「はぁん!…ちょっと…」
姜維は、思わず赤くなってうろたえる。
心臓が飛び出そうだ。
男の人に胸を揉まれるなんて、初めてだった。
しかし、相手の返事はない。
死んだのか?
姜維は少し慌てる。
しかし、実はこの時、夏候覇には僅かながら意識があった。
(…く、力が入らん…誰だ?この娘は?
いや、むしろそんなことよりなんで俺は乳を??)
夏候覇の手から、柔らかくて暖かい、
ぽにゃぁっとした感覚が伝わってくる。
しかも、何とも言えない良い匂い…「女の匂い」までする。
(しまった。タイミングを逃してしまった。
今更、「起きてました」なんて言うのもおかしい。
このまま気絶したふりをしよう…)
こうして、姜維が、無駄のない素早い動きで
夏候覇を自分の寝所に横たえる間、夏候覇は、
気絶したふりをして身をまかせていた。
だが、寝床に寝かされた瞬間、強烈な睡魔が襲ってきて、
結局夏候覇は眠りについた。
命を狙われる恐怖でここの所ろくに寝ていないし、
寝ても疲れが取れない日々が続いていたから。
(包帯…どこだっけ)
姜維は、救急箱を遣いの女にとってこさせ、
その間に夏候覇の装備を脱がせた。
「…素顔は結構まともなのだな」
姜維は、仮面(?)をとった男の顔をまじまじと見た。
目をつぶっているためよく分からないが、
すっきりとした目鼻立ちをした好青年にみえる。
(こんな目立つものをつけているから、こんな怪我をするんだ)
手当てを負え、命に別条はないとわかると、夏候覇に布団をかけ、
おやすみ、と言う。
そして、大量の書類の中から、一枚の紙を引っ張りだした。
その紙には、夏候覇の情報について事細かにかかれていた。
(彼が、かねてから亡命の噂のあった夏候覇殿だろうか…
だが、それならなぜ門番を通さず、不法侵入を…)
姜維は、夏候覇についての報告書をじっくりと読んだ。
可哀相な男である。
ここまで来るのに、どんな苦労があったのだらう。
だがどっちみち、深手を負っているから、しばらくここからは動かせまい。
その間に、本物かどうか確かめよう。
その夜は、あっと言う間に過ぎた。
(夢か…)
朝の光で、夏候覇は目を覚す。
(また、あの夢…)
夢の中では、いつも魏から逃げる際に、妻子をきちんと
連れて来る事ができる
或いは、司馬一族の反乱を、自分が未然に防げるのに、
なぜ現実はこうも上手くいかないのか。
「起きましたか」
女の声だ。
夏候覇は、身を起こそうとしたが、痛みで力が入らない。
「ここはどこだ…」
「ここは私の屋敷です。傷が治るまでここにいた方が良いでしょう」
娘は、にこり、と微笑む。
普段とは違い、青い女物の着物を来ているが、それは間違いなく姜維だった。
ドキリ、とする。美しい娘だ。
さらに、あの柔らかい乳の感触まで思い出し、体の芯が熱くなる。
「ありがとう。…しかし、私は姜維様か劉禅様に用が」
「傷が治ったら、すぐに会わせてあげます。」
実は目の前にいるのが姜維自身とも知らず、
夏候覇はしかたないか、と頷いた。
そしてその日から、夏候覇は姜維の世話になる事になった。
姜維は、昼間は公務のために出かけ、
夜になると夏候覇から話を聞き出すために戻ってきた。
しかし、怪我のため、また、脱走しないようにと手は包帯でぐるぐる巻きに
固定されている。
そこで、朝と夜だけでなく、昼ご飯のたびに姜維は戻ってきて夏候覇に
ご飯を食べさせた。
どこに内通者がいるか分らない。姜維は夏候覇を自分の部屋に閉じ込めた。
そのため、夏候覇の存在はごく親しい女官以外知らない。
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