明治十七年の。

 

 

 





 気が付けば、もうそんな年になっていた。明治十七年。
 その年の春の一日、阿弥は書屋と連なる縁側に腰掛けて、ぼんやりと中庭を眺めていた。
 そのつま先は地面まで届かず、宙でぶらぶらと揺れている。童女かと錯覚するほど小柄な姿であるが、彼女が稗田阿弥として生を受けたのは元号が改まる前後のことなので、こう見えてそろそろいい歳になっているのであった。いろいろな意味で。
 稗田家の広い庭には様々な樹花が並び、その中央には一本の古い桜が植えられている。麗らかな春空の下、その枝で膨らみつつある蕾のあたりに、彼女の視線は投げかけられていた。その眼は時折、桜の樹よりももっと遠いどこかへと焦点を移しているようでもあった。
 ふと、その視界の端を何か白いものがよぎったかと思うと、
「もう一週間もすれば見ごろになりましょうか」
 脇から声がかけられた。 ゆっくりとそちらへ焦点を合わせた阿弥の目は、庭師の青年の姿を捉えた。長身を書生さんみたいな衣服に包み、竹箒を手にしている。腰帯には手拭いを挟み、地面すれすれまで垂れたその先端に、どこからか入ってきたらしい白猫がじゃれついていた。
「ヒコさん」 と、稗田家の人間は彼のことを呼ぶ。
「お掃除ですか」
「や、阿弥様のお邪魔をするつもりはございませぬ。どうぞごゆるりと日向ぼっこをお続けくだされ」
 いささか古めかしい口調を操るが、歳は阿弥と十も違わない。肌はよく日に焼け、細いががっちりとした体つきをしている。庭師というよりも、古風な武士を思わせる風貌だった。
 いやこっちこそ掃除の邪魔をする気はないと、そう返しかけて、だが阿弥は思い直した。
「うん……ありがとう。ヒコさんも良かったら、どうぞ」
 自分の座る隣を示すと、はじめヒコさんはかぶりを振ったが、何度も勧められてとうとう遠慮がちに腰を下ろした。逆の側には白猫が飛び乗ってきて、阿弥の腿に擦り寄るようにして身を丸める。
 膝の間に立てた箒の柄先に掌を重ね、ヒコさんは自らの手入れしている庭ではなく、阿弥の横顔へと目を向けていた。顔に何か付いているのだろうか、朝食のご飯粒だろうかと阿弥がどぎまぎしていると、ヒコさんは軽く首を傾げた。
「や、まだお疲れのようで。やはり長い間、根を詰めておいででしたから」
 そして阿弥の膝へと視線を移す。阿弥もつられるようにして目を落とした。
 膝の上には、一冊の厚い書物。
 幻想郷縁起である。
 先の冬に完成させたばかりのものだ。その旨を報知するや否や各所から待ちわびていたかのように祝辞が殺到したのを、阿弥は昨日のことのように覚えている。雪深い時期だったにも関わらず、足を運んで直にお祝いの言葉を贈ってくれた人も少なからずいた。
 実際、彼らは待ちわびていたのだろう。過去、御阿礼の子が幻想郷縁起編纂に要した時間は、代を重ねるごとに短くなっていた。先代、先々代などは、齢十四を数える前にそれぞれの分を綴り終えていたという。となれば、次はいよいよ十二歳のうちにか? いやいや十一歳いっちゃうかもよ? といった期待が自然と生まれるわけである。
 ところが今代ときたら大方の予想を裏切って、手際が悪かった。気が付けば一代目阿一とどちらが遅いか競うほどまでに、完成を遅らせていたのである。
 阿弥が生まれたときから既に新縁起の完成時期を予測し、それに関わる行事などを企画していた者たちからすれば、この数年は、ひどく悶々としたものだったろう。
 なぜこうも遅れたのか、そんな疑問と言うより不満にも近い声に対して、阿弥は主に体力的な理由を挙げた。小柄な阿弥の体は、見た目以上に脆弱な作りをしているのである。だから、いくら過去の作業で培ってきた編集技術があっても、体がそれを十全に使いこなせなかったのだ――そう説明すると、みんな納得いったのか、それ以来この件に関して何かを言われることはなくなった。
 代わりに、ちょっとしたことで体調を気遣われるようになってしまったのだが。
「ううん、大丈夫だから」
 しかし、この時の阿弥の口調は活力に欠けたものだった。ヒコさんが眉を寄せてさらに何か言いかけたとき、板張りの廊下を静かに擦る足音が聞こえてきた。侍女がひとり、近付いてくる。
「阿弥様、よろしいでしょうか」
 よろしいともよろしくないとも答える前に、侍女は阿弥とヒコさんとの間に割り込むように座り、両手に抱えていた何やら重たそうな荷物を膝に乗せた。石を抱かせる拷問を、ちょっと髣髴とさせる格好だった。 彼女は若く見えるが、稗田家に仕える侍女の中では古参のひとりだ。それ故にか押しの強い性格をしており、阿弥からすると頼もしいのと同時、ちょっと手を焼く存在でもあった。
「ミツさん」
と、こちらはこう呼ばれている。
「お昼の時間ですか」
「さきほど朝を済ませたばかりじゃないですか」
 にっこりと、ミツさんは微笑みながら、お尻でぐいぐいとヒコさんのことを押しのけ続けている。とうとうヒコさんは縁側から追いやられ、首をしきりに傾げながら、庭の奥へと戻っていった。 その背中を見送る阿弥に、ミツさんが慇懃に告げる。
「改めまして、今代幻想郷縁起の御完成、おめでとうございます。お疲れ様でした」
「あ、うん」
 本当に、いまさら改まって言われることでもなかった。嫌な予感がした。
 横合いから射す陽光の中、ミツさんのにこやかな相好が浮かんでいる。
「ああ、それにいたしましても」
 ミツさんはどこか芝居がかった動作で、おもむろに中庭を向いた。春色の光景の真ん中、ざっざか竹箒で掃き清めはじめた庭師の姿を認めると、いきなり眉をひそめ、まだそんなところにいたのか目障りださっさと視界から消えろと、目つきで訴える。その形相に恐れをなしたか、ヒコさんは急いで舞台袖へと下がった。
 後にはただ、南風のゆるやかに吹く、色づいた庭園の景観だけが残る。
「……めっきり、春らしくなってまいりましたね」
 何事も無かったかのように、ミツさんは阿弥へ向き直った。
「春といえば出会いの季節でございます」
 どすんと重い音を立てて、縁側に大きな荷物が置かれた。黒くて四角い塊を、阿弥ははじめ重箱かと思って、これは幻想郷縁起完成の労いにご馳走でも用意してくれたのかと喜びかけたのだが、そうではなかった。
 黒くて四角い塊は、黒くて四角くて薄い物をたくさん重ねたものだったのだ。
「つきましては。阿弥様にも善き巡り会わせがございますればと、僭越ながら用意させていただきました」
 見合い相手を山のように、と――それは釣書の束だった。
 来た、と阿弥は胸中で呻いた。
 阿弥は、幸か不幸か一人っ子である。これがどういうことかと言えば、阿弥が子孫を残さずにおっ死ねば、そこで稗田の家系は絶えてしまうというわけである。
 いや稗田の家名そのものは親戚、類縁に継がせればよいが、問題は御阿礼の子の魂の継承だ。御阿礼の子として転生するには、当代の直系を残さねばならない。阿弥から真っ直ぐに伸びる血筋の肉体でなければ、この魂を容れられない。
 だから子を生すというのは、転生の術の準備とは別に済ませておかねばならない、大事な仕事なのだった。
 さて、子を作るとなれば相手がいる。普通に考えれば結婚相手である。幻想郷の名家たる稗田家に迎え入れるのだから、これがどこの馬の骨とも知れぬ者では、ちょっと困る。少なくとも、阿弥の周りはそう考えている。
 まして阿弥は稗田家現当主であった。世間的に恥ずかしくない相手と、恥ずかしくない結婚をしなければならない、宿命のようなものに縛られている。もし兄弟がいればそちらに家督を譲って、そうすればある程度は結婚相手の選出にも融通が生まれたかもしれないが、生憎と一人っ子なのであった。
 だが兄弟がいたならいたで、特別な存在である御阿礼の子と、そうでない凡庸の子、その間で軋轢が生まれていたかもしれないが。だから、どちらが良かったというものでもない。こういうのはなるようにしかならないのだ。
 御阿礼だのなんだの言っても、所詮はその程度。ままならぬことは山ほど、人並みにあるのだった。
「さあ、まずはいきなり本命からいっちゃいましょうか?
 こちらはご存知、庄屋の次男、喜三郎様です」
 ミツさんはさっそく、釣書の山からひとつを手に取って、阿弥の前に広げていた。その手つき口ぶり目の輝きはたいそう活き活きとしていて、まるでこのためにこれまで生きてきたとでも言うかのようだった。
「次男だったのね、三郎なのに……」
 庄屋の次男とやらの名と顔は知っていたが、ろくにしゃべったこともない。そんな人物の身上やら家族構成やら家系図やらがいっぺんに眼前へと押し迫ってきて、阿弥は息詰まるものを覚えた。重圧を押しのけようとするかのように、懸命に声を発する。
「その、まだ私には早いんじゃないかしら」
 編纂が終わった以上、いつかは直面せざるを得ない事情だと覚悟はしていたが、それにしたってこうもすぐでは。心の準備も何も出来ていないのに。
 しかしミツさんは強く、きっぱりと首を横に振るのである。
「何をおっしゃいますか、阿弥様のお年ならば全くそのようなことなど。まして稗田の当主ともなれば、むしろ遅いくらいです。それに阿弥様のおからだ……」
 勢いよくまくしたてていたその口が、不意に強ばる。凍りついた笑みの端に、悔悟の色がにじんでいた。
 御阿礼の子の短命について口にしようとしたのだろう。途中で言いさしたのは、阿弥に気遣ってというよりも、ミツさん自身がその事実に苦しんでいるためだろうと思えた。阿弥にはとっくのとう、魂の段階で覚悟ができていることだが、周りにはそう簡単に割り切れるものでもないらしい。
 それだけ私のことを好いてくれているのだろうか。自惚れた考えが浮かんで、阿弥は頬を緩める。それから沈みかけている空気を覆そうと、冗談っぽく言った。
「でも結婚って、それを言うなら。私よりもミツさんの方が先じゃないの」
 それこそ失言というものであった。
 瞬間、ミツさんの笑みが変化した。眉の角度や目尻がほんのわずか鋭くなり、たったそれだけのことで随分と印象が異なるものである。
 具体的には、阿弥に戦慄を引き起こさせる笑みだった。気温が春先とは思えないくらい急低下して感じられ、背筋から腿のあたりにかけて震えが走った。あ、猫がいない。
「あ、いや、ミツさん綺麗だし、なんで浮いた話のひとつもないのかしらって」
 慌てて取り繕おうとした言葉は、追い討ちというか止めであった。ミツさんの笑みが鬼女の浮かべるそれへと変化しかけ、しかし一転、急激に沈んだ表情を彼女はさらした。うなだれ、ぶつぶつとひとりごちはじめる。
「ええそうですよね。私より若い子がどんどん嫁いでしまっているのにどうして私はいつまでもひとり褥の寒さに震えてなければいけないのでしょうああ全く春なのに心には隙間風が」
「ああ、あの、ごめんねミツさん。大丈夫よ、だってほら、春だし」
 上手い言葉は出てこず、代わりに嫌な汗ばかりが出てくる。いち早く空気を察して逃げ出した猫を追って、阿弥もこの場を去りたかった。上手くミツさんをなだめることができたとして、そしたらまた見合いの話に戻るだけだし。
「あっ、私、用事を思い出したので。ちょっと出かけてきますね」
 ぽんと手を打つと、幻想郷縁起を脇に抱えて立ち上がる。痺れかけていた足を、つんのめりそうになりながらも出来る限り急がせた。
 そうしながら中庭のどこかにいるはずの庭師へ声をかける。
「ヒコさん、外へ出ますよ」
 里の、外へ。
「え、はっ」
「お待ちください阿弥様、まだ話は終わっていませんよ!」
 ふたつの声を背中で受け止めながら、阿弥は懸命に足を動かす。


 何もあの重苦しい空気から逃げ出したいばかりがため、口から出任せで「出かける」と言ったのではない。それなら里の外へまで足を向ける必要はないのだから。
 ミツさんと連呼しあった「春」という語で思い出したのである。春といえば、そう、目覚めの季節でもあった。啓蟄も過ぎてしばらく、眠りから醒めた生命たちの息遣いを、そこかしこで感じることができていた。
 ならば、あの妖怪の賢者もそろそろ目覚めているはずだ。八雲紫、実に妖怪らしい大妖怪にして、おそらくは幻想郷一の智慧者。
 彼女に目を通してもらって、はじめて幻想郷縁起は完成を謳えるのだった。何代も前からの、そういう約定なのである。
 完成してすぐに持っていければ良かったのだが、八雲紫は冬眠の慣習を持つのだそうだ。本人の談だから真実かどうかは怪しいところだが、嘘だとするなら、これは冬には訪ねてくるなという遠回しな忠告なのかもしれない。本当に寝ているのだとしたら、それはそれで無理に起こすのも怖いし。
 もういい頃合だろうと、肌に触れる陽気を感じて、阿弥は判断した。縁起を見てもらって、ついでに相談にも乗ってもらおう。
 麗らかな蒼穹の下、里の正門から森へと掛かる道を、阿弥はのんびりした歩調で進んでいる。狭い歩幅でちょこちょこと進む様子は、やっぱり童女のようでもある。
 その脇で、ヒコさんが対照的にのっそりと歩を進めている。出立の慌しさを物語るかのように、竹箒をそのまま持ってきてしまっていた。箒は左肩に担ぐ形で、右手には唐草模様の風呂敷包みを抱いている。
 ヒコさんは里の男子の中でも有数の大柄な体をしていて、なので一歩一歩も大きい。それでも慣れたものなのか、阿弥のかたつむりみたいに遅い歩に、うまく調子を合わせていた。
 ちょこちょこのっそり、ふたりは他に人気のない静かな街道を行く。道を挟んで立ち並ぶ樹林から聞こえてくるのは、鳥のさえずりばかりだ。
 遠い過去には、こうして里の外へ出たならば、常に妖怪の息遣いに耳をそばだてていなければならなかったものだ。昼間でさえ妖怪の脅威にさらされていた、人間にとって暗黒の時代。当時の情景をはっきりと記憶しているわけではないが、転生を繰り返してきた阿弥の魂には、その恐怖が刷り込まれている。
 それに比して、今の世のなんと平和なことか――鳥たちの長閑な声が響く空を見上げ、阿弥は思う。 妖怪たちが往時の力を失って久しい。現在では昼日中に活動することなどほとんどなくなり、夜ですら多くの者が自分の縄張り周辺をうろつくだけという、そんな体たらくだ。
 人間にとっては理想的な時代になったとも思える。事実、里の多くの人はそう考えているらしかった。
 しかし阿弥はそこまで単純に信じきれないでいる。幻想郷縁起を編纂しながら、ずっと胸中にもやもやとしたものを抱えていた。今は袱紗に包んで右手に抱えているその書物へと意識をやる――そう、例えば今回の編集においては、「英雄伝」に割いた項がわずかしかない。英雄が、今の世にはほとんど残っていないのだ。
 妖怪の力が弱まっているのだから、それに対抗する力が不要になりつつある、それは理屈ではある。だが阿弥は思うのだ、これは幻想郷における人間の力の衰退を意味しているのではないかと。
 かつての人間は、現在とは比べ物にならないほどの妖怪の暴虐にさらされながら、それでも生き延びていた。強力な妖怪たちと拮抗できるだけの力を有していた。他に頼るもののない闇の中では、自らが光輝となるしかなかったからだ。そうして戦い、我と我が命を勝ち取ってきた。だけど今はどうか。自らの手で勝ち得たわけでもない平穏の中で、空虚に笑っているだけではないのか。
 そしてそこまで思いを至らせたとき、戦慄にも近いものを覚える。妖怪と人とが共に力を失いつつあるという事実は、すなわち両者が生きるこの幻想郷の衰亡に結びつくのではないか――
 知らず、晴れ渡った空には似つかわしくない暗雲のような重い息を、阿弥は漏らしていた。
「いかがなさいました」
 ヒコさんに聞きとがめられて、急いでかぶりを振る。
「いえ。ちょっと疲れてきただけ」
 浮かべた微笑は、まるきり偽りのものというわけでもなかった。阿弥の体は見かけ以上に脆弱な作りをしていて、体力にも乏しい。里を出てさほども経っていないが、それでも呼吸には疲労の色がにじみはじめている。
「ならば、背中をお貸しいたしましょう」
 そう言って、ヒコさんは本当にしゃがみこんだ。こちらへ向けられた広い背中に、阿弥は溜め息をぶつける。
「私をいくつだと思ってるの……」
 もう結婚だって当たり前にできる歳なんだからねと、これは聞こえないように小さくつぶやく。先刻のミツさんとのやりとりは、ヒコさんも聞いていたのだろうか。もしそうならば、どう感じたのだろう。尋ねてみたいという欲求が、胸のうちに生まれた。
 思いのほか強いその衝動に、自分自身で当惑しつつ、どうにかねじ伏せる。
「ちょっと休めば大丈夫です。ほら、そこで」
 ちょうど路傍、お地蔵様の立つそばに、腰掛けるのに手ごろな石が並んでいるのを見つけ、阿弥はそちらへと足先を転じた。お地蔵様に手を合わせている間に、ヒコさんが石の埃を払ってくれる。
 阿弥はどっこいせと腰を下ろし、袱紗の包みを膝に乗せた。ふと地面に目を落とせば、人も木々もずいぶんと影を短くしている。改めて空を仰ぐと、陽が意外と高いところまで昇っていた。
 そろそろお昼時だなと、そう思った途端、お腹が小さな鳴き声を上げた。慌てて手で覆いながら、そばに立つヒコさんの様子を横目で窺ったが、幸いこれは聞き取られなかったようだ。彼は街道の先へと、のんびりした目を向けている。
「ところで」
 視線がいきなりこちらを向いた。阿弥はお腹を抱えた姿勢のまま、ぎょくりと身を強ばらせる。やっぱり聞こえていたのだろうか。
「う、うん?」
「旧いご友人をお訪ねになるとのことですが……里の外に住まうとは、どんな方なのでしょう」
「……変わった方よ。だから里には棲んでないの」
「なるほど」
 妙に深く感じ入ったようにうなずかれてしまう。
「では、どちらに?」
「実を言うと、私も知らないのよ」
「え」
 目を丸くする彼に、阿弥は笑いかける。
「大丈夫。こうしていればちゃんと迎えが来るから」
 そしてヒコさんが右手に提げている風呂敷包みを指して、
「それ、先方へのお土産だから。形が崩れちゃったりしないように、お願いね」
 中身は里を出る際に買ってきた油揚げだ。お土産というよりは、迎えに来てくれる者へのお駄賃のようなものなのだが、その辺りを説明するのは面倒なので伏せておく。
「や、てっきりお昼に召し上がるお弁当なのかと」
「そんなわけないでしょ」
 道端で油揚げだけを一枚ぺろりと食べる、そんな人間の女がどこにいるか。どういう目で私を見ているの、と物悲しくなる。そりゃ確かに、こんななりしてるくせして、いつもご飯をおかわりしたりもしてるけど。それもちょっとは局所的に肉付きが良くなったりしないかという涙ぐましい努力の一環であって、つまりあれだ乙女心という奴なのだ。
 それにしてもお腹空いたなあ、こんなことならお昼を済ませてから出てくれば良かった、まあ無理だったけど……と複雑な悲嘆に暮れていると、不意に背後の茂みが、がさりと音を立てた。
 阿弥は弾かれるようにして石から腰を浮かし、振り返った。道と林の境界、木々の根元に深く生い茂る下草が、小さく揺れている。
 ヒコさんが竹箒を肩から下ろし、腋に挟むようにして構えた。
 ふたり固唾を飲んで見守る前で、下草がふたつに割れる。その暗い隙間から姿を現したのは、一匹の黒猫だった。
「あ……なんだぁ」
 阿弥は気の抜けた声でつぶやいた。それから一転してにんまり頬を緩めると、しゃがみこんで、ちっちっと舌を鳴らしつつ黒猫に向けておいでおいでをする。
 黒猫はその場から動かず、黄銅色の瞳でじっと阿弥のことを見つめている。それからおもむろに、にゃあ、と気だるげな一声。なびくそぶりは全くない。
「む、手強いな、この子」
「阿弥様」
「しっ、ちょっと静かに。ヒコさんにも抱かせてあげるから」
「阿弥様」
 繰り返し呼びかけてくる声がひどく剣呑な響きを帯びていることに、阿弥は遅まきながら気付いた。見ればヒコさんは黒猫を無視して、なおも林の中を睨み続けている。その視線を追った阿弥は、ぎょっと身をすくめた。
 いつからそこにあったのか、樹間の仄暗い陰、金色に瞬くふたつの光が浮かんでいた。
 妖の光、妖怪の双眸が灯す眼光に相違なかった。知識よりも先、魂に近い部分で、それを識別している。反応している。体の芯が小さく震えはじめ、しかし遅れて働き出した理性が、沸騰しつつあった恐怖を抑えつけた。
 阿弥をかばう位置へと足を踏み出しかけていたヒコさんを逆に手で制し、林の奥へ向けて微笑を作る。
「ご無沙汰しています、藍様」
「御阿礼の……八代目だったかな」
 静かな声が返ってきたかと思うと、林の中を覆う影が、さっと遠のいたように見えた。金色まばゆい髪と、立派としか表現しようのない九尾が、まず視覚を刺激する。白と蒼の衣に長身を包んだ女性が、そこにいた。ほとんど音も立てずに木々と茂みの間を抜け、陽光の下へと立つ。
 その足元へ黒猫が跳ねていくのを見て、阿弥は妙に腑に落ちるものを感じながら、会釈した。
「稗田阿弥、です」
「そう、阿弥。大きくなったわね」
「皮肉に聞こえます」
 ほとんど見上げるような位置にある九尾の女性の顔を、阿弥は悪戯っぽく睨みつけた。女性はくすりと笑う。
 そんなふたりの様子を、ヒコさんはぽかんとした顔で眺めていた。左手は固く箒の柄を握り締め続けている。
「え、妖怪……?」
「大丈夫よ、ヒコさん。彼女が迎えの方」
「八雲紫の式、八雲藍と申します」
 目を糸のように細めたその笑みは、ちょっと癖のあるものではあったが、同性の阿弥の目から見ても掛け値なしに美しいものだった。まして異性の目を通すとなると。
「や、私は稗田家に仕えておりまする……」
ヒコさんは落ち着かなさげに、意味もなく頭を掻いたり箒で地面を掃いたりしている。
 阿弥はその横顔を、今度は割と真剣に睨みつけ、彼の手からほとんど奪い取るようにして風呂敷包みを引ったくった。
「藍様っ、これはつまらないものですがっ」
「おぅ、これはご丁寧に」
 差し出された包みに、気品をたたえていた藍の笑みがたちまち緩む。実は先ほどからそわそわと、この包みに熱い視線を送っていた彼女であった。林の中で瞳を炯々とさせていたのも、案外そのためなのかもしれない。
 重みを楽しむかのように包みを左右の手で何度か持ち替えながら、藍は言った。
「紫様もお待ちよ。八作目が完成したことは耳にしていたから、そろそろ来る頃だとは思っていたわ」
「そうでしたか。紫様は、もうお目覚めになっておいでなのですね」
「うん?
 ……ええ、そうよ」
 藍は踵を返し、すると阿弥たちの視界が豪奢な金色の九尾で占められんばかりとなる。
「それじゃ、ついてきなさい」
 にゃあ、と阿弥たちより先に黒猫が返事をした。
 お地蔵様の脇を通って、藍はさっき自らが出てきた林の中へと分け入っていった。その九尾にじゃれつくような足取りで黒猫が後に続く。猫のお尻で揺れる尻尾が二股に分かれていることを、阿弥はこの時になってやっと知ったのだった。


 世界の変転は一瞬だった。
 藍と黒猫を追って、阿弥は林の中を進んでいたはずだった。奥へ踏み入るに従って頭上を覆う緑は濃くなっていき、じきに太陽の位置もよくわからなくなって、方向感覚さえ失いかけていた。そんな中でなおも足を前へ運び続けていると、ある一歩を踏み出した瞬間、軽い眩暈に襲われて、するといきなり視界が開けていた。
 周りを囲んでいた樹林が一本残らず掻き消え、何ものにも遮られず降り注ぐ陽光の中に、阿弥は立っていた。ひとりきりで。
 突然のことに片足を踏み出した姿勢のまま固まり、ぱちくりとまばたきする。驚き、だけど同時に懐かしさも覚えていた。この現象は経験がある。阿弥として体験するのは初めてだが、胸の奥底に反応する部分があった。転生を経て記憶の大半は失っても、魂に刻まれた年輪までが消えてしまうわけではない。
「神隠し、か」
状況を言い表すのに適当と思われる語の中から、敢えてそれを選ぶ。
 言葉を与えてしまえば、それは既に未知の現象ではなく、だから阿弥には既に困惑の色は無かった。案内してくれていた藍はともかく、阿弥のために露払いとして邪魔な下草を踏み均してくれていたヒコさんの姿までもが消えていることにはさすがに動揺もあったが、まあ滅多なことはないはずだ。不安を押さえつけて歩き出す。
 広々と拓かれた土地には、家屋がいくつか建っていた。里よりはるかに規模の小さな集落だ。そのうち、奥にある一軒から炊事のものらしき煙が上っているのを見つけ、そちらへと足を向ける。他の家々にも生活臭はあるのだが、人の気配はまったくなかった。代わりに牛か豚か、家畜のものと思しきくぐもった鳴き声が、どこからか聞こえてくる。
 それに混ざって、何かの楽の音も、阿弥の耳は拾っている。どうやら目的の家から流れてきているようだ。聴いたことのない不思議な響きの音色に導かれるようにして、阿弥は板塀に囲まれたその家へと入っていった。
 玄関には、二本の尻尾を持ったあの黒猫が待っていた。にゃあと鳴いて、家の奥へと歩き出す。阿弥は急いで脱いだ履物を揃え、後を追った。
 行き着いた先は手入れと掃除の行き届いた座敷だった。がらんと広い部屋の奥、障子は開け放たれていて、中庭が一望できるようになっている。
 そしてその庭には桜の立派な木々が並び、早くも開ききった花弁で枝を満たしていた。
 視界一面を染めつくす桜色の光景に呆然と立ち尽くしていると、
「立ってないで、お座りなさいな」
 無人だったはずの座敷に、忽然と人が現れていた。金色の豊かな髪と派手派手しい洋装との組み合わせが胡散臭い、だけど目鼻立ちがはっきりとした美しい容貌の女性が、まるで一刻も前からそうしていましたといった顔つきで正座して、お茶などすすっている。
 そろそろ驚くのにも疲れてきていた阿弥は、だから苦笑することにした。
「紫様……お久しぶりです」
「八代目のあなたとは、これが二度目だったかしら。大きく……あら、縮んだんじゃない?」
「怖いこと言わないでください」
 改めて座布団を勧められて、阿弥は妖怪の賢者と差し向かいに座った。座ってから、用意されていた座布団が一枚のみであるという事実に頭が回り、それが意味するところを案じて、身を硬くする。
「あの、ヒコさん……私の連れのことなのですが」
「心配いらないわ。ここは庭師の出る幕じゃないから、外してもらっているだけ」
 紫は湯飲みを置くと、空いた手に扇を出して、広げた。
「庭師が例え護衛の剣士だったとしてもね」
「ご存知だったのですか」
「あなたのおうちに仕えてきた剣客一門の末裔なんでしょ、彼。なかなか面白い揺らぎを抱えているわね。庭師と剣士なんて」
「剣一本では食べられない時世ですから。前に紫様から教えていただいた話を参考にしたんですよ?
 新しいお仕事の斡旋は」
「私の友人のところの庭師の話ね。あちらは、ちゃんと庭師と剣士を両立させているんだけど。あなたのところのみたい、中途半端に揺らいではいないわ」
 扇で口元を隠して、紫は愉快げに目を細める。
「それともうひとつ、あなたの庭師さんの中には境界の揺らぎが見える……どちらの揺らぎも、あなたを端緒としているものだわ。無自覚なだけで、あなたにもそういった才能があるのかもしれないわね」
「……よく分かりませんが」
「境界をいじるのに、なにも特別な力は要らない。言葉だけでも成せるってことよ」
 じっと注がれる紫の視線に、阿弥は居心地の悪いものを覚え、身じろぎした。扇の向こう、紫の口が意地の悪い三日月形になっているのが見えるようだった。
「とにかく、彼のことは心配いらないわ。藍に任せてあるから」
 それはそれで心配ではあったが、口に出すとどんな顔をされるか知れたものじゃなかった。
「そうね、今の時間なら、お昼の用意でも手伝ってもらってるのかも」
「お昼」
と聞いて、阿弥は空腹を思い出した。自分も昼食をいただけるのかと期待し、しかし一抹の不安がよぎる。八雲紫は妖怪だ。当然、人を食らう。まさかそれに付き合わされたりはしないと思うけれど。
 自分が食材になるかも、という恐れまではなかった。紫ほどの妖怪ともなると、本能的な欲求よりも知的文化的好奇心の充足を優先させる。御阿礼の子が一代に一作綴る「幻想郷縁起」は、紫にとって興味深い人間主観の資料であり、娯楽源だ。だからその編纂主を害することは無い。むしろ庇護下に置いてすらいる。
 もちろん絶対的な約束が交わされているわけではなく、阿弥がそう信じているだけのことだ。もし、こちらが紫の温情に驕るような振る舞いを見せれば、そうでなくとも護るに値しない存在であると認識を覆されれば、即座に見限られるであろうことは確かだった。
 それだけが理由というわけではないけれど、阿弥はこれまで割かし自分を厳しく律して生きてきたのである。
「さ、それじゃあお昼が出来るまでに、見せてもらおうかしら。新作」
「ええ。どうぞ」
 袱紗を開いて本を取り出す。既に何人かの目に触れられ、折り目もついてしまっている書だが、妖怪の前にさらすのはこれが初めてだ。
「拝見、拝見。あなたはお茶でも飲んで待っていてね」
 紫が閉じた扇をさっと振ると、阿弥の目の前に紫色のスキマが開き、中から生っ白い腕がにゅっと這い出てきた。びくりとなる阿弥の前に湯気の立つ湯飲みを置いて、手はスキマごと、出現したときと同様に忽然と消えた。
 阿弥は溜め息をついて、庭の方へと首を巡らせる。
 緩やかな南風に、桜の枝がかすかに揺れていた。淡い桃色が、細かな波を連ねている。
 風は桜を撫でながら、不思議な音楽を阿弥の耳元へと運んでくれていた。さっきからずっと流れているこの音を、阿弥は紫が奏でているものだと、この部屋に来るまでは考えていた。あるいは藍が奏者なのか、それとも他に誰かいるのかと首をひねっていると、
「蓄音機っていうのよ。同じ音楽を、何度でも全く同じように奏でてくれる式なの」
 本をめくりながら、紫が言った。湯飲みを口に運び、あら冷めちゃってるわねえ、と眉をひそめている。
 阿弥は庭へと目を戻す。風も光も音も、全てが非の打ち所なく風雅だったが、どれも心の中には留まらず、ただ過ぎ去っていった。
 しばらくして、紫が本を閉じる気配がし、そちらへ顔を戻す。何か不満があったのか、口をちょっと尖らせている。
「私の記事が、少しばかりあれね」
「あれでしたか」
「うん、あれだったわ。前回もそこそこにあれだったけれど。やっぱり毎回、監修するべきかしら。とりあえず次回はやらせてもらうわね」
「次回、ですか」
 阿弥はうっすらと笑った。むしろ自分自身へと向けた、自虐的な色の笑みだった。
「無理ですよ。次回なんてありませんから」
「あら?
 どういうことかしら」
 紫の当然の問いに阿弥はすぐには答えず、これで何度目になるのか、庭の桜へまた視線を投げた。
「桜も、時には花を咲かすことに倦んだりしないのでしょうか」
「うん?」
 紫の声に当惑の色合いが増す。自分がこの妖怪の賢者を困惑させている事実に、阿弥は小さな愉悦を覚えた。
「紫様」
 向き直った阿弥の顔は、凪いだ水面のように透明で、静かだった。
「私は、この代で転生を終えようと思います」


 阿弥が稗田阿弥として生を受けたとき、既に幻想郷における妖怪の弱体化は著しかった。
 幻想郷縁起の資料を集めるため各地に足を伸ばしても、ほとんど危険な目に遭わず、護衛の剣が抜かれたことは一度もなかった。
 平和だった。
 あっさりと資料が整ったことに気をよくし、さあいざしたためんと筆を執ったところで、小さな疑問が芽生えたのである。
 自分は、これから何を綴ろうとしているのだったか。
 答えは簡単、八作目の幻想郷縁起だ。では幻想郷縁起とは何か――それも簡単、妖怪対策を主目的に纏めた書物だ。
 妖怪対策……この気の抜けた平和な時代に?
 急に自分のしようとしていることが茶番に思えてきた。
 もちろん、妖怪の危険が根絶したわけではない。現代でもなお、妖怪を直間の原因に命を落としている者はいる。夜には里のすぐそばで妖獣の遠吠えが響くこともある。
 だが相対的には、どれも寡少の割合に位置づけられるものなのだ。里人の死因は病死が過半となっているし、夜警が目を光らせる相手は妖
 怪から同じ人間の盗人へと移っている。時流は着実に変わっていて、ならばそこに生れ落ちた者は、流れに合わせて生きるべきではないかと思えるのだった。
 阿弥は、幻想郷縁起が既に存在意義を失い、それと同時、御阿礼の子も不要な存在になったのだと、そう考えるに至ったのである。
「どうりで」
 阿弥の話を聞きながら、紫はもう一度、幻想郷縁起を開いてぱらぱらと項をめくっていた。
「どうりで、情熱に欠ける筆致だと感じたわけだわ。完成も遅れに遅れたわけね」
「……お気付きだったのですか」
「あら、言ったじゃない。冷めちゃってるわねって」
 阿弥は愕然となった。紫の指摘どおり、編纂に対する情熱はひどく失われていたが、それでも文面では巧く覆い隠したつもりだった。事実、里の人間の目はごまかせたのだ。
 だが八雲紫を人間と同列に扱ったのは、やはり大きな誤りだった。過去の幻想郷縁起すべてに目を通してきただけでなく、その執筆者本人とも触れ合い、血肉を感じ取ってきた、そんな彼女を欺けるはずなどなかったのだ。
 後ろめたい部分を看破され、突かれて、だが阿弥はいまさら前言を翻すつもりもなかった。さらに語気を強め、言い募る。
「おっしゃるとおり、私は阿一の代から保ち続けてきた情熱を、ここで失おうとしているのでしょう。いえ、もうとっくに失くしているんです。だから、それだけに、かつては気にならなかった事が気になってならない。苦痛でたまらない。転生について考えるのが怖い。好きな人、嫌いな人、みんなまとめて置き去りに死んでしまうことが。置き去りにされて新しく生まれ変わることが」
 しゃべっている間に声が上ずってきて、それを意識すると脳裏が熱く茹だってくるようだった。明晰であることが自慢だった頭は、今は意味も順序もなくぐちゃぐちゃに言葉を並び立て、口から吐き出すことを命ずるばかりだった。
「転生の準備が嫌。閻魔様のところへ生きている間に贖罪に行くのが嫌。死ぬための準備なんて嫌。生まれ変わりのために子どもを作るのなんて……」
 終わりの言葉はかすれ、ほとんどまともな音を成していなかった。
「好きでもない人と一緒になるのなんて……いや……」
 いつしか阿弥はうつむいて、着物の膝に爪を立てるようにして拳を握り締めていた。
 嗚咽をこらえようとする音だけが、座敷の空気を震わせる。いつの間にか楽の音も絶えていて、ただどこか遠くの空で鶯のさえずる声が聞こえるばかりだった。
 静寂に身を浸している内に、阿弥は冷静さを取り戻していった。胸に詰まっていた重石を思い切り吐き出したことですっきりしたものを覚えると同時、とんでもないことをしてしまったという後悔の念が沸き起こっている。激情に駆られて他人に愚痴をぶつけるなんて、なんてみっともないんだろう。ちょっと泣いちゃったし。しかも相手は八雲紫、妖怪である。人間の悩みをぶつける相手としては大間違いじゃないのか。恥ずかしい、顔を見るのが怖い……
 うなだれたまま自己嫌悪の沼に沈み込んでいると、ふと、膝頭に硬いものが触れた。そっと視線を移すと、幻想郷縁起がすぐ目の前に置かれていた。
 のろのろと顔を上げる。紫は蔑みも嘲りも無い、それらとは遠い何かを含んだ静かな微笑をたたえて、阿弥のことを見ていた。
 扇の先が、幻想郷縁起を指す。
「これの出来についてあなたを責めるつもりなんてないわ。だって、あなたはごく当たり前に完成させただけなのだから」
「え……」
「幻想郷縁起は、その時代の幻想郷を映す鏡のひとつ。綴り手のあなたにその意識が無くてもね、出来上がったものは自然とそうなるの。そして、幻想郷縁起に対する熱情が薄らいでいるということは、すなわち幻想郷の活力が落ちているということ」
 そこでやっと阿弥は、紫の微笑の裏に滲んでいるのが、憂いの感情であることを察した。
「幻想郷はその生命力を涸らしつつある。痩せ衰えている。今はまだ、ほとんどの人妖が気付いていないけれど、この大地の下には既に大きな空虚が広がっているの。そしてその穴は、もうじき口を開こうとしている」
「それは……」
 自分が漠然と抱いていた危惧に、いきなり裏づけを与えられて、阿弥は喘いだ。紫の口にしたことは壮大な妄言としか思えない内容だったが、それでも真実であると分かった。阿弥は知っているのだ。この胡散臭い妖怪が、唯一「幻想郷」に関してだけは、一切の偽りを見せないということを。彼女が他の誰よりもこの幻想郷を愛しているということを。
「これは老衰にも近い、本来避け得ない運命なのよ。幻想郷が幻想郷という形をとることを選んだ時点で、既に定まっていたこと。閉ざされた環境に単独で置かれた種が、そこで種としての生命力を伸ばすことができず、ただ磨耗し、ついには滅びに至る。それと同じ」
 淡々と語られる無慈悲な内容に、阿弥の胸は絶望感に占められた。そして、そんな自分に呆れる。どうせ自分には関係のないことなのに。短命で死ぬ自分は幻想郷の滅びるところなんて見ずに済むだろうし、転生しなければその後のことも関係ないのだ。それはとても幸いなことで、だから絶望する理由にはあたらないのだ……
 そんな理屈を確認していると、不意に自嘲の笑みが口の端を震わせた。ああ、やっぱり私は、この幻想郷が好きなんだな。好きだったんだなあ。
「滅ぼさせやしないわ」
 いきなり紫が語調を強めた。はっ、と阿弥は彼女に意識を戻す。
 実に妖怪じみた、底冷えのする笑みが、そこに浮かんでいた。
「自ら活力を生み出せないのなら、よそから取り込めばいいのよ。なにせ巷には、ちょうどよさげな幻想が溢れ、さらに今この時も新しく生れ落ちているのだから」
「で、でもどうやって……」
 阿弥は身を乗り出そうとして、しかしあまりに禍々しい相手の笑みにそれをためらう。躊躇していると、逆に紫の方から顔を寄せてきた。艶めかしく濡れた唇が阿弥の耳元に寄せられ、低められた、怖気を呼ぶほどに甘美な声で耳朶を舐める。
「あなたに聞かせてもらった話のお礼よ。いずれ博麗あたりから里へも報せがあるでしょうけれど……私たちの進めてるとっておきの計画、一足先に教えてあげるわ」




「平和ですねえ」
 文机の向かいに座ったなり、ミツさんがそんなことを言った。
「夜回りの人たちも言ってましたよ。このところ、妖怪の臭いすらしないって。で、こっちは山へ薬草を採りに行った人の話なんですけれど、なんでも山頂の方で妖怪同士がちゃんちゃんばらばらやってたんだとか。仲間割れでもしているんですかね」
 さもありなん、と阿弥はうなずく。あの日、紫の語った「計画」は、多くの妖怪にとってはまず受け容れがたいものであろう。耳ざとい者が、聞きつけるなり反発の行動を起こしていてもおかしくはない。
 紫の家を訪ねてから、四日が過ぎていた。阿弥もヒコさんも何事もなく里へ戻って、そのまま普段の生活を続けていた。
 阿弥はぼんやりと、別れ際に聞かされた紫の言葉を脳裏に繰り返す。
『幻想郷はこれからも生き続けるわ。だから、あなたも、ね?』
 溜め息が出る。
 紫の言う通りに事が運ぶのなら、それは間違いなく喜ばしいことだった。だがそれと、阿弥が決意を翻すこととは、また別の次元の話だと思う。こっちだって、かなり真面目に悩んで悩みぬいた果てに、覚悟を決めたのだから。第一、紫の計画はどう好意的に判断しても博打に近いもので、おいそれと乗れるものではない。
『ああ、それと。あなたの悩みはよく理解できたけれど。だけどね、他のことはともかく、男のことについては自分でなんとかなさい』
 なんて、余計なことまで言ってくれるし。いやまあ、元はと言えば口を滑らせた自分が悪いのだけど。ああ、思い出すだけで顔が火を噴きそう。
『私はこれから忙しくなるから。あなたも自分のことは自分でちゃんとやるのよ』
 わかった、わかりましたから。
 刺し当たってやらねばならないことと言えば、ちょうど目の前にある。文机の上にどんと積まれた釣書の束。
 ミツさんにこにこ。
「さ、こんな平和な時こそ、お見合いに絶好というものなのです。そろそろ先方へのお返事もせねばなりませんので、できるだけ急ぎ目をお通しください。ささ」
 まずは、この窮地をどうにか脱しなければならない。ミツさん相手に逃げ回るのも、もう限界みたいだし。
 とっくに猫もいなくなった部屋で、阿弥は孤軍奮闘の決意を固めた。
「あのね、ミツさん。ミツさんの気持ちは嬉しいのだけど、これは私の問題だから。だから、その、あまり口出しとかしてほしくはないなあって」
「そうは参りません」
 ずばりと、鋭い舌鋒が阿弥の言葉を遮る。
「旦那様がたにも、よっく頼まれているのです。阿弥様を、稗田家をよくお守りし、盛り立てていってくれと。我ら侍従一同、そのお言葉に違える意思など、一切ございません」
「あ、うん、それは立派で大変ありがたいことだと思うんだけど……でも私の意見もちょっとは聞いてくれると嬉しいかなあ、なんて」
 阿弥の構える戦列は、早くも脆さを見せはじめていた。そこへミツさんが大股に踏み込んでくる。
「では、阿弥様には既に誰か、心に決めた方が?」
「え、その、うん」
 そう真っ向から問われると、さすがに面映い。頬の染まるのを意識して面を伏せると、ミツさんが静かな一言を発した。
「ヒコさんですか」
 阿弥はがばっと顔を上げた。百の言葉よりも雄弁に肯定を告げる動作だった。
 ミツさんと目が合ってから、ようやく自分の過失に気付く。もはや一分の隙もなく朱で覆われた阿弥の顔を、ミツさんはしばしじっと見つめ、それから小さくかぶりを振った。
「なりません」
「な、なんで? 家人だから?」
 言えば確実に反対されるだろうとは考えていたが、いざはっきり拒絶されると、やはり堪えた。
「そんな考え古いよ。ちょんまげ頭と同じくらいに。知ってる?
 散切り頭を殴ってみるとね……」
「阿弥様」
 諭すような声音。
「そもそも、なぜ彼なのですか」
「なぜって……私が誰を選ぼうと、私の自由じゃないですか」
「選んだ、とおっしゃる。他にも選択肢があったと、そうおっしゃるわけですか」
 強く首が振られる。
「私にはそうは思えません。阿弥様のお近くには、他に比較的歳の近い殿方はおられませんでした。里の人たちとの交流も薄い阿弥様にとって、ヒコさんがどれだけ安心できる存在であるかは理解できます。ですが、それだけを理由に伴侶としようというお考えは、安易に過ぎませんか」
「そ……そんなんじゃない……」
「阿弥様が広い見識をお持ちでいらっしゃることは存じておりますが、この件ばかりは例外であると断言させていただきます。あなたの恋愛観は極めて偏狭なものなのですっ」
「ぐぅ」
 どうにかまだぐうの音は出た。だがそれだけだ。もはや抗戦できる力が自分に残されていないことを、阿弥は理解していた。
 文机の上、積み上げられた釣書の山が、ずいと迫り来る。
「ですから阿弥様、まずは偏見を捨てて、何度かお見合いをしてみてください。多くの殿方と触れ合ってみてください」
 やっぱりだめだった。ここは戦略的撤退を選ぼう。逃げ道、どこかに突破口は……
「そしてその上で、なおも今のお気持ちが変わらないのであれば。私めももはや反対はいたしません。阿弥様の望まれるままになさると良いでしょう」
 ……え?
 尻尾を巻いて逃げ出す算段ばかりしていた阿弥は、ミツさんの言葉を半ば右から左へと聞き流している状態だった。だけどちょっと待て、いま彼女はなんと言った。好きにしろって、そう言わなかったか。
 え、もしかして愛想を尽かされてしまったのだろうか。そう思ったが、ミツさんのこちらを見る眼差しはいつもの、慈しみに満ちたものだった。
「え……だめじゃ、ない、の? その、ヒコさんと……」
「私は――我々は」
 阿弥の戸惑いに満ちた声は、ミツさんの凛とした響きに遮られた。
「阿弥様の今生をお助けする、そのためだけにお仕えいたしております。重大なお役目を背負われた阿弥様が、せめて些事に煩わされぬよう、身の回りのお世話をさせていただいているのです」
「う、うん。いつもありがとう」
 彼女が何を謂わんとしているのか分からず、とりあえず礼を言っておく。 ふっと、ミツさんは笑った。
「阿弥様の先代までは、結婚もですね、そんな些事のひとつだったらしいのです。阿七様などは、自らの婚姻相手を侍従に選ばせ、見合いすら行わず、初めて顔を合わせたのは式の場だったそうじゃないですか」
「そ、そうだっけ」
 自分のこととはいえ、さすがに転生前のことは覚えていない。
 心を千々に乱している今の自分からすると、先代での所業は呆れるしかないいい加減さだったが、でもそんなものだったかもしれない。ろくに記憶に残っていないのは、転生の弊害によるものばかりではなく、婚姻に対してろくに関心を持っていなかったせいもあるのだろう。
「阿弥様。私は阿弥様が今生をお幸せに過ごされるためならば、どんな助力も惜しみません。ただ、性急に陥ろうとしているのを見過ごすこともいたしません。ですから――」
「分かった。分かりました、ミツさん」
 居住まいを正し、まっすぐ侍女の顔を見据える。白旗を揚げるのは好きじゃないが、だからこそ、せめて堂々と。
「ミツさんの言うとおりにします」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。……私は、自分で思っていたよりも幸せな人間だったみたい」
 はにかむような笑みを交わすと、ミツさんは陽に白くぼやけている障子へ顔を向けた。
「そろそろお昼の支度が整っている頃ですか。目を通していただくのは、食事の後にいたしましょう」
「うん」
 釣書の束に目をやり、阿弥は柔らかに苦笑した。


 ふたりで縁側へ出ると、中庭、庭木の間を歩くヒコさんの姿が目に入った。
 たったいま密室で交わしていた会話を思い出し、阿弥はつい、その背中に目を留めたまま立ち尽くしてしまった。
 ミツさんはくすりと笑い、それから「果報者め」と殺傷力すら孕んでそうな目つきでヒコさんのことを一瞥すると、阿弥を残して廊下を去っていった。
 どちらの視線の効果か、ヒコさんがおもむろにこちらを振り返った。阿弥の姿を認め、頭を下げる。
 阿弥は少し迷ってから、庭へ下りることにした。草履をつっかけ、桜の木へと足を向ける。
 ミツさんと話したことでいくつか、自分の気持ちに整理のついたところがあった。
 どうして、七度も転生を行ってきた今になって、いまさらとしか思えない悩みに胸を締め付けられることとなったのか。
 阿一からこれまでの生には、大きく、揺るぎない目的があった。幻想郷縁起の編纂。それが人生における第一義だった。それがあったから、迷いなく生き、転生を繰り返してこられた。あまりに大きく明確な指標を持ったが故、余所見をする暇も必要もなかった。
 ところがここへきて、絶対であるはずだったその指標が薄らぎはじめた。幻想郷縁起の作成に、転生を続けることに、疑問を抱いてしまった。まっすぐ前へ向けつづけるべき目を、逸らしてしまった。
 するとこれまで歯牙にもかけてこなかった様々な雑事が、一度に視界へ飛び込んできたのだ。こういうのも視野が広まったと表現してよいものか。あるいは散漫になっただけか。とにかく結論を言うなら、あるひとつの俗事に、それもかなり面倒な類のものに、阿弥の心は囚われてしまったわけである。
 桜のそばで、ヒコさんは阿弥が歩み寄るのを待っていた。並び立つと、もうすぐ綻びんばかりに膨らみきった蕾を、共に見上げる。
「もうじき。もう、じきです」
「うん」
 阿弥は考える。もしかして「私」は、この八度目の生にして初めて恋というものを知ったのかもしれない。 道に迷い、逸れた先で、思いがけず見つけてしまったもの。それを、できる限り大事にしたいと願った。
「何か良いことでもございましたか」
 ふと、ヒコさんがこちらを見ていることに気付く。阿弥は顔に血が上るのを感じ、風に乱れた髪を直す振りをして、手で横顔を隠した。
「うん、まあ。また頑張ろうかなあって、ね。そう思ってたの」
 色々なことと。まっすぐに向き合おうと。
 この阿弥としての生は、まだ終わらない。幻想郷縁起製作という最大の目的こそ既に果たしたが、まだまだ他にもやれることがありそうな気がしていた。
 そう、もう一花咲かせるくらいの時間は、あるんじゃないか――暖かな風と光の中、好きになった人と一緒に、もうじき綻びようとしている桜の蕾を阿弥は仰ぎ続ける。




 次の満月の晩、計画は最終段階に移ると、八雲紫は語っていた。
 この幻想郷を論理的結界で覆い、外界と完全に隔絶するという計画が。
 それで本当に幻想郷を存続させることができるのか、阿弥はまだ半信半疑だったが、でもそうなれば素晴らしいとは思う。
 そして、例え望ましい結果が訪れなかったとしても、全てをこの目で見届けたいと、そう考える。少しでもこの幻想郷の在り様を魂に刻み付けて、次代へと引き継ぎたいと望む。
 阿弥は今代限りでの転生の終結を、今では思い直していた。
「そんなわけだから。ヒコさん、外へ出ますよ」
 紫を訪ねてからちょうど一週間目が、月の満ちる日だった。
「や、どんなわけでしょうか」
 ヒコさんを含む里の人間は、まだ紫たちが何を行おうとしているのか、知らないでいた。紫がほのめかしていた博麗神社からの報せとやらも、結局ないままで、どうやら不意打ち同然に行う腹積もりらしい。阿弥自身も、誰にも明かさずにいた。あまりに突拍子もない話で、信じてもらえるとは思えなかったし。
「それに、今から外へ出るので」
 庭の真ん中で、ヒコさんは竹箒を手に、暮れなずみつつある空を見上げる。空の片隅には、夕月がおぼろな円を描いていた。
「夕食の後では遅いかもしれないので」
「もう十分に遅くあります。いくら昨今、妖怪どもが静かにしているとは言え、やはり夜が危険なことには変わりありませぬ」
「だから、ヒコさんと行くの」
 阿弥の切り返しに、ヒコさんはむっと唸り、空を仰いだまま目を閉じた。 狡い言い方になってしまっただろうかと阿弥が気を揉んでいると、やがて閉ざされていたまぶたが開き、彼は重々しくうなずいた。
「分かりました、お供いたします。それで……どちらへ? またあの奇っ怪な妖怪屋敷であられますか」
「いえ、今日は博麗神社です」
 計画の実行拠点がどこなのかまでは、紫は教えてくれなかった。ただ、博麗が一枚噛んでいることだけは確かだ。神社で結界を敷くかどうかは行ってみなければ分からないが、空振りだったその時は、巫女を捕まえて問いただせばいい。
 ヒコさんは再度うなずくと、それまで手入れしていた桜の木を振り返った。桜の枝はすっかり花で満ち、西日に赤く色づいていた。


 里から博麗神社へと至るには、まず街道を東へ辿り、途中で枝分かれしている細い獣道に踏み入らねばならない。
 この獣道はただでさえ見通しが悪く、夜ともなればまともに歩いて進むのも難しくなる。とっぷりと日も暮れて、一面を覆う影の中、悪路を提灯ひとつ頼りに進むのはいかにも心細いものだった。木々を透かして射す満月の光が、せめてもの救いというものである。
 明るいうちに出て来れば良かったのだが、昼時、ミツさんたち侍女衆が桜餅を大量にこしらえてくれて、そちらにうっかり心奪われてしまったのが誤算だった。悔しかったので、いくつか包んで持ってきている。夕食代わりに神社でいただいてやるつもりだった。
 どこかで梟が鳴いていた。辺りの風景は、雑木林から竹林のそれへと推移しつつある。薄気味の悪い静けさが、木々の間にたゆたっていた。隣で提灯と、やっぱりなぜか竹箒を持っているヒコさんの横顔に緊張の影があるのを、阿弥は横目で察している。
 ここは妖怪の猟場としては絶好の地である――自らが幻想郷縁起に記した記事の内容を、阿弥は思い起こしていた。現在は妖怪の勢力が衰退している上、彼らの多くが紫の計画に目を向けつつあるという事情がなければ、とてもじゃないがおちおち歩いていられない場所なのだ、本来。
 阿弥たちの歩みに合わせ、月がゆっくりと夜空を渡っていく。
 その月影の下、行く手のずっと先の高所にぼんやりと光るものがあるのを、阿弥は見つけた。夜闇に浮かぶには不自然な桜色の光で、はじめは錯覚かと目をこすったが、すぐにそちらが博麗神社の方角であることを思い出した。
 神社で何かが起きようとしている。あるいは今まさに起きている。その事実と紫の語った計画とを結びつけるのは、あまりに容易だった。こちらを目指して正解だったんだ――阿弥はここまでの疲労を忘れ、足を速めようとした。
 が、いきなり力強い手に肩を掴まれ、後ろへ引っ張られる。
「ひゃっ」
 よろめきながら、辺りが急に暗さを増したことを知覚する。ヒコさんが提灯を捨てて、空いた手で自分の肩を掴んできたのだと、そう悟った。
「な、なに」
「阿弥様、下がって……いや、そばから離れないでくだされ」
 低いが、有無を言わせぬ強い口調だった。戸惑う阿弥の前に、ヒコさんの広い背中が壁とそびえる。
 戸惑う阿弥の耳は、周囲の闇がざわめくのを聞いた。
 月光の落ちる路上に、竹の木々の間から闇が染み出してくる。細く、だが無数に、まるで意思を持つ触手のようなそれらは、するすると這いずりながら阿弥たちの足に絡みつこうとしてきた。
 ヒコさんの両の手が、竹箒の柄を捻るように動いた。手の間でぱちりと硬質な音が鳴ったかと思った次の瞬間、白い光がそこから迸り、闇の触手たちをまとめて薙ぎ払っていた。
 林にわだかまる闇から切り離された触手どもは、蛇のように路上でのたうち、やがて月光に溶け消えた。
「あー」
 のんびりとした感嘆の声が、頭上から降ってきた。はっと振り仰ぐと、銀の真円を背に、少女のものらしきシルエットが浮かんでいる。両腕をまっすぐ横に伸ばしたその影は、西洋の宗教における聖印を髣髴とさせた。
 何様のつもりか。
「誰ですか」
 自分の発した声が、みっともないくらいにかすれてしまっているのを阿弥は知った。体は小刻みに震えはじめている。なんだろう、私は過去にも、同じ光景に立っていたような気がする。明確な記憶の絵こそないが、魂の年輪がそう訴えている。
「あれ」はいけないと、危険だと、そう悲鳴を上げている。
 無意識に後ずさりしかけたとき、今度は背後の闇が揺らいだ。
「待ってたのよ、昼間からずっと」
 ぎくりと振り向いた先、影が寄り集まって、これまた少女の形を作り上げていた。上空のものよりいくらか背の高い、黒髪の影。
「わざわざ昼から張ってたのよ? 日が暮れてもう来ないものだと諦めてたら……なんで夜に来るのかなあ。馬鹿なの?」
「馬鹿なのかー」
 頭上から合いの手。
「あなたは……闇の妖怪? いや、影の方ですか」
 不思議と、今度の問いの声はかすれなかった。冷静さが自分の中によみがえりつつある。
 少女の口元にえくぼの影が浮かんだ。
「ご明察。さすがね、稗田の。ちなみに上の子が宵闇担当だから」
「よろしくねー」
「……私のことを知っていて、そして待ち伏せていたと」
「不埒な妖怪変化どもめ。阿弥様にその牙を向けるなら、容赦はせん」
 ヒコさんが阿弥をかばう位置にうごいた。その手から竹箒は消え、代わりに竹の柄を持つ短刀が握られている。箒の柄の部分に仕込まれていたらしい。阿弥もまったく知らなかった。
 月光の跳ねる切っ先を突きつけられて、影の妖怪少女は笑みを崩そうとしない。ヒコさんのことなど眼中には無いような振る舞いだった。
「八雲の奴がトンチキな真似をしようとしているのは知ってる? 知らない? まあどっちでもいいけど……とにかく私らとしては、それを止めたいわけ、迷惑千万だから。だけど、とち狂っても八雲は八雲、やっぱり私らの敵う相手じゃない。そこで力で屈服させるのは諦めて、交渉しようって考えたの」
「なるほど。理性的な判断ですね」
 阿弥は努めて皮肉な響きの声を出す。
「それで、こんなところまで交渉の材料を探しに来ていたわけですか」
「御阿礼の子とかいう人間が八雲のお気に入りだってのは、知ってる者は知ってるよ」
「迷惑な過大評価ですね。私にそれほどの価値はありません。紫様はあっさりとお見捨てになることでしょう」
 このとき阿弥の脳裏には、一週間前、紫からもらった言葉がよみがえっていた。今にして思えば、あれは助言などではなく、警告だったのだ。
『私はこれから忙しくなるから。あなたも自分のことは自分でちゃんとやるのよ』
 御阿礼の子を庇護する余裕もなくなるだろうから――あれは、そういう意味だったのだ。だから今、自分たちは、これまで無縁だった窮地と突然向かい合う羽目に陥っているのだ。
 唇を噛んで己の迂闊さを呪いたかったが、こらえる。妖怪相手に弱気を見せれば、たちまち付け込まれる。自分の背を破滅に向けて押し出す行為と同じだ。ここで死ぬわけにはいかない。まだ生きると、そう決めたばかりなのだから。
 正面で影が揺れた。少女が肩をすくめたらしかった。
「そうかもしれないね。だけど、少なくとも牽制にはなるだろうし、そこに付け入ることも出来るかもしれない。試してみる価値はあるんじゃないかな」
「ねえ、早く食べようよ」
 月下の十字架が、くるりと回る。それを影の少女は睨みつけた。
「あんたも何を聞いてたの。この人間は交渉に使う道具なの。食べるのはそれが済んでから」
 どっちにしろ食べるのか。
「でも私、ずっと待ってたんだから。百年くらいは待ってたんだから」
「適当なこと言うな」
「いいじゃない、食べてから交渉に使えば。ね、いいよね」
 理屈も何もない滅茶苦茶を言って、十字の少女はくるんと身を傾けた。その広げた両手の先から、頭から、つま先から。全身から闇が勢いよく広がり、たちまち全天を覆う漆黒の帳となって地へ滑り落ちる。
 恐ろしい速度で視界を塗りたくっていく黒に、阿弥の魂が再びわなないた。闇への恐怖。原初の恐怖だ。ああ、やっぱり自分は、これには抗えないのだ。遠い昔から何も変わっていないのだ。いくら知識を積み重ねても無力に等しく、ただ泣き震えながら苦痛が終わるのを待つしかないのだ――
 もはや月光も届かない暗闇の底に、いきなり白い光が走った。涙でにじむ視界に、阿弥は見る。闇を切り裂いて再び月光を吸う、白い刃を。
 闇の帳が割れて、夜気をヒコさんの声が震わせる。
「させん。稗田に害為すを討つが、我ら一族の務め。神道流、広前彦吾朗形久。稗田の血脈を妖怪などに絶たせはせん」
 

 阿弥はこれまでヒコさんの剣の腕前を目にしたことがない。これからも知ることはないだろうと、大した根拠もなしに思い込んでいた。
 知りたくなんてなかった。

 頭から突っ込んできた宵闇の妖怪に、ヒコさんは刃を突き出した。渾身のものであろう鋭い突きは、だが軽く振ったとしか見えない小さな手に払いのけられ、大きく開かれた口腔が鼻先に迫る。
 すんでのところで、左の掌打が妖怪の顎を下から突き上げた。「あごぉ」と珍妙な声を上げてのけぞる彼女を、剣士は既に見ていない。阿弥の背後から、影の妖怪が舌打ち混じり、鋭い爪の揃った手を伸ばしてきていた。
 すくみ上がる阿弥のすぐそばの大地を、ヒコさんの大股な一歩が踏みつける。大陸武術の震脚を思わせる踏み込みは、地面に転がっていた箒の房を踏み抜いていた。反動で箒の柄が勢いよく跳ね起き、迫っていた影の妖怪の手をしたたかに打つ。
「あいたぁっ!?」
 むしろびっくりした顔で、妖怪は退けられた手にふーふーと息を吹きかける。ヒコさんはすかさず短刀を突きこもうとしたが、そのとき後方で闇が弾けた。宵闇の妖怪が立ち直ったのだ。
「ナイトバード」
 ささやいた闇の奥から、黒い翼を有した無数の鳥が飛び出した。咄嗟に阿弥をかばったヒコさんに殺到し、鋭利な嘴で長身をついばんでいく。ひとたまりもなくたじろいだ体、その右の肩口から、不意に黒い飛沫が噴き上がった。
「えっ、あ」
 顔に跳ねかかってきた温かな液体をほとんど無意識に手で拭った阿弥は、愕然となる。月下、手の甲が真っ赤に濡れていた。
「うん、それなり」
 すぐ耳元で鳴る無邪気な響きの声。慄然となって顔をそちらへ向ければ、宵闇の妖怪が眼前に浮かんでいた。黒鳥の弾幕に紛れて接近したのだろう。
 月明かりに金色の髪を濡らして、妖怪の少女は思いのほか愛らしい風貌をしていた。それだけに、口の周りを赤く染めて、くちゃくちゃとおぞましい音を立てて何かを咀嚼する様が、気の遠くなりそうなほどに恐ろしかった。
 胸元を飾る朱色のタイが、半ばですっぱり切れているのは、交錯した際に一太刀浴びたのか。ヒコさんが荒い息をつきながら、左手に移した刃で切りかかるが、少女はくるんと上下反転して、これをかわした。
「そうね、男のほうなら食べていいわよ」
 間を置かず、影の妖怪が再び滑り寄ってくる。伸ばした爪は、もはや上がらなくなったヒコさんの右腕に、三つの穴を穿った。剣士は苦痛に太い声で咆える。
「前菜、善哉ー」
 答える宵闇の声は、早くも血に酔い痴れているかのようでもあった。
 個々の実力は、あるいは伯仲していたのかもしれない。しかし他のあらゆる要素が不利を告げていた。
 夜に、悪路で、複数の妖怪に前後から挟み撃たれて。いったいどんな人間なら、これを覆せると言うのか。
 牙が閃く度。爪が風を切る度。ヒコさんは肉を削り取られていった。
 ついに立ち続けることもできなくなって膝を着いたところに、影の妖怪が飛び掛かる。
 これに阿弥のとった行動は、熟慮の上のものではなかった。ただ無我夢中だった。 「うわあああっ」
 地面に打ち棄てられていた提灯を拾い、妖怪へと叩きつけるようにして投じていた。
 反射的に跳ね除けようと振るわれた妖怪の爪が、提灯の障子紙と竹ひごをばらばらに切り裂く。ぱっ、と中でまだ燃えていた蝋燭の灯りが一瞬花火みたいに弾け散り、妖怪の顔に降りかかった。
「なっ……」
 顔をかばって喘ぐ妖怪の胸に、すとんと音を立てて、短刀が突き刺さった。ヒコさんが最後の力で投擲したものだった。
 最後の力だった。
 妖怪の体が霧散していくのを見届けることなく、彼の体もまたゆっくりと崩れ落ちていった。
 阿弥は血に染まるのも構わずそれを抱きとめようとする。そんなふたりの頭上、宵闇の妖怪が月を背に、とどめの急降下を開始していた。
 ここで稗田阿弥の生は終わる。まったく唐突に。次代への転生の準備も済ませぬうちに。
 月を瞳ににじませ、ヒコさんの体が冷たくなっていくのを感じながら、阿弥はただ迫りくる最期の時を見上げている。せめてもの慰めは好きになった人と共に果てられることだが、しかしふたりの生をこんな形で終わらせてしまうのは、ひとえに阿弥の過失によるものだった。だから、彼を巻き込んでしまった自分は、きっと地獄へ落ちるだろう。ただ善良に生きた彼とは、同じ門をくぐれないのだろう。
 恐ろしい速度で闇が降りてくる。
 最後の瞬間、奇妙に澄んだ音が虚空に弾けて。阿弥の瞳に月光が砕け散った。


 白く、白く。
 月光の欠片が降り注ぐ。
 雪のようなそのひとひらが阿弥の頬にそっと積もり、意外な柔らかさを伝えてきた。
 天上にはなおも月が真なる円を描き続けている。そこには一片の陰りもなく。阿弥たちを覆おうとしていた闇は、夜風にさらわれでもしたか、消え失せていた。
 阿弥は呆然と、頬に乗った欠片を指で摘み上げた。滑やかな肌触りのそれが、本当は桜の花びらであることを知る。この場にはそぐわない花の、欠片。
 阿弥たちのことを包み込むかのように、守るかのように、桜の花弁が無数に宙を舞っている。
「森羅結界……」
 たったいま起きた現象の正体に思い当たったとき、
「神社からのお土産よ」
 ふわりとした、それこそ花びらのような感触の声が、空から降ってきた。見上げれば、先刻まで宵闇の妖怪が占めていた夜空に、別の影がたたずんでいる。月明かりの下に洋傘をさして、手を覆う絹に桜の花弁を乗せていた。
 八雲紫だった。
「終わったわ」
「え……」
「大結界。張ってきちゃった」
 それはそれはあっさりと。
 のろのろと阿弥は空を見渡す。夜空には先刻までと変わったところなど見当たらず、ただ月と星たちが静かに輝いている。彼らの光は、何ものにも遮られることなく、遠い遠いこの地にしんしんと降り続いていた。
「本当に……?」
「あら、心外ね。嘘なんて吐いてないわよ。ぱーっと行って、ぱーっとやってきたわ」
 閉じた洋傘をどこからか取り出して、こう、ぱーっとね、と宙に線を引く。
「早めに済ませて良かったわ。こうして間に合ったのだから」
「間に合った……」
 何のことを言っているのか、すぐには理解できなかった。だって――
 膝の上に横たえた、ヒコさんの顔を見下ろす。
 だって、どう見たって、もう助からないのに。こんなにもあちこち、失くしてしまっては。手遅れでしかないのに。
 無数に開いた醜い傷口から、じくじくと血が流れ続け、阿弥の着物を紅一色に染め上げようとしている。ふいにその体がびくりと痙攣したかと思うと、彼は指が三本しか残っていない左手を重たげに持ち上げ、宙を掻くような動作をした。
「さくら……が……」
「ヒコさん」
 ぶるぶると震えているその手を、阿弥は取る。空にはまだ、森羅結界の残滓である花びらがいくつか、緩やかな夜風に踊っていた。
「わたしは……」
 ごぼりと喉を詰まらせ、血の泡を口の端に浮かべながら、かすれた声を絞り出している。
「阿弥様に……あこがれておりました……」
 思いがけない言葉に、阿弥は思わず息を止め、手に力を込めた。ヒコさんの目元に苦痛のしわが寄る。
「命いくら永らえようと……懸けるものなくばそれは死んでいるにも等しく……故に阿弥様の、御阿礼の生き様が常々羨ましく」
 例え短くとも。桜のように咲き誇り、散ることが出来たなら。後より訪れるはずの季節を見れずとも、悔いることはないだろうから。
「だから今宵、このような機会を最後にいただけたことを……感謝いたします。阿弥様をお守り申し上げるために……情けなくも力及ばず、あなたの身を危険にさらすこととなりましたが……この一族の面汚しの報いは、地獄にて受けて参る由……」
 意識が混濁しつつあるようだった。血でぬめる彼の手に指を絡めて、阿弥は懸命にかぶりを振る。
「違う……そうじゃないの」
 何を否定しているのか自分でも判然としないままに。
 ヒコさんが最後にどんな表情をしたのかは分からない。既に表情を作れるような面貌ではなかった。
 ただ阿弥と絡めた手に一度力を入れて、それで事切れた。




 暗く静かな夜の水底で、阿弥はぼんやりと空を見上げ続けている。
 不意にその顔へ影が落ちた。紫がそばに立ち、傘をかざしている。
「あまり満月を見続けていると、毒よ」
「はい……」
「まだここにいるの?」
「はい……」
「帰るのなら、送ってあげるわよ。彼と一緒に」
「はい……」
 虚ろな声を返すだけの阿弥に、紫は小さく息を吐きつつ、後方の空間にスキマを開いた。
「ほら」
「はい……」
 促されて、阿弥は返答するも、体を動かそうとはしない。
 紫はそんな彼女の顔をしばし見下ろし、不意に尋ねた。
「転生、続けるのかしら」
「……」
 阿弥の瞳が、かすかに揺れたように見えた。泣き腫らした顔がぎこちなく紫を顧み、それから膝の上に横たわらせている亡骸へと向け、うなだれる。
「……次の桜の季節に、もう彼はいません」
「それでも、桜はまた咲く。これからもずっと、ね。――約束しましょう。次にあなたが生まれる幻想郷は、今とは見違えるようになっています。再び筆に全てを注ぐに足る、そんな幻想郷があなたを迎えることでしょう」
 不意に改まった口調は、夢見を語るかのように聞き心地のよい響きで、しかし阿弥は聞いているのかいないのか、まばたきすらろくにしていない。
「そこでまたあなたは、筆を断つことを考えるかもしれないわ。ただし、今回とはまったく違う心持ちでね。そこに悲しむべき理由など、一分も残ってはいないのだから」
「……私は」
 やっと、ぽつりと言葉を漏らし、だがすぐにまた口を閉ざして阿弥は虚空を見上げる。
 紫はすっと目を細めた。
「御阿礼の子の最後に記憶した幻想郷が、現在の寂しいものだというのは、いかにも悲しいことですから。……ひとまずはお眠りなさい、稗田阿弥。あなたが冬を耐え、次の季節にまた目覚めんと望むことを、私は願っています」
 阿弥の表情に変化はなく、紫の言葉がどれほどかでも心動かすことができたのかどうか、そこから察することはできなかった。
 月明かりに満ちた夜空を、阿弥は空っぽの表情で、見上げ続けている。

 
 月が傾き、竹林の反対側に掛かる頃、既に獣道から人間の姿は消えている。
 ひとり残った紫がスキマを閉じていると、それを見計らっていたかのように、藪の中から藍が姿を見せた。足元には二股の尾を持つ黒猫が従っている。
 自分がいま出てきた藪の方を振り返って、藍は首をかしげていた。
「そこの奥に、妖怪が一匹、転がってましたが。紫様が?」
「ああ、霊撃の煽りをまともに食らって勝手に吹っ飛んだのよ。放っておいていいわ。……それで、神社の方はどう?」
「あ、はい。だいたい落ち着きました。結局、助からなかったのがふたりほどありましたが」
 話している藍の近くを、黒猫がうろうろと歩き回り、地面を嗅ぐような仕草をしている。そこに多量の赤黒い染みが広がっているのを藍は見つけ、眉を沈痛な形に歪めた。
「こちらも、間に合わなかったのですか」
「いいえ、最悪には転がらなかったわ。あの子には可愛そうなことになってしまったけれど……でも、最悪ではない。種子は残ったのだから」
 どことなく寂しげにつぶやいて、それからふと紫は、陰のある微笑を刻んだ。
「それに。人柱を得て、これで大結界はより強さを増したということ。向こう五百年は、簡単な補修だけで保つことでしょう」
「……もしかして、初めから計算に入れておいでだったのですか」
「まさか。ただ、どうせならこうやって役立ててあげた方が、この夜に生まれたいくつかの死も報われるというものじゃない?」
 閉じた傘をすっと横薙ぎに振り、足元に新たなスキマを開いて、紫はそこへ身を沈める。
「さて、まだまだ、これからが忙しいわよ。分からず屋たちを説得しなくちゃ。藍、頑張ってね」
「心得ています。次の冬は、きっと今年の分を取り返すくらい、ゆっくりとお眠りいただけますよ」
「あら頼もしい」
 抑えた笑い声が竹藪に響き、それが不意にぷつりと絶えたかと思うと、場に動くものの影は残っていなかった。
 冷えた風が吹き、場違いな桜の花びらがひとつ、月明かりを横切っていく。




 その二年後、稗田阿弥は一児を儲けた。母親に良く似た女児だったという。
 それから四年が過ぎた夏に阿弥は没し、先祖代々の墓に葬られた。墓所には樹齢千年を数えるとされる桜があり、今でも春には立派な花を咲かせている。





 

 

 

 



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2008年4月12日 日間

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