あの冬の輝き2



気づいた時には、KONのロビーの、ソファーの上に寝かされていた。いや……頭だけは誰かの膝の
上だった。

 可愛い女の子……と思いきや、男の工藤さんだった。

 そーいや、固い膝枕だとは思っていたけど。

 男が男に膝枕って有りなのだろうか?という疑問はあったけど、工藤さんだと何だか顔が美少女だ
けに違和感がない。

「気づいたみたいだね」

「すいません……俺、舞台の邪魔して……」

 今さんを中心に動いている劇団だ。あの人の目が、出演者でもない自分に目が向いてしまっている
間は、稽古は当然止まって、先が進まなくなる。きっと、大幅に予定も狂ったに違いない。

「大丈夫。邪魔にはなってなかったよ。他の団員なんかは、今さんの雷が君に落ちてくれたからホッ
としている人も多かったくらいだよ」

「はは……避雷針になりましたか」

「うん。ああ、でもね。信長役の小見山はつまらなそうだったけどね。アイツ、今さんのファンだから、
君ばっかりにかまっているあの状況をみてて、かなり不機嫌そうだった」

「ふーん、だったら代わって欲しかったな。未だに、今さんが蹴ったトコが痛むよ」

 おなかをさすりながら呟く俺に、工藤さんはくすくすと笑った。

「君っていい人だね」

「え?」

「あんな目にあって、気絶して……目が覚めた時、真っ先に出た言葉は舞台のことだもの。しかも自
分が出演するわけじゃないのに」

「演じるのも好きですけど、見るのも好きですから……工藤さんが本番の舞台で演じている姿、みて
みたいですよ」

「ほんと!?お世辞だったら嫌だな」

 俺の言葉に、工藤さんは子供みたいに素直に喜ぶ。笑うと何とも言えない魅力を感じる人だ。美少
女のような顔に、あどけなさがくわわって……多分、この人は年を取っても、この笑顔だけは変わら
ないんじゃないかと思った。

「お世辞じゃないです。工藤さんは来嶋と同じくらいの実力を感じます。本気で演じられたら……きっと
信長は演じられなかったと思います」

「ぼ、僕が相模くんと!?そ、それはお世辞だよね、流石に」

「お世辞じゃありませんよ」

「き、君、誤解しているよ。僕が今さんの弟子になった時、あの人は既に業界じゃ一目置かれている
人だったんだから。僕なんかまだまだで……」

 酷く驚いている工藤さんに、俺の方が驚いた。工藤さん、来嶋のこと尊敬しているんだなぁ。自分と
来嶋を比べるなんて、何かの間違いだと言わんばかりだ。

 俺はにっこりと笑って、きっぱりと言った。

「でも、お世辞じゃないです」

「あ、浅羽君」

「工藤さんは今にも増して、色々な人に認められると思います……きっと、今の俺じゃ手が届かないく
らいに……」

 俺はそこで自嘲したくなった。

 今の俺だと手が届かない?じゃあ、未来の俺は届くというのだろうか。

 例え未来の俺でも、今のままじゃ同じだ。

 俺は。

「浅羽君、君は」

「今さんの言う通りですよね。俺に永原先生を語る資格なんてどこにもないのに」

「そんな……」

「今の実力じゃ、何を言っても認めてくれない……それが現実だということが、よくわかりました」

 工藤さんには極力、平静を装っていたけれども、あの時の悔しさが急速に突き上げてきた。

 今さんに怒鳴られた言葉が、がんがんと頭に響く。 

 その時、工藤さんは少し不安そうに尋ねてきた。

「浅羽君、明日は稽古来られる?」

「来られるも何も。行きますよ。一日でも休んだら、遅れをとることになりますからね」

 俺の言葉を聞いて、工藤さんはとっても安堵した顔になった。

 もしかしたら、俺が劇団を辞めると言い出すかもしれない、と心配してくれていたのかもしれない。

「でも、今さんは嫌がるかもしれませんけどね。あんなことがあった後だし」

「それなら大丈夫だよ。あの人、密かに明日来た時には、こう言ってやるとか、ああ言ってやるとか、
君が来ることを信じて疑ってないみたいだったから」

 工藤さんの声はどこか弾んでいた。俺が明日もここに来ることを聞いてほっとしたからだろうか。そ
んな風に思ってくれるのって、幸せなんだろうな……うん、俺は幸せ者だ。

 そんな工藤さんに、今からお願い事をするのは図々しいだろうか。

 俺はどうしても、このまま終わらせたくないのだ。

 もっと工藤さんから本気が引き出せるような演技をしたい。今の工藤さんは、代読の時でも俺のレ
ベルに合わせてくれているのだから。

「工藤さん、明日も舞台の稽古、見学させてもらってもいいですか?」

「もちろんだよ、僕の稽古相手もして欲しいし。当分、小見山君中心に抜き稽古だもの。あの分じゃ、
出番待ちだけで終わっちゃいそうで」

「い、いいんですか!?」

 まさに俺が今から頼もうとしていたことを、工藤さんの方から申し出てくれたものだから、思わず跳ね
上がるような声を上げてしまった。

「君と演じるのって、超楽しいからね」

 可愛らしく片目を閉じる工藤さんに、俺はどきりとした。この人が本当に女の子だったら、俺はこの人
に惚れちゃっていたかもしれない……。

 それくらい工藤さんという人は、魅力的な俳優さんだった。





 工藤さんと別れから、電灯の明かりを頼りに、俺は家路を歩いていた。

 KONの最寄り駅は、途中公園を突っ切って行った方が近い。公園は電灯も壊れかけていて、ちょ
っと暗いけど。

 俺は少し足早に歩いていた。

 すっかり遅くなってしまった……普段だったら、この後も永原先生や来嶋のいる稽古場へ行って、
後かたづけの手伝いをしなきゃいけないのに。

 俺は時計の方へ目をやった。一二時過ぎている。さすがに、もう稽古も終わって家に帰る時間帯か
……しかし、大詰めだし、もしかしたらまだ練習も延長しているかもしれない。

 とにかく、一度有楽町へ向かってみよう。

 早足から、駆け足に変わった時だった。

 突如、足音がいくつも聞こえて。

 遊具から、茂みから、何人かの人影が現れて、俺の前に立ちはだかった。

 顔は見えないけど、何だろう?まるで待ち伏せしていたみたいに。

「何だよ……おい」

 不良でもなさそうだ。

 黙って、こっちに近づいてきて……

「うっ」

 不意に殴られた。

 拳が頬にめり込んで……その瞬間、口の中切ったのが分かった。

 もう一人の男は、顔面を。

 一体、何が起こったのか分からなかった。

 倒れ込んだ俺に、今度はまた顔面を狙って蹴りが入ろうとしたけど、それは何とか腕を顔で覆うこと
でガードした。

 それからは背中を蹴られたり、腹を蹴られたり。

 ガードするのが精一杯で、俺は抵抗一つできなかった。

 そんな中、声を聞いた。

「いい気になりやがって!あの人に気に入られているからって!!」

 あの人?

 誰のことだろうか?もしかして、永原さんのファンとか?

 だけど、永原さんのファンは、俺がここを行き来していることまでは把握していないんじゃないだろう
か。

 確かに俺は、色んな人に可愛がられているし、お世話になっている。そんな俺に嫉妬する人間がい
ても、おかしくはないわけで。

 幸い、通行人の人が通報してくれたらしい。サイレンの音が近づいて来て、彼らが立ち去らざる得な
い状況になってくれた。

 俺を襲った人間たちの一人が、立ち去る際捨てぜりふを吐く。

「いいか!二度とKONの敷居を跨ぐんじゃねぇぞ!近づこうものなら、今以上に酷い目に遭うと思
え!」

 感情むき出しの、その声に俺は目を見張った。

 どこかで聞いたことがある声だ。でもどこで……くそ、思い出せない!

 顔を……確認してやりたかったけど、身体が節々痛くて起きあがれない。骨折はなさそうだし、歯も
折れていないのは幸いだった。通報してくれなきゃ、どこか一つは損傷していたかもしれない。

 近づいてくるサイレンは、やがて通り過ぎていった。どうやら、別の事件を追いかけていたらしい。い
ずれにしても、運良く助かったみたいだった。

 俺は立ち上がり、ズボンの砂埃を払って、歩き出す。あいつらが、また戻ってこないとも限らない。
早く人通りの多い所へ行こう。

 今の自分が、どんな顔をしていたのかは分からない。

 だけど人通りの多いところへ出て、俺をみた人々が異様なモノを見る目でこっちを見ているのが分
かった。

 口の中は、血の味が広がっている。鉄みたいなにおいがした。

 なんて、今日は惨めな日なのだろうか。

 泣きたくなる思いを必死にこらえながら、俺は街の中を歩いていた。




 アパートは幸い、暗くなっていた。来嶋は、もう寝ているのだろうか……だったら、よかったと思っ
た。俺を待って、夜寝るのが遅くなったら悪いし。それに、今日はこの顔を見られたくはなかった……
明日になればどうせバレるけどさ。

 アパートのドアを開け、忍び足でまず洗面台へ向かった。

 顔を洗えば、少しはましになるだろうか。そう思って、洗面台の明かりをつけて、自分の顔をみた。

「!」

 そこにある顔を見て俺は声が出なくなった。

 色白がコンプレックスだった俺だけど、この青紫よりはずっといいと思った。きっと、この目の上の痣
はやがて、腫れ上がり、今よりも酷い顔になるかもしれない。

 口の端っこは当然切れているし、頬やこめかみも、肌以外の色が浮き上がっていて、今の俺は化
け物みたいだった。

「ちくしょう……ちくしょう……」

 涙がこぼれた。

 こらえていた涙が、今初めて堰を切ったみたいにこぼれた。

 何が悔しいのか、もう訳が分からなくなった。殴られたことが悔しいのか、不甲斐ない自分が悔しい
のか。

 顔を洗うと、傷口がしみた。今、こうしてかがんでいるだけでも、殴られた部分が痛みを訴えてくる。

 顔を洗うと、少し顔がマシになったけど、目の端の痣や、口の端の傷口は治るのに時間がかかりそ
うだった。

「洋樹?」

 気遣うように掛けてくる声に、俺はびくりと肩が震えた。

 来嶋が直ぐ後ろにいた……いつから、そんな近くにいたのだろう。

 泣いているところを見られただろうか。

「随分、遅かったな。工藤から、お前が遅くなるって連絡は受けていたけど、それにしても遅かったか
ら」

「来嶋……もしかして、待っててくれたのか」

「いや、寝ていたよ。帰ってくる音で目が覚めただけだ」

 何でもないことのように言うけど、来嶋は多分、俺のことを待っていてくれたのだ。この人は、本当に
熟睡していたらちょっとやそっとの物音じゃ、目が覚めない人だ。 

「ごめん、今後はもうこんなに遅くならないから」

「洋樹、どうした?お前、少し話し方がおかしくないか?」

「そう?いつも通りだろ?」

 平然と答えているつもりだったけど、内心、俺はどきどきしていた。

 しゃべり方がおかしいのは、口の中を切っているからだ。その痛みを庇うようなしゃべり方になって
いたかもしれない。

 俺はできるだけ俯いて、来嶋に背を向けるよう、洗面所に正面を向けたままにしていた。

 だけど。

「いいや、違う。しゃべり方がいつもと違う。お前、一体何があったんだ」

「何にもないよ」

「おい!」

 来嶋が俺の肘を引っ張り、強引に自分の方へ向けさせた。

 そして傍にある電気のスイッチを入れる。

 まぶしい光が入り、俺は目眩を覚えた。怖い来嶋の顔がそこにはあった。

「これは……どうした!?誰にやられたんだ」

「知らねーよ。闇討ちだったし」

「闇討ちだと!?」

「大丈夫だよ。これくらいの傷なら、跡には残らないし」

「そういう問題じゃない!」

 来嶋は声を荒げて、俺の両肩を掴んだ。

「俳優は顔が命だってことくらい分かっているだろうが!それをまるで集中的に狙うなんて……お前、
明らかに誰かに狙われているぞ!?」

「分かっている」

 俺を殴ったのは数人の男だった。だけど、その中でも顔を集中的に狙っていた奴がいたことに、俺
は気づいていた。例えば舞台の主役を狙っている女優が、ライバルの顔に硫酸をかけようとした……
などという事件を聞いたことがある。その女優は舞台の主役どころか、舞台の世界から追放されてし
まった。

 相手の顔を傷つけることで、ライバルを消す……しかし、舞台に出ることのない俺を、ライバル視す
る人間なんているのだろうか?

 俺は来嶋に引っ張られ、ベッドの上に座らされた。

 そしてオキシドールがしみこんだ綿を、頬のスリ傷口に押しつけられた。

「痛っ!」

 顔を洗った時よりも、さらに鋭い痛みに、俺は思わず声を上げる。しかし来嶋はそんなのにはお構い
なく、容赦なく他の傷口にも、オキシドールを押しつけた。

「いてーっつってんだろ!?もっと労るように治療することできねーのか」

 俺が我が儘なコトを言っているのは分かっているのだが、治療をしてくれてサンキュって本当なら言
うべき何だけど、その手つきはあんまりにも乱暴だ。

 来嶋は額の真ん中の傷をぐりぐり押しつけながら、しれっとして言った。

「んなことは、女に頼め」

「役者だろ!?女くらい演じやがれ」

「こんな時に演じられるか……ん?でも待てよ」

 来嶋はその時ぴたっと動きを止めた。傷口にオキシドールを押し当てたまんまの状態で、俺は涙が
出そうになった。

 しばらく考え込んでいた来嶋は、「よし、それで行こう」などと呟き、ようやくオキシドールを離して、そ
こから立ち上がった。

 ほっとしたのもつかの間、来嶋は本棚から、俺専用にコピーした『雨がやむ時』の台本を手にとっ
て、それをこっちに投げてきた。『雨がやむ時』というのは、永原さんと来嶋が今猛練習している舞台
の台本だ。

「WHAT?」

「この際だ。今日も俺の練習台になれ」

「え!?何それ!?」

「水瀬が佐賀の傷口を癒すシーンがある。本物の傷がせっかくあるんだから、有効に使わせて貰う」

 にっと笑う来嶋の目は本気だ。俺はぷるぷる首を横に振る。

「人の怪我を練習台に!?嘘だろ、そんな奴がいるか!」

「さっさと台詞を覚えろ。待っててやるから」

「この役者馬鹿!俺以上にウルトラ馬鹿だよ!あんた」

 言いながら台本を開いている俺も、俺だけどさ。

 わかっているさ、俺が来嶋の立場だったら、同じ事してたかもしれないし。

 台本の台詞は少なかった。ほとんどレセプションが多い。

 水瀬を助ける為に、ヤクザとやり合った佐賀は怪我をする。自分を助けるために、身体のあちらこち
らを負傷した佐賀を、水瀬は自分の部屋に運び、傷口を手当をするのであった。

 俺は台本を置いて、来嶋から目をそらす。

「大した傷じゃない……放っておいてくれないか」

 何度も演じた佐賀。

 永原さんにはとうてい及ばないが、それでも今俺は怪我をしている分、リアルな演技ができると思っ
た。

「放ってなんかおけるか!」

 来嶋演じる水瀬が俺の手を捕らえる。痛みと、不意に手を取られた恐れに、俺はびくりと震える。

 佐賀は、恐れていた。

 水瀬の手の熱さに。

 人の心を惑わせ、楽しんできたはずの自分が、何をうろたえているのか。

 未知なる自分の感情……生まれて初めて抱くその感情。

 唇がわずかに震える。

 水瀬が優しい手つきで手当をしてくれる。オキシドールがしみこんだ綿を、そっと押し当てる。さっき
とは、一八〇度違う丁寧さだ。

 腕の傷口をなぞるように消毒をしてから、水瀬はそこに愛しそうに口づける。

 そして、シャツの下、身体の至る所の傷口も同じようにやさしく。

 俺はたまらなく水瀬が愛しくなって、その背中に手を回す。

 唇と唇が重なる。

 口の端の傷口を気遣いながらも、水瀬の舌が佐賀の中に…………ん?そんなこと、台本には書い
てなかったような。まぁ、いいか。

 やがて佐賀は水瀬の服に手をかける。

 水瀬もまた佐賀のシャツのボタンを外し……。

 無言の演技だった。

 台詞はないけれど、佐賀の心情は語りとして、台本には書かれていた。


 これは自分が人を惑わしてきた報いなのか。

 今自分は水瀬に惑わされている。

 でも、それでもいいと思っていた。

 こいつになら、惑わされてもいい……裏切られてもかまわない。

 この温もりを今感じることが出来るなら、

 どうなっても構わないと思った。


「水瀬……」

 俺は台本には無い台詞を思わず言って、水瀬の髪に口づけた。

 その唇はやがて首筋に……そして露わになった胸をなぞる。

 佐賀の唇が触れるたびに、水瀬の頬は紅潮し、全身がびくりと震えた。

 俺よりもずっと年上の来嶋なのに、水瀬を演じる今の彼はどこか可愛らしくて、それでいて色っぽ
い。

 今度は水瀬が佐賀の唇を重ねる。

 来嶋の指先が、俺の胸の先端に触れる。

 台本にないアドリブだ。

「ああ……」

 俺は熱い吐息と共に声を洩らす。

 自分でも驚くほど自然な演技が出来た。

 地を出すこともなく、そしてわざとらしくもなく。

 俺が出来た精一杯の、俺の演技だ。

 その時、俺はそれまで来嶋の練習台になって、自分なりの佐賀を演じてきたつもりだったけれど、
そこに永原さんを意識していたことに気づく。

 秋までは永原さんのコピーになろうとしていた自分がいた。それは、KONの入団を機に克服できた
ものの、永原さんには適わない、自分は永原さんじゃないから……という諦めがまだ残っていた。

 それは俺自身の弱さだ。

 自分はまだ新米だから。まだ、基礎もなっていない素人だし。

 そんな思いがどこかにあって、その弱さが演技にも出ていたのだ。

 常に謙虚であろうとは、心がけていたけれども、何も演技の時までそうなることはなかったのではな
いだろうか。

 早く舞台に立ちたい、と正直に口にしていた大見麻弥の方が、舞台に対してひたむきだったように
俺は思えた。

 今さんもきっと、そんな俺が許せなかったのだ。

 だから永原さんを引き合いに出してでも、俺を奮い立たせようとしたのかもしれない。

 ああ、そうまでしてまで、俺のこと気に掛けていたのかと思うと、今さんに酷いことを言ったのかもし
れないと思った。そりゃ、永原さんを馬鹿にしたようなあの言動は、やっぱり許せないけどさ。

 でも、劇に出るわけでもない俺なんかに、あんな真剣になってくれる人ってどれくらいいるんだろう
か。本当に、考えてみたら、肝心な出演者の役者さんたちに申し訳ないくらい、俺は今さんに面倒を
見て貰っていたような気がする。

 不意に、俺は闇討ちにあった時のことを思い出した。

『いい気になりやがって!あの人に気に入られているからって!!』

『いいか!二度とKONの敷居を跨ぐんじゃねぇぞ!近づこうものなら、今以上に酷い目に遭うと思
え!』

 犯人が俺に吐いた感情的な台詞がオーバーラップする。

 そういえば、あの声───

 なかなか思い出せずにいたけど、ここの所毎日のように聞いていた声だ。

 来嶋がその時、演技を止めて、訝しげに俺の方を見た。

「どうした?」

「あ……いや」

「無理をさせたか?傷が痛むようだったら、今日はもう休んだ方がいい」

「いや、そうじゃなくて……来嶋、俺をこんな目に遭わせた奴、分かったかもしれない」

「誰なんだ!?」

 身を乗り出して尋ねてくる来嶋に、俺は首を横に振った。

「来嶋の知らない人だよ」

「知らなくても!そいつを警察に突き出すなり、二度とお前に近づけさせないよう、対策を取ることくら
いはできる」

 俺はもう一度首を横に振った。

 そんなんじゃ、何の解決にもならないから。

「言わない。来嶋、俺はね、俺のやり方でそいつに報復してやりたいんだ」

「……っ!」

 絶句する来嶋に、俺は少し笑った。

 そう、この顔を傷つけたことは、俺の命を取ろうとしたのも同然だ。

 しかも、三人がかりで。

「洋樹、何を考えているのかわからないが、危険だ」

 来嶋の言葉に俺は頷く。

 それは分かっている。分かっているけど、俺は逃げるわけにはいかない。

「洋樹」

「……!」

 俺は僅かに目を見張った。

 来嶋はきつくきつく俺の身体を抱きしめていた。

 お互い服を脱いだ状態だから、体温が直に伝わる。


 「お前一人で背負い込むな」


 いつになく優しい来嶋の声に、そのまま身をゆだねたくなった。この人はいざというときには、俺を家
族みたいに心配してくれる。俺が両親を捨てたことを、彼なりに責任を感じているみたいで……もちろ
ん、来嶋は関係ないと俺は再三言ってきたけど……だから、まるで兄貴みたいに、俺を責任もって面
倒見てくれているのがよく分かる。そんな来嶋には、本当に感謝している。

 だけど

「分かっている。だけど……これは俺の戦いだから」

 誰にも、出来やしない俺の戦いだった。

 その昔、ある女優がライバルに硫酸をかけようとしたのは、彼女が彼女を恐れていたからだ。自分
を脅かす存在を消したい一心で、ライバルを消そうとした。

 俺という存在も、その犯人にとっては脅威だったわけだ。

 だとすれば、そいつを倒せるのは俺しかいない。

 来嶋はしばらく俺のことを、信じがたい目で見ていたけど、やがて諦めたように息をついた。

 もう、俺を止めることはできないと踏んだからであろう。

「分かった……俺は何も言わない。だけど、本当にやばくなったら俺に言え。いつでも力になるから
な」

「ありがとう。だけど、俺は大丈夫だから」

 来嶋の言葉は本当に嬉しかった。俺だって来嶋の為だったら、いつだって力になってやりたいと思
う。

 あんたは恩人で……恩人以上に兄弟みたいな人で。

 来嶋はその場から立ち上がり、俺の頭を撫でた。兄弟というものがいなかったから、俺にはよく分
からないけど、兄は弟にこうするものなのかな?。

 考えてみたら、親にもあんまり、頭撫でて貰った記憶無かったな。

 来嶋は最高にカッコイイ笑みを浮かべて言った。

「今日の演技、今までになく良かった。惚れ直したよ、お前のこと」

 

続   


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