目の前にきた。

「あ……」

鰐淵先輩が、自分の唇を、僕のそれに重ねる。

キス……されちゃった。

心臓が、破裂しそうな勢いで脈打つ。

「血……」

先輩は、舌を伸ばして、僕の唇とその上をなぞった。

「だめ、汚い……」

血を舐め取ろうとする先輩に、僕は抵抗しようとしたけど、無駄だった。

「君は、丸ごと、私のもの。この血も……」

ささやく声は小さかったけど、それは魔力を持つもののように、僕の動きを止めた。

 

「この、おち×ちんも……」

爆発寸前のままでビクンビクンしているそこを、「きゅっ」と掴まれて、

僕は甘い悲鳴を上げた──だけど、それさえも、もう鰐淵先輩のもので、

その悲鳴は、キスでふさがれて、鰐淵先輩の唇の中に吸い込まれた。

「この、精子も、全部、私のものにする」

唾液の糸を引きながら唇を離した先輩は、

熱く張った陰嚢を優しく揉みしだきながら、宣言した。

淡々として、でも熱っぽい口調で発せられたことばは、

こちらの意思を確かめることすらしない傲慢さと、優しさに満ちていた。

この女(ひと)のものになる。

頭の先から、つま先まで、僕が全部。

この強くて美しい先輩のものに。

そう考えた瞬間、僕の股間から背骨を通って脳天まで白い稲妻が奔(はし)った。

「あっ、あっ、だめえっ!!」

射精を堪えられたのは、奇跡だ。

体中をがくがくと震わせて、びくびくと痙攣する性器の律動を堪える。

「あ……あっ……」

射精の誘惑を堪えるのは、気が狂いそうなほどの甘い拷問だった。

でも、僕は、刹那の中、それを本能的に堪えていた。

なぜなら、僕はもう、丸ごと鰐淵先輩のもので──。

「いい子。君が射精するのは、ここ」

一本の飾り毛もないなめらかな恥丘の中心、その真ん中の谷間を自分の指で割りながら、

僕の先端をそこにあてがい、鰐淵先輩が微笑む。

自分のものとなった男が、自分の身体の中以外での射精に懸命に耐えたことに。

じゅぷ、ずぷ、じゅぷ。

たっぷりと潤みきった膣でその男性器を包み込んだのは、そのご褒美だった。

「〜〜〜!!」

 

僕は、フローリングの上で、自分でもわけがわからないくらいに身体を跳ねさせた。

あちこちを床にぶつけるけど、痛いとか、そういう感覚はなかった。

と言うよりも、鰐淵先輩の中に入っている僕のおち×ちん、

そこから伝わる快楽以外、僕の感覚はすべて失われていた。

「あああああっ!!」

僕は、白痴のように口から泡を吹きながら、僕の上にのしかかる美しい猛獣を見つめた。

僕を犯す、強くて強い獣人は、そんな僕を見て優しい微笑を浮かべた。

「出して、いいよ」

「うあ……っ!」

「このお腹の中に、君の精子。全部」

僕を魅了したなめらかな腹筋を自分の手で撫でながら、鰐淵先輩はささやいた。

「うわあっ!!」

僕は、真っ白になってはじけた。

沸騰した血液が、全部精液に変わって流れ込んで行く──鰐淵先輩の中に。

どくんどくんと、いう音だけが、視界を白く奪われた僕の五感を刺激する。

「……!!」

「――!!」

僕よりずっと強くて健康な牝の中に、精子を、僕の遺伝子を送りこむ行為は、

僕の牡としての快楽と存在意義のすべてだった。

その狂おしい快感と充足感との中で、僕は、意識を失った。

その上に跨りながら、鰐獣人は激しく腰を振り続けた。

まだ射精を続けている僕の性器を、身体全部を、そして心と魂を貪るように。

 

──鰐は、獲物を丸ごと全部飲み込む生き物だ。

そして、僕は、強さも、弱さも、僕の何もかも含んだ遺伝子の全てを先輩に捧げた。

 

 

 

「――いやあ、まさか朝帰りとは思わなかったね、さすがに!

腹筋自慢の娘(こ)と、腹筋フェチの子だから、うまく行くとは思ったけど、

話をした初日に、とは恐れ入ったあ!!」

翌朝、鰐淵先輩を迎えにきた河馬沢先輩は、かんらからからと豪傑笑いした。

……なんで僕が腹筋フェチだと知っているんだろう。

昨日まで自分自身でさえよく知らなかった性癖だったのに……。

「……」

鰐淵先輩のアパートから出てきた僕は真っ赤になってうつむいた。

気がつけば、朝になっていて、僕の上には裸の鰐淵先輩が眠っていた。

不思議と重い、とは思わなかったけど、

床に転がっている携帯に留守電が何十件も入っていたのには焦った。

<学園>に通うために僕は独り暮らしをしているので、なんとかごまかしきったけど、

電話を一晩中放置していたので、あやうく両親が警察に捜査依頼をするところだった。

「しかし、わにぶっちゃんも、君もやるもんだねえ。

おばさんは、そこまでいっちゃうとは思わなかっただよ」

「……」

「――」

僕は、鰐淵先輩をちらりと盗み見た。

でも、先輩は、まっすぐ僕を見つめて、こくりと頷いた。

千や万のことばよりも饒舌な視線に、僕もこくりと頷き返した。

「なあに目と目で通じ合ってんだい、この新婚さんどもは?

……あたしゃ、おばさん、というところに突っ込んで欲しかったんだけど……」

河馬沢先輩は、そう言って睨んでから、自分でププッと噴き出した。

「ま、いいさ。帰りに、チョコパ、奢ってやるよ。

わにぶっちゃんはともかく、君は今晩にそなえてカロリーを補充しとかなきゃダメだろうしね。

あ、たんぱく質もか、うしし」

意味ありげに笑った河馬沢先輩は、ばあんと僕の背中を叩き、

僕はアスファルトの上をつんのめった。

「……そしたら、その後で、頭、なでて」

鰐淵先輩がぼそりとつぶやく。

そのことばの意味を理解して僕は、真っ赤になった。

──太陽が黄色い。

たぶん、明日もあさっても。これからずっと僕の見る朝日はこんな色だろう。

でも、それは、僕にとってぞくぞくするほど嬉しいことだった。

 

 

                        FIN

 

 

 

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