松尾城に入って数日、真田幸隆と妻忍芽は久しぶりに閨で枕を並べていた。城内の備えを急ぎ整える日々の中葉月は、天井裏で主と奥方の房事の声を聞きながら、身体が滾り腹の底が疼くのを感じていた。
夜も白々と明ける頃、「見張り」を終えた葉月が棲家へと戻る。が、潜り込んだのは己の寝床ではなかった。
布団の中に潜り込むやいなや、寝ている男の上に跨ってその着物の裾をかきわけ、持ち主同様腑抜けたように
眠りこけているものを握り締めた。
「わっ、何をする」
奇襲に目を覚ました男が叫んでも葉月はたじろぎもしない。襟元に差し込んだ手で己の乳房を揉みしだきつつ、
もう一方の手は男のものを扱き始めた。
既に半眼となり吐く息は熱い。
蛇の抜け殻のようにふにゃりとしていた男のものは、たちまちのうちに硬くなって鎌首をもたげていく。
「あぅっ…、ま、またかっ、葉月」
「うるさい」
葉月が潜り込んだのは伝兵衛の寝床であった。
これが初めてではない。
伝兵衛は松尾城の仕度を手伝うためしばらく城下に逗留していたが、その間、葉月による夜明けの襲撃を
度々受けていた。
若く美しい女に寝込みを襲われ交わりを求められるなど、男冥利に尽きることである。他の者ならばこれ幸いと
楽しむであろう。無論伝兵衛とて最初の時は驚きながらも喜んだ。
だが今日という今日は断固として抗うつもりであった。
その訳は――。
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幾度目かの襲撃を受けた時のこと。
伝兵衛は、己に跨った葉月が腰を動かしつつ漏らした喘ぎに凍りついた。
『との…、…ゆきたか…さまぁ…』
―ゆ、幸隆様だと?真田の殿様ではないか、どういうことだ
『おまえ、い、今までどこで何してた』
『…閨の護りじゃ』
『ね、閨って殿様と奥方様のか』
葉月はぷい、と横を向いた。
『まさか最中にずっと…』
ずっと居らねば見張りにならぬと開き直ったが、それは言い訳がましく、ばつの悪そうな顔をした。
それを見て、幸隆と忍芽の閨を覗いて昂ぶった身体の捌け口にされていたのだと初めて気づいた。
『そんなに殿様を慕ってるだか』
『勤めじゃと言うに』
葉月は言い張るが、その想いは火を見るよりも明らかだった。
己の身体を捌け口にされていることに憤るより、叶わぬ想いが憐れに思え、以来その襲来を楽しめなくなった。
出会った時から己が虚仮にされているのは知っているが、おなごの身で、命を張って役目を果たそうとする姿は
どこかいじらしく思えた。気性も姿もまるで似てはいないが、けなげに生きる若い娘にふと亡き妹を重ねたのか
もしれない。
加えて、伝兵衛は生来世話好きのお人好しである。
主のためなら命も惜しまぬ葉月が危うく見え、己のことは棚に上げ、放っておけぬ気になった。
かたや葉月は、これまで閨の見張りの後に男の肌を求めることなどなかったのに、よりによって伝兵衛を
その相手に選んだことを己でも訝しんでいた。
そもそも己よりも弱い男など論外ではないか、おまけに面(つら)も不味い、と。
―情けない男。だがなぜか憎めぬ
捕らえた時、二、三日なら水さえ飲ませておけば死なぬものを、憐れな声で泣きつかれてつい飯を食わせた。
縛られたままでは手が使えぬとこぼされれば、仕方なく手ずから口に運んでやるなど、素破として非情に
生きてきたこれまでの葉月にはなかったことだ。
―この男といると調子が狂う
そう思いはするが、伝兵衛と居ると知らぬうちに己の心が安らいでいることには気づいていなかった。
伝兵衛は思いがけぬ素早さで身を起こし、葉月の手首を掴んで仰向けに転がした。
常ならば力でも伝兵衛に負ける葉月ではない。が、肌の熱さに気もそぞろなところへ、相手が伝兵衛だからと
油断していた。
「逆らうか、伝兵衛」
「いい加減にするずら」
「おのれ、何を…する、あ…」
先ほどまで己で揉みしだいていた乳房をやんわりと掴まれて葉月がたじろぐ。
「目ぇ瞑って、そうして想う男にされていると思えばいいずら。おみゃあにゃあ世話になったが礼もできねえし、
せめて体の火ぐらい消してやるから」
「よ、余計なことを。大人しくしておればお前とていい思いができるものを」
口では抗うものの、組み敷かれた葉月は、伝兵衛の存外の動きと言葉に反撃の機を失っていた。
「そうはいかねえずら」
言いながら、掴んだ乳房の先端を舌先でつついたかと思うとぺろりと舐め上げた。
ふくらみにかぶりつくようにして口に含んだ蕾を、くにゅくにゅと舌で転がし、やがて軽く歯を立てる。
張りつめるように尖っていた蕾にぴりりとした疼きが走り、葉月が喉をのけぞらせた。
「んっ…あっ…ふ」
思いのほか伝兵衛の舌は巧みで、葉月はその誘惑に負け、ゆっくりと目を閉じた。
腕や脚は陽に焼けて浅黒いが、着物の中の乳房は白い。伝兵衛がその白く弾けるようなふくらみを交互に吸って
やると、葉月は素直に心地よさげな声を上げた。
やがて伝兵衛の頭は腹の下へ降り、引き締まった褐色の脚を易々と開いてそこに顔を埋めた。
谷間にあふれる露を見て、叶わぬ相手を想ってしとどに濡らしていた葉月がまたあわれになる。
―真田様もお人が悪い。一度くらい情をかけてやればいいだに
己のことは二の次である。だから嫁の来手がないのだ、と太吉に言われたことを思い出してなるほどと思いはするが、
どうにもしようのないことだとも思う。そういう性分なのだ。
とにかく、今は葉月の火を鎮めてやらねばならぬ。一度着いた火は無理に水を注しても燻るだけだ。
燃やし尽くしてしまう他はない。
意を決して肉襞に舌を這わせると葉月の腿がふるふると震えた。
「なっ…やめ…あっ…」
たちまち濃い紅色に染まる柔襞をわざとぴちゃぴちゃと音を立てて舐り、壷口の中にまで舌をねじこむと、
流石の葉月も女の声で喘ぐ。
「んっ…うぅっ……はぁっ…ん」
浅いところをかき回していた舌は、やがてさねの中から小さな豆を探り出してきゅっと吸い上げた。
伝兵衛は、葉月の豆がふくらんで艶やかに色づくのを確かめながら、そこを弄る度に跳ねようとする腰を押さえつけ、
幾度も吸っては舌先でつついてやる。また時にはこりこりとその弾力を感じるほど強く扱き、時にはやさしく
ついばむように唇で包む。
葉月は、伝兵衛には悪いと思いつつもやはり思い浮かべるのは幸隆の顔で、その顔が己の脚の間に埋められて
いるのを夢想している。
「あっ…んっ……ゆ…」
そして幸隆の名を言いかけては止める。伝兵衛の言葉に甘えてはいるが、それでもためらっていた。
―幸隆様と、殿様と、呼べばいい。吐き出してしまえばいいだに。俺に気兼ねすることはねえだに
葉月の躊躇いを察した伝兵衛だが、そう言ってやりたくとも己の声を聞けば葉月が醒める。燃え尽きるまでその
夢の中にいさせてやりたいがために胸の裡で叫び、なおも攻め立ててやる。
葉月は、絶え間なく続く攻めに夢と現の狭間を漂い始め、己がどこに居るのかもおぼろになっていった。痺れる
ような心地よさが下腹を突き抜けた時、ついに箍(たが)が外れた。
布団を強く握りしめ、腰を押し付けるように背をしならせつつ幸隆の名を呼ぶ。
「殿っ、との…あぁっ、あぁ、ゆき…たか…さま、あぁっ…」
我を忘れて叫ぶように喘ぎ、そして果てた。
ぐったりと体を投げ出した葉月に伝兵衛が布団をかけてやろうとした時だった。
葉月はそれを止めながら、手を伸ばして伝兵衛の股の物を静かに握った。それは、先ほど葉月の手で張りつめさせられた
姿のままで、己以外の男の名を呼ぶのを聞いても萎えてはいなかった。
憐れと思うのは、つまりそれは惚れたということで、惚れた女のよがるさまをつぶさに見て、余計にその硬さと
熱を増していた。
「このままでは、困るだろ」
「べ、別に困らねえずら、放っときゃそのうち…」
「……勿体ない」
「ま、まだ足りねぇだか」
「……いや、違う火種だ。お前が着けたのだからお前に消してもらわねば」
「お、俺でいいのか」
「……うん」
伝兵衛が再び己の身体の上に跨った時、葉月は瞼を開いて伝兵衛の顔を見据えていた。
その視線を避けるように目を伏せ、上目遣いで葉月を見ながら伝兵衛がぶつぶつとつぶやいた。
「なにも、そんなに俺の面を見なくても。さっきみてえに目を瞑ってりゃいいだに」
「ふん、お前の面は不味いが癖になるのだ」
「ひでえずら」
「ぐずぐずしないでさっさと……んっ、あぁっ」
顔の出来をけなされた腹いせではないが、葉月が喋っている間に一気に貫いた。
舌でとろかされていた壷の内は、火種と葉月が言った通り、熱くうねりながら伝兵衛を飲み込んでいく。
眉根を寄せて呻きながらも、葉月はまだ目を開けたままだった。
―まことに間抜けな面じゃ…。あまりに抜けているからつい気を許すのだろうか
葉月は、己の欲を充たすことよりも葉月の熱を鎮めようとしてくれた、この男のやさしい心根が沁みていた。
礼というわけではないが、この男とじっくり向き合ってみたくなっていた。
伝兵衛の抜き挿しを迎え入れながら、背中に手を回してしがみつき、その腰を引き寄せるように脚を絡めた。
懸命に腰を使う伝兵衛の額の汗を掌で拭ってやりながら囁く。
「伝兵衛、ゆっくりでよいから…もっと奥を」
「わかった」
しばらくすると、また注文をつける。
「あぁ、伝兵衛、もっと速く」
「一体どっちじゃ」
「そのくらい、様子を見て加減しろ、気が利かぬ」
「まったく、うるさい、おなごじゃ」
伝兵衛に注文をつけながらもその実甘えている。
葉月が歳の離れた男に惹かれるのは、早くに父親を失くしたせいなのかもしれない。
伝兵衛の息遣いもだいぶ荒くなり、もう二人とも言葉はない。
「あ、伝兵衛、そこ、そこじゃ、そこをっ…あぁっ…んっ」
そこ、と言われたところを必死で突いてやっていた伝兵衛は、いきなりぎゅうっと締め付けられた。
葉月は腰をひたと押し付けながら爪先をぴんと立て、全身を強張らせた。
やがてしがみついた指がほどけ、どさりと布団に沈み込む。
「おいっ…くっ、あ、あぁ」
前触れもなく気を遣った葉月に締め付けられ、そろそろ限界に達しようとしていた伝兵衛も、思わず声を漏らしながら
放ってしまった。
目を閉じて息を整えていた葉月が、その声を聞いて、くく、と笑った。
「…間抜けな声じゃ」
「し、しょうがないだに、おまえがいきなり」
「いつ来るかわからぬのに前触れなどできるか」
「まったく…気の強(こわ)いおなごじゃ」
「……伝兵衛、いつ甲斐へ帰る」
「あぁ、明日の朝には発つずら」
「そうか、ではその間抜けな面も今宵でしばらく見納めか」
「今宵?」
「閨の見張りはもう、せぬ」
その夜再び肌を合わせた後、寝物語に伝兵衛は、葉月に己の身の上を語って聞かせていた。
戦で親兄弟は皆死に、ただ一人残った歳の離れた妹はこともあろうに武田信虎に惨殺された。
その妹が、幸隆を武田に引き入れた張本人であるあの山本勘助の子を身ごもっていたと知り、
葉月は驚いた。
「お前も山本殿も武田を恨んではいないのか。何ゆえ武田に仕える」
「恨みはしたが、今のお屋形様は仇である前のお屋形様を追放したんだし、そう考えれば恩人のようなもんだに」
―それに
『恨みだけでは武田は討てぬぞ』
若き日の晴信公に初めて目通りした日のこと、その慈悲深い人柄に打たれたことや、己と太吉を召抱えてくれた
板垣信方のことを話してやった。
「なんだ、丸め込まれただけではないのか」
「それもあるかもしれねぇが、人は食わねば生きられねぇ。板垣様はその術を与えてくれた。それに、あの方には
誠があるだ。俺のようなもんでも辛抱して使って、信じてくれる。俺はあの方のお役に立ちたいだ」
「ふぅん」
「おみゃぁも……真田様に尽くす気持ちはわかるだが、命を粗末にするなよ」
「お前こそ。そんなに間抜けではどうやって生き残るものか、他人事ながら思いやられる。もし板垣様に暇を出されたら、
我が主に頼み込んでこの城の厠の掃除くらいはさせてやるから、無理はせぬほうがよいな」
「まったく、どこまで虚仮にすれば気が済むずら」
先ほどまで己の下で甘い声を上げていたくせにと思うものの、剣の腕では確かに敵わぬし、どうやら口でも敵わぬらしく、
伝兵衛はぶつぶつ言いながらも黙る。しかし、葉月なりに己を気遣っているのも知れて胸が熱くなった。
いつ戦場の露と消えるとも知れぬ者同士、憎まれ口を叩きながらも、互いの血汐の熱さを確かめ合うように再び身体を重ねた。
〜完〜