1 <黄金の魔女>

 

「──ほら、リュカ。見てごらんなさい」

「うわ、本当だ。ビアンカ……付いてない……」

「ね、私の言ったとおりでしょ。女の子に、おち×ちんは付いてないのよ」

「へえぇ……。でも、それじゃ、ビアンカは、どこからおしっこするの?」

「ふふふ、リュカったら、意外におませさんなのねえ。いいわ、教えてあげる。

──ここに、ちっちゃな穴があるでしょう。ここからよ」

「へえ……、女の子って、不思議なんだね」

「あら、男の子のほうがずっと不思議よ。体にこんなのがついてるんだもの」

「あっ、ひ、引っ張ったら痛いよっ」

「あ……ごめんなさい。ゲレゲレの尻尾みたいで、つい……」

「ひどいよ、ボクのおち×ちんは尻尾じゃないよ!」

「うふふ」

「でも、なんでボクにはおち×ちんが付いてて、ビアンカには付いていないんだろうね」

「それは、男の子と女の子だからよ」

「ふうん」

「男の人のおち×ちんは、女の人のあそこに入れるために出っぱってて、

女の人のあそこは、男の人のおち×ちんを入れるために引っ込んでいるの」

「ええーっ、本当?」

「本当よ。うちの宿屋に来る夫婦連れのお客さん、夜はみんなそうしてるわ。

私の父さんもと母さんも、いつもそうしてるもん」

「ふうん。大人って、へんなことするんだね」

「ほんと。でも、それが男と女っていうものらしいわよ。

リュカも、大きくなったらわたしとやってみようね」

「うーん。楽しいのかなあ、それって……」

 

──夢だ。

いつもの夢。

幼い頃の、一番幸せだった時代の記憶。

ビアンカは、まどろみの中でそれを悟っていた。

目が覚めれば消えてしまうことを知りながら、その続きを求める。

ここから先は、もっと強い鮮明な記憶。──その痛みと悲しみももっと強くなる。

だが、思い出さずにはいられない。求めずにはいられない。

──あの夜のことを。

 

「──」

無言で荒い息を繰り返す青年に、ビアンカは微笑んだ。

明日、青年は、彼女の元を去る。

去って、花嫁を娶る。──ビアンカではない女性を。

その女性は、彼の悲願──<伝説の勇者>を見つけ、母親マーサを救い出すこと──を達成するため、

もっとも強力な支援者となりうる世界一の大富豪の娘だ。

伝説の武具や、船や、莫大な財産は、青年にとってどうしても必要なものであり、

そのどれもが、美しいが平凡な平民の娘からは与えられないものだった。

ビアンカが青年に与えられるのは、ただ、その体と、純潔だけだった。

そして、彼女はそれを差し出すことをためらわなかった。

明日、政略結婚を選択する幼馴染が、はじめて抱く女が自分になるのだから。

苦悩と欲望が深く折り重なり、まるで自分が操る魔物にでもなったように

ことばを失って立ち尽くす愛しい男を、ビアンカは両手を広げて迎え入れた。

「いいのよ、リュカ。私を抱いて。

──私を、あなたのはじめての女にして。

──あなたを、わたしのはじめての男にして」

獣のように飛び掛り、彼女の体をむさぼる幼馴染の怒張しきったものは、

はるか昔、アルパカの宿屋の屋根裏部屋で見たのとは別のもののように

巨大で、硬く、逞しかったが、ビアンカは、それが、あの日のまま、

異性との交わりをまだ知らないものであることに、深い喜びを抱いた。

青年の、穢れを知らぬ男根が、自分の蜜液と破瓜の血で染め上げられ、

自分と一緒に純潔を失ったことに、ビアンカは誇り高く微笑んだ。

幼馴染は、泣くような声をあげ、<死の火山>の溶岩よりも熱い「男のしるし」を放った。

何度も何度も送り込まれるそれを、ビアンカは体の一番奥深くで受け止めた。

 

人々の歓声があがる。

世界一の大富豪が、世界一の婿を迎えることを発表したことに。

その様子を建物の陰からそっと見つめながら、金髪の美女は冷たく微笑んだ。

幼馴染の傍らで無邪気に笑う花嫁を、無機質な瞳に映す。

(全てを手にした幸せな女性(ひと)よ。しかし、貴女は一番大切なものを持っていないことに気付くだろう。

ただ一つ、貴女は、自分の夫の純潔を手にすることはない。──未来永劫に)

それは、若く濃い青年のはじめての精液とともに、ビアンカの子宮の中にあった。

それを、それだけを心にしまって、金髪の娘は立ち去った。

──他の全ては、青髪の娘が奪っていってしまったから。

 

「──ああ……」

まどろみは、彼女に天国と地獄を同時に与えていた。

目を覚ましても、ビアンカの視界は涙に霞んだままだった。

もうずっと昔のことなのに、昨日のことのように鮮明な痛みだった。

その二つ名の由来となった、「磨きたてた金貨のような色」の髪が、寝汗に濡れて美貌に張り付く。

顔をしかめたビアンカは、ベッドの上で寝返りを打った。

──天蓋付きの豪奢なベッドの上で

<伝説の勇者>たちと一緒にパーティを組んで戦うことはなかったが、

善の勢力のリーダーの旧友として、世界各地で起こった義勇軍に身を投じた彼女は、

戦後、その実力と集めた財力にふさわしい暮らしをしていた。

<黄金の魔女>。

彼女はいつしか、人々にそう呼ばれていた。

テルパドールの女王アイシスや、サラボナの支配者ルドマン、

ラインハットの実質的な指導者・王兄ヘンリーとともに、

<伝説の勇者>を支える善の勢力の四天王に数え上げられ、

しかも、その四人の中でも群を抜いた第一人者であった。

指導者的な役割に専念した他の三人と違い、彼女は先頭に立って戦った。

勇者やその直属軍団が不在の苦しい戦場を選んで現れる魔女は、

<伝説の勇者>とその一家に次ぐ英雄として人々に認知された。

実際、世界中を駆け抜け、厳しい戦いを続けた彼女の力は、

リュカやその子供たちには及ばないとはいえ、リュカの妻のフローラとは互角とも言われる。

各地で魔軍を壊滅させて秘宝を集め、戦後、ルドマンにも匹敵する大富豪となった美女は、

いまや山奥の村とアルパカを買い取り、レヌール城に住まう大領主の一人でもあった。

しかし、どれだけ豪奢な生活に身を置こうとも、彼女の瞳に喜びが満ちることはない。

──もう、遅いのだから。

彼が必要なときに、その富と力を与えられなかったのだから。

そして、彼女の怨敵は、今も彼女以上の力と富を手にし、それを惜しみなく彼に与え続けているのだから。

ビアンカは、ため息をついた。

身を起こそうとして、その動きが止まる。

寝汗で体にまとわり付く下着が、汗ではない液体に湿っているのに気がついたからだ。

白魚のような指が、ショーツの中に滑り込む。

引き抜いた指先に、蜜が糸を引いて絡んでいるのを、<黄金の魔女>は哀しげに見つめた。

「ああ……」

濡れそぼった性器を愛撫してくれる男はいない。

夢見ひとつでこれほどまで官能の炎に燃え立つ女体を、嬲ってくれる男も。

それなのに、女ざかりの体は、見事なまでに熟れきって、淫らに反応する。

「ああ……」

いまだ配偶者を持たぬ魔女にとって、自慰は、まさしく自らを慰める方法だった。

豊かな乳房を自分の手で強く揉みしだき、粘っこく潤んだ女性器を自らの指で弄ぶ。

虚しい快楽は、それだけにビアンカの女体を燃え上がらせずにいられなかった。

「くふうっ!」

<黄金の魔女>はうめき声を押し殺した。

淫らで虚ろで美しいダンスに女体をくねらせるその視線が宙をさまよう。

「ああ……」

ビアンカは、虚空に手を差し伸べた。

そこには、愛しい男の虚像すらなかったが、魔女は何かを見つけたらしかった。

「おいで──。そこで見ているのでしょう? ここに来て、私を慰めなさい」

その声に呼応して、揺らめく影が薄暗がりから現れた。

 

薄暗がりの空気を実体化させたようなその姿は──ゴースト。

影の中にさらに濃い影が音もなく浮いている――ドラキー。

かつてこのレヌール城、あるいはアルカパの周辺につどった魔物である。

今は、いずれも黄金の魔女の忠実なしもべだ。

ビアンカはベッドからすべるように降りると、二匹の魔物の前に立った。

全裸のままで。

たわわに実った乳房も、髪と同じ色の恥毛に守られた秘所も、何一つ隠さない。

自らの裸身を誇るように仁王立ちになる魔女のまわりを、

二匹の魔物たちは、その美しさを讃えるがごとく、円を描いて飛ぶ。

「――お舐め」

自分の周りをくるくるとまわるゴーストが正面に来た時、ビアンカはそう言った。

腰に手を当て、傲慢に突き出す。

足はたっぷりと開いているから、立ったままでも性器が丸見えだった。

ゴーストは、長大な舌を伸ばし、うやうやしく女主人の秘所に這わせた。

「……んっ……」

<黄金の魔女>は、わずかに眉をしかめて快感をこらえた。

歳を経て経験をつんだ魔物の舌技は、巧みだ。

そこらの娼婦など、このひと舐めで絶頂に達してしまうだろう。

だが、性に貪欲な美女を満足させるにはそれだけでは不十分だった。

「……お前は後ろをっ……」

熱い吐息をつきながら、魔女が背後のドラキーに命じる。

音もなく羽ばたきながら宙に浮かんでいた竜コウモリは、とがった尻尾を振った。

<黄金の魔女>の肛門にあてがう――と、予備動作もためらいもなく、突き入れた。

「――ひっ!」

さすがにビアンカはのけぞった。

だが、虚空を睨むように美しい眸を怒らせた美女は、何かに怒りをかき立てられたかように、

しもべたちへ、性の奉仕をもっと強めるように命じた。

だけでなく、手で自らの豊満な胸を掴んで揉みしだきはじめた。

白い乳房が、淫らにゆがみ、こねくりまわされる。

性器と肛門をしもべたちに与え、なお飽き足らずに乳房を虐げる美女――。

自分の肉体を壊さんばかりのそれは、まさしく自虐的な自慰であった。

どのような情念がこの美しい魔女の身の内を灼いているのか。

「あああっ……!!」

やがて、ビアンカは牝獣のような叫び声をあげて達した。

どさりとベッドの上に倒れこむ。

はあはあと、荒い息をつく。

 

ぐ、る、る……。

 

遠くで聞こえたうなり声に、魔女はうっすらと目を開いた。

地の果てから聞こえたような声は、しかし、ベッドのすぐ下からのものだった。

「……あなたも、する?」

魔女は、自分守と同じ色の毛皮を魔獣に呼びかけた。

 

ぐ、る、る……。

 

だが、<殺し屋>の二つ名を持つことで知られるその獣は、闇の中でうずくまったまま動かない。

「……そうだったわね。あなたは、こういうのが好きじゃないものね」

ゴーストやドラキーへとは違う、まるで友人に呼びかけるような声は、羞恥と悲しみがこめられていた。

遠い昔、リュカとの黄金の日々をいっしょに体験した「彼」に前で

肉欲をあさましく貪った自分が恥ずかしく、惨めだった。

「でもね、どうにもならないの。……あんなことでもしなければ、私、本当に狂ってしまいそうなのよ……」

弱弱しく呟くビアンカに、魔獣はごろごろと喉を鳴らした。

女主人の決して好ましくないその痴態を、咎めるつもりはないのだ、と言いたげに。

「……そうね……」

魔獣の心が読めるのか、ビアンカは、そっと目頭をぬぐった。

「……そうよね、――こんなの、あたしらしくなかったわ……」

<黄金の魔女>は立ち上がった。

召使たちを呼びだし、湯を立てるように命じる。

 

念入りな湯浴みを終え、<黄金の魔女>は、念入りに磨いた湯上がりの裸身を大鏡に写してみた。

すでに三十路を越えた年齢であるが、その美貌は衰えを知らない。

純金を糸にして梳いたような長い髪。

<ぱふぱふ屋>の娘ですらうらやむ大きく形の良い乳房。

理想的なくびれの曲線を描く腰。

大きく張り詰めた滑らかな白い臀。

しかし、ビアンカは、成熟しきった女盛りの自分の肉体から、若さが失われつつあることを強く自覚した。

近隣諸国はおろか、遠い異国の男たちの噂にさえのぼる美貌が歪む。

女はきりきりと唇の端をかんだ。

 

──彼女のライバルは、彼女より二つ若かったし、

さらに十年もの年月を石像として過ごしたために、今なお二十代半ばの若さを誇っている。

この年頃の女にとって、十二年とは、とほうもない──致命的な差だ。

 

<黄金の魔女>は、しばらくしてふっと吐息をついた。

「……でも、まだ勝負が終わったわけではないわ」

鏡に向かってゆっくりと微笑み、嫉妬と敗北感に鋭くなった表情を和らげていく。

自分の感情から生まれた笑みではない。

誰か──愛しい男に見せるために意識して作る表情だ。

盛りを過ぎかけた年増女が、いま青春を謳歌する女に勝つ術は限られている。

あの女よりも、コケティッシュに振る舞い、たっぷりと女の魅力を振りまくこと。

そして、ビアンカは、それに自信があった。

 

……リュカは──彼女の最愛の幼馴染は、もうビアンカの元に戻ることはない。

ならば、別のものを奪ってやろう──あの女から。

<黄金の魔女>は、美しい修羅の表情で冷たく微笑んだ。──あの日のように。

 

 

 

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