1.今年の聖夜はなんか紅白





 神社だからといって神を祀ってる訳ではない。
 幻想郷にぽつんと建っている博麗神社もまた例外ではなく、礼拝客も滅多に来ないのでご加護などあるはずもなく。もし神様っぽいのが居るんだったら、とっくの昔にブチ切れて天罰をお見舞いしているか、嫌気が差してお賽銭がたくさん貰える京都らへんの神殿仏閣にトラバーユしてるか、そのどちらかだろうと霊夢は踏んでいる。
 然るに、神様なんぞここにはいない。
 否、いてもいなくてもそれっぽいのがたくさんいるから別にどうでもいいのだ。
 曰く、妖怪とか吸血鬼とか式神とか魔法使いとかメイドとか。後半は偏見が混じってる気もするが、あながち的外れではないと霊夢は思っている。
「わるい子はいねぇか〜」
 幻想郷にも冬が訪れ、空からはちらほらと雪も降りて来ている。いつかの長すぎた冬も終わって、普通のサイクルで季節は巡り、夏の次に秋、秋の次に冬はやって来てなんだかとても寒いのである。
 というか、こんなやたらめったら寒い夜に紅白の衣装だけを着て徘徊する必然性がどこにあるのか。博麗神社の巫女をやってるところの博麗霊夢は、今を持ってしてもこの伝統の意義が理解出来なかった。
「わるいこ〜、いてもいなくても面倒くさいから早く出てきて〜」
 凍える身体を片手で抱き締め、もう一方の手にある払い棒を無意味に振り回す。この別名なまはげ感謝祭は、よりにもよってクリスマスの夜、日が沈んでから夜が明けるまで、あるいは霊夢の気が済むまで適当に行われる。まあ、やらない年もあるのだが、今年はどうもけったいな生物が湧きに湧いたせいで若干不安なのである。
「……えーと、なまはげにも先制攻撃は許されてるんだっけ」
 年末から年明けにかけて騒ぎを起こしそうな連中を指折り数えてみる。その数が十を越えたところで、霊夢はいっそのこと巫女さんやめようかしらと身の振り方を考えたりもした。




 そのとき、上空からふよふよと飛んでくる人影を発見する。
 いや、羽が生えた人類は今のところコウモリぐらいしかいないから、あれは多分別の存在だろう。
「……砲撃よーい」
 呪符を構える。まあ普通の存在ではないだろうし、悪い奴なら一応は行事の義務を果たしたことにはなる。一石二鳥とはこのことだ。
「一、二、三……」
「あなた、相手が誰だか知ってて撃つ気だったでしょう」
「何のことやら」
 頭上からの声に白々しく答える。
「まあ、別にどうでもいいけどね」
 どうでもいいらしかった。懐が大きいのか狂おしいまでに無神経なのか、おそらくはその両方だからややこしい 。
 ともあれ、雪も寒さも気にならないらしい吸血鬼レミリア・スカーレットは、ふらふらと霊夢の前に着地した。やや積もりかけた雪に小さな足音がつく。
「あんた、こんな日になんか用なの? あの、時を駆けるメイドもいないし」
「咲夜は仕事で忙しいみたい。年末はね、忙しないからね……」
「年がら年中ヒマしてるあんたが言うことではないと思うけど」
「霊夢ほどではないわ」
 どっちもどっちだった。どちらも自分が暇人だということを自覚しているだけマシかもしれない。
「ちょうど良かったわ。私もあんたに用事があったから」
「あら奇遇ね。私もあなたからプレゼントを貰う予定だったの」
「……何を貰うって?」
 聞き間違えたのかと耳を穿ってから訊いてみるが、返ってきた答えはさっきと同じものだった。
「何でも、年の暮れには紅と白の衣装を着た鬱陶しい不審者が世間を徘徊して、押し付けがましく贈り物をなすりつけるという噂があるらしいのだけど」
「そらまた傍迷惑な」
 ものは言いようである。
「まあ、パチェから聞いた話なのだけどね」
「あー、あの逆馬娘」
「……どうして逆なの?」
「ビタミンAが足りなそうだったから、ニンジン食べてないのかなあと」
「だったら逆ウサギ娘でも良いんじゃないかしら」
「あの紅目、実を言うとニンジンばっかり食べてる訳でもないからねぇ」
「それを言うなら馬も大差ないと思うけど」
 いつの間にかニンジン愛好家の話になってしまったので、霊夢は話題の修正を試みる。
「で、そのナイトウォーカーが私だと」
「そう。条件に当てはまるような人間は霊夢ぐらいし思いつかなかったわ。適当に空も飛ぶし」
「弾幕の年末特売セールならお見舞いできるけどねぇ。あんたの期待に添えるようなのはあんまりないわよ」
「ケチね」
「あんたは我侭ね」
「自分勝手なだけよ」
 そっちの方が酷い気もするが、自覚があるだけマシか。
 早速、霊夢は払い棒をレミリアに突きつけた。構図からすると、巫女さんと吸血鬼が宗教の壁を越えて決戦を繰り広げるかのような情景だが、実際はやる気とか緊張感とか張り詰めたものが全く感じられない、儀礼的でも義務的でもない暇潰しに過ぎない対決であった。
「決めた。今年の相手役はあんたで決定」
「ダンスでもするの?」
「ファイヤダンスなら興味をそそられるけど、もっと痛くて熱いやつよ」
「あら、なかなか楽しそうね」
 くす、と唇の端を歪ませて、レミリアも臨戦態勢に入る。とはいえ、呼吸するだけで破滅をもたらすような存在であるレミリアは構えなど必要としない。
 唯一、殺すという意志さえあればいい。
「まあ、あなたがサディストというのは前から知っていたけど」
「ヴラド・ツェペシュの方が猟奇的じゃない」
「私は小食なのよ」
 食うのか。
 まあ、クシザシにした人間も見ようによっては焼きトリに見えるかもしれないし、と霊夢は自己完結した。
「あんたもビタミンAが足りてないんじゃない?」
「あなたは人間らしさが足りないわね」
 霊夢は懐から数枚の札を、レミリアも指の隙間から幾枚のカードを取り出す。
 舞い散る雪はほのかな風に揺れ動き、相対する一対の舞台を適度に彩っている。
 寒いなあ、と霊夢は空きっぱなしの脇に触れ、レミリアはその姿を見て苦笑する。
「こんなに雪も白いから」
「むしろ冷たい」
「本気で遊ぶわよ?」
「因果関係なさそうだけど」
「熱い夜になりそうね」
「それは誤解を招く表現だと思いますお嬢様」
「別にそれでもいいわ」
 今度こそ、彼女は笑った。




 乱痴気騒ぎ、というのは漢字で書くとかなり不穏である。レミリアが言うともっと穏やかではない。
 何の意味もない、成果も結果も損得も存在しない闘争は、しかし体温だけは上昇させてくれた。
 その熱も、こうやって白い大地に寝転がっていれば即座に霧散していくというもの。せめて火でも焚いててくれればいいのに、と霊夢は居ない相手に文句を垂れていた。
「……あ〜、負けた負けたー」
 紅白が完全な白に染まってしまう前に身体を起こし、積もった雪を振り払う。レミリアは宣言どおりに一切の手加減を放棄し、バカみたいに霊夢を叩きのめした。それでもなんとなく息を永らえているのだから、霊夢もなかなかどうして頑丈である。
 風邪ひかないと良いけど、とヒトゴトのように呟いて、彼女は次の目的地を探す。
「なまはげ側が負けた場合、感謝祭はどうなるのかしら」
 別に帰ってもいいのだが、このまま引き下がるのはどうも納得がいかない。
 体力・精神力ともにレミリアに根こそぎ持っていかれたため、あまり遠出は出来ない。ゆえに白玉楼とすきまは却下。
 とすれば、自ずと結論は出る。
「……わるい子はいねぇか〜」
 頼りない軌道で浮上し、目的の座標へと蛇行しながらもどうにか進んでいく。
 もしかして自分がいちばん悪いやつなのかも、と身も蓋もないことを考えながら、霊夢は真冬の獣道を浮遊していた。
 




−続−







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2004年12月24日 藤村流継承者

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