難題:ニート卒業(前編)

 

 

 

部屋に迷い込んだ秋の虫に、私は儚さを覚えた。

窓を開けてやると、オレンジ色の光に抱かれるように外に帰っていく。
夜はもう近く、彼もまた綺麗な歌声をこの永遠亭に響かせてくれることでしょう。
生き急ぐかのように、虫達は夜を囃し立てる。

時は万人に平等に与えられ、静かにただ通り過ぎていく。
ただ、長さはまちまちだ。
私などは秋が来るたびに、同じ虫が秋を奏でているような錯覚を覚えていた。
それは永遠の命を持った者の傲慢なのだろうか?

だけど、この瞬間のみを切り取って比べるならば、きっと虫の方が重い。
夜すら待ち切れぬほどに、彼らは恋焦がれているのだから。
ほら、日も沈まぬうちに、一匹が庭で鳴き始めた。

虫にも、せっかちな奴がいるものね。
いいわ、誠に永遠たる私の存在が貴方をずっと覚えておいてあげましょう。
貴方の一瞬を私が永遠に変えてあげる。

さあ、涼やかな声で秋を奏でなさい。


―――リーン、リーン、リーン……リリリリリッ……ニートォ


「カモフラージュになってないだろうがもんぺーっ!」

木の上の目標目掛けて、地面から火が出そうな勢いで大きく脚を振り抜く。
すっぽ抜けた靴が亜音速で曲者の額に直撃して、藤原妹紅が頭から降ってきた。
靴って、刺さるのね。

「リザレクション!」

なんでそんなに嬉しそうなのよ。
ポーズ取るな、靴をはよ抜け、サスペンダーずれ……いいから、まず靴を抜けよ。
そうだ、いい子だ。

「よくぞ見破ったわ。それでこそ憎き宿命の敵、てるよ!」
「無理ありすぎたわよ。もう少し足りない脳みそで考えなさい。あと、てるよ言うな、次は泣かす」
「あ、でも。私あんたよりは胸足りてるし」
「ここで葬式にしたいらしいわね」
「……本当、成長しないはずなのに何処で差が付いたんでしょうね」
「それ以上その話を引っ張るなよ。蓬莱の玉の枝鼻の穴に突っ込んでガタガタ言わせちゃうぞ」
「ぐっ……初っ端から神宝鼻ドリルとは大技を。だが、いいかっ!あんたが動くとこの靴が……ぎゃああああ!鼻がぁっ!」

ゆうげの時間までは、こいつと戯れてやるか。
虫の音を聞くよりは、暇つぶしになるでしょう。

「リザレクション!」

こいつ絶対リザレクションが楽しくて楽しくて仕方ないだろ……。
玉の枝鼻に突っ込まれたくらいで死なないで頂戴。
スペランカー先生も真っ青よ。

まあいいわ、今日も気兼ねなく全力でやらせてもらいましょうか。
永遠に終わりが来ない最高の弾幕遊戯を。

「さあ、宴を始めようか!今宵の弾幕はそこのニートのトラウマになるよ?」

何しろ私達死なないからね。

―――――

「リザレクショーン!」

何度目のリザレクションよそれ。
蘇るたびに、馬鹿の一つ覚えみたいにフジヤマヴォルケイノばっか連発しやがって。

「さーて、ここで満を持して登場するスペルカードは!あーっ、輝夜の苦手なフジヤマヴォルケイノだー!」
「わざとらしいわ!さっきからお前ずっとそれだろうが!嫌がらせか?殺すぞ!」
「じゃあ、フェニックスの尾」
「あ、それも嫌……うん……」
「じゃ、ヴォルケイノ?」
「……二択?」
「うん」
「私、正直者の死がいいな」
「えーっ、大人になろうよー」
「そっちこそ大人になってよー」
「じゃ、ヴォルケイノかわせたら、次、徐福時空してやるから……な?」
「本当!?」
「ああ、約束だ」


「あ、あの〜、晩ご飯の用意が出来たんですけど……あとにします?」

あら、だれかと思えば、鈴仙じゃない。
彼女は両手をお臍の下辺りに揃えて、おずおずと上目遣いにこちらを伺っていた。
『私、一生懸命生きてます!』なオーラ全開の大変弄り易い月兎だ。
ブレザー、ルーズソックス、さらさらロングの三体の至宝が生み出す生暖かい光は、特定の層からの極めて高い支持を離さない。
師匠からの愛称はウドンゲだが、これについて怪獣みたいだとか麺類みたいだとか言うと、永琳が極めて遺憾だという渋い表情を作るので注意。
ちなみに私はその日の気分次第で、鈴仙とかうどんげとかイナバとか呼んでる。

「で、鈴仙、晩御飯はなにかしら?」
「あ、えーっと献立はですね、カレーライスです」
「かれぇらいすぅ?」
「何、あんたカレーライス知らないの?」
「違う違う。高貴な姫たる私が、なしてそのような下賤な物を食わねばならんのかと訊いておる」
「で、でも、楽しいですよみんなでカレーライス。トマト、アスパラ、ニンジンが入ってあっさりヘルシーな美味しさです」
「野菜ばっかりじゃないそれ、肉はどうしたのよ肉は?」
「いや……お肉は……高いので倹約という方向で……あはは」
「はぁ!?」
「あまり贅沢言うなよ輝夜、永遠亭が苦しいのくらい私でも知ってるぞ」
「え?そうなの!?」

知らないよ私?

「おかしいですよ輝夜様。私、いつも言ってるじゃないですか、苦しいですよーって」
「あんた達がじりじりと迫ってくるのは、私を働かすためのゾーンプレスだと思ってたわ」

だって、財政について一番把握してるはずの永琳が、私に何も言ってこないじゃない。
それだけに、今まで鈴仙の言葉に信憑性が無かったのだが。

「妹紅までが知ってるとなると……そうか」

突然歩き出した私に、鈴仙が慌てて付いてくる。
それに妹紅も何故かくっ付いてきた。
ずかずかと廊下を歩き、目的地への最短距離を急ぐ。

大広間への襖を開け放った瞬間、香ばしいカレーの香りに包まれた。
なるほど、確かに食欲をそそられる匂いではあるわね。
中は林間学校みたいな騒ぎで、いそいそと、皿にカレーをついで回るエプロン姿の兎や、カレーの量を交渉をする兎や、隣りの人参の方が赤い!と騒ぎ出す兎や、まだか、まだかと皿をスプーンで打ち鳴らす兎でいっぱい。

大広間は上質のいぐさの畳で仕切られ、格調高い純和風の座敷机が鎮座するここは和の極みであり永遠亭の自慢なのだけれど。
上に肉無しカレーが乗るだけで、完全にカレーに空気を持ってかれたのである。
カレーは強いわね。
かぐや、ちょっとショック。

しかし、ここも通過点。
楽しそうにはしゃぐ兎どもを掻き分けて次の襖を目指す。
本当にもう、なんでこんなに混んでるのよ。
前からこんなにいたかなぁ?兎。

「はいはい、またあんた達の負けね。人参おおかっぱぎー!……は?姫様?ははっ、ないない!こんなとこで、げぇ!?姫様!?」

途中、因幡てゐが自爆してた。
後でお灸をすえてあげましょう。
後、妹紅がここでカレーの匂いに負け、離脱した。

残った二人は早足で永琳の研究室へ急ぐ。
襖を開けて開けて開けて、あー疲れる、どうしてこんなに遠いのかしら。
薬が漏れないように気を使っているとかいってたが、それならシェルターでも作りなさいよね。
ただ、こうやって襖を次々に開けていくと、何やら悪人を追い詰めてるみたいで血が騒ぐわ……。

「ギィース!!じゃなかった、えいりーん!」
「輝夜様?」

ようやく見つけた永琳は、夜も遅いのに薬の調合に勤しんでいた。

「あら、ごめんなさい。まだ仕事中だったのね」
「いえ、もう終るところです。して、如何なされました輝夜様。このような場所に何用で?」
「永琳、永遠亭が苦しい状況ってのは本当なの?」
「……ウドンゲね?」
「え!?言っちゃ駄目だったんですか!?」
「輝夜様が気にする事ではありません。万事私たちにお任せ下さい」

あ、否定しないって事は、相当切羽詰ってるわ。

「先月の残高試算表、見せてくれるかしら」
「………」
「出しなさい!」
「解かりました……ウドンゲ、貴方が管理してたでしょう?」
「はい、すぐ出します」

出てきた試算表はお猿のお尻も真っ青になるくらいの真っ赤ぶり。

「何よこれ、貴方達こんな状態になるまで放っておいたの?」
「あのー、お言葉ですが輝夜様。我々も決して無策のまま暮らしてたわけでは」
「ウドンゲ止しなさい」
「は、はい、すみません……」

耳をいつも以上にしなしなにしてウドンゲこと鈴仙はしょぼくれる。
どうしてこう、永琳はいつも周りを子ども扱いするのだ。
私に相談するのが当然の流れでしょうに。

「ふん、まず目立つのが接待交際費のところね。やたらと大きいわよ。無駄な接待ほど削らないといけないものはないわ」
「でも輝夜様、そこは輝夜様主催の宴会費で全部ですよ」
「しゅ、修繕費も大きすぎるじゃないの。全く何をそんなに修理して……」
「ええと、それは妹紅さんと輝夜様の弾幕合戦で壊れた箇所をちまちまと補修しています」
「…………」

「私っ!?私が悪いってのか!このコスプレラビット!」
「痛い痛い痛いっ!こめかみぐりぐりしないでっ!」
「逆切れもいいですけど輝夜様。こめかみはともかく耳はやめてくださいね。昨日綿棒で掃除してあげたばかりなので」
「な……うどんげ、あなたって人は!膝枕ね?膝枕だろコラ!百年早いわ!粛清ー!」
「なにゆえぇ〜!?」

「あんた、そういうことしてるからラスボスのくせにカリスマないって言われるのよねぇ」

気が付くと、妹紅が追いついてきてた。
カレーライス立ち食いながら堂々と入ってきやがった。
薬に匂い移るから帰れ……

「ってええカリスマないかな!?……ううん、そんな馬鹿なことはないわ。だって姫だし」
「いや、その理屈はおかしい」
「ふっ、この私の典雅な日常を知らないと見える。とことんカリスマプリンセスよ?」
「だったら、試しにそこの二人に訊いてみたら?」

馬鹿な人ね、永遠亭は私のホーム。
ましてや私の側近二人に訊くですって?
その質問をするのに、これだけ有利な状況は無いわ。
悪いけど、アンフェアな勝負でも、私は勝ちにいくわよ。

「はい、私、蓬莱山輝夜が、カリスマに満ち溢れてると思う人ー?」
「………」
「………」

「い、言い方が悪かったかしら。私、蓬莱山輝夜が、カリスマならいい線いってると思う人ー?」
「………」
「………」

「じゃ、じゃあカリスマ……ちょっとくらいは匂い立つ程度に感じる事も……あると思ったり思わなかったりする人?」
「………」
「………」
「………(すっ)」

ようやくここで手を上げたのが一人かよ。
逆に辛いわよリアルで、上げないなら上げないで徹しなさいよ。
残り二人は頑として上げないじゃない。

「って上げたの妹紅なのぉーー!?」
「すまん……ここまで来ると不憫で……」
「うわっぁぁぁあん!私そんなにカリスマ無かったんだぁー!」

嘘泣きをしてみる。
鈴仙はおどおどしていた。
妹紅はわたわたしていた。
永琳はしれっとしていた。
ちっ……月の頭脳め……。

「あの、参考までに訊いておきますと、私の何処がカリスマないのかしら?」
「ぜん……いえ、このような事もあろうかと、独自に調査した結果が此方にあります」
「さすがに永琳は用意がいいわね。見せなさい」

『匿名アンケート:輝夜様がカリスマ不足気味な理由』

1.ニートだから:78%
2.胸が慎ましやか過ぎ:20%
3.小野妹子みたいな名前の友達が五月蝿い:2%

「おいおい誰だよー。小野妹子みたいな名前の友達ってありえねーwww」

お前だよ。

「しかし胸部がどうとか、私にもどうしようもないんですけどねっていうか今すぐ肉料理にしてやるから並べろっ!!」
「確かにひどいアンケートですよ、これ。輝夜様が可哀想です」
「匿名の悪意ってやつかもしれませんね」
「わはははっ!しかし凄い表現だわ。あんた今度この人紹介してよね。くくくっ……」

ただ放置する、そういう優しさもある。

「で、後は予想通りというか、ニートに一番票が集まってるわけね」
「まあ、そこは……その……仕方ないですよね」
「ええ、輝夜様が働くなんてありえませんし、その必要もありません」
「永遠の日曜日だからね、輝夜は」

こいつら好き放題言いおってからに。
私だって働こうと思えば働けるってのよ。

「はぁ、仕方ないわね。財政危機って事もあるし、ちょっと働いてみようかしら……」

突然、異世界に迷い込んだみたいに、三人とも、ぽかんと口を開けて固まった。
失礼な奴らね本当。

「働いて、みようかしら」

もう一度ゆっくり繰り返してみる。

鈴仙が倒れた。
聞いてはいけない言葉を聞いたみたいに、耳を折り曲げてその辺りを転がりまわって、激しい痙攣後に沈黙した。

妹紅が走り出した。
何かとてつもない怪物に追われているかのように、何度も後ろを振り向きながら部屋を走り回りやがて柱の角にぶつかって畳に沈んだ。
カレーも死んだ。

一瞬で部屋が、毒ガスでもばら撒かれたような惨状に。

「貴方達、失礼にも程があるわよ。見なさい永琳を」

永琳は固まったままだったが、正座の姿勢を崩さず背もピンと伸びている。
何事にも動じない精神力の美しさ。
これが和の美ってやつね!

「さ、永琳。無礼者どもを一喝してあげなさい」
「…………」
「遠慮する必要は無いわよ。がつんと言ってやりなさい」
「…………」
「永琳?」
「…………」

良く見たら、座ったまま白目剥いていた……。

「リザレクション!」

うるせーよ。

―――――

何だかむかついたので、本当に働くことにしてやった。
そのせいか、ここ最近、永遠亭は上を下への大騒ぎ。
不動の輝夜が遂に動き出したとか、蓬莱四千年の歴史が覆されるとか、働いたらそこでニート終了だよとか、不滅のニートレコードここで止まるとか、どうでもいいけど、私が働く事はそんなにやばい事なのかい!

住み込みの兎の二割くらいが『終末の日は近い!』と宣言して田舎に帰っていった。
三割くらいの奴はどさくさに紛れて発祥した新興宗教因幡教に入った。
そんな中、私へのあてつけか知らないが、永琳が寝込んだ。

で、一人だけこのドタバタ騒ぎで生き生きしてる兎がいた。

「はい、今日だけ!今日だけは信者の皆様にご奉仕させていただきます!
この、因幡教教祖こと因幡てゐも愛用した伝説の物置、因幡式開運蜜柑箱スーパー!
百人乗っても大丈夫?だし、なんと今日はもう三個程おまけ付けちゃいます、気分次第で!
てゐの幸運パワーをぎゅっと凝縮して皆様にお届け!お値段据え置きたったの人参五十本!
これで私も幸運になりました!貴方も今日から幸運になりましょう!……あ゜?姫様が呼んでる?
へへっ、騙されないよ〜。姫様は私の事はてゐじゃなくて因幡って呼ぶもんね〜」

「因幡」

「あー、そうだよそんな感じ、あんた似てるじゃん。特別に人参あげるから出ておいで、
うわぁ、外見まで姫様に似てるっていうか……そっく……まあ、なんて美しい方なのかしら!てゐ感激しちゃう!」

罰として三日おやつ抜きにした後、儲けた人参は全部没収して食費に当てた。
因幡が少し困ったような顔をした。
懲りてなさそうなので、鈴仙からの略奪も禁止した。
因幡が泣いた。

そうこうしてるうちに、日もたって。
私は、明日から永琳の薬販促隊を手伝う事に決まった。
纏め役の永琳が、未だに体調を崩しているのが気になるところだけど……。

―――――

やる気ありげな朝日が顔を出し、山の陰影をはっきりと区分けしている。
竹林が風にゆれ、その度に網目のような光が身体に降り注ぐ。
筍の季節には感謝してやるが、それが終ると竹林は鬱陶しいだけ。
特に寒くなってくると、陽が当たらないのが辛いのよねー。
やはり竹林は初夏。
譲れない。

さて、いよいよ私の労働記念日。
意気揚々と玄関を飛び出した私を待ち構えていたのは、葬式か通夜か見間違うほどの兎どもの落ち込み行列だった。
いきなり、私の早起きに仰天して五人ほどがその場で地面に崩れた。
十人位は倒れそうなところをどうにかこらえたが、肩で息をしてやがる。
もう少し進むと『輝夜様バンザイ!永遠亭バンザイ!』『輝夜様は不滅のニートなり!』と書かれた旗を泣きながら振ってる兎が数名。
何の騒ぎだ貴様ら、特攻隊か何かか私は。
おい、最後の旗はおかしい。

そういえば、永琳達は何処なのよ?

「輝夜様、お師匠様はこちらです!」

――がらがらがらっ

安楽椅子にキャスターを四つ取り付けた改造椅子を、鈴仙がゆっくり押してくる。
その肘掛に両腕を置いて椅子に深く腰掛けた体勢で永琳が登場した。
何故か登場時に銅鑼がジャンジャン鳴った。
あんたは孔明か。

「輝夜様。おはようございます」
「おはよう、永琳」
「早速ですが、本日のご予定を。輝夜様には、配達を手伝ってもらう事になっております」
「何だ、割と簡単そうじゃないの。先に言っとくと姫だからといって私を甘やかすのは止めてね」
「輝夜様、それは何か勘違いをしておられますね……」

永琳が両手を前で組んで、ククッと笑みを漏らした。
うわっ、怖っ!

「働く事は遊びではございません。今日、私が輝夜様を甘やかす事は一切無い……それだけは肝に銘じておいて下さい」
「そ、そうこないとね」
「では、始めましょう。販促隊!配達物を此処へ!」

永琳が一度手を鳴らすと、さっと兎の列が割れ、道が出来る。
その向こうから大きな荷車がごとごと音を立ててやって来てる。
しかし、こいつら、すっかり永琳に調教されてるな。
私よりよっぽど言う事聞くんじゃないかしら。

「って何じゃこりゃああ!?」
「今日の分の配達ですよ。輝夜様」
「多すぎ!多すぎぃ!!」

荷車の上にピラミッド型に山盛りになってる箱や瓶ども。
高さだけで私の身長くらいあるのですけれど。

「輝夜様、落ち着いて。私も鬼ではありません。これは三人分なのです」
「あ、なーんだ三人で……三人で分けたって多いわよっ!足らんわ人手!……三人って誰?」
「ウドンゲと、輝夜様と。そして幻想郷最強のフリーター、サスペンダーラブさんです」
「は?……あ、誰だか解かった」

大きな鳳凰が、紅い火の粉をたなびきながら竹林に降りて来ようとしてたから。

「さて、それでは私は仕事に戻りますので……お仕事頑張って下さいね」

永琳は、今度はウドンゲ以外の兎に押されて、屋敷に戻っていく。

「ねえ、永琳最後に一ついいかしら?」
「何でしょう?」
「貴方顔色悪いわ、どうかしたの?」
「……少し風邪を」
「永琳、貴方は病気にはならないはずよ?だって蓬莱の」
「輝夜様、問題ありません。お気持ちは有難いですが、私のことなんかより御自分の心配をなされた方がよほどましでしょう」
「良く解からないけど……自愛なさいよね」
「痛み入ります」

力無い微笑を見せて、永琳は帰っていった。
代わりに喧しくて暑苦しい鳥が火の粉撒き散らして降りて来た。

―――――

そして、この場に残ったのは、鈴仙と私と妹紅の三人と、庭掃除当番の兎が少々。
竹箒が石畳を引っ掻く乾いた音が、私を安眠へといざな……ってはいけない。
危ない、つい、いつもの習慣で。
生欠伸をかみ殺して、一度大きく伸びをした。

「さ、鈴仙。段取りを説明しなさい」
「え?私がですか?てっきり輝夜様が指揮を取られるのかと」
「配達なんてやったことないもの。貴方が指揮を取るのが当然でしょう?」
「わ、わかりました。準備をしてまいりますので少々お待ち下さい」

鈴仙が駆け足で、屋敷に入っていった。
妹紅が元気にラジオ体操を始めた。
あら、朝っぱらからなんて爽やかな曲なのかしら。瞼が重くなるわ。
ふぁあぁあ……あんまり待たせると本当に寝ちゃうわよ。

「お待たせしましたー!」

鈴仙が地図とペンを持って全力で走ってきてる。
朝から頑張る子。
こういうところが永琳のお気に入りなのかしら?

「何よその地図?」
「はい、今日の配達箇所をですね。この地図の上に×印でマークしてまいりました」
「へぇ、手際がいいわね」

見ると、赤い×印が地図の四方八方に散らばっている。
何かの弾幕みたいだわ。

「ふぅ……それで?」
「それでとは?」
「これをどうやって配達するのか訊いているのよ」
「は、はい。×印を見て下さい。永遠亭から北方向に比べて南方向が明らかに薄いでしょう?」
「ええ、そうね」
「ですから、南側をまず三人で手分けして、空輸で一気に終らせたいと思います」
「それから?」
「然る後、北方に向け押し車を皆で移動させます。それで、大体この辺り。ここまで来たら停止してまた空輸でばら撒きましょう」
「ふむ……」
「ただ、永遠亭から出ますと押し車を放置するわけにもまいりませんし、疲れた人から一人ずつ休憩兼見張りに付くと言う事で」
「ふむむむ……」

やるじゃないの鈴仙。
意外としっかりした子だったのね、貴方。

「よし、いいわ。それでいきましょうか」
「あ、有難うございます!」

地図の中では紅魔館だけ孤立してる。
私は、ここを目指すとしますか。
遠いけど、件数少なくて楽そうだし。

「それじゃ私は紅魔館方面に向うから……」
「話は全て聞かせてもらった!」

何時の間にか妹紅が私の横に来ていた。
配送表と睨めっこしながら、次々と大風呂敷に薬品類を詰め、それを背中に回した。
そして悠々と大空に飛び上がっていった。
あの細い身体の何処にそんな馬力が宿ってるのやら。
信じられん。
腰とか凄い細いのに。

『ラジオ体操、第二〜』

あと、止めていけよな。

―――――

紅魔館。
前方に雄大な湖を構え、周囲には豊かに緑が茂り、
敷地に入れば芝生は綺麗に揃えられ、歴史と風格を兼ね備えた洋館が訪れるものを圧倒する。
館に入るのならば、見目麗しいたくさんのメイド達が貴方を迎えてくれることでしょう。
と、見た目だけでは、誰もが悪魔の館なんて思わない。
それでもここは、悪魔の館、紅魔館。

そんな紅魔館の門の前で私は立ちすくんでいた。
ついでに震えていた。
なんてこった……普段は何でもないものだったのに、働く立場に回った瞬間、全てが恐ろしい怪物に見えてしまう。
目に映る全てが敵。
今、私は無限の荒野に放り出された一匹の仔猫。
これって偉い人が言うところの、ニートは働くのが怖いって奴かしら?ニートの壁?
下手に出ないといけない、ただそれだけなのに、とてつもなく嫌だ、屈辱だ、助けてえーりん!
ああ、怖い、空気が怖い、人が怖い、ここいらで、そこを守る門番が怖い。
何が怖いって胸が怖い。
異常。
なんでポヨンポヨンしてるわけ?
地上には重力ってものがあるんですよ。
あんな、重たいものが上を向くはずがありません。
どうにも、おかしいですよ。
ここが何処だか知ってますか?
そう、紅魔館。
広大で平坦な大地に、一部が平坦で薄っぺらい娘達が、いっぱい集まって出来た言わばペタンコの楽園。
何故彼女らは誰が言うとも無く此処に集まったのか。
歴史の紐を解くのに、このペタンコの大移民は非常に興味深いが、また大きな障害となっている、ってけーねが言ってた。
その中でもペタンコな紅魔館を仕切るトップ3がレミリア、パチュリー、咲夜。
胸と呼んでいいかどうかのギリギリのラインで勝負し続ける彼女らを人は畏敬の念をこめて『紅魔館のフラットスリー』と呼ぶ。
そんな場所にですよ!?
こいつ!
このゴムマリがぽーんっと何食わぬ顔で飛び込んでるわけですよ!
フラットスリーに対して思いやりはないんかい!
まあ、何だ、つまりこいつは。

「あんたオフサイドォォ!!!」
「さっきから挙動不審の上やっと口開いたと思ったらいきなり何の話ですかぁー!?」
「ごめんなさいね、指差した事は謝るから、それでね」
「指差した事よりも、先の発言に対して何か語る事はないのぉ!?」
「いいから、聞きなさいよ。えーっと」

……おや、誰だっけ??
確かうちの永琳に似たようなニュアンスの名前だったのだけれど。

口をもごもごさせて悩んでたら、門番の人が突然胸をそり返した。
あら、誘ってるのかしら?
名札?
ああ、名札ね。
ふんふん……って読めないわよ。
なによ紅美鈴って、あんた何人よ、あ。

「中国さんだ!」
「どうしてぇぇぇえええ!?」
「それで、中国さん、悪いのだけれどこの薬をフラットスリーの……」
「ちょ、チョット待って!」
「何よ?」
「名札見えなかったですか!?」
「見えたけど、読めないわね」
「がーん!じゃあ、フラットスリーって誰!?」
「貴方、あれだけ毎日いたいけな少女の心を傷付けといて知らないって言うの!?その巨乳が何よりの証拠よ!夢に出るわ!」
「わ、解かった、もう少し落ち着いて初めからやり直しましょう。えーっとまず貴方はどちら様?」

あら、初対面だったかしら。

「私の名前は……」

と、ここで自己紹介しちゃっていいのかな?
やっぱり身分は語らない方がいいわよね。
知らない相手に名乗って萎縮されてもアレだし、それより何より変な噂が広まっても困るし。
どうしようか?
よし、偽名でいこう。
そうねぇ……うどんげ、みたいに愛称つけましょうか。
例えば私は月の姫だから……蓬莱山・満月院・輝夜。
で、愛称は。

「まんげよ」
「まんげ!?」
「あ、いや。コードネーム・まんげ」
「コードネームなの!?えっと……ま、まん……げ……って…あーっ……その、アレ?」
「あのまんげって言われても、まんげはまんげじゃない?」
「そ、そうなんだお気の毒に……」
「はぁ?」
「私なんてまだまだ立派な愛称だったんだ……」
「え、ちょっと」
「まんげさん!私に出来る事があったら何でも言って下さい!」

何、涙ぐんでるんだこいつ?

「そう?あー……だったらこの薬、メイド長の咲夜さんに届けてくれます?」
「お安い御用ですよ!」

胸を叩いて快諾してくれた中国さんに、手の平サイズの薬瓶を渡す。
キャップに張ってあるラベルを見て、彼女は露骨に顔をしかめた。

「あーあ、また豊乳丸か……」
「またって事は、愛用してるのかしら?」
「これ、いつも経費で落としちゃうんですよ咲夜さん。信じられます?」
「あら、公私混同はいけないわね」
「『包括的な接待のためのメイド長の魅力向上または母性向上費』らしいです」

さすが、フラットスリー。
涙ぐましいまでの努力だわ。
今日もまた自分のラインの限界を攻めてるのね。

「ま、いいじゃないの。メイド長さんも大変なのよ」
「いーえ!こんなものの為に、私たちの食費が削られているなんて許せませんよ!この一瓶でメロンパンがいくつ買えるか!」
「他人には解からない悩みってのもあるんだってば」
「メロンパンは血と肉を作ります!胸だけに栄養を取らせようなんて不健全もいいところです!」

妙にメロンパンに拘るな。
それにしても、この薬、愛用してるって事はちょっとは効果あったりするのかしら?

「私なんてこうやって炎天下に突っ立ってますけどね!汗だくで館に帰ったって麦茶の一杯がいいとこですよ!それなのに咲夜さんなんて、お嬢様達と美味しい美味しい紅茶をですね!ゴールデンドロップがどうだとか小洒落た会話を交わしながら楽しみまくりで、テラ羨ましいって言うか!」
「ねね、ちなみにそれってさ、少しは効果あったりするの?」
「あまりに私ばかりこう苛めら……効果ですか?一応あるらしいですよ」
「本当に!?」
「ええ、先月より1.68も大きくなったって自慢してました」

素晴らしい!さすが永琳の薬。
月の頭脳は不可能を可能にしたのね。
……と、見せかけて、どうせ単位がセンチじゃなくてミリって落ちなんだろうよ。へっ。

「で……単位は何?」
「ミルです」
「あぁ、畜生、予想通りミリ……ミル?」
「ええ、ミル。1/1000インチです」

顕微鏡が必要じゃん。

「中国さん、それ、針の先っぽとか計る単位じゃないッスか……」

泣けてきた。

スタートラインは皆同じだった。
気が付けば第四コーナーで既に十馬身開いた。
ふと、見渡せば周りに誰もいない。
もう諦めようよ。
誰もが彼女の一人負けを確信する中で、彼女の腕は鞭を回し、手綱は必死に馬を追う。
それなのに、差は縮まらない。
むしろ開く一方。

思えば思うほど、涙がぼろぼろ落ちてくる。

「……もう経費でいいじゃない……渡してあげて下さいよ、これ」
「えっ!?良くないですよ。部外者が口出ししないでくださいよ」
「違う!私だって貧乳だもん!部外者じゃないもの!」
「いや、そういう話かな……え?泣いてません?」
「だって日常生活で出てこないよミル!?そんなレアな単位を使用した上で、先月比を小数点二桁まで出してるのよ!?おそらく三桁目は見えてないと思って躊躇無く切り上げよ!?どれだけ自分の胸を愛しているの!?」
「疑問系!?」
「フラットスリーの殿(しんがり)の意地を少しは買ってあげようよ!」
「だから誰なの!?」
「あのねー、貴方だって胸大きくて良かった事一つや二つぐらいあるでしょう?」
「全然。いい事無いですよ胸大きくたって。肩こるし、お金もかかります。キツイの我慢できなくなってこの間ブラ変えたばかりですし」
「………!?」

言ったな……。
ブラを変える楽しみすら許されぬ、少女達の無念は何処に行けばいい。
ブラをつける必要すらない、少女達の怨念は何処で迷えばいい。
ブラをつける必要すらないのに、ばればれのパッドでごまかしてる、メイド長の血涙は何処へ流せばいい!

中国さん……あなたは今、貧乳を完全に敵に回したわ。
いずれ、幻想郷の八割強の女を敵に回したことを後悔する事になるでしょう。
その時を楽しみに待っていなさい……。

「それじゃあ、代金は月末払いだから……貴方と話すことはもう無いわ」
「あれ、急にどうしたんですか?まんげさん?」
「さようなら」

私はまだ良かった。
比較相手が妹紅でまだ良かった。
こんなのが隣にいたら女である事を悔やむしかないじゃないの。
咲夜さん。
生きろ。
私も、頑張る。
だから、死ぬな。

―――――

紅魔館を後にし、その他三件の配達を終えて、私は永遠亭に向けて帰還している。
清く正しい青空さんと、純真無垢な白い太陽が、どうもむかついて仕様が無い。
っと、少し風が強くなってきたわね。
まだ、空を飛ぶには、少し影響が出る程度だけど。

「お帰りなさ〜い!」

鈴仙が上空の私に向けて元気良く手を振っていた。
押し車のそばには妹紅の姿も見える。

「よいしょっと……ただいま。あーあ、働いた働いた」
「輝夜様、お疲れ様です!」
「輝夜があんまり遅いから、南は全部私たちで終えといたわよ」
「嘘っ!?もう全部!?」
「いえいえ、大した数じゃありませんでしたから」
「でも、私なんか十件も配達したよ?」
「あ、私は十二件ですねー」
「何っ?!うどんげ優秀!」
「えへへ〜」

私四件……何だか、蚊帳の外に追い出されて悔しいわね。
ちっ、働き蟻どもめ。

「輝夜様、ではそろそろ移動を始めましょう」
「ふんっ…!」
「え、あ、あの?」
「気にするな。こいつはすぐ拗ねるんだ」
「え、えーっと……ごめんなさい」

本来、私はもっとちやほやされるべき存在なのに。
何か釈然としないわ。
働くのなんてつまらない。
やっぱり止めておけば良かった。

皮の縄で幾重にも縛って商品を荷台に固定して、台にくくりつけたゴム紐を三人がそれぞれ腰に括り付ける。
このまま三人揃って低空飛行。
そのユーモラスな状態は、地上を走るサンタクロースだ。
あー、疲れるな〜、もう。
私ってこんなに体力無かったんだなー。

突然、背後から誰かの呼ぶ声がした。

「?」
「どうした、輝夜?」
「今、何か聞こえなかったかしら?」
「あ、そういえば私も」

そうしてるうちに、ピンク色の小さなふわふわした物体が見えた、そいつはみるみる大きくなって……ああ、因幡てゐね。
生粋の詐欺師が、何の用かしら?
フリルのドレスが乱れるのも構わず、地面に突撃するんじゃないかって程の猛スピードで向ってくる。
全くスピードを緩めずに着地した彼女は、濛々と砂煙を立ち上げて、私たちの前方十メートルぐらいでようやく停止した。

「大変です!大変です!大変なんですー!!」
「らしくないわね、何をそんなに必死なのよ?」
「落ち着いて下さい!落ち着いて下さい!まだ、大丈夫ですから!」
「いいから、あんたが先に落ち着きなさい」
「はぁ、はぁ、だ、大丈夫です。てゐはいつでも行けます!」
「もういいわよ。それで、何があったって?」

「永琳様が、永琳様が倒れちゃいましたー!!」

ひどく現実感の無い言葉が、山の麓に響いた。

 

 

 

 

■作者からのメッセージ

話的に一括りの方が望ましいのでしょうけど、長くなってしまったので一度此処で区切らさせてください。
読んで頂けると、大変嬉しいです。
ご感想、指摘、突っ込み、大歓迎です。

またまたまた、誤字と間違いを修正しました。
毎度すみませんです。
そういえば、兎は地上で捕まえたんでしたね。
ご指摘有難うございます。感謝。



後編
SS
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2005年9月25日 はむすた

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