難題:ニート卒業(後編)

 

 

 

「永琳様が、永琳様が倒れちゃいましたー!!」

この兎が持ってくるのは大抵厄介ごとだろうと考えていたが、永琳が倒れたというのは少々虚を衝かれた。

それは私だけではなくて、三秒程度、全員が言葉を失ってたのだけど。
更に意外な事は、一番とろそうな奴がこの状況で真っ先に動いたことか。

「てゐ!師匠はっ!?師匠は無事なの!?」
「ぐ、ぐぇぇ、ちょっとれーせん、おちつけぇ……首、首マジで絞まってるからギブギブ!」

何時も因幡に良いようにやられてる鈴仙が、上になってるってのは新鮮な状況よね。
………。
因幡の顔の色が変わってきたので落ちる前に止めとくか。

「ほら、鈴仙。因幡がタップ打ってるでしょ。離れて離れて」
「はっ!あ、ご、ごめんてゐ……」
「ごほっ……はぁはぁ……うう、なんて事、このてゐ様がれーせんに押されるとは」
「それで、本当なの?永琳が倒れたって」
「もちろんです。板が倒れるみたいに何の足掻きも見せずいきなりバターンって。それっきりですよ」
「それっきり?」
「起き上がれないみたいです。息があるからまだ死んではなさそうですねー……うぉい、れーせんまたかっ!
しかもはえぇ、耳の関節をあっという間に取られたぁー!」

あるんか、関節。

「永琳が倒れたねぇ……そういや何か調子悪そうな顔してたっけ」
「……うーん」

しかし、情報を出した相手が相手だから、一応真偽を確かめないといけないわよね。

「ちょっと因幡。今回は嘘付いてたら洒落にならないわよ?」
「ご、ご、ご、ご冗談を!私だって相手は選びますって!永琳様をネタにするときは前もって遺書書きますから!」

ふむ、これは真だな。
こいつが狙って嘘を吐く時は極めてしれっとした顔で言う。
このように動揺してるのは、嘘じゃない時だ。
これは、少しやばい事態になってきたわ。

「鈴仙。顔が真っ青よ。しっかりなさい」
「は、はい。すみません輝夜様」
「意気消沈のところ悪いけど、貴方、何か心当たりはないの?」
「過労でぶっ倒れたんじゃない?」

鈴仙に訊いたのに、意外なところから声がした。

「何で妹紅にそんなことが解かるのよ?」
「や、こんな病苦を忘れた化物みたいな身体になっても、疲労と痛みは感じるからね……あいつも半分そうなのだろう?」
「知ってたの?」
「だったら過労で倒れたってのが、一番信じやすい」
「確かに……最近ちょっと働きづめでしたから師匠」
「じゃあ、何よ。それを信じるなら、あいつが自分で勝手にぶっ倒れたって事じゃない」

偉そうにしといて、自分の健康管理も出来ないのか?
月の頭脳、あらゆる薬を作る天才、そいつが医者の不養生。
結局自分の限界を忘れて、無理しすぎたってオチじゃない。
何で其処まで一人で頑張っちゃうのよ。
……気に入らないわね。
何だか無性にムカムカする。
永琳の顔見て、二度とこんな事無いように一言二言怒鳴ってやらないと!

「馬っ鹿じゃないの!!鈴仙、因幡、永遠亭に戻るわよ!」
「はーい、姫様」
「ちょ、ちょっと待って下さい!私達の配達はどうするんですか!?」
「中止に決まってるでしょうが。戻れば代わりの兎ぐらいいるでしょう?」
「だ、駄目ですよそんなこと!配達は続けないと!」
「貴方、自分の師匠より仕事の方が大事だっての!?」
「違います!でも、師匠の意思も考えてあげて下さい!」

こんな時に何を言ってるんだこいつ。
意味が解からない。

「もういいわ!とにかく戻るわよ!」
「駄目です戻れません!」
「いい加減にしなさいよ鈴仙!誰に向って……!」

「おい」

振り上げた私の手は、ずいぶんと冷たい声に止められた。
肝を冷やすその声は、何と妹紅のものだった。

「な、何よ?」
「輝夜、鈴仙の言う事くらい聞いてやってもいいだろう?」
「どうしてよ、一大事じゃない、それが本当なら早く戻らないと」
「あんたが心配な気持ちは解るよ。だけどそれは鈴仙だって同じはずだ」
「わ、私は別に心配してなんて……」

横目で盗み見ると、鈴仙は唇を噛み締めて下を向いている。
血の気の引いた青白い顔が痛々しい。

「それこそ喧嘩してる場合じゃないのさ。とにかく何故止めるのか理由を聞いてから、それからでしょうね」

顔から貫くような冷たさが抜けて、柔らかくなった顔はいつもの妹紅だった。
こいつ、こういう顔も出来たのかと、少し感心したところで、熱くなってた自分の気持ちも落ち着いてくる。

「……そう、いいわ。だけど、その後の判断は私が決めるから。鈴仙。話してごらんなさい」
「は、はい輝夜様」

先程はすみませんでした、と一つ頭を下げてから、鈴仙は喋り出した。

「あの、えーと、何処から話したらいいのかな……今日の配達件数が多いのは、皆さん身をもって解っていただけてると思いますが」
「それが何か永琳が倒れたのと関係あるの?」
「はい、師匠はここ数日張り切って、厳しい納期の仕事でも難しい注文でも、断らずに何でも受けているんですよ」
「良く解らないのだけど?そもそも永琳はあれから寝込んでいたのではなくて?」
「体調を崩していたのは本当なんです。薬草と布団とを往復する日々でしたから、あ、もちろん私も何度も止めました」
「だから、どうしてそんなにまでして注文を受けようとしたの?」
「それは……その……輝夜様に恥ずかしいところを、お見せしたくなかったといいますか」
「何の話よ?」
「師匠が仰ってた言葉をそのまま借りますと、こういう事です」

『ウドンゲ、私達の薬品販売部が盛況なところを見せて、輝夜様を安心させてあげましょう』

「きっと、師匠は姫である輝夜様が働くと言い出した事を、自分が不甲斐ないからだと思ってるんです」
「………馬鹿ね」

そんなわけないじゃないの。
私はただ、ちょっと周りに対して意地になっただけ。
その中に、永琳に対する反発がこめられていたのも確かだ。
だけど永琳は……。

「そうね、あいつは、昔から勝手に一人で閉じこもって、自分を追い詰めるのが好きだったわね」
「輝夜、それはちょっと酷いぞ」
「ああ、なんて見栄っ張りなのかしら……!」
「私も今まで見栄だと否定的にそう思ってました。でも今は、それが師匠の意地だったんだと思ってます」
「あははっ、それって見栄っ張りが意地っ張りに変わっただけよね」
「もし、ここで知らせを聞いて私達が戻ったら、師匠がっかりしちゃいます……また自分を責めちゃいます……だから!」
「……そこまででいいわ。貴方の言いたい事は良く解ったから」

本当は永琳を労ってやりたいのに、口を開けば出てくるのは批判ばかり。
それが悲しくて情けなくて、鈴仙との会話を止めた。

「さて、じゃあ前言通り私が決定しましょうか。鈴仙。因幡。永遠亭に回れ右」
「……やっぱり……それでも帰るんですか?」
「帰るわよ。貴方達はね」
「はい?」
「永琳が倒れた。兎のリーダーの因幡もいない。永琳の弟子の鈴仙もいない。こんな状態で永遠亭が成立ちますかっての」
「あの、輝夜様たちは?」
「二人だけで戻りなさい。今頃指揮系統麻痺してあいつら右往左往してるところよ」
「は、配達の方は?」
「薬の配達くらい、二人で何とかなるわよ。妹紅もそれでいいでしょう?」
「あんたの言う事黙って聞くのは癪だけど?ま、今回は別に文句はないよ」
「し、しかしこの量を二人でってのは……大体、私がいないとこちらの指揮も困りま……」

「いよっ、さすが姫様。名裁き!」

今まで会話の輪から二歩程退いて静観していた因幡が、突然輪の真ん中に飛び込んできた。

「いやー、私こういう湿っぽい話駄目ですねー。ささ、帰りましょう。永琳様も放っておくわけにはいきませんしね〜」

そのまま鈴仙の右腕にタックルかまして、がっちり両手で抱えたらいきなり走り出した。

「て、てゐ、あの、うわっ、離して!まだ話終ってない!」
「姫様命令じゃー。逆らうと手討ちにするぞー♪」
「わわっ、浮いちゃう!す、すみません輝夜様!あと、宜しくお願いします!永琳様にも宜しくいっておきますから!はわわっ!」
「いざ、永遠亭へ〜!」

地面にかかとでブレーキ踏んで耐えてた鈴仙も、やがて因幡に連れられて白い月に登っていった。
仲がいいんだか、悪いんだか。

「はぁ、騒がしい奴ら……」
「本当にいいのか?」
「何が?」
「あんたも帰りたいんじゃない?」
「……別に」

解いてた荷車と繋がるゴム紐を、腰に結びなおす。
そのままにやける妹紅を置いて、一人で地面を蹴って低空飛行体勢に入る。
……重い……ちょっと洒落にならない……自分ひとりだと相当きついわねこれ。

「やーい、へっぽこ。二人でも結構大変だよ?私はともかく、あんたの体力が何処まで持つかしらね」
「あら、私はそんなに弱くはないわよ」
「よく言うよ、ここまで荷車引っ張って来るだけで息上がってたくせに」
「ふんっ、長い間生きてて老眼にでもなったんじゃない?」
「あー、弾幕ごっこでもする?」
「今日はしない」
「じゃあ、明日」

永琳が意地っ張りなら、私だって意地っ張りなのよ。
誰が引き返したりするものか。
絶対に配達終えてやるから。
そうよ、それが蓬莱山輝夜の意地の見せ方だ!

「さあ、いくわよ妹紅!」


「輝夜、どうでもいいが、そっちは反対だ」

―――――

私の仏の御鉢よりも固い意思は、三十分ほど絶好調だった。
やる気満々に燃えていたはずだった。
が、そこを過ぎた辺りで、水でもかけられたみたいに燻った。
私の頭の上のやる気ゲージが、みるみる減っていく。
疲れた。

へとへとになりながらも、妹紅の目があるから愚痴だけは言わず耐えてきた。
ここで放り出すと、こいつに千年はネタにされてしまうだろう。

秋に入ったといえ、まだまだ陽射しは強烈で、黒髪が熱を離さず辛い。
これでは、背中にマントでも羽織ってる方がまだマシかしら。
うぅ、汗で額に髪が張り付いてくる。
私の自慢のサラサラロングが、このようなところで牙を剥くとは、非労働者階級の私には想像も付きませんわ。
はぁ、暑い、重い、喉が渇いた。

「で、ここからだとマヨヒガの方面が一番近いんだけど」
「は?」
「だから、マヨヒガに向うか、それともこっちの×群生地に飛ぶかの二択」
「私が選んでいいの?」
「いいよ」

そりゃ、近いマヨヒガが一番だろう。
あちらとは特別仲良しというわけでもないが、一応知った仲である。
辿り着けば麦茶の一杯くらいは出るだろう。
いやいや、この時間は大体お昼時になるから、そしたらご飯の一杯や二杯を……

「じゃ、輝夜がマヨヒガでいいのね?」
「いいわよ、いいわよー。私マヨヒガ大好き」
「……?い、いやいいけど。大変だと思うよ結構」

そんな事はどうでもいい。
既に私は酒飲んで、風呂入ってる自分を想像してた。
もう、マヨヒガしか見えない。

「じゃ、押車は当然、近い方に置いていくから」

―――――

入るには入られず、出るに出られない、そんな不思議なところが幻想郷にあるという。
マヨヒガ。
でも、迷ってる人を余り見たことが無い。
何だか最近はすっかりオープンな場所になってしまった気がする。

「ちっくしょぉ……ぜーはー……ぜーはー……」

でこぼこ道に苦戦する押し車が、盛大に文句を言ってくる。
しんどい。
好き勝手に伸びる木の枝が凄い邪魔で、誰も住んでない家が邪魔で、道の真ん中に嫌がらせの如くでーんと構えてる猫が邪魔で。
貴様ら私に喧嘩売ってるのか。いいだろう。
……やっぱすいません。
今は猫に歯向かう気力も無いッス。

こういう地形ではロングスカートが物凄い邪魔だと学習した。
やたら引っ掛る。
で、捲り上げたのだが、すぐ落ちてくる。
というか私の服装、肉体労働に激しく向いてないんですけど!?
最初に誰か指摘してよホント!

足の裏が妙に痛いし、裾は泥まみれだし、暑いし、珠の汗とか言ってられないほどの量が顎から滴り落ちて来る。
引き返す気力もなく、ひたすら私は目的地を信じて歩いていた。
さながら私は赤い靴。
麦茶を求めて茨の道を突き進む踊り子。

「はぁはぁ……あ、あれかしら?……見えたぞ、あ、あはは麦茶だ……麦茶を……」
「ん〜?」

私に応えたのは屋根の上に金色のふさふさ尻尾だった。

「何だ、これはまたひどく珍しいのが来たな」

工具箱と一緒に屋根の上に八雲藍が座っていた。
さすがに奴も暑いのか、フードキャップを外して耳を露出させ服は腕捲りをしている。

「……何してるのかしら貴方?」
「それはこっちの台詞だ、八雲家に何か用か?」
「紫いない?」
「紫様なら先程起きられたから、家に入れば何処かで会えるよ。用件があるなら好きにしてくれ」
「……そう。で、貴方は何をしているの其処で?」
「屋根の修理、いや補強かな」
「……こんな日に?暑い中ずいぶんとご苦労なことね」
「ところが今じゃないといけない。紫様が言うには」

狐と話してるよりは、一刻も早く日陰に入りたかったので、さっと汗を拭うと荷車を置いて玄関を目指す。
右手に薪を抱えて運んでいる藍の式にして猫娘の橙が見えた。
昼食の準備だろうか。
こちらに気付くと、直ぐに会釈をしたが、そのせいで薪が何本か零れた。
しょげる橙を見て、別に私が悪いわけじゃないのに、と思いつつも拾ってやる。

「おい、随分とやつれて見えるが、また妹紅とでも殺りあったのか?」

もう一度屋根から声が飛んできた。

「馬鹿言わないで。こんな暑い日にどうして鳳凰なんかと戦えますかっての」
「それはそうだな。それじゃあ……えー」

こいつ、私を相手にクイズでも楽しんでるつもりね。
先に答えを言って終らせてやろうかしら。

「配達の仕事の途中よ」
「は?」
「私、働いてるの」

いきなり、藍がふらついた。
耳はピンと立てて、尻尾は萎えて屋根に落ちる。

「冗談……だろう?」
「本当だってば、ほら証拠にそこに配達用の荷車が待ってるでしょう?」
「嘘だっ!幻想郷の三大禁忌と呼ばれる、紫様の早起き、幽々子の絶食、輝夜の就職、の中の一つが破られるなんて!」
「勝手に人を三大禁……おい待て、お前のところの主だけ異様にハードルが低いのは気のせいか!?」

時計の振り子のような藍のふらつきがいよいよでかくなり、やがて気を失って前へ倒れた。
あ、屋根から落ちてくる。

「藍さまぁーーーーっ!!」

橙が弾丸の瞬発力で飛び出して、頑張ってきちんと藍の落下地点に間に合ったのだが、やっぱり二人とも潰れた。

―――――

尻尾が十一本になった彼女らは、幸せそうに気絶している。
そうだ、この狐には前々から言っておきたい事があったんだ。

「あんたの四面楚歌チャーミングは全然チャーミングじゃねえ!」

さて、許可も貰ったし、家の中を探しましょうか。

玄関を開けて、お邪魔しますとぶっきらぼうに呟いてから目的地を目指す。
足をつけた廊下はぴかぴかであり、変化狐の常日頃の苦労の跡が伺えた。
さて、探し物はこの部屋だわね。
紫?違う違う。
麦茶でしょう、当然。
ならば台所一択。

「なにっ!?」

覗いた部屋の中に尺取虫みたいな動きをする謎の妖怪を発見。
良く見ると布団だ。
なんと布団が動いてやがる!
あのスキマ妖怪は布団にまで式の手を伸ばしてたの!?
可能なのか、そんな生命の錬金術が!

「ん〜……うふふ……」

と思ってら布団の蓑から見知った顔が突き出てきた。
なるほどスマキ妖怪ってオチか。
そのまま布団をもそもそと脱ぎ捨てて、奴は台所の地面に四つん這いになって降臨した。

崩れたネグリジェは、肩からブラ紐を覗かせているし、胸元も肌蹴てご立派な谷間が露出している。
そんな中、顔だけが他と次元の違う様相を見せていた。
身体はエロイけど顔はだらしない。
一言で言うと緩みきってる。

(ちぃ……!)

こんな奴にもプライバシーがあるので、ここで私に登場されたら末代までの恥だろう。
と、思ってもう少し見守る事にした。
けしからん胸だな!と思いつつも眺めてた。

「あった〜……」

まだ瞼が重いのか、台所中に頭をぶつけながらの行進であったが。
どうやら奴は目的の物を見つけたようだ。

「ももぉ〜」

神の恩寵を享け賜ったかのごとく、物凄い笑顔で迎えられた桃は、水道蛇口に流れる水の下で皮を剥かれていく。
桃シーズンを抜けたとは言え、ガラス越しの陽光に光り輝く桃は、わしはまだまだ現役であると訴えている。
その剥いだ桃を、丸ごと一個口に……ええっ?一個入っちゃうの?
入っちゃった。
すげぇな、スキマ妖怪。

「おいひぃ〜……」

リスのような頬っぺたから、大妖怪の威厳は何処にも感じられなかった。
それどころか、何とか唇だけ尖らせて吐いた感想は、幼児語ばりばりだった。
この姿を見せたら、幻想界中の妖怪が泣く。
私はこんな阿呆を怖がってたのかと自己嫌悪に陥る。
だらしない事極まるには、目尻は下がりっぱなしで、袖はぐしょぐしょだし、口の端からは桃の汁が垂れまくりで、上は見た目幼児だし。
垂れた汁は顎を伝ってネグリジェの胸の谷間に落ちて、下は見た目発禁もの。
首から下はセクシービューティー、首から上はまるで馬鹿という、二律背反を一人でやってのける。

待てば待つほどに悪化の一途をたどる状況に、私もいい加減痺れが切れた。
駄目だよ、この人、自分一人だと生きていけないって。
誰だよ、こいつに、カリスマあるなんて言ってる奴は。
こいつよりかは、幾分か私の方がカリスマあるってば!
世の中の評価はおかしい!
ほら、見なさいよ、これが現実よ!
ああ、私がブン屋だったら四面記事でこれをプッシュしてやるのに!
首から上だけをな!

どうして、これで私がカリスマないなんて言われるかなぁ。
こいつに負けてるとしたら胸しか……はっ、まさか、カリスマとは胸に宿るものなのか!?
そういえば、幽々子もたゆんたゆんだ。
待って、だとしたらレミリアはどうなるの?
あの子はペタンペタンよ?
え?部下に巨乳がいるからいいの?
だったら私の部下にだって、実力と乳を兼ね備えた永琳がいるわよ?
あ、そうか、だから永琳が永遠亭のカリスマっていわれるのか!

「謎は全て解けたぁ!!!」
「ももぉ!?」
「ごめんなさいね、指を指した事は謝るから、実はね」
「……ん、ぐ……んんんっ!」
「ま、とりあえず麦茶を貰おうか」
「んんんぐぐぐうぐっ!!」
「あら?」

ひょっとして、桃が喉に詰まっちゃったのかしらん?

「あ、あのー、どうすればいいのかしら?」
「ぐぐぐぐぐぅ!?」
「息できてませんよね?それ……」

いけないわ、輝夜、こんな所で殺人を犯しては!
今だって無くて七犯、前科十犯の持ち主なのに!
困った時には、どうするの?
トラブルの対処法の定番はとりあえず叩くよ!

背中を叩いてみた、首を叩いてみた、尻に十分の角度がついた蹴りを叩き込んだ。
あん、柔らかーい。

「はぁはぁ……くっ、ガッツが足りない!」

困った時にはどうするの?
本当に困った時は奴を呼べ!

「プリーズヘルプミー!テンコーーーーッ!!」

電光石火の勢いで駆けつけてきた式の狐が、紫の尻を音速で蹴っ飛ばした。
お陰で大事には至らなかった。

―――――

パーフェクトストライカーテンコーの活躍で、見事生還を果たしたスキマ妖怪。
吐き出した桃は誰もが残念に思うが、処分した。

「まぁ、それじゃあ本当に働いてるのね」

応接間に通された私に出されたのは、ひたすらに熱いお茶。
嫌がらせか。
お茶請けがまた芋系である。
嫌がらせだ。

「凄い時代になったわね、蓬莱四千年のニートが働く……つっ…あいたたたっ……お尻がまだひりひりするー」
「摘み食いなんかしてるからですよ。自業自得です。橙のおやつの分まで食べちゃって」
「だからって酷いわ、藍。貴方最近ちょっとお尻蹴りすぎよ」
「一番蹴りやすい場所なので仕方ないでしょう。スキマに逃げ込む時も、お尻が最後に残りますし」
「お、おのれ、式の分際で……ああ、輝夜、早く薬を頂戴。持ってきてるんでしょう?」
「ああ、はい……えーっ、紫のはこれね。ところでこれ、何なの?」
「ふっ、驚きなさい。月の頭脳十八番目の大秘薬。鉄鋼尻!」
「はぁ?」
「テンコーシュートに対抗する為に、永琳に頼み込んで特別に作ってもらった秘薬よ」
「効果は?」
「お尻の痛み止めと、お尻の強度アップ」
「そう…………………」
「さすがの月の頭脳も、これには出し渋って『ほかにすることはないのですか?』って何度も言われたわ」
「永琳……ごめんね……永遠亭苦しくてごめんね……」
「どう、藍!謝るなら、まだ柔らかい今のうちよ!主人の偉大さを前にして土下座で詫びなさい!」
「なるほど、それは厳しそうですね。解りました蹴るのは止めましょう」
「よろしい!」
「代わりに、満月の夜にワーハクタ……」
「caved!!?」

「お待たせしましたぁ!紫様、藍様、お昼ごはんでーす!」

盛大な湯気が美味しそうな匂いを撒き散らして入ってきた。
いや、入ってきたのは猫で、湯気が立つのがご飯と汁物。
あら、案外粗食なのね。
痩せたお魚と、何かの御浸しと、お味噌汁と、たくわんと、玉子焼きに、ご飯が山盛り。
それが、紫から順番にちゃぶ台の上に箸と一緒に並べられた。
………。
あの、ところで私の分は……?
ないですわ……解ってたわよ……ぐすんっ。

「でも、お昼には少々早いのではなくて?」
「早めにしておかないと、今日は外出られなくなりそうだしな」
「出られなくなる??」

何で?

「そうそう、藍。屋根の修理は終ったの?」
「気になるところは全て終りました。問題ありません」
「橙。裏の補強は終ったかしら?」
「もちろん終りましたです!」
「よろしい、それでは頂きましょうか」
「さっきから、何の話なのよ?」

「「「いただきます」」」

私の疑問は三人の合唱に掻き消された。
続いて、カチャカチャとかずずーっとかの音が続く。

「橙、いきなり魚からいったが、ちゃんと御浸しも残さず食べるんだぞ」
「むぐ!?……も、もちろんです、藍さま」
「あのさ、がっついてるところ悪いんだけど、出られなくなるってどういう事かしら?」
「はぐはぐ……んっ……あら、気付いてないの?」
「気付く?」
「雨がふるのだけれど」
「雨ぇ!?」

しまった、予想外だった。
あんなに晴れてたのに、雨が降りそうな天気に変わったって言うの!?
慌てて窓に駆け寄って、天を見上げる。
最高に真っ青な空が広がっていた。
……。

「あの、何ですか……狐の嫁入りか何かで?」
「雨だって言ってるだろ?」
「無茶苦茶晴れてますけど?」
「違うよ、雨だもん」
「だからー、どう見てもからっからの晴れじゃないの」

「……それでも雨は降るの。それもとびっきりのやつがね」

何気ない仕草の、何気ない一言だった。
紫は相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべて、次は漬物に箸を伸ばすところだった。
頭では理解したくない発言なのに、心の方が納得してしまいたいという妙な欲求不満が残る。

「あなた、それでも、まだ配達続けるの?」
「そ、そりゃあ……たくさん今日の納期のが残ってるし、続けないと……あ、大体、私一人じゃないもの」
「誰と?」
「今は妹紅と二人よ」
「妹紅と!まぁ珍しい、それはついでに好都合」
「は?」
「鳳凰もずぶ濡れになるのは嫌がるでしょう。あの子ならそろそろ雨に気が付くわ。配達は中止ね」
「勝手に決めないでくれる?」
「どうして続けるの?」
「仕事なんだから当たり前でしょう?」
「ニートとは思えない台詞ね」
「働いてるからニートは終了しました」
「なるほど……藍、橙」

呼び声に、ぴたりと二人の箸の音が止んだ。

「雨に濡れても大丈夫なように、荷車に工夫してあげて。方法は任せます」
「解りました」

食事に何の未練も残さず、二人はさっと動いた。
文句一つ言わず、というか私の了承も得ずに、玄関に向って歩いていく。

「ちょ、ちょっと!私はそんな事頼んでないわよ!」
「いいのよ。雨に濡れたら商品が台無しだわ。二人にやらせておきなさい」

さっきまで尻がどうのと喚いてた奴と本当に同一人物か?

「貴方は命令だけして動かないわけ??」
「あら、どうして私が?」
「……言いだしっぺ」
「式は道具よ。主人の手足となって動くのが幸せなの。瑣末な事で私が動くなんて無駄もいいところ」
「式が何よ、主人が何よ、挙句に道具って何様のつもりよ?貴方達は八雲の家族じゃないの?」
「その台詞」
「………何?」
「貴方の部下に言ってあげなさい。喜ぶわよ」

――だんっ!

ちゃぶ台を思いっきり両手で叩いて私は立ち上がった。
言い返してやろうと口を開いて、そこで言葉に詰まった。
登ってくる感情を、上手く語る言葉を持ち合わせていない。
それどころか何もかも見透かされてるような気がして、敵わなかった。

「……可哀想な人ね」

捨て台詞を残して、私は部屋を出た。
それは私の敗北宣言だったのかも知れない。

―――――

外に出ると、荷車を挟んで二人が大きな青いシートを広げていた。
荷車と荷物を固定していた縄は解けられている。

「待って、か、勝手に始めないでよ〜」

自分でも情けない声だと思ったが、まだ感情が切り替えられてないので、このくらい芝居がかったほうが丁度良い。

「何だ来たのか?別に悪いようにはしないさ、任せておけば良い」
「そうです、藍様はとても賢いお方ですから!」
「いや、でもねぇ……」

どうやら、荷物と縄の間にビニールシートを挟む作業をしているらしい。
まあ、簡単な作業だし、何処か不都合が出るという事もなさそうだ。

「ねえ、貴方達。本当にこの天気で雨が降ると思っているの?」
「あの人が言うのなら、そうなのだろう」
「随分な信頼ね……」

天が高いと、幽々子が肥ゆるとかなんとか。
今も見事なまでの秋晴れで、とてもぐずつきそうもない。
また少し、強くなった風に、金色の九尾がくすぐったそうに揺れた。

「あ、足りないか……これ以外にビニールシートはないし……」
「藍さま!隙間は雨合羽で代用してはどうでしょうか!?」
「いい子だ、とっておいで」
「はい!」

笑顔で下された藍の命令に、橙は二本の尻尾をピンと伸ばして、両手を広げて嬉しそうに家に戻っていった。
ただ、命令を訊く事の何がそんなに嬉しいというのだ……。
私だったらそんなの絶対嫌だ。

「貴方もあの子の事、自分の道具とか思ってるわけ?」
「ずいぶんといきなりだな。紫様が何か失礼でもしたか?」
「貴方達は、紫の手足のように働く道具だって言ってたわよ」
「ほぉ、それは紫様らしい」

悔しがるそぶりも微塵も見せず、藍は作業を続けている。
それがますます私の怒りに拍車をかけた。

「ちょっと、貴方聞いてるの?」
「聞いてる。ただ、手足のように動くってのは結構な誉め言葉でもあるぞ……よいしょっと」
「呆れた、あんな根っからのグータラに扱き使われて悔しくないの?」
「おいおい、人の主人を酷い言いようだな」
「こんな扱い方されてても、まだ、主人の事を嫌いにならないの?それとも何かの義理で傍にいるの?」
「そういう事か……その質問、本当は貴方は私じゃなくて、別の誰かに訊きたいのではないのか?」
「何の事かしら?」
「なんと、気付いていない」
「あいつに、何の義理があるってのよ?式なんて止めてしまいなさいよ。道具扱いよ?道具!」
「私も橙も好きでここにいるんだ。義理なんかじゃないよ」
「……永遠亭に来てもいいわよ?」
「そいつは追い出されたら、宜しく頼む」
「あのねー、少しは迷うフリとかしなさいよね。張り合いが無い」
「不器用さは主譲りなものでね……しかし、なるほど、こうやってお前と話していると、紫様が仰ってた事が良く解るよ」
「またそうやって変な方向に煙に巻く!」

「前に紫様は、あなたの事が素晴らしくも羨ましいと仰ってた」

「え……は?紫が?」
「拷問とも呼べる永劫の時の流れに放り出されて、それだけ感情で動ける人は信じられないと」
「それ、馬鹿にしてるのかしら?」
「いいや、誉めてるのさ。迷い込んだ一羽の兎を月に帰したくなくて、満月まで歪ませてしまった貴方をね」

藍は限界まで絞った縄を、荷車の横の出っ張りに結わいつけて、そこで動きを止めた。

「どうだろう?橙が戻ってくるまで、良かったら少し昔話でも」
「昔話?……って話の流れとちゃんと関係あるんでしょうね?」
「もちろん。紫様と私の過去のお話だよ」

紫の過去ねぇ……。

「いいわよ。ただし、橙が戻ってくるまでなら」
「有難う。それじゃあ少しばかし語らせてもらおうか」

―――――

さて、気が遠くなるほどの昔の話。
紫様だけどね、全然グータラじゃなかったんだよ。

大理石の彫刻でも出せないだろうと言われた、白く均整の取れた美しさと気品。
長い睫が彩る鋭利な瞳は、冷たい輝きで全てを虜にした。
高潔で、聡明で、絶対的な実力を誇る大妖怪。
それが、八雲紫様。

その名声は万里を走り、喧嘩の最中の妖怪達でも、名前を聞くだけで裸足で逃げ出すくらいで。
まあ、どうしてか、そんな大妖怪様にさ、傷ついて迷ってるところを偶然にも式にしてもらったのが私だ。
正直、式になれと言われても、どう対応していいのか解らなかったよ。
どうして自分がと思いながら、ビクビクしながら、彼女の命令をひたすらこなしてた。
戦闘から家事まで、ほとんど紫様が全てをこなしてしまうので、あぶれて回ってくるのは簡単な事ばかりだったのだけど。

そんな日が数日続いて、ある日突然部屋に呼ばれた。
部屋の中で貴婦人のドレスを着た紫様は、椅子に座るような格好で空中に浮かんでおられた。
視線は私じゃなくて窓の外に向けられていたのは、私にとって幸いだったかな。
そこで、こんな質問をされたんだ。

『藍。例えばね、ガラス越しに、羊達を眺める狼がいるわ。羊を食料としてきた狼のくせに今の彼は何とかして羊達と仲良くしたいの。
声を出して呼べば食われると思い隠れてしまう。ガラスを叩けば音に脅えて皆逃げ出す、ガラスを叩き割れば中の羊達が傷つく。
さて、どうやれば、狼は羊達と仲良く慣れるのかしら?貴方の考えを聞かせてくれる?』

これが初めての会話らしい会話だよ。
そして初めて『はい』以外の返事を求められた事になる。
緊張で石になったみたいな気分だった。
クイズなのか、禅問答なのか、何を求められたのかさっぱりだったけどね。

でも、必死で考えた。
今まであの時以上に頭を働かせた事は無いし、働かせる事はもうないだろう。
それこそ、三途の川の川幅を求めろって方がずっと簡単さ。
実際、簡単だったし……あ、いや、それはいいんだが。
さて、迷いに迷った返答なんだけど。

『羊の着ぐるみを着て、堂々と近寄ったらどうでしょうか?』

いや、言うな解ってる。
それなりに若かったんだよ。
だけど、この返答が無かったら、私たちの今の関係は無かったかも知れないと思うんだ。

『え?』
『狼の姿が怖いなら羊の着ぐるみで騙してしまうんです……だ、駄目ですか?』
『ああ、あぁ……そういう意味か……』
『………』
『………』
『す、すみません……』
『……ぷっ、くくくっ……あっはははは、いいえ、いいわ。そうよ、それはとてもいい答えだわ……!』

その瞬間、彫刻のような無表情が弾け飛んで、下からとんでもない笑顔が現れた。
ああ、この人は、こんな素晴らしい笑顔を隠してたんだ。
自分がその笑顔を引き出したんだと思うと、嬉しくて嬉しくて一緒になってずっと笑ってたよ。
この笑顔の為なら、何処まででもついていけると思った。
そんな有頂天なものだから、紫様の目尻に涙が光ってるのに気が付くのに、ゆうに十分はかかったね。
あれは、たぶん紫様の張り詰めてた何かが溶けたんだと思う。

その日以来、紫様は変わられた。
名声を捨て、ひっそりとマヨヒガで暮らす事を選んだ。
料理を私に教えると、すぐに三食全てを私に任せた。
掃除に洗濯も私に教えて、時期に家中の事は全て私に任せた。
睡眠時間も少しずつ増えていって、朝起こすのも私に任された。
戦闘行為も暇つぶし程度しか行わない。
起きても、暇があれば食うか寝るか、たまに話すか。
そんな生活なんで『八雲紫はもう終った』なんて陰口叩く命知らずもいたけれど、しかし紫様は笑っていたよ。

そうやって少しずつ、紫様は私に依存していって、遂には今のグータラになったってわけさ。

―――――

「……というお話」
「へ?終わり?グータラになっただけじゃない。今までの話と何処が関係あるのかしら?」
「あなたにも流れる途方も無い時間に対する、付き合い方のお話さ」
「はぁ……」

「結局ね、心がもたないんだ。心が先に折れてしまう。
紫様はずっと孤独に耐えて来た。圧倒的で変わらぬ存在なんて者には誰もが畏怖しか覚えない。
すぐに自分しか向き合う者がいなくなる、しかも鏡に映る自分は衰えも変化も知らない。
変化のない時間は苦痛だ。変わらぬ自分は一人だけ傍観者のように、近くて遠いガラス戸の向こうの世界を眺めている思いがした。
そこであんな質問をしたんだと思う。破壊や恐怖以外で何とか世界と付き合っていく方法は無いか」

「私にも気持は解らなくもないけど……それで、貴方が言ったのが、時間に付き合う答えなわけ?」
「いやいや、私が話した事はきっかけで、紫様はそこから対策を考えたのさ。膨大な時間へのね」

「例えば、時間と正面から付き合うのは避ける。
あの人に『今日は何日ですか?』って尋ねても、日にちどころか月が把握出来てるかどうかも怪しい。
カレンダーも見ようとせず、ついと外の方を向いて『秋ね』って答えるだろう。
時の流れを懸命に追う事は止めて、眠りにぼやけた頭でゆったりと大まかに全体を把握する。
これが紫様が考えた無限の時間への対策」

「それは、呆けてるんじゃないの?」

「そこから生まれた、だらけた生活サイクルは、誰もが馬鹿にするだろう。
大した人物で無いように見せる事、自らの位置を低くとる事で、周りに脅威を感じさせない。これが紫様の周りへの対策」

「それは、ずぼらなだけに見えるけれど」

「そうやって自分を晒し、完全に他者に依存して、一人では決して生きられぬようにする。
つまり私と紫様の関係だな。切っても切れない関係、紫様が私を道具というのならば生命維持装置だよ。
これが紫様の孤独への対策。そして恐らく貴方も無意識にこれをやってるはずだよ」

「それは……って私も?」

「そう」
「ふーん……それは、私と永琳のことかしら?」
「そうそう」
「紫のレベルと同じにされるのは、とても心外なのだけど。今なんて働いてるのよ?」
「ああ、それは悪かった」

藍は、天を見上げて白い歯を見せて笑った。
そこには何の屈託も無かった。
これだけの笑顔が作れるのなら、彼女と紫との関係も思ったほど悪くは無いのかもしれない。

「ねえ」
「ん?」
「紫は自分で道化を演じ続けてるって事?」
「道化を演じてるうちに道化になったってことかな。もう、昔には戻れないと思う」
「……そりゃ、可哀想な話で」
「それでも、幸せになった」
「何を根拠に」
「幸せじゃないと、あんな笑顔は出来ないよ」

あんな、が何を指しているのか解らなかったけれど、私の頭に一番に浮かんだのは桃を頬張ってた馬鹿面だった。
もうちょっとマシな場面を思い出してやればよかったと、少し可笑しくなった。

「紫様はね、私や橙が恐れずに自分に近づいてくれる事が、とても嬉しいんだ」
「……うん」
「幽々子や霊夢や魔理沙やみんなが、気兼ねなく自分と付き合ってくれる事が、とても嬉しい」
「……うん……あいつらは五月蝿いが」
「そういう紫様のささやかな幸せを守るのが、式としての務めだと私は思っている」
「それは、主君を守る騎士きどりかしら」
「騎士?ああ、それはいいな。シキの順序を入れ替えてやれば騎士だものな」
「説明するとつまらなくなるわね」
「では、今日から紫様を守る騎士となろう」
「ご勝手に」

そこで会話が途切れたので、藍の真似をして私も空を見上げた。
雲の流れが速くなってきている。

「だからさ、お前が永遠の時に身を晒して、尚、それだけ直線的な感情を持っている事は素晴らしい事なんだ」
「今度はいきなり誉めるわけね」
「貴方の素質もあるんだろうが、よほどのパートナーに恵まれたな。あなたをずっと永遠から守ってくれている」
「永琳のこと?あいつは蓬莱の薬の罪悪感で傍にいるだけよ」
「そうじゃないさ、永琳も私と同じだろう」
「……何が?」
「罪悪感でも義務でもなくて、好きで主の傍にいるんだ、そして、それが彼女の永い時から身を守る術にもなる」
「……そうかしら」
「認めてやれ、でないとお互いが可哀想なことになるぞ」
「完全に一方通行な関係じゃない……私は永琳に何を返してやれるのよ」
「笑顔を返してやればいい」
「楽な身分ね」
「でも、難しいだろ?」
「気恥ずかしいからね」

「……そういえば、橙の奴やけに遅いな」
「本当」
「さては、雨合羽を何処に置いたか忘れて、家の中駆けずり回ってるな……!」
「らしくて、いいじゃないの」
「いいや、あいつは落ち着きが無いし大雑把過ぎる。ここは少し怒ってやらないといけない」
「教育熱心ねぇ」
「当然だ!橙のためだからな!式育ては子供の頃が肝心なんだ!」

腕組みをして、しかめっ面を見せる藍。
ふざけてる様に見えるが、これで怒ってる態度らしい。

「あら、来たみたいよ?」
「え?え?」
「藍さまぁぁーーーー!お待たせしましたーっ!」
「うぉ!?……お、遅いぞ!橙〜!」

だけど、ちっぽけな騎士の懸命な走りは、最後には藍の顔を幸せじゃないと出来ない笑顔に変えていた。

―――――

妹紅との合流地点に向けて、私は荷車を引き摺って飛ぶ。
口の中にはおむすびが一つ。
帰り際に持たされたこれは、おひつに残った御飯を掻き集めて、紫が握ってくれたおむすびだ。
しっかりした形なのに、口に入れるとほろほろと塩味が散らばる妙味。
昔は奴にも料理が出来たという信じられない事を聞いたが、今でも頑張れば何とかなるんじゃないかしら。

あと、押し車というか、用途的に引き車よねこれ。
前後逆にして引っ張ってるのは、こちらの都合だけどさ。

色々と為になる話を聞いた気もするし、暇つぶしに付き合わされただけのような気もする。
ただ、時間だけは大幅に遅れてしまった。
妹紅、怒ってるだろうな。

身体の疲れは、だいぶ取れていた。
私は速度を上げて、妹紅の元へ急いだ。

―――――

「な、何よそれ?」
「あ、えーと……雨が降るから!防御してきたのよ!」

逆光で真っ黒に見えるけやきの木に寄りかかって、妹紅は待ちぼうけていた。
それほど待たされた事には不満を見せなかったが、青いビニールシートと、端の隙間に詰め込まれた雨合羽には、さすがに仰天した。

「雨って、あんたも雨が解るの?」
「わ、解りますとも」
「へぇ、私はてっきりマヨヒガで聞いてきたのかと」
「うっ」
「いいや、だったら話は早い、見てよ」

妹紅が指差した遠く先の山に、黒い綿飴みたいな雲がかかっている。

「大雨が降るよ。すぐにでも永遠亭に帰ろう」
「へ?」

ゴムひもを腰に結わいつけて車を引っ張りだした妹紅を、慌てて私が身体ごと押さえる。

「ま、待って!待ってってば!どういうことよ!」
「帰るんだよ。風も強くなってる。嵐の中飛ぶなんて馬鹿のすることだ。あ、具体的にチルノとか魔理沙とか」
「せっかくこうやってシートまで被せたのに、ここで引き上げるの!?」
「ああ、それ?帰り道に雨に打たれるときの事を考えた、いい予防処置だと思うけどね」
「でも、今日の納期のがまだ済んでないじゃない!」
「後で謝るしかないだろう。例え強行したって結果は同じさ。とても配達なんて出来る状態にならない」
「妹紅らしくないわよ!」
「そっちこそ輝夜らしくない。何をそんなに意地になっているの?」
「だから、それは……」

だから……何だろう?
戻れば楽になるじゃないか。
どうして戻らない?
ああ言った手前、マヨヒガの連中に後ろめたいからだろうか?
永琳の配達を最後まで手伝うと、一度決めたからだろうか?
何が気になっているのだろう、自分はもっと解りやすい人間だと思っていたが……。

霞がかかったように、もやもやしてすっきりしない頭を振る。
少し頭痛がした。

「妹紅。私は帰られない、帰りたくないの。最後までやり遂げたいのよ」

帰ったら、今日してきた事が、聞いてきたことが台無しになる気がする。
何かが胸の奥で、形を成そうとしている。
掴みかけてるものが、確かにあるんだ。

「おい、輝夜。理由になってない」
「ごめん、私、諦め悪いから」
「諦めの問題か?」
「妹紅はもう十分働いたから気にせず帰ればいいわよ。私の分が配分的に残りだし」

そう言って、ビニールを捲って中身を確かめる。
最初の四割程度まで減ってる、残ってるのは、瓶詰めの薬が殆どだ、雨には強い……と思う。
反対方向へ向けて、荷車を引き摺り直す。

「本気か?嵐が来れば飛ぶだけで精一杯だ、とても、こんなものは引き摺っていられない!」
「何とかなるわよ、きっと」
「解らずや!」
「あー、私って殺しても殺せない奴を何度も殺したがるほどに、諦めの悪い解らずやですよ」
「そうかい、もう勝手にしろ!!私は絶対手伝わないからな!」

妹紅が背中を向けて飛び立とうとした。
……が途中で止めて、思い直したように振り向いて荷車に歩いてくる。

「何やってるの?」
「これは、私の残りの分だから」
「私のだって言ってるじゃない。私働き悪かったし」
「あんたのじゃない。元々そんな予定は無かった。正直、期待すらしてなかったさ」

妹紅の風呂敷に乱暴に詰め込まれる薬達。
その後で妹紅は地図を取り出して広げると、次々と×印をペンで潰していき、残った×印は丸で囲んでいく。

「ほら!残りは丸の部分!」
「あ、うん……え?そうなの?」
「私は慧音と楽しくお茶でも飲んで過ごすよ、意地っ張りなあんたは川にでも流されてくたばっちまえ!」

そうして風呂敷を抱えると、今度は本当に飛び立った。
私は一応手を振って見送ってやる。
あいつはこっち見てなかったけど「ばーかっ!」と大きく叫んでた。

地図を見ると、私はここから北西にだけ向かえばよい事が解る。
だいぶ楽になったわね。
まず、蓮の池の周辺を目指そう。
あ……あの辺りはブン屋きどりの天狗がいるんだっけ。

に、しても。

「雨、降るんだろうか?」

―――――

物凄い風と共に奴はやってきた。
可愛いわたあめは、やがて真っ黒な怪獣へ変貌し、天を我が物顔で己の黒に塗り潰した。
光を食らった後は、お返しにと地面に雨を叩きつけ始めた。

とことん、やな奴……。

「……って嫌だとかそういう……う、うおぉ」

雨が完全に風に乗せられていた。
真横から吹き付ける雨は、まともに目も開けていられない。
この強風なら、鈴仙みたいに弾が曲がるかしら?
いや、結構です。

私は普通に押し車を押して、蓮池の周りを歩いて迂回していた。
空を飛んでも風に抵抗するのが精一杯、何より私が押さえつけてないと、荷車が引っくり返りそうになる。
泥濘に嵌った車輪が、また動きを止めた。

「くぁっ…!ま、またなのぉ!?」

周りは、ばたばたとかぱたぱたとか、形容しがたい低い打楽器みたいな音に包まれている。
音の犯人は池に群生する大蓮で、雨を葉で受け取るたびに、一つ一つでかい音を返しやがる。
……ぱたぱたぱたぱたぱたぱた、お前らうるさーい!ポケ○ンみたいに連呼すんな!こっちは困っ……あ、抜けた。
この位気合入れないと、大泥濘に勝てないって事か。
勉強になるわねぇ。

気温は一気に下がっていた。
汗は雨が全部流してくれたが、代わりに泥まみれにされた。
少し下がっているところなどは、もうくるぶしの高さまで水が溜まっている。

そんな中一つずつ配達をこなしていく。
見知った顔は無かったが、どいつもこいつも化物でも見るように、ずぶ濡れた私を眺めてた。
それでも親切な奴はいるもので、タオルを貸してくれたりする。
顔だけ拭いて仕切りなおす。

伝統の幻想ブン屋。
射命丸文の家の表札が見えてきた。

―――――

「はーい、どなたー?……ぬぁぁっぁああ!?」

玄関を開けた私を見た瞬間、天狗娘はきりもみ回転しながら後方に吹き飛んだ。

――ばんっ!

受身はとるのね。

「永遠亭から薬の配達に来たんだけど」
「うぇえ!?ええぇ!?うううう、嘘ぉ!?」
「いや、だから配達ですって」
「何これ!?特ダネが歩いてきた!?この嵐の中で伝説のニートさんが配達!?チルノでさえ池の蛙あきらめ、ええぇ!?」
「……解った、いいから判子もってこい」
「わ、わ、わ、解りました!少し待ってて、あ、帰らないでくださいよ!例え幽霊でも消えないで下さい!お願い!」

ぐしょぐしょのまま玄関に突っ立って、待つ。
靴箱の上の土壁に『風神少女健在!』と筆で書かれた半紙が押しピンで止められていた。
あんた自分の家にこんなもん飾っちゃって……どれだけ自己主張激しいのよ……。
達筆なのが余計虚しい。
友達いないんだろうか。

「はい、持って来ました!ええと、まず最初に訊きたいのはですね、どうして働こうと思ったんですか?」
「そうね、こうなったのにも色々と訳があるのよねー、って誰がメモ帳もってこいっつったよおい!判子だろ!?」
「では、ニートを卒業した今の気持ちを一つ!」
「聞けよ!」
「質問を変えましょう、巷では貴方と妹紅さんと慧音さんの三角関係が噂されてますが、これについて何かありますか?」
「うーん、それより鈴仙と永琳と私の微妙な三角関係の方がきになるわん……って乗せるな!」
「なるほど……ところで、てるよさん、風神少女っていい曲だと思いません?」
「全然関係ね……あ、てるよって言ったな今!」
「よしっ、これで、あらかた貴方の事は解りました!」
「解るわけがねえ!」
「いける……!書けます……!書きますとも!今なら一世一代最高に最高のベストオブ号外が出せるーーー!!!」

そのまま後ろに気絶した。
両手を前に広げて、最高の新聞を書き上げたぜ!という顔をしていた。

こいつはもう駄目だと思った。

―――――

射命丸文。
一言で言うならエロティックルネッサンスである。

肩の辺りに揃えられた黒髪は、僅かなウェーブと見せかけて実は只の癖っ毛。
幻想郷を飛びまわる快活さは、一番近いものではバンビのように。
地に下りれば、天狗靴のおかげで、すらりと伸びた脚から腰のラインが際立つ。
その姿は我々が忘れていた、奥底に眠る萌えの魂を揺さぶった。
そして、彼女の真価が最大限に発揮されるのは、やはり飛行時だ。
グレーっぽい!いや白だね!……でも、あれ実は逆光で見えてなくない?と幻想郷中が泣いた日もある。
そんな中で、一人だけ『色なんて関係ないだろ?……あいつ、あれでドロワーズ履いてるんだぜ?』と諭してくれる人がいた。

その日、ただの腋フェチだと思ってた魔理沙の評価を皆が改めた。

「す、すみません、わざわざ部屋まで運んでいただいて」
「問題ないわ、ドロワーズ」
「ドロワ!?あ、そうです。泥といえばそのスカートですけど凄い有様になってますよ?」
「心配しなくていいのよ」
「い、いや私の部屋が汚れますのでなんとかして……」
「問題ないの」
「はい……」

それにしても殺風景な部屋ねここ。
天狗とはいえ年頃の女の子なのだから、もう少し色を出した方が。

「はっ!いけない!こうして寝てる場合じゃなかった!新聞の原稿を書かないと!」

文は全身をバネにして跳ね起きて、机にかじりついた。
彼女が右手を上げると鴉がペンを持って、手の元へ飛んで来た。

「もう少し寝てた方がいいんじゃない?ぶっ倒れて後頭部強打してるんだから」
「明日の朝!号外をばら撒くんです!」
「あ、何か気絶する前にも、そのような事を……」
「天狗の寿命でも、こんな特ダネ、一生に一度出会えるかどうか、ああ、富くじで一等当てるより難しい!」
「まさか、ネタって私の名前を出すんじゃないでしょうね?」
「やだな、違います。ちゃんと偽名にしときますから」
「出すんじゃねえか!」
「マウンテンテルヨさん(仮名)でいいですか?」
「色々突っ込みたいところ山盛りだけど、蓬莱は何処いったの!?」
「あ、確かに蓬莱が抜けてますね……いいや、輝夜さんのインタビューのところで文頭にホラーイってつけてごまかしちゃえ」
「ごまかせてねー!私はどこぞの自動人形かぁあああ!!」

喋ってる間にも、文は、白い紙の上に定規を置いて線を滑らせていく。
一際大きなマジックの蓋をきゅぽんと抜いて、そこで首をひねった。

「あ、実名出せないとなると見出しが問題ですよね〜、う〜ん」
「……もう大丈夫みたいだったら、私行くけど?あ、注文の薬ここに置いとくね」
「な!?そ、そんな!も、もう少し付き合って下さいよ!」
「どうして、私が貴方の新聞作りに付き合わないといけないのよ」
「え、ええと……お菓子と日本茶!あと手拭い山ほど持ってきますから!」

返事を待たず、文は駆け出した。
部屋を出るとき柱の角に全力で足の小指をぶつけた。
低く呻いて踊ったが、すぐに走るのを再開した。
なかなか根性あるわ。

それにしても、こいつは如何してこのように新聞を書きたがるのか。
あの熱意は何処から沸いてくるのだろう?

……私も体力を回復しておいた方がいいし、少しだけなら付き合ってやろうかしら。

「お待たせーっ!はい、どうぞ、玉露と銘菓天狗まんじゅうです!」

鼻が……なげぇ……
何その卑猥な饅頭。

「こちらが手拭いです、ご自由にお使いくださいませ!」

ふむ、苦しゅうない。
そして口にした天狗饅頭の鼻にはクリームが詰まっていた。
色々とヤバイ。

「さあ、始めましょう!最高の新聞作りを!」
「すぐ、配達に出て行くけどね。長い間雨宿りってわけにもいかないのよ」
「今日中の納期ってことですか?」
「そういうこと」
「だったら輝夜さんの永遠としゅ、しゅ?しゅ……何でしたっけ?」
「永遠と須臾よ」
「それ、その能力を使って時間を引き延ばせばいいじゃないですか」

………。
やべ、盲点だった。

「だ、駄目よ、そ、それは出来ないわ」
「どうしてです?」
「だ、だって薬の配達に自分の都合でそんな能力を使ってしまうと……そう、皆が迷惑するでしょう?」
「おお!」

苦し紛れの発言だったが、天狗娘はどうやら感動したらしい。
拳を握り締めて感涙の構えだ。

「うぅ、私、知りませんでした。輝夜さんが、こんな立派な人だったなんて。百聞は一見にしかずですね……お恥ずかしい」
「わ、解ってもらえて嬉しいわ」
「では、気を取り直して見出しからいきましょう!名前出さなくても輝夜さんのことだとすぐ解る最高の言葉が見付かりました!」
「っていうか私だと解ったら偽名の意味がないっての!」

マジックが区切られた縦長の四角を埋めていく。

『難題!?ニート卒業!』

―――――

付き合ってみると、案外暇である。
文は全く休む事もなく、ペンを走らせ続ける。
たまに、私に質問が飛んでくる。
適当に答えてやると、また机にかじりつく。

疲れてたので、畳に大の字になってみた。
畳もぐしょぐしょになった。
カビが生えるかもしれないが、他人の家なので問題はない。

「ねえ、新聞書くのってそんなに楽しいの?」
「……」

この子、振り向きもしないじゃないの。
手が忙しなく動いてなかったら、また気絶でもしたのかと疑うところだ。

「貴方は自分の文章で、人に感銘を与えたいわけ?」
「感銘は違いますね。新聞の目的とは早く確実な情報の提供であり、みなさんとの世界の共有です」
「でもまー、自分の文章を読んでもらいたいわけでしょ?」
「もちろん。ですが、その人がいらない情報と判断するならば、そこで読むのを止めてもらっても結構」
「……は?」
「読ませる事ではなく、必要な情報を伝える事が目的なのです。だから新聞は逆ピラミッド型の文章とか言われてますよね」
「何よそれ?」
「見出しと最初の数行に全ての内容をぶち込むのですよ。そこを読んだだけで事件の概要が伝わるように」
「ほぉ……後に残った長ったらしい文章は何なの?」
「飾り」
「飾りぃ!?」
「あはは、嘘。見出しで気になる事件でしたら、是非、続く詳細も読んでくださいね」
「まー、私あまり貴方の新聞読んだこと無いから良く解らないわ」
「そいつは残念……今後も精進します」
「………」

「ねぇ……楽しい?」

「……さっきもそれ聞きましたよ」
「だって、答えてくれなかったじゃない」
「自分にも良く解らないんですよ」
「貴方、楽しいかどうかも解らないのに続けてるの?」
「楽しい時もあるし、苦しい時もあるし……一人で全部やると、どうしても情報の速度が……お金があればもう少し楽できるんですけど」
「収支はどうなってるのかしら?紙代やインクや印刷代だってタダじゃないでしょ?」
「一応号外は無料で配ってます。お金払って読んでくれる人もいませんし。それと寄付金はいつでも募集してますよ、そこに」

『文々。新聞 寄付金箱』

「入ってるのあれ?」
「入ってます」
「へぇ、凄いじゃない!」
「誰も入れてくれなくて寂しくて、私の貯金箱にしてるんです」
「自作自演じゃねえか!」
「いやぁ、あはは……っと、そろそろ質問に戻ってもいいですか?」
「いいけど……」

また、幾つかの質問を私に浴びせると、文は机の方に向き直した。
こうやって原稿に向ってる時の彼女の顔は、楽しそうには見えない。
辛そうにも見えない。
ただ真剣な顔をしていた。

この子は何の為に書いているのだろう?

どうにも引っ掛る。

お金は減る一方。
作業は苦しくもある。
しかも彼女の新聞を読んでくれてる人は、私が知る限りじゃ相当少ない。
趣味としても仕事としても成立ってないんじゃないか?

「……止めちゃおうとか思わないの?」
「思いません。どうしてですか?」
「だって、ほら……」

さすがに皆読んでないぞとは言い辛い。

「私……皆さんが私の新聞をあまり読んでくれてないことは知ってます」
「え?」
「評判が大した事無いのも解ってます。道に捨てられてインクが滲んだ自分の新聞……何度か見た事あります」
「………」
「だけどね、輝夜さん、どうしても私は止められません」
「だから……どうして!?」
「私の新聞を、待ってくれてる人が一人でもいるなら!」

『いつも助かるわ、ありがとうね』

「あんな最高!私は他に知らないから!」

炎の中にルビーが光っていた。
振り返った射命丸文の瞳は濡れていた。
雨の中、ほの暗い部屋の中で、とても綺麗な宝石が光っていた。

何だ、こんな簡単な台詞だったのか……
私の胸の奥に引っ掛ってたものは、ようやく形になった。

―――――

屋根を打つ雨音が強まってたから、ある程度覚悟してたけど。

「げ……」

外の状況は最悪だった。

「輝夜さん、この中を本当に配達をするんですか?」
「するしかないでしょ……」

風に力任せにもぎ取られた木の枝が道に転がっている。
もう、雨と風の唸りしか聞こえない。

「私にも手伝わせてくれませんか?私、天狗ですから風には滅法強いです!」
「いいや、貴方には明日の新聞があるでしょうが」
「でも、特ダネだと思って引き止めたのは私ですし!」
「止まったのは私の意志。気に病む必要は無いわ。それに体力も回復させてもらった事で、お相子よ」
「私なら風なら逆に利用して速度を上げることが出来ます。ですから」
「本当にいいのよ。大丈夫だから」

押し車は軒下に重石つきで止めていたが、雨風は殆ど防げていない。
商品に傷がないかだけ、ざっと確認すると、私は押し車を手に取った。

「あ、それはここに置いていってください。責任持って私が預かりますよ」
「え?この荷車を?」
「はい、見れば配達商品も残り少ないですし、これなら、荷車使わなくても背中に背負えると思います」

そうか、このくらいなら、もう荷車で運ぶ必要はないのか。
………。

「止めとく」
「ふえ?」
「最後の人に商品を手渡すまで、こいつと一緒に進むわ。これには私だけじゃなくて、永琳や、鈴仙や、妹紅の気持ちも乗ってるの」
「か、輝夜さん……ぐすっ」
「いや泣くような場面じゃないから」
「輝夜さん!私、最高の号外書きますから!」
「はい、はい、じゃあまたね!」

押し出すと、追い風では驚くほど前に進んだ。
楽そうに思えたが、気をつけて踏ん張ってないと、逆に危ないわね。

「輝夜さんが墓に持って入りたいくらいの、最高の新聞を書きますからねー!」

……また、そうやって落とす。

「死なないってのー!」

―――――

歩く事がこんなに辛いなんて思わなかった。
立っているだけでも、風雨は体力を奪っていく。
外傷はあっという間に塞がる私でも、内から来る疲労だけはどうしようもない。

荷車を押しているのか、私がしがみついているのか、良く解らない状況のまま一軒ずつ回っていく。
仕事をこなしていく。
数は確かに減っていった。
あと少し。
ほんの少し。
しかし、その後少しが無限の距離に感じられる。
空さえ、空さえ飛べたら……。

ここまで、気力を振り絞って頑張ったつもりだ。
だけど、膝がもう笑っていた。
荷車を盾にして、強烈な向かい風の中で一息つく。

最後に残った箇所は余りにも遠い。
密集してる時には感じなかった目標の遠さ。
それが自分を萎えさせる。

どうすればいいのかしら。
こんな身体なので死ぬ事は無いが、限界が来ればやはり動けない。
動けなくなる前に、何か考えないといけない。
荷車を捨てようかとも考えたが、それは心が咎めた。
風が防げそうな大きな木蓮の木に、這うように移動する。
あの裏で……とにかく、少し休んで……

「あ……」

雨の中、空に強烈な輝きがあった。
神秘的で美しくて、太陽みたいな光。
懐かしくて、暖かくて、憎たらしい、真っ赤な炎。
火の玉は段々と大きくなり、鳥の形に近づいていく。

「ずいぶんと遅いのね、輝夜」

ポケットに両手を突っ込んだまま、そいつは降り立った。
青と銀がない交ぜになった髪が追い風で前に散らばる。
背負う鳳凰は今まで見た事が無いほど大きく、髪の一本一本まで炎を湛えている。

「あんた……何しにきたのよ……私を笑いにでも来たの?」
「どうかしら」
「だったら、敵に塩でも送ってくれるの?」
「それは、やだね」
「じゃあ、止めを刺しにきた」
「ああ、それは面白そう」

軽口を叩いていたが、妹紅の顔は怒っていた。
昔、本気で殺しあってる時、殺せると信じてた時、妹紅は確かこれと同じような顔をしていたと思う。
あの頃は、煮え滾る瞳に殺意を乗せていたけれど。

「私は雨もあんたも大嫌いだ」
「言わなくても知ってるわよ……」
「だけど、あんたが倒れたりすると、私は悲しい」
「…………は?」

言葉を理解して、一瞬で顔が沸騰した。
や、やめてよね、そういう告白は、その、私は興味、だから、あの、時と場合を……

「殺し合いの相手が倒れてたら暇でしょうがない」
「そっちかい!!!」
「そっち?」
「い、いや気にするなもこたん……」

雨が鳳凰の羽に触れて気化していく。
この大雨の中では、妹紅の消耗も激しいはずなんだけど。
たためばいいのに羽。

「ねえ、この雨で鳳凰出しっぱなしじゃ、そのうちぶっ倒れるわよ」
「どっちがぶっ倒れそうなんだか。はぁ、こんな雨如きに、私の火が消せるもんか」
「意地っ張り」
「あんた程じゃない」
「本当に消えるわよ……?」
「消えないよ。この私の炎を鎮めることが出来る奴は、この世界に一人しか知らないね」

妹紅は口の端を曲げて私を挑発した。
言うじゃない。

「……ふん、あんたの炎なんか後で消してやるわ。今は仕事が残ってるから」
「どうして……永遠亭に戻らない」
「いや、本当はね、もう帰ってもいいんだ。探し物も見付かったし」
「探し物って、おい?」
「だけど、やっぱり、やり遂げてみたいじゃない」

立ち上がった、ちょっとふらついた、だけど足にしっかりと感触が戻っていた。
こんな奴でも使いようね。
馬鹿は馬鹿なりに元気をくれる。
丁度、妹紅が立つ場所が良くて、殴りつける雨と風を防げたのも幸いした。

荷車に向うと、何故か妹紅も私と平行になるように横歩きで付いて来た。
なんだ、何してんだ?
試しに右に移動してみた、鏡みたいに妹紅も私の方向へ動く。

「妹紅……ひょっとして風雨から私を守ってくれてるの?」
「か、勘違いするな!誰が輝夜なんか守ったりするものか!あんたが偶々私にくっ付いて来てるのよ!」
「そっか……」

好きにさせておくか。
ここを出れば、また私は一人なのだし。
甘えておこう……。

ところが、妹紅。
私が荷車押し始めても、まだ風上に張り付いてくる。

「ちょ、ちょっとあんた露骨過ぎるわよ。いいわよ、其処までしてくれなくても」
「なんとなく、そちらに向って飛びたい気分なの」

今度は照れもせず、堂々と言い訳を口にした。
逆にこっちが照れた。
こいつ、初めからそのつもりで来たのか。

それにしても、中空に浮かぶ鳳凰は、爆発的な煌きを見せている。
私が今まで戦ってきたのは一体何だったわけ?

「たいしたもんね、今の妹紅となら、地の果てまでいけそうな気がするわ」
「……ぞっとしないね。一人で行きな」

―――――

向かい風なら私の前に、追い風なら私の後ろに。
翼は吹き荒ぶ風を吹き飛ばし、炎は突き刺す雨を天に還し、青く暗い世界を赤光が叫びを上げて突き進む。
ゆらめく鳳凰の翼も、燃える銀色の髪も、ただ美しかった。

押し車を押すのは止めて、私も低空飛行に戻り、限界まで速度を上げる。
もう、妹紅が無理をしている事には気付いていた。
あの尋常じゃない炎は、天から降る無限の脅威に対するあの子の最後の武器であり、意地なのだろう。
長くはもたないと思う。

帰れと言ってやりたい。
だけど、言ったところで、こいつは絶対に帰りはしない。
あの時、私が帰らなかったように。
だったら、私は私の意地を見せるだけだ。

目標、幻想郷と人間界の境目。
残すは博麗霊夢、ただ一人。

―――――

「あ……」
「………」

目的地を目の前にして、私は今まで完全に忘れていた事を思い出した。

「そっか、ここは石段だっけ……」

他に通れそうな道を探したが、どうやら、ここしかない。
空からなら四方八方から入られるが。
神社ってどうしてこんな大層な石段作るんだ……。
せめて、坂道なら良かった。

「輝夜、どうする?荷車で階段はさすがに無理だぞ」
「大見得切っちゃったのよね、天狗にさ……荷車付きで最後まで行くって」
「まぁ、そんなとこだろうと思ってたけど。馬鹿だねーほんと」

最悪な事にこの石段、丁度上からきっつい風が吹き降ろしてくる。

「登れないかしら……荷車で」
「一応無理とは言った」
「一応?」
「好きにすればいいんじゃない?私はここを偶々飛んでるだけの見物人だからね」

石段の一番下に、車輪をつける。
ぐいと思い切り持ち上げて、斜め上に押してみた。

「ふぬぬぬぅー!」

車輪が回って、ガコンと一段上に上がった。

「……おお!いった!?」
「後、何十段あるんだよ……ついでにこんな体勢じゃ、あんたが手を離すと下まで落ちるわよ」
「いや、でも……あのくらいならきっと!」

見上げてうんざりする。
きっと無理。

「ええと……やれるかどうかじゃなくてやるのよ!!」
「解った解った、付き合ってやるよ」

妹紅は階段の真ん中辺りに飛ぶと、そこで大きく翼を広げた。

「さぁ、来いよ!輝夜!」

「野次馬がえらそうにーっ!」

妹紅の存在は有難かった。
あいつが見てる前で無様に倒れるわけにはいかない。
だから前に進められる。

踏み込んだ左足が、痛んだ。
靴の中で肉刺でも潰れたのかも知れない。
深く考えず車を前に押す。

一段、一段。

だいぶ登った。
手の感覚が薄れていく。
疲労は限界まで来ていた。
もう、何時倒れてもおかしくない。

ここで私が手を離してしまったら……妹紅はどうするだろう?
私はともかく……荷車なら守ってくれるかしら?

見上げてみた。

妹紅は石段の真ん中で目を瞑って立っている。
ポケットに両手を突っ込んで、そこで、じっと私を待っていた。
こいつは私が登ってくるのを信じてるんだ。

「妹紅のくせに、かっこつけるなーっ!!」

その言葉に妹紅が口だけでふざけた笑みを返す。
進む気力が勝手に沸いた。
限界だと思ってた身体が動き出す。

歩く、歩く。

ふらついた。
荷車を押さえ込む。
ここが、ようやく真ん中。
妹紅が飛び立つ、今度は最上段へ。
白く燃え盛る鳳凰は、ここがゴールだと目一杯手を広げた。

妹紅の下へ少しずつ登っていく。

荷車が軋む音。
車輪が上がる音。
手ごたえが、残りの道が僅かなのを教えてくれる。

足が利かなくなった。
それでも倒れずに留まった。
倒れたら二度と来られない事は解かっている。
どうなろうが倒れるわけにはいかない。
あと数歩のところで立ち往生。
じりじりと地面に擦り付けるように足を動かした。
だけど、どうしても足が上がらない。
こんな所が限界なんだろうか……。

「上を見ろ輝夜っ!」
「ごめん……妹紅……動けないの……」
「上を見ろっ!永遠亭がそこまで来ているぞ!」

永遠亭が?

嵐の中を何かが飛んでくる。
二人で一つの固まりになって流されながら飛んでくる。
ピンクと黒とふわふわとしわしわの。

「姫さまぁーーー!」
「い、因幡……?」
「輝夜さまーっ!」
「鈴仙……!なんで?どうして!?」

風に流されて中々近寄ってこれない。
二人は肩を組み、ふらふらと無秩序な軌道で、一生懸命飛んでいる。

「馬鹿っ!何やってるのよ!」
「師匠からー!伝言を預かっていますー!!」
「で、伝言!?」

どういう流れで伝言なの!?

「てゐ!準備はいい!?」
「アイサー!」

それを合図に、二人が横に分かれた。
その間に橋の様に横断幕が垂れ下がる。
何かが書かれて……

『輝夜様 最後まで ガンバッテ』

「……伝言ってまさか……それ?」
「ガンバレ姫さまぁー!」
「ガンバレーーー!!」
「ははっ……あははっ」

二人は力いっぱい横断幕を上下に振りながら声援を送ってくる。
この嵐の中、なんて無謀な。
永琳も、鈴仙も、因幡も、もう少し何か無かったのかしら。
馬鹿ばっかり。
中でも一番の馬鹿は私かしらね。
だけど、永琳、気持ちは確かに受け取ったわ。

「やってやるわよー!うりゃぁぁああ!」

私と、妹紅と、鈴仙と、因幡と、そして永琳。
五人の気持ちを乗せて荷車が動き出した。
ガコンガコン音を立てながら。
頂上へ。
ゴールへ。
駆け上がる。

「着いたーっ!はぁ、はぁ……あ?」

「まったく、騒がしいったらありゃしない。嵐より嵐ね」

気が付くと妹紅の炎の隣に、紅白の巫女が傘も差さず仁王立ちしていた。

「お疲れ様」
「貴方いたのね……」
「薬、勝手に受け取るわよ?」
「ちゃんとお金払いなさいよ……月末に」
「あればね」
「なくてもなんとかしなさい」
「考えとく」

鈴仙と因幡が、ようやく降りてくる。
妹紅も鳳凰を引っ込めて、地面に膝を折って崩れた。

「……ありがと。また頼むわ」

その言葉に、震えるような達成感と感謝を覚えながら、私の視界はフェードアウトしていった。

―――――

私はどうやら永遠亭に戻ったらしい。
大量のタオルが、八方から襲い掛かってくるところが目覚めだった。
まるで英雄の凱旋のように、私は兎達に迎えられた。
永琳が鈴仙の肩を借りて出てきて「お帰りなさいませ」と一言だけ言った。
「ただいま」とだけ返しておいた。
それ以上何も訊かれなかったし、今はそれで十分だった。
妹紅の姿は、ここに無い。
でも、心配しなくても、あいつなら上手くやってるだろう。
とにかく疲れた。

暖かい風呂に入り、汗を流し。
寝間着に着替えたら、暖かい食事を取って。
最後に、暖かい布団の中に飛び込むと、私は泥のように眠った。

そのまま、朝まで目覚める事は無かった。

―――――

「ええぇぇぇええ!?辞めちゃうんですかあ!?」

朝日が注ぐ縁側に、私は鈴仙と一緒に座っていた。
手元には日本茶。
空からは雀の声。
永遠亭が朝に動き出す音。
昨日の嵐のお方付け。

鈴仙だけが一人特別うるさい……。

「だから、そう言ってるじゃない」
「き、昨日の物凄い頑張りは何だったんですか!?お仕事の達成感あったでしょう!?」
「あったけど、それより大事な役目に気がついたし」
「ええと、役目って何です?」

「こら、ウドンゲ。朝から輝夜様を困らせない」

「永琳、どう?元気になった?」
「はい、おかげ様で。しかし、過労も馬鹿にできないものですね、今後気をつけます」
「そう治ったの。それは良かったわ」
「で、でも師匠聞いて下さいよ。輝夜様働かないっていうんですよ。師匠からも何か一言」
「ウドンゲ。いいのよ。姫には姫の役目があります。それに、永遠亭の象徴が毎日働いていては他の者が不安がるでしょう?」
「そうかなぁ?納得いかないなぁ……不安なのは働かない事だと思うのに……」
「ほらほら、仕事は溜まってるのよ」
「はううっ、なぜ皆で私の意見を蔑ろにしますか〜」

合点がいかぬ表情を見せる鈴仙を引っ張って、永琳が仕事場へ向う。
あ、そうだった。
とても大切な事を忘れてたわ。

「鈴仙、永琳。ちょっと待ってくれる?」
「はい?」
「……その、あー……」
「何でしょう?」

「二人とも、いつもお仕事頑張ってくれて助かるわ。ありがとうね」

九十点くらいの笑顔は出来たと思う。
相当に恥ずかしかったのだけど。
鈴仙は唖然とした後、真っ赤になってあたふたしていた。
永琳は軽くお辞儀をすると、また不安定な鈴仙を引っ張って動き出した。

「……ウドンゲ、あれが姫の役目」
「あれがですか?」
「そう、あの人の笑顔が、永遠亭に遣り甲斐と元気を下さる」
「はぁ……そんなもんなのでしょうか?」
「そんなものなのよ」
「確かに、凄い暖かかった気がしますね……えへへ」
「ところでウドンゲ。悪いけど、ハンカチあるかしら?」

会話はそれ以上聞こえなかった。
鈴仙が興味深そうに、顔を隠す永琳の周りをぐるぐる回っていた。
しばらくしてから、また声が聞こえ出した。
喧しいくらいの。
「な、な、泣いてます!?泣いてるんですね!?師匠の泣き顔なんて初めて見ましたよ!あ、てゐー!こっちこっち……ごぶはぁ!?」

最後に物凄いパンチを食らって鈴仙が飛んだ。
あれが永琳の月の拳だ。
因幡が慌てて駆け寄ってきて、鈴仙の脈を取って首を振った。

駄目らしい。

とりあえず、静かになった。
冷たい空気が肌に気持ちいい。
早起きもいいものね。
雀の声にでも耳を澄ましてみる。

――ちゅんちゅんちゅん……ちゅちゅちゅん……ニートォ……

ふん、解ってたっての。
私は心が強くなったのよ。
もう、悔しくもなんともありませんよーだ。

――ちゅんちゅんちゅん……ちゅちゅちゅん……ナイチチィ……

「殺す」

靴を飛ばす。
もんぺが避ける。
だけど、もう片方の靴が刺さる。
もんぺが卑怯だぞと叫びながら落ちてきて蘇る。

今日もこうして私の賑やかな永遠が幕を開ける。
負けるか、一生毎日を楽しんでやる。
これが私の時間との付き合い方だ。

「さあ、宴を始めようか!今朝の弾幕はそこのナイチチのトラウマに……あ、先に竹林に移動?」

そうだね。

―――――

「号外ー、号外だよー。幻想郷一早くて確かな真実の泉『文々。新聞』の号外だよー!」

縁側で橙とあや取りをしていたら、姿が見えないのに遠くで声が聞こえた。
やまびこのように元気な声が、朝のマヨヒガに響く。

「藍さまー。ぶんぶん新聞って何ー?」
「胡散臭い天狗が配ってる新聞さ」
「紫様よりも胡散臭いですか?」
「……ちぇ、橙……紫様の前では絶対そういうこと言うなよ?」
「え、藍さまが、前に言ってたじゃないですか」
「そこは特に言うな……忘れてくれ頼む」

メガホンでも使ってるんじゃないかという大きな声が近づいてくる。
一歩間違えば騒音公害。
つむじ風を巻き起こして、妙ちくりんな靴が目の前に着地した。

「いつもご愛読ありがとうございます!今回は号外をお届けにあがりました!」
「私が愛読してるような言い方をするな。紫様が読んでるだけだ」
「そうなのー?」
「紫様はずぼらだから、こんな情報が遅い新聞でも有難いんだとさ」
「色々とずいぶんですねぇ……して、紫さんはどちらへ?」
「寝てるよ」
「がーん!しまったこの時間は早すぎたぁ!」
「別に、私が渡してやるから、それでいいだろう」
「やっぱり愛読者の方には、手渡ししたいじゃないですか?」
「だったら起きるまで待ってるか?」
「うーん、駄目かも……今日は忙しいんで……すみません。幻想郷中が私の新聞を待ってますから。感想お待ちしてます、ではっ!」

九十度のお辞儀をしたと思ったら、そこには風だけしか残っていなかった。
さすがに最速の妖怪というだけはある。

「どれ……お、今回は珍しく情報が早いな……というか早すぎないか?」
「藍さまー。紫様にもっていかなくていいの?」
「ああ、枕元に置いておくよ」

「しかしまぁ、嵐の次の日のトップ記事が、嵐じゃなくて輝夜とはねぇ……」

とは言え、それだけ大事ではあるか。

紫様の寝室の前で控えめなノックをする。

「紫様……」

反応が無いのを三度確かめて、中に入る。
紫様は寝ていた。
あどけない少女のような顔で寝ていた。

「文々。新聞……今度は号外だそうです。枕元に置いておきますね」

静かな寝息を立てて寝ていた。
わざと少し大きめな声を出したけれど、反応は無かった。
たまに思う。
私は何時までこの人の傍にいられるだろうかと。

『素晴らしいわね藍。永遠亭はあれで一つの永遠の家族なのよ』

なに、紫様。
八雲も負けてはおりませんよ。
いずれ橙が八雲の名を継ぐでしょう。
やがて橙の式が八雲の名を継ぐでしょう。
血が繋がらなくたって、皆、心で繋がってます。
八雲は八雲で永遠に家族なのですよ。

例え紫様が、私達を道具だと言い張っても。
絶対に貴方を……一人になんかさせませんから……。

部屋を出て、橙を見つけたので、抱っこしてやる。
橙はびっくりしながらも、私の胸に顔を埋めた。
しばらく、そのまま二人で朝日の下を散歩した。
橙のぬくもりが、私の心の隙間を埋めてくれるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

■作者からのメッセージ

後編の方が長くなるだろうと思ってましたが、想像以上に無茶苦茶長くなりました。反省。
頭の中で描いてる事を文章にすると膨れ上がるものなのですね。
次回から気をつけます。
後編書いてくるといった手前、大きいですが後編として投稿致します。

ご感想、ご指摘、突っ込み、大歓迎です。
ここまで読んでいただいた方、大変有難うございました。

誤字を修正しました。
というか輝夜のてゐへの呼称が統一されてなかったので統一しました。
読んでいてまるで気が付かなかった私が阿呆です……。
ご指摘有難うございました。



前編
SS
Index

2005年10月5日 はむすた

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