「なんで顔に…」
泣きそうになりながら、姜維は尋ねる。
うっかり、口の中に入ったらしく、苦みが広がる。
「いつも同じ場所にかけてたんじゃ、つまらないだろう」
姜維は、何か文句を言おうと口を開きかけたが、止めた。
どうせ何を言っても無駄なのだ。
「…この変態仮面」
姜維は深い溜め息をついた。
実は、姜維が夏候覇のあの仮面姿を見たのは
初めて会った時の一回のみで、
あとは大抵は夏候覇は素顔で暮らしている
だが、その一回の時のインパクトがあまりにも強烈すぎて、
姜維は未だにそれをネタにする。
「言っておくが、あれは仮面ではない。兜の飾りなのだよ」
「へー…」
興味なさそうに姜維は答える。
どっちにしろ、変な形だ。
「昔、曹操様が手柄をたてた父上に、
自らデザインをし、送ったものらしい。
父上は、傷をつけては勿体ないからと、
一度も身に着けなかったらしいが…」
(それだけが身に着けなかった原因じゃないと思うけど…)
姜維は苦笑した。
そして、親父から受け継いだ愛用の兜を馬鹿にされて
すねている夏候覇にそっと口づけをした。
「ねえ…」
顔と体の精液を洗い落とし、姜維は布団にもぐりこむ。
「ん…?」
夏候覇は、そんな姜維に腕枕をしてやる。
嬉しそうな、甘えるような姜維の表情が可愛い。
「曹操や、夏候淵、夏候惇ってどんな人たちだったの?」
夏候覇は、きょとんとする。
姜維は昔、魏にいたことはあったが、
その三人とはとりわけ親交があったわけではなく、
何も知らないのと同然だった。
「そうだな…」
夏候覇は、父親から何遍も聞かされた、
とある志高い青年官僚の話をしてやる。
その話からは、姜維にとって忘れかけていた魏の「におい」がした。
夏候覇の話には、全く知らないエピソードもあった。
だけど時に、姜維がよく知っている、筵売りの青年の物語と重なった。
胸が、ざわざわとさざ波を立てる。
違う視点から語られる一つの物語。
今となっては、夢物語のような話だ。
今ではもう、戻れない、わくわくするような時代。
だからこそ、キラキラと宝石のように輝くのだろう。
話は尽きなかった。
姜維は、天井を見上げて言った。
「そうか…魏にも、いい人やおもしろい人間が沢山いたのだな
…もしも、敵同士でなければ、或いは…皆、友になれたのかもな…」
そう言うと、姜維はすやすやと眠りについた。
その晩、姜維は変な夢を見たのだった。
「ここは…どこ?」
見渡す限り一面の桃園。
桃の花びらがハラハラと散り、
差し込む春の暖かな日差しが心地いい。
まるで、楽園のようだった。
ふわふわとした感覚の中、姜維は足を進める。
じゃり…
足音がした。
振り向いて姜維は驚く。
「こんな所で何をしているのだ?」
劉備だった。
年の頃は20代か30代だろうか。
若かったが、姜維は一目で彼と分かった。
「えっ…りゅ、劉備様!?」
「何を言っている?当たり前だろう。
さあ、みんな待ってるぞ」
兄者ー!と、遠くから声がした。
駆け寄ってきたのは、これまた若い関羽と張飛だった。
う…うわー、懐かしい。
姜維の胸に、何かがこみあげてくる。
「行きましょう」
三人は、スタスタと歩いて行く。
慌てて、姜維もその後を追った。
「待って!」
そこには、ありとあらゆる武将たちが集結していた。
(あっ…黄忠殿。ホウ統殿。魏延殿に、馬岱殿…)
「これは、何の集まりですか?」
「桃園の誓いだよ」
劉備は答える。
に、しては人数が多すぎる。
だが、姜維は、夢なので、そっかあ、と思っただけだった
そして、左手には、なぜか呉の武将までいる。
孫策、孫権、周喩…
顔を知っている者、知らない者。でも、誰もが懐かしかった。
「劉備様ー!どうしましょう。ぐずって泣きやまないのですが…」
(趙雲殿!わ、若い!)
ぐずる赤子をあやしながら駆け寄って来たのは趙雲であった。
「どれどれ。ほ〜らほ〜ら、泣きやむんだよ」
「そうだ。将来は、兄者の志をついだ立派な男になってもらうのだからな」
ハハハハ…
笑いが起きる。
(もしかして、この子は…)
姜維は赤子をまじまじ見つめた。赤子は、なおもぐずったままだ。
その時、誰かが姜維の二の腕を掴んだ。
>>