松尾城に入って数日、真田幸隆と妻忍芽は久しぶりに閨で枕を並べていた。城内の備えを急ぎ整える日々の中、
つかの間の休息である。
幸隆は、武田へ降る前に忍芽の兄が訪れた時のことを思い出していた。
「そなたの言葉は千の兵よりも心強くうれしかった。儂はまことに得がたいおなごを娶ったものじゃ」
「そんなにお褒めになっても何も差し上げるものはございませぬ」
「ははは、それは残念じゃ。いや、お前にこそ何か褒美をやりたいが…、何か欲しいものはないか。まだ真田の
地を全て取り戻したわけではないゆえ浮かれてはおれぬし、大したこともしてやれぬが」
「勿体のうございます。わたくしは殿のお傍にいられるだけで…。なれどもし叶うなら……」
忍芽が言い淀む。小袖や帯というわけではないのだろうかと幸隆は訝しんで促した。
「あの…、また、殿のお子が欲しゅうございます」
「何を言い出すかと思えば」
「いけませぬか?」
「いや、しかし、できるかどうかは天のみぞ知るじゃからなぁ」
「ではお子が授かりますよう、今宵もたんと可愛がってくださりませ」
請われるまでもない。幸隆は元よりそのつもりだがこうして甘えられるといっそう愛おしさが募る。
「…子と言えば次は姫が欲しくはないか」
「もし姫ならば嫁にやるのが惜しいと言い出されるのでは」
「当たり前じゃ、誰が嫁になどやるものか。婿を取っていつまでも手元に置くに決まっておるではないか」
「なれど、おのこかおなごか、これこそ天のみぞ知る、でございますゆえ」
「これは一本取られたな。いや、男子でもよい。また儂の子を生んでくれ」
幸隆は睦言を交わす間にも忍芽の帯を解き、夜着を開いていた。そして、二人の子を生したとは思えぬほど
艶かしい柔肌に指を滑らせながらため息をつく。
これほど体を重ねているのにこの肌に飽くことがないと正直に告げれば、忍芽も素直にうれしがった。
幸隆は柔らかい乳房に触れながらふと思いついたように言う。
「この乳房で二人の子を立派に育てたのだな。命の乳か、儂も吸うてみてよいか」
「まぁ…。乳は出ませぬがよろしゅうございますか」
少し呆れたように微笑む忍芽の乳房の、淡く色いた先端に口をつけ、ちゅうちゅうと音を立てんばかりに吸ってやる。
「あ…」
忍芽は思わぬ刺激に眉根を寄せながら、つややかな声を上げて白い喉をのけぞらせた。
「うん、乳は出ぬが甘いぞ」
「お戯れを…」
「まことじゃ」
言いながらもう一方の乳房を掌でそっとさすっている。
忍芽は息を弾ませ、夫の頭を抱くようにして撫でた。
戦にあっては勇猛果敢で知略にも優れた夫が、甘い言葉を囁きながらまるで赤子のように己の乳房を口に含む様が
愛おしい。戦や政(まつりごと)の中でいつも弓のように張りつめているその心と身体を、せめて閨の中では
緩めてやりたいと思う。

乳房を慈しんでいた幸隆の手は、なだらかな腹部を滑りやがて谷へと辿り着く。そのあわいにそっと指を
差し込んで撫で上げると、ひくり、と忍芽の体が震えた。
幸隆は茂みの中に女の泉を探り、その淵に静かに指を巡らせる。
忍芽は堪えるように少しずつ息を吐き出した。
尻から掌を滑らせてきめ細かい肌の感触を楽しみながら腿を開き、再び泉の淵に戻した指で、柔らかい肉襞を
くすぐるように弄ぶ。そして潤みを纏った指でさねを押し開き、忍芽の一番敏感な場所、小さな肉の芽を
とらえると、そっとこすり上げた。
何度もゆきつ戻りつする指先に忍芽は息を弾ませながら声を漏らし、はしたないと恥じらった。
可愛がってくれという忍芽の願いを叶えようとしてか、幸隆の愛撫は常よりも濃い。
「誰が聞いているわけでなし、いや、聞いている者があれば聞かせてやるがよかろう。夫婦(めおと)ゆえ
憚ることもなし、我らが睦み合うのは国の栄えじゃ」
余計に恥じ入らせるようなことを耳元で囁く。それは、その恥じらいがより忍芽の体の火を煽り立てるのを
知ってのことだ。
常は領主の妻として、また母として、立派にその務めを果たしている忍芽であるが、その鎧のような重責を
時には解いてやりたいと、一人の女となって歓ぶ姿を見たいと、幸隆は思う。
思惑通り、忍芽は白い肌まで染めて身を捩り、情けを求めるようにひたと夫の胸に縋りついた。
幸隆は指先と言葉に誘われてまた溢れ出す露を確かめながら囁きかける。己の槍はもう、妻を歓ばせるための
逞しさを十分に漲らせていた。
「参るぞ」
幸隆が矛先を突き立てると、忍芽は体をわななかせながら深い吐息を漏らす。
熱いものが根元までおさめられた壷はひたひたと吸い付くように蠢いた。
しばし閨の中には、一つになって抱(いだ)き合う二人の息遣いだけが聞こえ、闇よりも濃い気配が満ちていく。
初めのうち幸隆は、温かく潤んだ中の蠢きを楽しむようにゆっくりと腰を進めた。
やがて互いの肌と肌が熱を分け合ってしっとりと汗ばんでくるに従い、激しく貫き始めると、忍芽は腰を揺らし
ながら逞しい得物を迎え入れ、狂おしい手つきで夫の背や腰を撫で回す。
が、忍芽はいまだ声を立てぬように唇をかみしめている。
「堪えることはないと言うに」
「…なりませぬ、旦那様…」
「ならば、啼かせてやる」
長年連れ添ってきた相手ゆえ、どこをどう突いてやれば心地よいかは知り尽くしている。
時折深く挿し込みながら、指で乳房の蕾をなぶるように構ってやる。そこは口で吸ったときから薄紅く色づいて
夫の指を待ちわびるように程よく固く尖っていた。
たまらず、忍芽は身を捩りながらかすかに喘ぎをもらし始める。
「あ、あぁ……」
「忍芽、どうじゃ」
夢中でうなずきながらすがりつく妻がいじらしく、その、よい所を何度も突いてやる。
乳房を弄られ、壷の内を搗きとろかされてはもはや己に燃えさかる火を堪えきれず、忍芽はついに
歓びの声を上げた。
「あぁ、旦那…さま…あぁっ、天にも昇る、心地にございます……」
夫の鋼のような背に、爪を立てんばかりにしがみついた忍芽は、わななきながらやがて静かに褥に沈んだ。
幸隆は、天にも昇るという言葉の通り法悦にひたっているような妻の顔を眺めつつ、その身体の奥深くへと
己の命を注ぐように、祈りを込めて精を放った。
「忍芽、そなたは儂の菩薩じゃ」
「……旦那様のためならば、わたくしは、夜叉にも、菩薩にもなりまする…」
幸隆は忍芽をひしと抱き締めた。

最中に「聞く者は無し」と言いながら幸隆がちらと上を見やり、その眼に一瞬暗い影を宿したことは、
忍芽の知らぬことであった。
幸隆は、妻が腕の中で寝入ったのを確かめて再び天井に目を向ける。
天井裏に潜む者、それは。

―葉月め、またか

身につけた術により音も気配も見事に消してはいるが、幸隆だけは悟っている。隠しきれぬほどあふれる情念の
向かう先が、他ならぬ幸隆だったからである。

閨の見張りとして控えているとはいうものの実は一種の覗きであった。しかし幸隆は、葉月の働きに免じて
知らぬ振りをしてやっていた。
父を亡くした葉月にとって、幼き頃より仕えてきた幸隆は主であると同時に父であり兄であり、そして、焦がれて
止まぬ想い人であった。主のためならばどんなことでもできる、命も身体も惜しくはない、と葉月は常から思っていた。
その恋い慕う男が妻といえども他の女を抱くのを目の当たりにすることは、葉月にとって最も酷であるはずなのに、
何ゆえこのような真似をするかといえば、閨から聞こえる睦言が己に向けられていると、抱かれているのが己だと、
そう夢想すればこの上もなく甘美であり、奥方が閨に居ない時は、余人の知らぬ無防備な幸隆の寝顔を、
己一人のものとして飽かず眺めることができたからである。

幸隆も、揺るぎない信頼を葉月に寄せているばかりでなくやはり娘のごとく可愛がっていた。しかしそれだけに
抱こうという気にはならない。
ある戦で奥方を城に残して出陣した折などは、伽を申し出た葉月を烈火のごとく叱り、けれどその気遣いには
礼を述べ、やさしく諭して閨から去らせたこともあった。
とはいえ葉月の想いが消えぬことも承知していて、その捌け口くらいは大目に見てやらねばならぬと思っていたのだった。

―しようのない奴じゃ

〜続く〜

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