兵士がゴミのように吹き飛ばされていた。かの男が振るう槍の一撃の下、発破が炸裂したかのように人が舞う。
魏軍弓武将、王異はその光景に戦慄した。
(これが、呂布……!!)
伝え聞くその武勇を、ナメてかかっていたと認めざるを得ない。正に一騎当千、三国無双。戦闘騎馬国家として名を馳せる西涼軍、かつては己も籍を置いたその中にあっても──
(本当に、人間かッ……)
じわり、と汗が出る。規格外。認知外。これほどまでの暴力が存在したのか。
(……だが!!)
己が最終兵器、「暴勇の報い」。この世界において王異は己の獲得した新たなる力を刹那の見切りで使い、自軍の勝利に貢献してきた。
(例え呂布と言えど、我が計略の前にはッ……)
護衛兵もそれを見て取り、王異を守るべく槍衾を組む。もはや撃つ弓の殆どが意味を成さぬまでに驀進する呂布、普通ならば逃げ出したい。だが。
(王異様のお力ならば……)
かの有名な小覇王、美髯公すらも退却を余儀なくさせた王異の計略。それを全員が信じていた。
くるり、と赤兎馬がこちらを向いた。そのまま凄まじいスピードで呂布が迫る。
(流石に早いッ、……だが!!)
捕えきれないほどでは無い。王異は馬上にあって、構えを取る。斬り結べば二合ともたぬであろうが、己にはこれがある。
「まだだ、……あせるな、まだだ……!!」
その強大な効果の代わりに、王異の計略範囲は狭い。見切りを仕損じればそこで終了だ。しかし、王異は己の見切りに自信があった。
「今ッ……」
まさにその射程に入ろうかという瞬間。
呂布が消えた。
「!?」
次の瞬間、己の馬から投げ出されて大地に王異は強かに身を打った。何が起きたかわからず、痛みに顔をしかめながら見上げた目の前には、赤兎馬と馬上の呂布。
「なッ……」
考えられることは一つ。あの場から跳躍、一瞬にして間合いを詰め、同時に護衛の兵士全員を一撃のもとに粉砕。飛将軍の名は伊達では無い、という事か。
「くそッ」
慌てて構えを取り直そうとする王異の首に、方天戟がぴたりと狙いをつける。
「……くッ」
完全敗北である。しかし王異は武人、己が生き恥をさらそうとは思わない。構わず構えをとろうとした瞬間、
「……かは」
腹部に衝撃。それが石突で腹を突かれたのだと悟った瞬間、王異の意識は闇へと沈んだ。
次に気がついた時、王異は後ろ手に縛られた状態で寝台に転がされていた。身を起こすと向こうには呂布がいた。
「ク……」
「ほう、早いな。女傑として名高い王異殿だけの事はある」
負けたのだ。窓から遠くに見える黒煙は恐らく自城が陥落したのであろう。ここ最近の連勝に、少々浮ついていた自分を王異は恥じた。
「何のつもりだ。私は負けたのだ、さっさとこの首刎ねるが良い」
王異は気丈にも呂布を睨みつけるとそう吠えた。にやり、と笑うと呂布が壁に預けていたその身をこちらへと近づけてくる。
「なッ、何の……」
「たまらぬな。それだけの美貌にしてその気の強さ。斬るには惜しい。俺のモノになれ」
顎をひょいと持ち上げられる。しかし王異は顔面を朱に染めて呂布の手を振り払った。
「ふ、ふざけるな、愚弄する気かッ!!私は武人だ、遊女でも官女でも無いわッ!!」
「武人か。ならば負けた時には全てを失う覚悟は出来ておろうが」
ぐっ、と言葉に詰まる。確かにそうだ。だがしかし──
「貴公も武人ならば、このような辱めをッ……」
「ならば聞こうか。一度とは言えかの曹操に頭を垂れた美髯公、元は我と轡を並べた張遼、あれらは武人として恥ずべき姿か」
「!!」
「敗北でも、己が意思でも。武人は武を持って語り、それに破れれば何も言えぬ。そうであろう?……しかし、うぬはわかっておらぬようだ」
「な、何をだ」
「我が欲するは、まさに武人としてのうぬよ。女だてらに馬を駆り、戦場に立つその艶やかなる姿を己が腕の中で泣かせたいという事よ」
言うや、呂布は強引に王異の唇を奪った。
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