2.聖夜の続きはなんか白黒





 霧雨魔理沙とは既知の仲ではあるが、親友かと言えば無論そんなことはなく、反目しているかと問われれば間違いなく首を振るだろう。
 そもそも幻想郷に棲む者たちは、殺伐としていながら何処かしら繋がりを持っているという、かなり幸せな方々である。言葉にするなら昨日の敵は今日の友、明日の味方は今日の踏み台なのだ。
 残された力を適当に振り絞り、霊夢は魔理沙邸の上空にようやく差し掛かった。
 ――と、そこである異変に気付く。
 同時に、屋根の上でウクレレを弾いている黒い魔法使いも発見する。
「やねよーりーたーかーいーっ、るるるーるーるー」
「季節感ないわねー」
 しかもウクレレは掻き鳴らしているだけでコードもチューニングもへったくれもない。
 いつからここに座って演奏しているかは知らないが、帽子の縁が白く染まっているのを見るとかなり長い間るるるるるーと口ずさんでいたらしい。ちなみに、魔理沙の囁くメロディは八割がた『るるる』と『ららら』で構成されていた。
 でもまあ、本人が幸せならそれでもいいかと霊夢は思い込んだ。
 じゃらん、と弦を弾き終え、悦に浸っているらしい魔理沙の目が霊夢を捉える。身を切る寒さの中にあって、彼女は全く凍えている様子が見られない。
「おぉ、どうだった。私の新曲は」
「かなり古臭かったわ」
「まあ、盗作だからな」
 言っちゃったよ。
 しかし霊夢はつっこまない。面倒くさいから。
「ところで、今日はどうしたんだ? いつになく紅白じゃないか」
「いつも紅白だけどね。そっちこそ、何の因果でモミの樹なんぞ吊るしあげてるのよ。こないだまで影も形もなかったでしょ、アレ」
「少し前まで若木だっただけだぜ」
「……成長速度が尋常じゃないわね」
「ちょっと、な。アリスから借りてる生き人形でも吊るしといたら、なんか三日で三メートルくらい伸びちまってなー」
 ぺろろん、と切なげにウクレレを弾く。意味が判らない。アリスに関してはつっこみどころが多すぎるので無視。
「仕方がないから、時節ネタってことでクリスマスしてもらってるのだ。ちゃんちゃん。
 もーりーはーせまいーぜーっ、いんきーだーぜー」
「愚痴られても」
 南国の気楽なミュージシャンというより、下町の居酒屋を転々とする流しの弾き語りに近い。ぶっきらぼうな口調も相まって、仕事帰りのオヤジから絶大なる支持を得そうではある。
 霊夢は、改めて灰汁の強いアレンジが施されたクリスマスツリーを見下ろしていく。というか、降雪量が増えてきた影響で、どうも浮力が落ちている気がする。とりあえず降下しながらモミの樹を眺めていると、樹の枝に節に点在するイガイガを発見してしまった。
 一瞬、見なかったことにしようかどうしようか迷ったが、別に減るもんでもないから単刀直入に尋ねてみる。
「……あーあー、あああああーあー」
「あのさ、北の国にトリップしてるとこ悪いんだけど」
「おぉ、どうだい私の新曲は」
「だからそれも盗作でしょ」
 魔理沙の戯言を遮って、さっさと本題に入る。そろそろネタも体力も尽きて『ボクもう眠くなってきたよ』領域に突入しそうなのだ。
「もしかして、あの栗はクリスマスだからなの?」
「あれはウニだぜ」
「百歩譲ってもあれは栗よ」
 次点はウニだったが認めるのは悔しいので口には出さない。
「百歩って実はあんまり譲ってない感じだけどな」
「魔理沙がクリスマスに栗を飾ってようが、ジャスラックに喧嘩売ってようが別にどうでもいいけど。幸いにも、本日は毎年恒例なまはげ感謝祭なのよね」
「良かったな。悪い子ならさっき私が熨して来たから定時に帰れるぜ」
「あら残念。でも暴行罪ということが知れたので強制代執行に移ります」
「ジャスラックはいいのか?」
 そう言いながら、魔理沙はウクレレから数枚のカードを引き抜いた。元はカードケースだったらしい。
 霊夢も疲れた意識を奮い立たせ、どうにか目の前の黒いのと対峙する。相手もこの寒い中ずっと外で活動していたせいか、いつもより覇気に欠けている。それでも対等な条件とは言いがたいが、勝負とは元よりそういうものだ。
 魔理沙は傍らに置いていた箒に跨り、首にウクレレを吊るしてたまにそれを弾いてみたりしながら雪の夜を踊る。霊夢は彼女についていくのが精一杯なのだが、まあとりあえず頑張ろうとは思った。
 適当に。楽しくあるように。
「どうだい? リクエストがあれば、お好きなBGMを奏でてやるぜ」
 やっぱり流しのミュージシャンだった。
 少し躊躇った後、霊夢は小さく答えた。
「それじゃあ、『新世界』をお願い」
 よし、と魔理沙は確かに頷き、ストリングにそっと指を添える。
 ――そして。
「判らん」
「だと思ったわ」
 割と情け容赦なく、締まりのない弾幕が切って落とされた。




 首を吊った上海人形が彼女たちを静かに見下ろしている。
 これで口から紅い血を垂らしていたら完璧なのにと、霊夢はぼんやり考えていた。背中に感じる冷気と、身体の内側から発散される熱気のバランスが絶妙すぎて泣けてくる。寒いんだか熱いんだか冷たいんだか情けないんだか、おそらくはその全てだから楽しく生きるって難しい。
 支離滅裂な考え事を、整理しないままに放置する。疲れた時は何も考えず、ただ襲い来る睡魔に身を任せるに限る。その先に何が待っていようと、夢に堕ちる快楽に勝る地獄も天国も無いだろうし。
「……あー、負けた負けた、と。じゃかじゃん」
 どこかでウクレレの音が口で再現される。どちらかというとギターに近い擬音だったが、指摘するのも野暮なので沈黙を保つ。
「おーい、霊夢ー」
「なによ……私、なんだかとても眠いの。寝かせて」
「おい、しっかりしろ。こんな寒い中で寝たら殺すぜ?」
「もうとっくに殺されてるわよ」
「そいつは初耳だ」
「私もよ」
 他愛のないやり取りも、一戦終えた直後なので基本的にテンションが低い。魔理沙もまた多大なダメージを負ったのか、どうやら大の字で倒れているらしい。魔理沙の体力が想像以上に消耗していたことが、霊夢に付け入る隙を与えた。かといって、圧倒的な優位に立つこともまた出来なかったのだが。
 相撃ちという結果も珍しいが、別に結果を求めて戦った訳でもないから気にもならない。なんとなく二人まとめて朽ち果てていきそうな状況だが、地面に融けて消えるというのもまた乙だった。
 唯一、異常に成長速度の早いモミの樹と、彼女らを真紅の瞳で凝視している首吊り人形さえなければ。
「で、何か言うことあったんじゃないの?」
「……あ、そうだった。上見てみろ」
「見たくなくても見えるわよ」
「どうも倒しやすそうな悪ガキがいるぜ」
 ぼやける視界を通常のレベルに引き上げると、魔理沙邸の屋根と首吊り人形の樹の間に、何やらちょろちょろ動き回っているモノが見える。望遠鏡に張り付いた虫のようにちょこまかと動き回っているそれは、いつか明けない妖霧を払いに行ったときに遭遇した(ような気がする)妖精だと気付いた。
 名前は……。
「……あれ、何だったっけ」
「チルチルミチルじゃなかったか?」
「つまり、そのみっちゃんを倒してなまはげの汚名返上といきたいところ?」
「話が早いな」
「でも、罪状は何にしよう」
「『こんなに雪も白いから――』で、いいんじゃないか?」
「……ああ、それレミリアも言ってたわ」
 いま思えばかなり理不尽な台詞だったが、今度は自分がそれを叩きつけようとしているのだから人生は判らない。
 問題は、身体が睡魔に打ち勝ってくれるかどうかだが。
「よい――しょっ、と」
「むぅ……うんっ」
 ぎり、と痛む関節を無視すればなんとかなった。むしろ痛みが覚醒を促したと言ってもおかしくはない。
 それなりに痛みの伴う延長戦だが、集中しているときは瑣末なことだと切り捨てる類の神経だ。深く考えても仕方ない。それに、いま動かない身体なら、明日動いたとしても全く意味がない。
 さて、と気を引き締める。上空を浮遊していた氷の妖精も、行き倒れになっていた人間が生きていることに気付いてか、命知らずも高度を下げてくる。
 ちょうどいい、飛ぶ力はあんまり残っていない。
「ところで、魔理沙も参戦するわけ?」
「まあ、BGM担当だと考えてくれ」
 じゃらん、と弾くウクレレは既に凍り付いていて、がさつなメロディしか奏でられない。
 それが現在の霊夢を象徴しているようで、少しだけ笑えた。
「――何がおかしいの? ワライダケでも食べた?」
 面白くもなさそうな影が、霊夢を嘲笑うかのように颯爽と現れる。
「いえ、ね。何も知らない生贄が自分からやって来てくれたんですもの、これが笑わずにいられますかって」
「おぅ。どなどなどーなーどーなー、って感じだな」
 コードは完全に外れていた。
「……なんかバカにされてる気がするわ」
「気がするんじゃなくて、してるのよ」
 霊夢は、なけなしのお札を身体から引っぺがし、頭上でゆらゆら揺れている妖精に啖呵を切る。


「こんなに雪も白いから――」


 言い始めて、やっぱり本当に悪いやつは私だったんだなあ、と心の中で反芻した。
 最後に、台詞ぱくってごめんとレミリアに薄く謝罪して、もう一枚の呪符を背中から剥ぎ取った。


「本気で死ぬわよ?」





−幕−







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