第二回
東方最萌トーナメント
支援SS集





・小悪魔(紅魔郷4面中ボス)支援 『小悪魔の願い』 ギャグより
・ミスティア(永夜抄2面ボス)支援 『翼をください』 ギャグより
・ミスティア支援 『東方夜雀談』 シリアスより
・ミスティア支援 『歌が聞こえる』 シリアスより
・蓬莱山輝夜(永夜抄6面ボス)支援 『解けない難題』 ほのぼのより
・伊吹萃香(萃夢想ボス)支援 『冬の小鬼』 ギャグより
・伊吹萃香支援 『埃にかけて』 ギャグより
・伊吹萃香支援 『孤独の名前』 シリアスより
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『小悪魔の願い』




 ヴワル魔法図書館にて、博麗霊夢を呼ぶ声がする。
 別に無視しても良かったのだが、霊夢は少し気になって振り返ってみた。

「あの、少しお話を聞かせてほしいんですけど……」
「……だれ?」
「あ、わたしは……」
「……いや、思い出したわ。確か……。
 小灰汁魔」
「小悪魔です。しかもそれ俗称ですから」
「ふーん。……ところで、私に何か用なの?
 今も昔も、私は招かれざる客だと思ってるんだけど。魔理沙と違って」

 だったら来なきゃいいのに……。と、小悪魔は思ってみても声には出さない。
 図書館で騒ぎを起こすのはあまり好ましくない。
 最近、図書館の主であるパチュリーの機嫌も優れないことだし。

「えーとですね……。以前、箒に跨った黒っぽい魔法使いがやって来たんですよ、ここに」
「まあ、あいつのことよね」
「それで、さんざん図書館内を掻き回した挙句、わたしという障壁も越えてパチュリー様のところにまで到達してしまったんですが」
「……借りた本ならちゃんと返しに来たわよ?
 何故か私がデリバリーしてるんだけど」
「あ、いえ。そういうことではなくて……。
 ……また、以前のような事件が起こったときに、次こそはわたしのところで外敵を確実に排除したい、と思いまして……。パチュリー様は、『埃が舞うから無理しなくてもいい』と仰ってくれたのですが……」
「でも、あんたの方が納得いかないって訳ね。やれやれ……」

 肩を竦めながら、しゅんと項垂れる小悪魔を見捨てることはしない。
 何せ、魔理沙が借りた本を返すためだけに来たと思うのは、なんとなく癪だったし。
 それに暇だし。

「でも、無理すると骨が折れるわよ」
「……覚悟の上です」
「まあ、私の骨が折れる訳じゃないから別にいいけど。
 んじゃ、小悪魔強化作戦、プランA」

 ということは、BもCもあるのか。小悪魔は、ちょっとだけ心が躍った。
 まさか、紅白な人間がここまでしてくれるとは思っていなかったのである。

「まず、小悪魔だとなんとなく弱そうだから大悪魔にする」
「……それだけ?」
「それだけ」
「……クナイ弾とか、そういうのは」
「小から大になったんだから、少しは大きくなるでしょ」
「なりませんて」
「……なんないの?」

 こくりと頷く。

「融通が利かないわね……」
「そういう問題じゃないと思います」
「じゃ、プランB」
「あの、次は大丈夫ですか……?」
「心配しないで。私は大丈夫だから」
「そりゃ被害を受けるのはわたしですし……って、ひとの話聞いてます?」
「誘導弾ー」

 やる気のない言葉と共に、ご利益があるような感じのアミュレットが取り出される。
 小悪魔は、通りすがりの紅白に頼みごとをしてしまったことをちょっと後悔した。

「これを使えば、眼を瞑ってても相手に弾がバカスカ当たるという素敵ライフを送ることが可能よ」
「……でも、ちょっと卑怯なんじゃ」
「あんた、子どもの頃に言われなかった?
 ひとの嫌がることは買ってでもしろって」
「普通は言われません」
「……ああ、そっか。あんた悪魔だもんね」
「そういう問題でもなく」
「んー、でもアミュレットだってタダじゃないからねー」

 全く聞く耳を持っていない。
 なんとなく、小悪魔の霊夢のことが分かってきた。
 あんまり、この人の言うことを妄信するべきじゃないと。

「……残念。やっぱり貴重なシロモノだからこれは譲れないわ」
「いえ、欲しいとも言ってないですけど」
「そいじゃ、プランC」
「……やっぱり、わたしの話は聞いちゃくれないんですね……」
「私が住むところの博麗神社には、それはそれは素敵なお賽銭箱があるという話よ」

 いつになく緩んでいる霊夢の顔を見て、小悪魔は不意に悪寒が走るのを感じた。
 ……殺気? いや、これは……。

「困ったときの神頼み、とは良い言葉だと思わない?」

 商気だ。
 満面の笑顔が逆に恐ろしい。

「というか、わたし悪魔ですから」
「じゃあ、閻魔様でもいいわよ。賽銭箱は神社の正面にあるわよ」
「お金とか、そういうのは持ち合わせてないですし」
「無いなら貸すわよ?」
「それこそ本末転倒のような……」

 頑として話を聞き入れない小悪魔に業を煮やした霊夢は、緩んだ顔を急に引き締めて、

「そう。あんたは恩人に寄付するお金すら持ち合わせてないというのね」
「……恩人?」
「半疑問になってるし。……もういいわよ。素敵なお賽銭箱の在り処は、もっと実入りの大きい奴に教えとくわ」

 ふわふわと浮き上がり、頼りない軌道で小悪魔の元を去る。
 ……そういえば、霊夢が飛んで行った先は図書館の出口ではなく、もっと奥まった場所だったような……。

「――!?」

 疑問に思った直後、図書館に響き渡る轟音と爆音。舞い上がる埃、また始まったとばかりに溜息をつく同胞たち。
 そして、

『うちの賽銭箱の五年分の価値があるって……』
『零に零を掛けても零にしかならない!』

 醜いような微笑ましいような、つまるところ当たり前になってしまった情景が繰り広げられていた。
 小悪魔は、今回もまた失敗してしまったと肩を落とす。
 けれど、次こそは未然に危険を回避できるよう、努力を怠らないようにしなければ……。
 そんな決意を、降り積もる埃の中で静かに固めていた。




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『翼をください』




 ミスティア・ローレライは夜雀である。
 ぶっちゃけ妖怪だ。
 であるからして、人間を驚かしたりたまに齧ってみたりする。まあ、大抵は突っつく程度で収まるのだが。

「ちょっと待ちなさいよ」
「……あ?」

 暗闇の森を我がもの顔で飛び抜ける人間には、見覚えがあった。
 その黒い魔法使い霧雨魔理沙は、頭上から投げ付けられた牽制にも律儀に応える。箒を止め、夜に浮かぶ妖と向き合う。
 ――ミスティアは知っている。
 この人間が、妖怪退治強化月間だとかで通りすがりに自分をボコボコにしていったことを。

「あなた……。この前はよくもやってくれたわね」
「人に名前を聞くときはまず自分から名乗るもんだ」
「聞いてないし。それに知ってる」
「物覚えがいいな。基本的に、鳥は三歩歩いたら生涯の記憶が抹消されるんだろ?」
「そこまで酷くない!」
「……あ、徒歩じゃなくて飛んでるから大丈夫なのか。そーかそーか」
「納得するなー!」

 声を荒げても、魔理沙は全く動じない。
 というか初めから気にも留めてないフシがある。

「しかも、鳥じゃなくて鶏だし……」
「それぐらい知ってるぜ」
「なら言うな。……全く、どうしてあんたみたいなのに負けたんだか、今をもってしても理解しがたいわ」
「火力の勝利だ」
「むしろ数の暴力って気がしたけど」
「アリスは勘定に入ってないから大丈夫だ」
「……一応訊くけど、なんで?」
「人間のようで人間でない。妖怪のようで妖怪でない。
 それが何かと尋ねたら……」

 じぃ、とミスティアの瞳を覗き込む魔理沙。
 ……もしかして、答えを言えってことかしら、とミスティアは見当をつける。
 別に無視してもいいのだが、魔理沙の胸元に見え隠れしているカードの存在が気になりすぎる。
 とりあえず、どう答えたものかと考えあぐねて……その結果。

「……人形?」
「惜しい」
「惜しいんかい」

 ミスティアは、段々と魔理沙に付き合うのが面倒くさくなってきた。
 もしかして、飛ばしたまま放っておいた方が選択としては正しかったのかもしれない。今更だが。

「正解は、魔法使いという奴だ。寒暖の差に強く、冬眠もしない。雀とは大違いだ」
「いや、別にわたし冬眠しないし」
「無理すんなよ」
「慰められても」
「たったら、私が眠らせてやるぜ」
「確かに冬だけどさ……」

 どうしたもんかと困り果てるミスティア。
 が、どうせなら済し崩しに望んだ展開に持ち込んでしまえ、とばかりに弾幕戦への前口上を語り始める。
 騒がしい人間なら、これに乗らぬ手はない。

「それに、夜はまだ始まったばかりなのよ。人間より先に眠るなんて、夜雀の名が廃るわ!」
「良い心がけだな。……だがしかし、所詮は歌を忘れたカナリア。心を無くした道化師よ。
 恋の名を欲しいままにするこの私に、叶う道理などあるはずもないぜ!」
「……なんかツッコミどころがいっぱいあるけど、いちいち面倒くさいから放っておくわよ!
 このまま夜の闇に溶けてしまいなさい、黒い人間!」
「そっちがその気ならこっちもこの気だ、小骨が多いタンパク源!」

 ――若干、空気が硬直する。
 先に硬直が解けたのはミスティアだった。

「って、食べるのー!?」
「当たり前だろ」
「当たり前じゃないー!」

 なんだかミスティアひとりが翻弄されていた。
 尤も、魔理沙は欺いたり騙したりする気はなく、単に思い付くまま気の向くままに適当なことを言っているだけなのだが。
 考えようによっては、それもまた幻惑と言えなくもない。

「お前には、こんがり焼け上がった焼き鳥となってアリスに貪り食われるという運命が……」
「嫌な運命を押し付けるな! というか、魔法使いだってそんなもん食うかー!」

 怒鳴りつけた後に、自分で自分を貶めてるような気がしてちょっと欝。
 ついでに、魔理沙のお手軽3分クッキング(強火)が頓挫して、魔理沙もほんのちょっと欝。

「え〜」
「変な顔してもダメ」
「つまらないぜー。せっかくモツとかレバーとかハラミとかを食わせようと思ったのにー」
「なぜ内臓ばっかり」

 ふと、自分の肝臓と心臓に触れてみる。
 やけに動悸が激しいのは、魔理沙のクッキング・プレッシャーに押されたからではないはずだ。きっとそうだ。

「……じゃあ、白子」
「余計ないわよ!」

 むう、と魔理沙は残念そうに呻く。
 ちなみに白子とは(※ 辞書で調べなさいbyパチュリー)

「仕方ないな……。だったら、お前なぞに用はない。さっさと無性卵を生んで田舎の両親を安心させてやれ」
「またツッコミどころが盛んな台詞を……」
「じゃあな。鳥目を治したくなったらウチに来いよ、ニンジンを分けてやる」

 ミスティアの返事を待つこともなく、魔理沙は再び夜に箒を駆ける。
 その雄姿に見惚れたからではないのだが、ミスティアはしばらく呆然と魔理沙の背中を眺めていた。
 瞬く間に消えていった背中を思い、不意に言葉が吐き出される。

「……いや、別にわたし鳥目じゃないし……」

 夜雀だから、夜に目が見えないと意味がないのである。
 それを知ってか知らずか、ビタミンAが豊富なニンジンを勧める魔理沙もかなりの変り種だ。
 ……ミスティアは思う。
 雀だって、忘れたいことぐらいある。
 たとえば今日のように、訳の分からない人間に出会ってしまったこととか。
 これから先、あーいうタイプの人間に関わってしまいかねない運命とか。
 焼き鳥にされてしまいそうな事実とか。
 だから自分も、鶏のように三歩歩いたらある程度の記憶が無くなるみたいなシステムが搭載してたら良かったのに……。
 とか何とか、極めて不条理な願いを抱かないでもなかった。




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『東方夜雀談』




 その雀を見たとき、私は確かに心を奪われたのだと思う。
 人の形をした雀は、私の存在に気付いていなかった。
 たとえ妖、獣の類であっても、全ての空間に目が行き届く訳ではない。
 私の身体は小さく、彼女の眼を容易く掻いくぐる。
 それを良いことに、私の心は彼女を欲していた。もっと近く。もっと鮮明に。
 恐れを知らない身体は、一歩ずつ、空中に浮かぶ夜の支配者に近付いて行った。

 接近してどうなるか、この行いに意味があるのか、自分に語り掛ける。
 草を踏みしめる度にひとつ、枝を折るたびにひとつ。
 そのとき歌は聞こえなかった。
 もし歌が聞こえていたら、私はとっくに死んでいたのかもしれない。

 きっと、あまりの美しさに心が壊れていただろうから。

 空に腰掛けていた妖を、私はこの眼で捉えた。
 森を形作る樹の群れよりは低く、大地を這いずる人間よりは高く。
 彼女は夜を歌うものとして、誇るでもなく、嘲るでもなく、ただ浮かんでいた。

「こんばんは」

 彼女を追いかけるのに夢中だったせいで、開けた場所に出ていたことを忘れていた。
 私はいま、夜の歌姫に謁見している。

「夜更かしが過ぎたのかしら。人間の気配も感じ取れないなんて」

 それは嘘だ。彼女は何もしなかった。
 何もしなければ、恐れ知らずな人間と会えるから。
 そうだ――。お姫様はいつも好奇心旺盛で、我がままなものと相場が決まっている。

「でも、私は雀ほど甘くないわ。
 好奇の眼で見られるのは、あんまり好きじゃないの。
 たとえそれが、愛しいものを嘗め尽くすような視線でもね」

 小鳥が囀るような……ああ、確かに夜の雀が囁く音色は、私のような人間には酷く魅惑的だった。
 歪な手のひらを口元にかざし、無邪気な微笑みの形を作る。

「だから。
 お前は今夜、目が見えなくなるよ」
 
 そして歌姫が歌い出す。
 優しく殺されるように視界が曇り、愛しく抱き締められるように激痛が走る。
 しかし、私は悔やんでなどいない。

 この目は彼女を見た。
 この心は彼女を覚え、この耳は彼女の歌を聞いた。

 その旋律は美しく、聞く者の心を丁寧に啄ばんでいく。
 少しずつ堕ちていく意識の中で、夜風に流れる彼女の歌を聞いた。




 その歌を聞いたとき、私は確かに心を奪われたのだと思う。
 その心を取り戻すために、私は今も夜の道を歩いている。




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『歌が聞こえる』




 昔、あるところに歌の好きな女の子がいました。
 小さな頃から歌ばかり歌っていて、そのせいでお母さんによく怒られました。
 けれど、お父さんもお母さんも女の子の歌が大好きでしたから、本気で叱ることはありませんでした。

 女の子は生まれつき身体が弱く、いつもベッドの中から窓の外を眺めていました。
 遊んでくれる友達もなく、元気にはしゃぎ回ることもできない女の子は、いつも歌を歌っていました。
 聞いてくれる人は誰もいません。
 それでも朝早くから夜遅くまで、喉が枯れるほど、真夏の蝉にも負けないくらい、ずっと歌っていました。

 開けっ放しだった窓から漏れた歌声は、その近くを歩いている人の耳にも入ります。
 人から人へ、その歌の評判は広まっていき、いつしか窓の外には歌を聞くために人が集まるようになりました。
 女の子は、そんなことも知らずに毎日毎日歌い続けます。
 夜になれば、鳥や獣が集まるようになりました。
 女の子は、動物たちの姿を見てとても喜びました。
 やっと、自分の歌を聞いてくれる友達ができたと思ったのです。
 集まってくれる人に会うことはできませんでしたから、女の子は動物たちと友達になりました。

 朝は雀と一緒に鳴き、昼は鳩の震えを繰り返し、夜はフクロウの嘆きを輪唱しました。

 そうして春夏秋冬が過ぎ去り、女の子の歌が人々の興味を引かなくなったころ、女の子は重い病いにかかりました。
 でも、女の子は歌うのをやめません。
 もし歌を歌わなくなったら、友達がいなくなってしまうと思ったのです。

 お父さんもお母さんも、病気が酷くなるからと言って、歌うのをやめるように言いました。
 それでも、女の子は歌うのをやめません。
 生まれたときからずっと歌っていたのに、どうしてお父さんもお母さんもそれをやめろなんて言うんだろう、女の子は熱くてぼんやりする頭で考えていました。

 そんな日がしばらく続いて。
 いつか、女の子は声が出なくなってしまいました。

 それでも、女の子の歌を聞くために友達は毎日やって来て、物欲しげな目で女の子を見て来ます。
 声が出なくても、女の子は掠れた声で鳥の鳴き声を真似しました。
 それは雀みたいな小さい音で、女の子が歌っていた歌とはかけ離れていました。
 ですが、女の子の友達は誰も居なくなりません。
 まだ友達でいられるんだと、女の子は喜びました。
 喜んで、何度も何度も雀のように鳴き続けました。その声に合わせて、雀も歌うように鳴き始めます。
 
 夜にはフクロウが側にいましたが、一緒に鳴くことはできません。
 仕方なく、女の子は雀の鳴き声を真似します。
 その日の夜から、女の子の部屋からは雀の鳴き声が聞こえるようになりました。
 お父さんとお母さんはそれを心配に思い、窓が開かないようにしても、女の子はずっと鳴き続けていました。
 熱い頭で、動かなくなった身体をベッドに倒したままで、何も映さない瞳をきょろきょろと動かして。

 女の子は、いつになったら夜が明けるんだろう、と不思議に思っていました。
 少し喉が痛いけれど、開いていない窓の外に友達がいるかもしれないから、女の子はずっと鳴いていました。
 遠くから雀の鳴き声が聞こえてきたので、今度は元気よく鳴き始めます。
 ひとりならただの鳴き声でも、友達と一緒ならそれが歌になると、女の子は信じていました。
 雀の鳴き声がすれば、朝だとわかりました。
 それが聞こえなくなれば、夜だとわかりました。
 お父さんが窓を固く閉めてしまったので、もうフクロウの声は聞こえません。
 何も聞こえないのは寂しいので、女の子は鳴き続けていました。

 ずっと、ずっと。

 ずっと。

 そして、ある日を境に女の子の部屋からは雀の鳴き声が聞こえなくなりました。
 朝には雀の鳴き声が聞こえましたが、夜になっても女の子の部屋からは何も聞こえてはきませんでした。
 その日から、女の子は歌うのをやめてしまいました。






 白い煙が煙突から外に昇っていました。
 悲しい狼煙を見上げながら、両親は女の子が出てくるのを待ちます。
 やがて、くすんだ匂いと一緒に出てきた女の子は、前より白い姿になっていました。
 お父さんはその灰を庭にまきました。
 女の子の窓から、一握りの灰をまきました。
 灰が積もった庭からは何も生えては来ませんでしたが、その灰を一匹の雀が啄ばんでいました。
 残りの灰は、女の子と一緒に地面の下に埋められました。
 固い固い石を乗せられて、声も歌も聞こえない土の下に、今も女の子は眠り続けています。

 ずっと、ずっと。






 いつしか、夜の森には変わった妖が現れるようになりました。
 始めに雀の鳴き声が聞こえてきて、それが少しずつ綺麗な歌に変わります。
 その歌に聞き惚れているうちに、自分の目が見えなくなってしまうのです。
 何も出来ずに呆然と立っていると、どこからか女の子の楽しそうな笑い声が聞こえてきます。

「本当におもしろいわね、人間って」

 今まで、その姿を見た人は誰もいません。
 始めに雀の鳴き声がするから雀の妖怪だと思われていますが、本当は違うのかもしれません。
 人間がそう思っているだけで、本当はもっと別の生き物なのかもしれません。

 元気に外をはしゃぎまわり、たくさんの仲間と遊びながら、今夜も夜雀は歌を歌います。
 夜雀は、歌を歌うのが大好きなのですから。




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『解けない難題』




 今日もまた、ぼんやりと空に浮かぶ月を眺めている。
 恋しい訳ではない。愛しい訳でもない。
 まして、手に入れたいと欲している筈もない。
 あそこはただの荒涼とした大地で、そこに住む者ともとうに縁を切った。

 ――いや、切らされたといった方が近いか。

 過ちは償うべきだと称され、穢れた地面に突き落とされて幾星霜。
 サルベージに来た使者を死者とし、一部を従者として永遠亭に潜んだ。
 今でこそ幻想郷という隠れ蓑を得て、枕を高くして眠れる生活を送っているのだが、 初めの頃は随分と落ち着かなかったものである。
 しかしまあ、退屈こそが平和であると呼ぶことも出来るし、 殺し合いですら平穏だと笑うことが出来れば、それ以上に恐れるものは退屈ぐらいしかない訳だし……。

「ねえ、永琳」
「なんでしょう、姫様」

 隣りに控えているのは、従者である八意永琳。
 あのとき、月の使者として輝夜を迎えに来た者のひとりであり、月の裏切り者としてのひとり。
 今では、輝夜の後ろに仕える永遠亭の二番手。

「私、どうして竹の中に入ってたのかしら」

 思い付いたように、ぼそりと言う。

「……さあ」

 永琳としても、そう言うしかない。

「それに、不老不死だとか言いながら竹の節に入れるくらい小さくなってるし」
「いやまあ、それは月の秘術で」
「大体、あの爺さんも斧でぶった切るなんて無謀な真似して、私ごと惨殺してたらどうするつもりだったのかしら。
 ……ああ、でも死なないんだから大丈夫なのよね。良かった良かった」

 永琳は、輝夜が満足そうなので何も言わないことにした。
 しかし、輝夜の顔もすぐに曇りだす。

「……にしても、なんで竹……」
「松竹梅という言葉もありますし、秋には美味しい竹の子も生えてきますから」
「……それ、フォローになってる?」
「深く考えてはいけませんよ。罰の裁定を下すものの考えなど、私のような罪深きものには理解できませんから」
「……毒のある言い回しだけど、まあいいわ」

 懐が深い輝夜は、永琳の棘のある言葉にも眼を瞑る。
 永琳は誰を責めている訳でもない。ただ、罪の所在を知っているだけだ。
 もしかしたら、自分の罰を決めたのは永琳なのかもしれない、と輝夜は思ったが、 決定的な証拠が見付からないので深く考えるのはやめておいた。
 罰を軽減、あるいは重増させたのであっても、永琳は自分の隣りにいる。
 答えはもう既に出ているのだ。

 ――確かに、私のような罪深いものには、とうてい理解できないのだろう。
 輝夜は、もう二度と行くことのできない大地を仰いで、ぼんやりと思った。

「……でも、なんで不老不死なのに大きく……」
「それはほら、ちっちゃいことは良いことだねって昔からよく言いますし」
「……よく言うの?」
「ええ」
「永琳、なんか適当に相槌打ってない?」
「そんなことないですよ」
「ほらほら」

 永琳は苦笑を浮かべるだけでまともに取り合おうとしない。
 そんな退屈しのぎを繰り返しながら、永遠亭の夜は更けていく。

「それに姫様。竹がどうこう言い始めたら、なんで太郎は桃に入ってたんだって話にもなりますよ?」
「あれはきっと、書いた人が桃好きだったのよ」
「……本当ですか?」
「あるいは、桃尻だったとか」
「……なんにせよ、確かめようがないことですけどね」
「そうねえ」

 永琳の困ったような顔を見て、輝夜は思う。




 まあ、なんてことはない。
 暇ってことは良いことだ。




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『冬の小鬼』




 伊吹萃香という名を聞いて、幻想郷の住民がピンと来るようになった頃。
 幻想郷には、どぎつい冬が訪れていた。
 正直、チルノもレティも頑張りすぎだろと誰もが思ったが、それだけいっぱいいっぱい なんだろうと考えて、あえて口出しはしなかった。
 もうしばらくすれば、これまたテンパっているであろうリリーホワイトがこれでもかと 言わんばかりに頑張るだろうから、結果的にはプラマイゼロで済むだろうと博麗霊夢は考える。

 しかし、心頭滅却すれば何とやらとは言うものの、冬はやはり寒くて厳しい。
 掘り炬燵の中に限界まで身体をつっこみ、もう何杯目になるか分からない煎茶を啜るも、 冷めるのが早いからあんまり温まらない。

「……参ったわね……。
 こんなとき、あいつが居てくれたら……」

 ぽつり、そんな弱音を吐く。
 すると。

「寒いっ!」

 親の敵であるかのように襖を開け放ち、助けを求めていた伊吹萃香がそこに立っていた。
 たとえ冬でも薄着なのには変わりがない。もしかして貧乏なのかしら、と霊夢は 自分のことを棚に上げて思ってみたりする。

「あーもう、こんなんじゃ酒が抜けて仕方ないわ。
 ちょっと炬燵借りるわよ」
「前後の文が繋がってない。まあ、貸すけど。
 あと、寒いから早くふすま閉めて」
「りょーかい」

 後ろ手に襖を閉ざし、剥き出しになった肩を擦りながら炬燵に埋没する。
 次第に緩んでいく頬を見て、霊夢は茶でも淹れてやろうかと不意に思い付いた。

「あー……。極楽極楽〜」
「あんた鬼でしょ。そんなこと言っていいの?」
「大丈夫よ……。最近じゃ、煉獄と極楽の境界が曖昧になって来てねえ〜……」
「有り難味がないわね」
「まあ、その分だけ地獄が温くなるんだから、悪人には都合いいでしょ……ねえ?」
「こっちを見るな」

 くりくりした瞳をしっしっと追い払い、お茶を淹れるために立ち上がる。
 空白に舞い込む空気に身震いしながら、居間を後にしようとしたその背中を呼び止めたのは、 溶けてしまったかのような萃香の甘ったるい語調。

「……あー、そうだ。
 宴会ってさぁ、次はいつになるのかしら……?」

 何かを期待する口調。霊夢は振り向かずに答える。

「寒いから多分無し」
「え〜!?」
「いくら賑やかなのが好きでも、魔理沙は寒がりだからね。
 必要最低限の事情がないと、温泉湧いてる家から出て来やしないわよ。
 まあ、それでも一週間ぐらいしたら何か動きがあると思うけど……。
 あんたも私のとこじゃなくて魔理沙のところに行けば良かったのに。暖かいし」

 それに、お茶を出すために私が炬燵から出ないで済むし、と心の中で付け足す。
 萃香はほっぺたをちゃぶ台に寄せたまま、少し不機嫌な声を上げる。角が台に当たって ぎこぎこ言ってるが、邪魔じゃないのだろうか。

「あいつは私をチビと言ったわ」
「いや、ちっさいでしょ」
「物言いが気に食わないの。それに、あんなガラクタばっかりなところに行きたくないもの。
 狭いし、汚いし、片付けたくて仕様が無いわ」
「まあ、確かにごちゃごちゃしてるけどね……。
 とにかく、お茶でも淹れてくるわ」

 萃香と同じくらい寒そうな背中が居間から消え、より一層気温の低下が顕著な場所に移動する。
 霊夢が棚を漁ったり湯を沸かしたりしている最中、萃香は掘り炬燵の魅力に取り憑かれ、 子猫よろしく炬燵の中で丸くなっていた。口は半開き、涎も出るか出ないかという絶妙な バランスを保ち、瞼はとうに閉じている。
 しかし、かろうじて意識の手綱は掴んでいたようで、ぽやぽやする思考回路を震わせながら 一計を案じる。

「そうかあ……。宴会、まだまだ先なのね……」

 ならばどうすべきか。
 魔理沙が寒がりで家から一歩も出て来ないならば、この冬を狂わせることが必要だ。
 だが、幻想郷の春を奪っただけでボコボコにされた亡霊を目の当たりにしているので、 あまり季節に関する事項を弄くるのもまずい。
 ならば、もうちょっと角度を変えて考えてみよう。
 寒いのが嫌い、なら暖かくすればいい、季節を否定しない範囲で、温泉より強い出力で。
 ついでに、自分が持っている力も利用して……。

「……うん、これがいいかぁ……」

 酒も無いのに酔っ払うのは久しぶりだ。
 手綱が手のひらから滑り落ち、それと同時に萃香は自分の力を発動した。

 『密と疎を操る程度の能力』を。




 居間に戻ってきた霊夢はある異変に気付いた。
 炬燵でとろーんと寝入っている萃香はいい。こうなることは半ば予想できていた。相変わらず 角は邪魔そうだが。
 問題はそんな瑣末なことではなく。

 ……暑い。

 暑いといったら暑い。
 気温自体は初夏のそれと同格かもしれないが、多少なりとも着込んでいる身としては うっすらと汗ばむ感触を無視することは出来ないし、氷点下に至るかという気温が一気に 桜散る頃の季節にジャンプアップしでかしたのだから、一瞬頭がふらっとするのも無理からぬ ところではある。
 霊夢は、とりあえず淹れたお茶をちゃぶ台に乗せる。この暑さならなかなか冷めないだろうし、 事の真相は角をごつごつさせながら寝息を吐いている小鬼に問い詰めればよかろう。
 すっ、と右手を上げ、指の先が天井に向いた頃、まっすぐに萃香の脳髄に叩き落す。

「ごふっ!」
「あら、おはよう萃香」
「……く、くびが……」
「きっと寝違えたのよ。角が邪魔で。具体的にはリボンが邪魔で」

 角にリボンを付けるのが流行ってるのかとも思ったが、何かの儀式なのかも知れないので 深く追求しない。何かしらが封印されてる可能性もあるし。

「くびが……首が……」
「据わってないの? 赤ちゃんじゃあるまいし……」
「……うぅ、そうじゃない、……と、とにかく……。
 こういう邪道な起こし方をしたのは……、私を目覚めさせるべき正当な理由があった故よね……?」
「……もし、ないと言ったら?」
「その時は……。
 酔うわよ」
「いつものことでしょ」
「いつもは三分酔いなのよ。高度酩酊状態」
「急性アル中一歩手前じゃないの」

 強引に会話を切り上げて、炬燵に入ったまま動こうとしない萃香に上からものを言う。
 基本的に、立った状態でも上からものを言う形になるのだが、萃香にそれを言うと 子どものように怒るのでみんな口には出さない。幻想郷よいとこ。

「これ、あんたの力よね」
「そうだけど」
「うわ認めた。天変地異を起こしといて、いともあっさり」
「そんなに酷いことじゃないじゃん。
 この薄ボロ神社の周囲に幻想郷の熱を密集させて、局地的に気温を上昇させたってだけだから」
「どこが薄ボロよ!」
「そこに突っ込むのね……。まあ、楽でいいけど」

 霊夢がピンと来たのは、かくいう自分もその能力を利用して暖まろうと画策していたからである。 他力本願どんとこい。
 ふあぁ、と欠伸をこぼし、ようやく炬燵から這い出てくる萃香。額にうっすらと掻いた汗を 拭いながら、めいっぱい背筋を伸ばす。

「さて、これであの黒いのも動かざるを得ないわ」
「……なんでよ?」
「分かんない? ここに熱を集中させれば、それだけ他の場所が余計に寒くなるってことでしょ。 幻想郷全体の熱量は変わらないんだから。
 だとすれば、魔理沙もあまりの寒さに神社に転がり込んで来る。寒さに我慢できなくなった 他の連中もどんどん萃まって来るから、後は自動的に宴会を始めれば済む話よ」

 ふふん、と誇らしげに薄い胸を張る萃香。霊夢は、発想が白玉楼の亡霊っぽいなあと思ったが、 あまりにも萃香が自信満々なので突っ込む気が失せてしまった。
 まあ、確かに酒なら萃香の持っている瓢箪があればどうにでもなるし、寒いよりは暑い方が 何かと楽ではあるから、万々歳とは言えなくても適度に好ましい状況ではある。
 ……しかし。

「早く来ないかねえ、宴会の幹事は」

 そうねえ、と適当に頷く霊夢。
 ただひとつ、漠然とした不安が胸の中で燻っているのだが、それを声に出すのは憚られた。

(……この展開だと、私も共犯ってことになるのかしら)

 だとすれば、チルノとレティが怒鳴り込んできたときに撃退するのは霊夢の役目と いうことになる。面倒な。
 きっと、『幻想郷の冬を取り戻しに来たわ!』とか言いながら突っ込んでくるに違いない。
 ……だけど、まあ、大した問題じゃないか、と見切りを付ける。

「にがつーはせつぶんーでさけがのめるぞー、っと」

 早くも瓢箪を傾けている萃香を見て思う。
 この面子なら、おそらく適うものなど滅多にいないだろうし。

「というか、節分はむしろ天敵なんじゃ……」
「そんなに弱ってないよ」
「いや、そっちの点滴じゃないし」
「……寒いねえ……」
「あんたが言うな」

 ともあれ、宴会の幹事はこの冬も伊吹萃香が担っている。
 終わりを知らない祭りと共に、明けることのない冬が始まる――。




−幕−
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『埃にかけて』




「もう、こんな季節なのね……」

 ヴワル魔法図書館の主、パチュリー・ノーレッジは独白する。
 ひとたび動けば埃が舞い、ふたたび歩けば咳が止まらず、みたび走れば呼吸すらままならなくなる。
 彼女が喘息持ちだからという理由もあるのだが、それを無視しても蔵書あるところに埃あり。
 そして、埃あるところに箒はある。

「貴方に来てもらったのは他でもないわ」
「断る」

 伊吹萃香は話の冒頭でパチュリーの意を汲んだ。
 埃を萃めるのが五秒で済むとはいえ、問題はパチュリーが片手に持っている謎のスペルカードにある。

「……まだ何も言ってないわ」
「言わなくても判る。大方、掃除でもしてくれって言うんでしょ?」
「話が早くて助かるわ。早速お願い」
「だから断る」

 とりつく島もない萃香に、パチュリーは落ちそうな瞼を懸命に支えながら問いかける。

「……どうして?」
「って、不思議そうに言われても困るけど……。
 気になるのは、あんたが右手に持ってる豆の紋様が刻んである符」
「あぁ……。
 この豆符は、掃除のお礼にプレゼントしようと思って」
「要らん!」
「ちゃんと炒ってあるわよ?」
「余計要らんわ! あんた、それ私の弱点だと判っててやってるでしょ?」
「……」
「目を逸らすな!」
「いちいち注文が多いわね……」

 文句たらたらの萃香に、パチュリーはスペルカードを振り上げながら挑発。

「この豆符『ビーンフィースト』を喰らいたくなければ、可及的速やかに掃除を完了させて、炒りに炒った大豆を頂いておめおめと帰るがいいわ」
「なんか、罰と報酬が同格な気がするんだけど」
「気のせいよ」
「……む〜。もしかして、あのとき引きこもりって言ったの気にしてる?」
「気にしてないわ」

 とは言いながら、パチュリーのこめかみがぴくりと動いたのを萃香は見逃さない。

「別にいいじゃん、引きこもり。
 竹取姫だって人形遣いだって、ましてや隙間妖怪だって半分以上は引きこもり生活送ってるんだし。
 むしろ、れっつ・えんじょい・引きこもりライフって感じで」
「流石、自分たちの世界に篭りっきりの生物は言うことがポジティブね」
「私は外に出てるから違うと思うんだけどなあ……」

 頭の後ろで手を組み、瓢箪片手に挑発を繰り返す萃香。
 そろそろ限界かな、と思ったその瞬間、パチュリーの右手が雷鳴のごとく振るわれた。
 ――豆符、『ビーンフィースト』

「……いいわ。やっぱり外の連中に内部の清掃を任せようと思ったのがそもそもの間違い。
 掃除洗濯家事手伝いはメイドの仕事だわ。貴方には、メイドの素質がない」
「それはそれは光栄だね〜」
「ちなみに、ここで巨大化したり岩を投げたりすれば、大切な蔵書が酷い有様になるから、うちのメイドを泣かしたくなければ自重するのが望ましいのだけど」

 パチュリーの周囲に突如として浮かび上がる豆、豆、豆。
 その光景に気圧されながらも、萃香はスペルカードを抜き放ち、小さな身体で雄々しく宣言する。
 ――鬼符、『ミッシングパワー』

「……だから、貴方にはメイドの素質が無いって言ったのよ」
「それで充分。私には、鬼の資質があるからねえ!」

 向き合い、お互いの誇りを掛けて少女たちは弾を打ち合い――。




「……ああぁ、また埃が舞ってるぅ……」

 図書館の遠方、パチュリーの書斎近辺から響いてくる爆裂音に耳を塞ぎたくなるけれど、 立場上そうすることも出来ない小悪魔は途方に暮れていた。
 彼女たちに安息の時間はない。
 少なくとも、主のパチュリー自らが厄介事を引き寄せている限りにおいては。

「けふぅ……。また、お掃除がんばらないと……」




−幕−
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『孤独の名前』




 たとえばそこに鬼が居たとする。

 どれだけ小さくとも、彼女は鬼だった。
 そのことに誇りを持ち、嘘が嫌いな、ただ少し騒ぎ立てるのが好きな鬼だった。
 鬼は人間に見切りを付けた。
 人間は、圧倒的で絶望的な力の差がある鬼を、ルールに則らない遣り方で排除していった。 対抗ではなく排除。無視ではなく、殲滅。
 人間の恐怖心を司る鬼を、獣が火を恐れるように、忌み嫌う心のままに乱獲していった。

 だから鬼は人間を見捨てた。
 だが、彼女は人間を捨てられなかった。
 それ以前に、見切りを付けられるほど人間というものを深く理解している訳では無かったから。

 願わくば、昔のような関係で居られるようにと。
 鬼が人を攫い、人が鬼に立ち向かう正当な戦いを繰り広げられるようにと。

 それと、短かった春の桜を思い、程近い夏を感じながら陽気に騒いでいられるようにと。
 体のいい口実、あるいは真の理由を胸に秘めて、伊吹萃香は幻想郷に広まった。

「……あらあら。
 そんなに薄まってどうするつもり?」

 見えない隙間から声が聞こえる。
 あちらもこちらも目には見えない境の向こう。
 お互いに視覚できない関係でありながら、お互いの存在を意識している。

 ――宴を、ね。

「貴方も暇人ねえ」

 ――紫には言われたくないわ。

「宴にしても、私は参加できないわよ?
 最近じゃ、霊夢ぐらいしか構ってくれる人が居ないから。
 ……誰も彼も、つれないのよねえ」

 ――自分の胸に聞いてみれば?
 この場所で、あなた以上に不審な者は居ないと思うから。

「貴方以上に?」

 ――私以上に。

「……ふうん。
 気が向いたら、私もとってきのお酒を持っていくわ。
 それまで、寂しがらずに騒いでなさいな」

 誰が――、と抵抗しかけて、隙間が既に塞がっていることに気付く。
 諦めて、萃香は自分の存在濃度を薄く広めることに集中する。

 広がり、散布された自分は幻想郷に住む全ての者たちの意識に浸透する。
 そして、いつ果てるとも知れない宴会を始めるのだ。
 きっと楽しい。
 きっと面白い。
 きっと嬉しくてたまらない。

 ……それでも。

 萃香がその宴会に本当の姿を見せるのは、紫の予言通り彼女が宴会に登場した後だった。
 それまで、萃香は本当の意味で騒ぐことができなかった。

 鬼と人間の信頼関係を取り戻すためと称し、この宴会の下地を作った。
 なのに、彼女はいつまでも裏方のままで、彼岸の火事を見るようにひとりで瓢箪の酒を傾けていた。
 それは人間や妖怪が、薄く広まった萃香の存在を初めから認めようとしなかったからでもあり。
 それは他ならぬ萃香自身が、幻想郷中に散らばった自分の意志を宴会以外に求めなかったからでもある。

 伊吹萃香は、騒がしいのが好きな鬼だった。
 人間に触れようとしたのも、今よりもうちょっと騒がしくなればいいと思ったからだった。

 ――寂しい? 私が?

 宴の後、決まって萃香は紫の言葉を反芻する。
 心の中で繰り返すほど、その言葉は萃香の奥底に沈殿する。

 ――どういうことなんだろ。

 実のところ、よく意味は判らなかった。
 考えて考えて、いくら宴会を繰り返そうとも、その答えが出ることもないままに日々は過ぎる。
 だが、結局はそれで良かったのかもしれない。

「――あんたね、今回の事件の犯人は!」

 意味を知らなくても、その隙間を埋めることは出来るのだし。
 それに、最後の最後で人間と触れ合うことが出来たのだし。
 ……まあ、触れるにしても弾幕と弾幕ではあるのだけど。

「我が軍隊は百鬼夜行。
 人間ごときが適うものか!」

 こうしていれば、決して寂しくはならないのだから。




−幕−
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