『ゆうべはおたのしみでしたね』01▼ |
赤茶けた荒地の上で、ティエナは精霊剣を腰溜めに構えて複数の触手を持った暗緑色 の魔物と対峙していた。 ティエナは日本に存在すると思われていた精霊石のひとつが魔界にあると聞いて、そ の真偽を確かめるべく異世界に乗り込んだが、その直後に一匹の魔物と遭遇したのだ。 丸みを帯びた頭頂部に円柱状の胴体を持つその魔物の名をグリーンローパーと言い、 魔界全土に生息する下級生物の一種だった。 体長はティエナの胸元までの高さがあり、鞭のようにしなる触手で獲物を捕らえて、 頭部にある開口部分で食らうのが特徴だ。 今もまるで舌なめずりするかのごとく触手を揺らし、グリーンローパーはティエナの 様子を窺っていた。隙あらば襲いかかろうとしているのが目に見えてわかる。 だから、あえてティエナは隙を作って敵の攻撃を誘った。 「よーし! さくっと終わらせちゃうよー!」 そう大声で叫びながら、しかし両手を上げて後ろ向いて逃げ出すふりをすると、案の 定、魔物が触手を伸ばしてきたのが気配でわかった。 「おっと! せいっ、やあっ!」 ティエナは振り向きざまにすぐそばまで迫っていた触手の先端を切り落とした。 続けて、上下左右から襲ってくる触手を俊敏な動きでかいくぐり、手にした精霊剣が グリーンローパーに届く間合いまで一気に近づいた。 「てぇええええいっ!」 威勢のいい掛け声を発して、精霊剣を魔物に向かって振り下ろす。 銀光の軌跡が宙空を駆け抜け、鈍い切断音と共に確かな手応えをティエナは覚えた。 しかし、勝利の確信は敵の報復でもって覆される。 ティエナが斬り捨てたのは魔物が己の身を守るために固めた触手の束にしか過ぎない。 しかも斬った先から触手が再生し、攻撃が無駄に終わったことを思い知らされる。 そして、死角から忍び寄っていた一本の触手がティエナの足首を捕らえた。 「しまった!」 転ばされると思い、腰を落として片足を踏ん張るが、 「あっ!」 足元をすくわれてティエナの体が空中に浮いた。 そのまま背中から地面に叩きつけられると思ったティエナは、転倒時の衝撃を和らげ ようと先に手を突こうとするが、その手首を触手に絡め取られた。 このまま受身も取れず、無防備に大地に激突することを覚悟したティエナは、その前 に別の触手によってもう片方の手首と両足首を捕らえられ、空中に浮いてしまう。 「あっ、こ、このっ!」 ティエナは不安定な浮遊感を嫌うように必死になってもがいた。 しかし、彼女の体を軽々と持ち上げる魔物の力に圧倒されて、両手足をばたつかせる だけで触手から逃れることはできない。 ついには、指先が痺れて精霊剣を離してしまい、唯一の対抗手段すら失われてしまっ た。 そして、ティエナの首から腰にかけて一際野太い触手が巻きつき、万力のごとき力で 締め上げられた。 「あぐっ! かっ、はっ!」 胸骨が軋みを上げると共に肺が押し潰されて、ティエナは空気を吐き出し、全身を貫 く激しい痛みに気を失いかけた。 「ぐぅううっ、ちょっ……と、こ、これ……あっ!」 まずい、とティエナは思った。このままでは殺される、とも。 魔界に訪れたのはこれが初めてだったが、相手が魔族ですらない雑魚だと思って甘く 見たことが間違いだった。 ここは名にしおう戦士ですら簡単に命を落とす異界の地。力だけが物を言う世界では たとえ下級程度の魔物であっても人間とは比べ物にならない強さを持つ。 それを見誤ったことをティエナは後悔したが、すでに遅い。 「はぁあっ……う?」 気がつけば多種多様の触手がティエナのそばで蠢いていた。 先端がくびれているものや細かく枝分かれたもの。無数の小さな牙のついた口を持っ たもの。そのどれもが捕獲したばかりの獲物を目の前にして、涎を流すように粘ついた 分泌液を毒々しい色をした表面から滲ませている。 このまま触手に蹂躙された挙句、魔物に食い殺されるのは確実だったが、もはや抵抗 する体力も気力も奪われて、ティエナの意識が遠のいていく。 その様子を察した触手たちがいっせいにティエナの衣服の中に潜り込んで、少女の柔 肌を貪ろうとした。 その時。 「だからあれほど一人で魔界に入るのは危険だと言ったではないですか」 聞き覚えのある声に消えかかっていたティエナの意識が繋ぎ止められた。 どこまでも冷静で、いついかなる時でも揺れることのないその声の持ち主は、 「ロザリー!」 肺に残った空気すべてをしぼり出すようにして、ティエナは叫んだ。 その返事は大気すら切り裂く羽音によって代えられた。 ほぼ時間差なく6本の矢がティエナの体を縛りつける触手に突き刺さり、その粘膜を 破って中の体液を辺りにぶち撒けた。 「うわっと」 ロザリーが放った矢によって触手がすべて破壊されたおかげで、ティエナは窮屈な戒 めから解放された。 だが、自由になった途端に地面に落ちて、したたかに腰を打ちつけてしまった。 「あ痛たたたた……」 「何をしているんですかティエナ」 ティエナは矢の飛んできた方向に振り向くと、若草色の髪と瞳を持つ少女が構えた弓 に矢を番えているのが見えた。 その表情は遠く離れていて読めないが、きっといつもの無表情で呆れ返っているに違 いない。 痛む腰をさすりつつティエナはみっともなく醜態を晒したことが恥ずかしくて、その 照れ隠しに不平の言葉を漏らした。 「何してたの! 遅いよ!」 「部活が長引いたものですから」 こちらの危機感もお構いなく、ロザリーが呑気な答えを口にした。 その嫌味を通り越して感心するほど澄ました態度に腹を立てるどころか、ティエナは 頼もしさを感じた。 やはりこの類まれな弓術の腕前を持つロザリーの援護があってこそ、自分は思い切り 前に出て戦えるのだと思い知らされる。 その一方で、グリーンローパーは突如として現れた乱入者に己の食事を邪魔され、本 能的な怒りを覚えたのか不快なうめき声を上げた。 だが、憎い相手を攻撃しようにも距離が離れすぎていて届かない。せっかく回復した 触手もむなしく宙を掻くのみだった。 ならば、と取り逃がした獲物を再び捕まえようと触手を伸ばすが、ことあるごとに飛 来する矢に撃ち落されてしまう。 「さあ、どうします?」 声を張り上げているわけでもないのに不思議とよく通る声で、ロザリーは魔物を小馬 鹿にする。 距離的な有利さを保ちながら、素早く矢を番えて弦を引き絞り、間髪いれず発射した。 無造作に放たれたと思われた矢は、防御のために複雑に絡み合った触手の隙間を縫う ようにして、グリーンローパーの本体部分を正確に貫いた。 「ティエナ。今です」 「うん! くらえ! 鳳凰炎舞剣!!」 隙を見て、すでに精霊剣を拾い上げていたティエナはその刀身に炎の精霊を宿し、大 上段から触手ごとグリーンローパーを斬り伏せた。 炎をまとった刃がやすやすと魔物の肉体を真っ二つに割ると同時に燃やし尽くす。 「やった!」 奇怪な断末魔を上げてグリーンローパーが消滅するのを確認したティエナが、喜び勇 んでロザリーに駆け寄った時、彼女はおもむろにガッツポーズ取り、その場で腕を上げ ては下ろして抑揚なく勝ち名乗りを上げた。 「テレテテーテーテーテッテテー。ロザリーはレベルアップ。ちからがあがった。すば やさがあがった。たいりょくがあがった。かしこさがあがった」 「どっちかって言うと、おかしさが上がったんじゃあ」 すかさず突っ込んだティエナを気にすることなく、ロザリーの意味不明な言動は彼女 が飽きるまで続いた。 魔界での初めての戦いが終わり、精霊石の探索を再開したティエナとロザリーは、空 が夕闇に沈みかけた頃、天高くそそり立つ岩山の断壁にひとつの洞穴を見つけた。 ロザリーが穴に向けて魔力の光を放つカンテラを掲げると、その中は人が入るのに十 分な広さがあることが見てとれた。奥行きもあまりなく、洞穴の手前からでも行き止ま りが確認できる。 「今日はここで休息を取ることにしましょうか」 「うん、そうだね」 ロザリーの言葉に頷いたティエナだがその口調に普段の元気はない。 最初は戦闘後の疲労すら感じることなく歩き回っていたが、時間が経つにつれて気だ るさと共に眩暈に襲われ、歩くことが億劫になってきていた。 そうして具合が悪くなっていく様子が傍目から見てもわかったのか、ロザリーが声を かけてきた。 「ティエナ、何かあったのですか? 気分が優れないようですが」 「えっ!? い、いや、何でもないよ。大丈夫大丈夫。ほら、行こう!」 「……はい」 ほぼ無表情ながらもどこか怪訝の色を浮かべたロザリーを誤魔化すように、ティエナ は先行して洞穴の中に入った。 しかし、その足取りはひどく重たそうだった。 洞穴に入って50歩ほどで行き止まりに辿り着き、ティエナたちはそこで腰を落ち着け ることにした。 幸いなことに何か魔物が巣くっていることもなかったおかげで、安心して休むことが できそうだった。 念のため外から魔物が入って来れないように出入り口に結界を張ってある。 ロザリーが背負った荷物の中から毛布を取り出して地面に敷くと、ティエナは彼女と 一緒に並んで座った。 足元に置いたカンテラが強い光を放ち、背後の岩壁にくっきりとふたりの影を映し出 した。 「はぁ……、ふぅっ」 ようやく人心地つけてティエナは深く息を吐いた。座り込んだ途端に疲労感が一気に 押し寄せて、自然と首がうなだれる。 そのまましばらくお互いに黙って座り込んでいたが、ふと視線を感じて隣を振り向く と、ロザリーが何かを言いたそうにこちらを見つめていた。 澄み切った碧眼に射すくめられて、いたたまれなくなったティエナはその場を取り繕 うために口を開いた。 「あ……っと、そうだ。まだお礼言ってなかったね。あの時は助けてくれてありがとう」 グリーンローパーとの戦闘中に助けてもらいながらも文句を言ってしまったが、実際 の所、ロザリーが来なければ確実に殺されていた。 今も肌に残る生々しい触手の感触と、一歩間違えれば訪れていた死の感覚に、能天気 なティエナと言えど背筋が凍るものがあった。 だからこそ、もはや誤魔化しではなく心から感謝の気持ちを伝えたつもりだったが、 その言葉はロザリーにとって期待するものではなかったのか、彼女は頭を振って詰め寄 ってきた。 「ティエナ、いい加減に強情を張るのはよしましょう。もし、どこか怪我をしているの なら見せてください」 「べ、別に怪我なんてしないからいいよ」 問い詰めてくるロザリーから逃げるようにティエナは腰を浮かせて距離を取るが、す ぐ追いつかれ、ついには両肩を掴まれて身動きが取れなくなってしまった。 「観念して白状した方が楽になれますよ」 「何で尋問口調なの!?」 慌ててティエナはロザリーの手を振り払った。その顔は熱を帯びて真っ赤に染まって いる。ついでに息も荒ければ、体も震えていた。 明らかに体調を崩しているにもかかわらず、頑なにロザリーを拒み続けていたこちら の態度に、彼女は思い当たることがあるようだった。 「さてはグリーンローパーに噛まれましたね」 「うっ」 ティエナが息を詰まらせたのは、いきなり核心を突かれたからだった。 複数の触手に捕らえられた時、その中の一本に噛み付かれていたのだろう。それから 肉体に変調が始まったのをティエナは覚えている。 「ティエナ、あなたはその触手が持つ牙には特殊な毒があると知っているでしょう?」 「う、うん。王宮の書庫にあった魔物図鑑で見たよ。確かその毒は捕まえた相手の自由 を奪うものだって」 「その通り。ですが、そうして捕獲した生き物の筋肉を弛緩させる以外にも、催淫効果 を持つ毒でもあるんです」 「さいいん……って何?」 聞いたことのない言葉にティエナが首を傾げると、ロザリーが明快な答えを出した。 「性欲を刺激して快感を促すことですよ。つまり素晴らしくエロい気分になるというこ とです。今のあなたのように」 ロザリーが人差し指を立て、ティエナの股間を指差した。 そこは何かに濡れて、ティエナの着るローブにまるでお漏らしをしたように染みを作 っていた。 「そうなんだ。やっぱり、これってそういうことなんだよね……んっ」 ついに観念してティエナは背中を岩壁に預けて脱力した。 今までティエナは身体に沸き起こる欲情に耐えてきたものの、一息ついたことで緊張 の糸が切れてしまったようだ。 はだけた裾から伸びた生足を伝わる粘ついた液体は、紛れもなく愛液だった。 すでにティエナの意思とは無関係に流れ落ち、地面に水溜りを作って湯気すら立ち昇 らせていた。 それを見たロザリーは感心とも呆れとも取れるような曖昧な表情で口を開いた。 「あなたは盛りのついた雌猫ですか」 「そんな言い方、あっんっ……しなくていいでしょ。あ、あたしだって、好きでこんな 風になったんじゃないし。んんっ」 ティエナは精一杯しかめ面して抗議したつもりだったが、その声が妙に艶めいてあま り説得力がなかった。 自分でも初めて聞く色気づいた声音に、ティエナはいよいよ己の肉体が性欲の炎に燃 え上がろうとしているのがわかった。 そこへ唐突にロザリーがティエナの膝頭を掴み、両脚を押し広げるように力を込めた。 「どうやら体が疼いて仕方がないようですから、私が慰めてあげましょう」 「な、何言ってるんだよ! 別にそんなことしなくていい……って、あ、こらっ!」 止めるまもなくティエナは強引に開脚させられ、裾から飛び出した太腿をロザリーに 撫でられた。 「あっ、やっ! 今そこ敏感だから触っちゃダメだって、あんんっ!」 「つまりここが気持ちいいんですね」 「だからやめて……っ、あっあっああっ」 足首から脹脛、膝の裏を通って太腿の順番で揉み立てられて、ティエナは後ろ向きに 倒れ込んで喘ぎ出した。 くすぐったさの中に快感を誘う巧みな手さばきに全身までもが熱を得る。 ティエナは折り曲げた人差し指を噛んで、ともすれば漏れ出てしまいそうな喘ぎ声を 押し殺し、愛撫が終わるのをじっと耐え続けた。 そんないじらしいティエナに満足したのか、ロザリーがティエナの両脚から手を離し て頷いた。 「いい反応ですティエナ」 「ひどいよ! あたしの体が変になったのをいいことに、その……い、いやらしいこと するなんて。何でそんなことするんだよ!」 ティエナは上半身を起こして声を荒げるが、ロザリーは気にする風でもなく、 「あなたが心配だからに決まっているではありませんか、こんな面白いことを逃す手は ありませんし」 「建前と本音を一緒に言うのはやめようよ!」 「まったくティエナは我がままですね」 「えー! あたしが悪いの!?」 猛然とわめき散らすティエナに対して、ロザリーがなだめる様に諭した。 「ではこのまま悶々と眠れぬ夜を過ごすつもりですか? 今ここで性欲を満たしてしま えば、それで終わりだと言うのに。おそらく行為が終わる頃には汗と共に毒も抜けきる ことでしょう」 「それ、もっともらしく聞こえるけど、あたしが納得いかないのは何で?」 「ティエナ、すべては気の持ちようです」 理不尽だ! と思いもしたが、性欲が昂ぶるにつれて正常な思考が奪われ、理性が保 ち続けるのが難しくなってきた。 性知識は常識として知っているものの実際の行為に興味はなく、自慰のひとつもした ことのないティエナにとって、発情した自分の体には戸惑うばかりだった。 そんな気持ちが解消できるなら、いっそのことロザリーにすべてを任せてみるのも悪 くない、と思い始めたのは気の迷いかもしれない。 そうした葛藤を経て、結局、ティエナは折れた。 しこりの様に不安は残るが、長年共に過ごした相手なら身を委ねても大きな間違いは ないはずだった。 だからティエナは全身の力を抜いて、しおらしく首を下に傾けた。 「……じゃあ、お願いするよ」 「ではさっそく」 「うわっ、ちょっと待っ……あっ!」 許可を出した途端に速攻でティエナはロザリーに押し倒され、ローブの裾を一気にま くり上げられた。 ティエナは下着を身に着ける習慣がないためそれ以上剥かれるものはなく、完全に下 半身が露わになり、股間に生い茂る陰毛とその奥に縦に走った亀裂が現れる。 愛液に濡れた性器がカンテラの光を反射してきらめいているのを見たロザリーは、 「ほぅ」 と感慨深げに吐息を漏らすと、何故かナレーション口調で喋り始めた。 「ロザリー探検シリーズ。恐るべき魔界の大地。断崖絶壁に空いた洞穴で暗闇の中に光 る女体の神秘を見た」 「真面目にやれー!」 ティエナの切実な願いが穴の中に木霊した。
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