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  ラダマンティスがラダマンティスとして覚えている最初の記憶は、煌煌と頭上で照る月と、満月の光に晒された建築物の陰影、そして血と哀れな犠牲者の骸だ。
 覚醒をしたあの夜以来、彼は人としての記憶を殆ど失っていた。人であった頃の自分は自らの身体の変化に戦き、異様なまでの血や闘争への欲求に苛まれていたようだ。
 そうしてとうとうある夜、欲求に狩られて夜道で全く見ず知らずの他人を襲って引き裂くことによって彼は人であることを捨てた。人であった彼の意識は完全に屈服して闇に呑まれ、代わりに魔性の、闇のものである意識が彼の肉体を支配し始めた。
 いいや、今までの人であった姿が仮のもので、これこそが本来の自分だったのだ。
 闇の属性を開花させたばかりのラダマンティスは血に飢えていた。まるで乳飲み子が乳を欲しがるように新鮮な血液を欲していた。それも人間の、若い力のある血液だ。
 自らの本能のままに、冥王の呼びかけに応えるが如く夜を舞い、人を狩り、大量の血を欲した。巨頭として完全になるためには沢山の人間の血液が必要であった。
 それが魔性のものである彼を覚醒させる手だてであり、そうすることによって彼は人から新たなものへと身体を造り替えていた。

 カノンが北欧にあるうらぶれた湾口の町に訪れたのはほんの気の迷いだった。
 まるで彼は一陣の風のように、砂浜の波が押し寄せ潮騒が引いたらもうそこにいたというようにそこの町に降り立っていた。身一つで何も持たない、現地の人間にも見えない素振りは、勘のいい人間の目からすればかなり異様に映るだろう。
 だが、この町は移民や旅行者が多いため、こういった人間を訝るようなものはまずいなかった。
ここはターミナルとなる都市が近郊にあるが、この町自体に篤と行って人を引くようなものはなく、殆どの観光客が素通りをしてしまうようなところで、宿が軒を連ねる大通りを離れると閑散としたものだった。
 何故、自分がここにいるのかカノン自身も良く解っていなかった。まるで電車の終着点に行き着くが如くそこにいたのだ。
 強いて言うのならば、予感だった。何があるか判らないが、何かがある。この近くを訪れたとき、何かを感じたのだ。それは酷く不吉なもので、あらゆる可能性を含んでいた。
 それが虫の知らせというもので、不吉な未来を感じたのだとしたら、素通りすることも出来たはずだ。だが、彼の気性がそうはさせなかった。不吉の根源に対峙してみないと気が済まなかったからだ。

 まるで常連であるかのような素振りでカノンは港近くの酒場に訪れた。当然のことながら、態度に見せなくても酒場の主人はカノンを歓迎しなかった。接客業をする彼らは、生活感の無い、かと言って旅人にも見えない異様な気配を本能的に察知していた。彼の雰囲気を表すのに一番的確なのはテレビで見るニュースのレポーターだ。だからと言って報道記者にも見えない。まるで、風景に当て込まれかのようにそこにいるのだ。
  別に、カノンは多くのレポーターがそうするようにスーツ姿でいる訳ではなかった。出で立ちは多くの旅行者が着る極めてカジュアルなものだ。
 カノンが辺りを見渡すも店内の客もまばら。さぞかし繁盛していない。見回したカノンは適当な席に着いて主人に注文をした。現地の特産のウイスキーを一杯。主人も、歓迎はしていないが注文は聞いた。
 頼まれたものを出しながら言葉少なに『どこから来た?』と主人が投げかけた。訝られるのを覚悟でカノンは曖昧に茶を濁したら、想像していた通り不審そうな目線が返ってきた。
 だが、店主の親切心がこの得体の知れない男に一つの忠告を与えた。独特の苦みを持つ、匂いの強いウイスキーを口に運ぶカノンに、主人は他の客に酒を作りながら言った。
『…この辺りは最近めっきり物騒になってな、夜になると人が消えるんだ。だからアンタも、これを飲んだらさっさと宿に帰ったほうが良い』
 カノンは、舌に感じる苦みを更に深く感じた。だから客が少ないのか。そして、胸に広がるアルコールと同時に予感の核心に近づいた気配がした。
 現在、世界中で同様の失踪は起こっている。世界規模で見れば失踪は日常茶飯事だ。その中でも、ある勢力の陰が蠢いている事例がいくらかの確率で起き始めているのだ。
 それがカノンの知る運命とそれに基づく予感の正体だった。
 失踪事件の陰に、必ず将来敵となる軍勢がいる。

 相手の勢力が何たるかもカノンは知っていた。そいつらを倒すためだけにこの世に生を受けたようなものだ。幾度も生まれ変わっては合間見る、生涯の敵達。それは、向こうとて一緒だろう。
 それらの失踪事件に関与しないのが聖域の方針だった。全世界で起きているそれらの事件を拾い集め、分析する時間も人もいないのだ。ひいては戦力の分散となる。
 時が満ちたら奴らは完全に目覚めて徒党を組んでやって来る、その時まで、それらが覚醒の際に要する血を求めた失踪事件は看過しようと言うのだ。
 その方針に従ってこの不吉な失踪が起こる町を看過すれば良かった。だが、カノンはここに来てしまった。もし、聖域の法に則ればカノンのしたことは違反となるが、それに敢えて逆らってみたい気もあった。堅苦しい聖域の法はカノンの肌に合わない。それに、自分は実力はあるが正規の聖闘士ではないのだから。
 好奇心が店主から幾らかの失踪の実態と現状を聞き出していた。通過するとはいえ、多くの観光客が訪れ宿を取る町なので店主はイメージダウンを恐れて余り口にしなかったが、それでも語ってしまうのは偏に余りに雰囲気にそぐわないカノンがジャーナリストに見えてしまったからだろう。
 失踪と噂されるものはあったが、この町は旅行者や移民が多く、どこに移動しても不思議ではない人間が多いのでどこまでが失踪なのか分からない事実も多かった。ただし、旅行者に至っては、宿にそっくり荷物を置いたまま消えてしまったので、いよいよ地元の警察も動き始めたぐらいだ。
 それらの事実を反芻しながらカノンは厳戒態勢の敷かれたような街灯の少ない夜の町を歩いていた。警察が余り露骨に動いてはイメージダウンになる。警察が後手に回っている事実に、風評被害を恐れる観光都市の実態を垣間みた。

 ラダマンティスがラダマンティスとして意識を開花させ、哀れな犠牲者を引き裂いた最初の夜から一体どのぐらいが経過しただろう。彼は常に飢えて渇いていた。より早く冥闘士として完成した身体となるため、より多くの血を欲した。夜を重ねるごとに犠牲者は増えていった。
 血を飲まれ、肉を裂かれた骸を見てラダマンティスは時折虚しさに苛まれる。犠牲者に哀れみを感じることは無い。ただ、ほぼ無抵抗の相手を引き裂く虚しさに囚われていた。抵抗されたいのではない、逃げ惑う犠牲者を狩りたいのではない。彼は余程優れた狩人なので手際は良かった。ただ、余りに呆気がなくて虚しかったのだ。
 ラダマンティスは虚しさの正体が何か分かっていた。それは、闘争への欲求だ。身体は未熟ながらも、闘争に飢えているのだ。
 そうして、ラダマンティスの冥闘士としての属性と、動物的直感がある予感を感じ取った。
 途方も無く不吉なものが近づいている。それが何たるか、ラダマンティスは薄々気付いていた。
 敵である軍勢がラダマンティスの餌場である圏内に侵入している。恐らく、敵は既にラダマンティスの存在に気付いている。ただし、ラダマンティスは未成熟なので、気配を隠して人に偽装してしまえばやり過ごしてしまうことは出来た。近隣の大都会に紛れてしまえばほぼ追跡は不可能だ。
 ほんの少しの間、狩りを止めておけば良い。特に、今宵は出歩かない方が良い。
 それだけでやり過ごせた筈だった。だが、ラダマンティスは繰り出してしまった。
 闘争への欲求と、好奇心に抗えなかったのだ。偏に言うと、今までの単調な狩りに少し退屈していたのだ。
 それが全ての滅亡に繋がるきっかけとなったことを、今もラダマンティスは悔やんでいる。

エロ抜きの前日譚。結構テンポは遅いです。

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