『It takes two to tango.』06

 王は抱きしめる力を緩めて体を離すと、渡瀬がいまだ涙の跡を残す顔に笑みを浮かべて いた。その両頬を優しく指先で撫でてあげれば、渡瀬はいじらしくもはにかんで言った。 「利ちゃん……キスしていい……?」  蕩けるような声でおねだりされて、胸を熱くさせた王は先にまぶたを閉じて、唇を差し 出すようにほんの少し顎を上げた。渡瀬の顔がゆっくりと近づいてくるのを気配で感じな がら、その時が来るのを待ち続ける。  そして、唇と唇が重なる直前、 「利ちゃん、好きだよ」 「あたしも好き……」  何度告白しても飽きることはなく、幸福感は薄れない。溢れる思いを唇にのせて、どち らかともなく口づけを交わした。呼吸すら止めて、暗転した視界の中で感じられるのは相 手の唇の柔らかさだけだった。  王は瞳を開けると、うっとりと上気した渡瀬の顔が目の前にあった。キスの余韻が冷め やらないうちに今度は王の方から顔を近づける。 「ん……」  甘ったるいキスの味を堪能しながら、渡瀬が酸素を求めて口を開いたその隙間から舌を 入れ込んだ。初めてのディープキスとは違って要領がわかっているのか、渡瀬も積極的に 舌を絡めてきた。  王は自分の口の中にも渡瀬を導くと、そこで口技の限りを尽くして、舌を吸い上げ、舐 め取り、歯で噛みほぐした。その内、渡瀬の瞳が快感で虚ろになってくると、全身を弛緩 させて体を預けてきた。 「は……ゃ、利ちゃ……んっ、キス上手すぎだよぉ……んんっ」  渡瀬に褒められて気をよくした王はお礼に唾液を舌にのせて差し出した。渡瀬は舌ごと 飲む干すように喉を鳴らすと、お返しに王にも唾液を飲ませた。 「ん……む、んぅっ……はぁああ……、光の味……美味しいよ」  もっと欲しくなった王は、まるで果汁を搾り取るように渡瀬の舌を唇で挟み上げてしご きたてた。舌先を強く吸い込まれる乱暴な動きに渡瀬がむせ返って目を白黒させていた。  甘ったるくなった呼気の中、言葉にならない喘ぎの代わりに激しい水音が部屋に漏れる。 その淫らな音にほだされて、官能の熱が再びふたりの身体を内側から灼き始めた。  少しだけ唇と離すと、一息つくように渡瀬が短い呼吸を繰り返したが、そうしている間 にも王は彼女の口元を舐め続けた。まぶした唾液が涎のように糸を引いて顎先から胸元に 垂れ落ちた。よく見るとお互いの乳房に粘っこい液体が薄く広がって、いやらしいてかり 具合を見せていた。 「光……エッチだよ……」 「利ちゃんこそ……」  王と渡瀬は立ち膝の状態で、相手の鼓動を感じるようにきつく抱きしめ合った。お互い の顔が近まると、王は渡瀬に視線で合図して、唇を重ねるまでもなく舌を絡めあった。伸 ばした舌同士が唇と唇の間で踊り、唾液が突き合せた乳房の間に落ちて小さな水たまりを 作る。  王はその唾液をローション代わりに、身体を上下に動かして渡瀬の乳房とこすり合わせ た。絶妙のぬめり具合に裸身を絡ませ合う動きが激しさを増して、昂ぶる性欲に艶やかな 喘ぎを上げた。 「やぁん、やっ、あっ、おっぱい気持ちいいよっ!」 「う、んっ、ボクもっ、あっ、あっ、ああぁんっ」  渡瀬が最初の頃と違い、声を大きくして喘いでいるのが王の耳に心地よかった。  素直に快楽を受け入れて開放的になった渡瀬の乱れように、王は彼女の股間に手を伸ば してまさぐってみれば、明らかな湿り気を感じた。そのまま指をくの字に曲げ、縦裂に割 り入れて膣肉を弄くった。 「ふあっ、あ……っく! いきなりだなんてひどいよっ……んくうっ!」  快感に悶えながら、負けじと渡瀬も相手の割れ目に指を這わせ、その谷間を上下にこす ると、王が艶やかな声とともに肩を震わせた。 「ひゃぁあっ、やぁ……あっ、はぁ、はっ、それ、頭の中が痺れちゃうっ!」  王は自然と芽を出していた陰核を渡瀬の指にこすられて、腰が砕けそうになっている。 もっと慎重に触ってほしくて渡瀬の手をつかんだが力が入らない。それどころか、 「利ちゃん、ここが気持ちいいんだ……あはっ」  王の抗議を催促と勘違いしたのか、面白いおもちゃを見つけたような無邪気さで渡瀬が 肉芽を集中して責めてきた。最も敏感な部分を直に触れられて、圧倒的な快感が王の体を 駆け巡り、下半身がなくなってしまったかのような浮遊感が怖いほどだった。 「ダメぇっ! そんな激しくしちゃっ!」  王はそう言ったつもりだが、実際に口からでたのは不明瞭なよがり声だけで渡瀬は止ま らなかった。さらに渡瀬の愛撫が激しさを増し、ついには陰核を指で弾かれた。 「ひぃっ……あっあっああっ、ふぁあああああっ!」  部屋の天井と平行になるほど頭を反らして、王はあられもない悲鳴を上げた。頭の中が 真っ白になって何も考えられなくなり、力なく崩れ落ちた。 「り、利ちゃん、だいじょうぶ?」  渡瀬は王を抱き留めると、心配そうに声をかけた。他人が絶頂に達するのを見るのは初 めてだった渡瀬は、王がシーツに撒き散らした大量の愛液に呆然としていた。  しばらく、お互いに何も言葉を口に出すことができず時間だけが流れたが、王は渡瀬の 肌の温もりに何とか意識を取り戻すと、恨みがましく渡瀬に言った。 「光ぃ……、ここはもっと優しく触ってくれないとダメでしょぉ……」  自慰の経験があるのなら陰核の扱いくらい知っていてもよさそうだが、先ほどの渡瀬が 容赦なく責めてきたことに対して、王は少し腹を立てていた。 「だって、利ちゃんの気持ちよさそうな顔がかわいかったから……きゃぁんっ」  王は言い訳がましい渡瀬の淫核を不意打ち気味に触ると、彼女が逃げるように腰を引か せた。包皮越しに軽く押し潰しただけでそれほどの反応を見せるのだから、直接刺激され た時の快感がどれほどのものか渡瀬にも想像できるはずだった。 「もっと触ってあげよっか?」 「ごめんなさい」  身をもってわからせると、殊勝そうに渡瀬が謝った。その姿がしおらしくて王はキスひ とつで許してあげた。  思いもかけず快楽の頂きに昇りつめてしまったが、お互いに身体の準備が整うには充分 だった。必ずしも絶頂感に達することが女同士の性戯の終りではないが、そろそろ終着点 を迎えるには気分的にも時間的にも頃合だと、王と渡瀬は感じ取っていた。 「光、いいかな……?」 「うん……利ちゃんとひとつになりたい」  お互いに膝で立ったままの姿勢は変わらず、まずは渡瀬が肩幅ほどに脚を開いた。すら りと縦に伸びた秘裂からひとすじの愛液がベッドに垂れ下がっている光景がひどく魅惑的 だった。  王はその愛液の糸をすくい上げるように指先を渡瀬の割れ目にあてがった。 「じゃあ、いくよ」  そこで渡瀬が王の手首をつかみ、不安と期待に入り混じった表情で王に哀願した。  「利ちゃん……。ボク、初めてだから優しくしてね……」  どこまでもいじらしい渡瀬にもう一度キスをしてあげると気持ちが和らいだのか、彼女 はすべてを委ねるようにこちらの首に腕を回してきた。  王は中指を渡瀬の秘所に潜り込ませると、まず膣口の辺りをほぐすように愛撫した。す ると、すぐに愛液が指に絡んで滑りをよくするのを感じる。  そのままゆっくりと膣内へ指先を挿入していった。 「やっ、あんっ!」  最初の愛撫の時よりも指を奥へと進めようとするもの、より深まった挿入感が怖いのか 渡瀬が体を強張らせていた。  目蓋をきつく閉じて肩を縮こまらせる渡瀬の態度からその緊張感がうかがいしれた。 「光、力を抜いて」 「う、うん」  渡瀬が息を吐いて落ち着いた頃を見計らい、挿入を再開する。ほどなくして爪先が小さ な粘膜に引っかかった。  それこそが渡瀬の純潔の証だった。  薄氷のような繊細さをもつ処女膜が膣道を塞ぎ、中心の空隙へ無理に指を進めようとす ると、いまにも破けそうだった。  王はこのまま挿入を続けるか迷っていたが、 「いっ……くうぅっ!」  苦痛を訴える渡瀬の様子を見ると、あまり時間をかけないほうがよさそうだった。関節 ひとつ分だけ指を引き戻し、一応渡瀬に声をかけた。 「光? つらかったらやめてもいいんだよ?」 「だいじょうぶ……だから、最後までお願い……っ!」  その言葉に王は一気に処女膜を貫いた。遅れるように粘膜が引き裂かれる感触を覚え、 渡瀬が声にならない悲鳴を上げて痛みに耐えかねていた。途中、膣壁がきつく狭まったが、 王は力強く押し進めてその勢いのまま奥深く指を突き刺した。 「いたぁっ、ああぁあっ、やあぁーっ!」  肺に溜まった空気を声にして渡瀬が泣き叫んだ。しかし、それは処女喪失の痛みに苦し んで流した涙ではなく、愛する人に処女を捧げたことへの歓喜の涙だった。 「光……ちゃんと奥まで入ったよ? わかる……?」 「うんっ、うんっ」  後は言葉にならず、秘所から垂れ落ちる破瓜の血とともに渡瀬は涙をこぼし続けた。  王は膣内に深々と指を挿入したまま動かすわけでもなく、少しでも気が紛らわすように 渡瀬の頭を撫でてあげると、茶色の髪が冷や汗に濡れた背中に張りついた。  渡瀬が落ち着くのを見計らって、王は空いた片手で渡瀬の手を取った。 「今度はあたしの番。あたしの処女も光にあげたい……」   そう耳元で言われて渡瀬は頷くと、自分がされたように王の中へ指を沈めた。 「あぁんっ! あ……ん、んんっ」  オナニーをしすぎで幾分散らされた処女膜が渡瀬の指先によって貫かれた瞬間、鋭い痛 みが走った。だが、それも満足感の前に霧散して、王はため息を漏らした。  膣襞を抉るように指が深まった場所に進んでいくと、王は早くも快感に身を震わせる。 「光……わかる? あたしたち、繋がってるんだよ……」 「うん……。ボク、やっと利ちゃんとひとつになれたんだね」  お互いの指を介し、心だけでなく体までも結ばれることができて、ふたりは幸せだった。 「光の中、ものすごく熱くて指が火傷しちゃいそう……」  膣内の指が煮えたぎった愛液の泥に溶かされてしまいそうだった。  王は狭い女陰を押し広げるように指を動かすと、それまで硬く緊張していた膣肉が劇的 な変化を見せた。膣道の襞が一斉に動き出し、王の指に絡みついてきたのだ。 「何これ……あんっ、ひゃっ、気持ちいいっ……!」  まるで指全体が性感帯になったような感覚に、どちらがどちらを愛撫しているのかわか らない。たまらず指を引き抜こうとしたが、膣壁が挟み込んで離さなかった。 「利ちゃん……やだっ、抜いちゃやだよっ……」  それは、せっかくひとつに繋がった感触を失うのが嫌な気持ちを、王の指を強く締めつ けることで伝えようとした渡瀬なりの表現だった。しかし、あまりの締めつけ具合に痛み を覚えて、王は唯一動かせる指先で膣襞を撫でると、快楽の悦びに膣圧が緩んだ。  そのまま緩やかに指を出し入れすると、満ち足りた顔をして渡瀬が頬を緩ませた。  「利ちゃん……利ちゃんっ」  渡瀬もまた王の膣内を指でかき回して、王の官能を高めていった。最初の内はたどたど しい動きだったが、どこまでも才能に恵まれているのか、渡瀬は王の愛撫を真似すると、 いつしか自分なりに応用を利かせて責めてきた。  渡瀬は膣口寸前まで指を抜き、一呼吸置いてから王を奥深く貫いた。 「くはぁああああっ、こんなっ、こんなのって……光ぃっ!」  もはや王は立っていられなくなり、腰を落とした。ひとまず落ち着ける姿勢にはなった が、渡瀬の愛撫は止まらない。  反撃を試みようと、王は同じようの腰を下ろした渡瀬に顔を近づけた。またキスをする のだと思って唇を差し出す渡瀬を裏切って、彼女の耳の穴にすぼめた舌の先端を挿入した。 「ひゃあっ、利ちゃん、そんなのところに入れちゃだめっ……やっ、はあぅっ!」  狭苦しい内耳道を舌先で責め、合間に耳たぶを甘噛みして、渡瀬の新たな性感帯を開発 していった。耳奥を蹂躙された渡瀬が愛撫の動きを緩めると、王に余裕が戻ってきて、耳 元から顔を離し、渡瀬のうなじに唇を這わせた。  王は鎖骨の近くで思い切り肌に吸いついてキスマークを残し、頭の届くところならどこ でもその印を残していった。  ひとしきり快感に汗を浮かべた柔肌に自分の証を刻みつけると、渡瀬がぐったりとして 息も絶え絶えな様子に気がついた。  「利ちゃん……ボク、おかしくなっちゃうよぉ。気持ちよすぎて……もう、もうっ……」 「イっちゃいそうなんだ? そうなの、光?」 「うんっ……、さっきから胸の中が弾けそうで、お腹も痺れてきてるんだよ……っ!」  耳の穴を犯している間も膣内の愛撫を忘れていなかったために、渡瀬は絶頂の予感に苛 まれ続けてきたのだろう。愛液にぬめった内壁が王の指を締めつけ、あらゆる襞が律動的 に蠢いて、自ら快感を貪っていた。 「じゃあ、あたしとひとつに溶け合おう? ふたりで一緒にイこう?」 「う、あっ……うんっ、イくっ! 利ちゃんと一緒にイきたいっ!」  王はさらに膣奥へと指を深めると、渡瀬の子宮口の指先で刺激した。膣肉とは違う感触 を味わいながら、空いた手で目の前にある豊胸を鷲づかみにして荒々しく揉み上げた。 「あっ……ひっ! すごいよっ……利ちゃんの指が奥まで、奥まで届いてるっ、ああっ!」  渡瀬はだらしなく唾液の糸を垂らして、全身を痙攣させながら高まる絶頂感に翻弄され ていた。王もまたほとんど動きのなくなった渡瀬の指の代わりに、自ら腰を振って快感の 果てへと昇りつめていく。 「はぁっ、はぁっ、光っ、光っ……光ぃっ! あたし、もうダメぇ……!」 「利ちゃぁん、ボクもっ、ボクもぉっ、あっ、あっ、あぁあああっ!」  背筋を駆け巡る快感が子宮まで達すると、膣が収縮し、お互いの指を千切らんばかりに 締め上げた。それを絶頂の合図に膣口の隙間から王は愛液を、渡瀬は潮をしぶかせた。 「光、好きっ! 好きよっ! はっ、やっ、イく、イちゃうっ! くぁあああぁっ!」 「ボクも大好きだよっ……利ちゃんっ! あはぁっ、あ、あぁっ、ああああぁぁああっ!」  ふたり同時に声の限りを尽くしていななくと、背中を仰け反らして腰を震わせた。ひき つけに起こして頭が揺れて前のめりに倒れこむと、ふたりの身体がもつれ合いながらベッ ドに崩れ落ちた。そのシーツが愛液と汗に湿っていることすら感じられないほど、快楽に 神経が灼かれている。  絶頂の余韻に悶えながら、王と渡瀬はまどろみの中へと落ちていった。 「ありがとう。利ちゃんのおかげで父さんにボクのしたいことをきちんと話せるよ」  王が目を覚ました時、先に起きてこちらの顔を覗き込んでいた渡瀬が言った最初の台詞 がそれだった。  いつの間にか渡瀬とふたりで毛布にくるまり、彼女の柔らかな微笑が間近にあるのが恥 ずかしくて、王は天井を見ながら頷いた。 「うん。光にそう言ってもらえて、あたしも嬉しい」 「それでね、利ちゃん。ボク、一般入試で高校を受験しようと思うんだ」 「え……、どうして?」  王は小さく驚いて、渡瀬に振り向いた。彼女なら推薦入試ではなくとも、受験する高校 が運動能力を重視した試験を行う以上は余裕で合格するのは間違いなかったが、そうする 理由が知りたかった。 「どうせなら利ちゃんと一緒に受験して合格した方が思い出になるでしょ?」  そう屈託なく笑う渡瀬を尻目に、王は内心で冷や汗をかいていた。渡瀬と違って、確実 に合格できるとは言いがたいせいで、素直に喜ぶことができない。  そんな自信のなさが顔に出ていたのか、毛布の中で王は渡瀬に手を握られて励まされた。 「だいじょうぶだよ。利ちゃんだって3年間テニスを頑張ってたんだから合格できるよ!」 「で、でも、あたし、部活を引退してから体がなまってるし」  だからこそ、受験に向けて鍛え直そうと思っていたわけだが、自分のために渡瀬が推薦 を蹴ろうとしているのが嬉しくもあり、重圧でもあった。  先ほどまで渡瀬に告白するほどの自信と勇気に溢れていたはずなのに、あっさりと後ろ 向きな性格が復活して王は情けない表情を隠すことができなかった。 「あはは……、確かに利ちゃんってば最近太ったんじゃないかな?」 「光までそういうこと言わないで〜」 「だって、ほら。こことかお肉がついてる感じだよ?」  渡瀬に指先で脇腹をつつかれて王は身をよじらせた。その様子がおかしいのか、渡瀬が 続けてちょっかいをかけてくる。へその辺りをくすぐられ、太ももを擦られ、たるんだ二 の腕をつままれて、王はたまらず声を上げた。 「く……くすぐったいってば! 光っ、やめ、ひゃっ、あっ……!」 「利ちゃんの体、柔らかくて気持ちいいなあ。赤ちゃんみたいだよ?」  狭いベッドの中を逃げても無駄だと悟った王は、身動きが取れないように両腕ごと渡瀬 を抱きしめると、そこで今さらのように自分たちが裸のままでいることに気がついた。  とはいえ、今さら体を離すのもばつが悪く、王は抱きついたままでいると、渡瀬も肌の 温もりを感じ取るように身を寄せてきた。 「利ちゃん……」  自然とお互いの顔が近づき、唇を重ねた。それ以上のことは何もしない。ただ柔らかな 唇の感触を味わうだけで充分だった。しばらく静かに時間だけが流れ、息が続かなくなっ た頃にようやく顔を離した。  そして、渡瀬の情愛に満ちた瞳に見つめられ、王は繊細な安らぎに満ちた息を漏らしな がら言った。 「……光。明日からちゃんと学校に来てくれるよね?」  受験のことから話を逸らすわけではなかったが、今日、再会するまでふさぎ込んでいた 渡瀬のことを考えると、それが今一番気にかかることだった。  だが、渡瀬はすでに持ち前の明るさを取り戻しているようで、元気よく口を開いた。 「うん、行くよ。もう父さんと母さん、それに何より利ちゃんに心配かけるようなことは しないから」 「よかった。クラスのみんなも光のこと気にかけてたよ」   渡瀬が見せた気持ちの切り替えの早さに感心しながら、クラスメートの中でも特に神代 が心配そうにしていたのを思い出した。王自身も神代には相談に乗ってもらっただけに、 感謝の念で胸が一杯だった。 「じゃあ、みんなにはお礼して、それに話したほうがいいかな? ボクたち……恋人同士 になりましたって」 「こ、恋人!?」  思いもかけないことを言われて王は言葉を詰まらせると、渡瀬が信じられないものを見 ているように目を見張った。 「利ちゃん、しっかりしてよ! ボクたち、告白したんだし、キスもしたし、……その、 ……ッチなことだってしたんだから、もう恋人じゃないの!?」 「そうだけど……」  怒って眉根を吊り上げる渡瀬を目の前にして、王は口の中で恋人という二文字を繰り返 すが、舌に馴染まない。今はまだ気持ちが浮ついていて、学年を問わず人気者の渡瀬を自 分ひとりだけのものにできたという実感が沸くには時間がかかりそうだった。  そんな頼りなさそうな姿が気に入らなくなったのか、急に渡瀬が身を起こすと、王の上 に覆いかぶさった。 「じゃあ、今度はボクが利ちゃんに信じさせてあげる。ボクたちがちゃんと恋人同士にな ったってことを言葉じゃ足りないならどんなことをしてでも!」 「ひ、光!?」  またも大胆な渡瀬に王はたじろかされると、頭を両腕に挟まれて身動きできないまま、 彼女の顔が迫ってくるのを受け止めた。 「利ちゃん……好き」  渡瀬の告白が喜びとともに体中に染み渡る。王もまた彼女のことを愛しいと思う気持ち を伝えるために、静かに口づけを交わした。  雲ひとつない星空の夜が深まっていく中、ふたりは時間の許す限り愛し合い続けた。                                      (Fin)

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