春来11

 五日後───


 村岡鬼刃の東京公演は無事終了した。

 評判は上々で、雑誌にも工藤さんを大きく取り上げた表紙があったり、全国紙の夕刊にも今さんの
インタビューが載っていた。

 俺もそれに乗っかる形で、演劇雑誌の取材に答えたりして。

  そうそう、俺の故郷千葉のローカル新聞には、結構俺のことを大きく、取り上げてくれたらしい。

  そういや母さんの友達に、あの新聞社の記者がいたよな……とは思ったけど。

 初回公演には来られなかった父も、三度目の公演の時に、見に来てくれた。

「よかった……本当に良かった」

 言葉は少なかったけど、思いが伝わった。

 電話越し泣いているのか、鼻をすすっている音が聞こえたから。

 帰ってきてほしいと言われたけど、それには答えられなかった。

 本当は凄く会いたかったけど。

 父さんと母さんの顔、見たかったけど。


「ありがとう。でも、俺一人で頑張りたいから」


 言えなかった。

 本当は好きな人がいて。

 その人は誰よりも大事な人で。

 ずっと一緒に生きていきたい人であること。

 いつか言わなくてはいけないのだろうけど。

 今はまだ言えなかった。



 次の名古屋公演を三日後に控えたその日、俺は久々に付き人として永原さんの家にいた。

 いつもなら、朝食を作って永原さんに出して、それから洗濯物をたたんだり、掃除をしたりするんだ
けど、今日は何故か客間に通されてコーヒーを出された。

「あ……あの、永原さん?」

「ん?」

 ブルーマウンテンの香りを楽しんでいた永原さんが、にこやかに笑って首を傾げる。

 う……綺麗だよなぁ。いつ見ても。

 客間の窓からは温かい春の日差しが差し込んで、永原さんを照らしていた。

 本当に大袈裟じゃなくて、神話に出てくる神様が目の前にいるみたいだ。

 いや……そんな姿に見惚れている場合じゃなくて。

「俺、付き人の仕事もしないで、ここでコーヒーなんか飲んでいていいんでしょうか?」

「そのことなんだけどね、洋樹。短い間だったけど、付き人のお仕事、お疲れ様でした」

「え……」

 唐突だった。

 思いも寄らぬ、その言葉に目を丸くする俺に、永原さんは穏やかな笑みを浮かべたまま言った。

「君はもう一人の役者として動き出した。僕の付き人として、いつまでも縛るわけにはいかないよ」

「だ、だけど……っ!」

 思わず立ち上がりかける俺に、永原さんはまぁまぁと座るよう掌を上下させた。

「そんなリストラされた社員みたいな顔しないでよ。これからも君は僕の弟子であることには変わりは
ないんだから。言っておくけどね、成海なんかに君を渡すつもりは毛頭ないからね」

 最後の台詞は、少し声が鋭かった。

 あたかも目の前に今さんがいるかのような口ぶりだ。

 けれども、俺はこれまで付き人としてこの人に何が出来たというのだろう?

 去年の後半なんか、殆どKONの稽古に時間を費やしていたし。

「僕はね、付き人としての君は求めていない。役者としての君が欲しいんだ」

 前にも聞いたことがある。

 確か、湊が言っていたんだ。

 永原さんは付き人としての俺を求めてはいないって。

「どうして、ですか?どうして……俺が」

「ん?君と演じたいからに決まっているじゃないか」

 何を今さら、と言わんばかりの口調に。

 俺は目を白黒させた。

「俺が……永原さんと?」

「そう」

 首を縦に振る永原さんを俺はしばらく信じられない思いで見つめていた。

 だって、この人は俺の幼い頃からの憧れの人で。

 本当に神様だと思っていたくらいに凄い人で。

 今は、あの時ほど遠い存在には感じていないけど。

 そんな人が、俺と演じたいと言ってくれる。

 夢を見ているんじゃないか、あるいは今のは幻聴なんじゃないかと、俺は思った。

「ある日、湊が一本のビデオテープを持ってきたんだ」

「え……来嶋さんが?」

「全国演劇大会 新千葉高等学校って書いてあった。ちょうどその時、シズさんも遊びにきていてね、
一緒に見たんだよ」

「永原さんと、静麻監督が……」

 永原さんは、懐かしそうに目を細めた。

 全国演劇大会。

 あの時は、俺自身も今までの中で、最高にいい演技ができたと思った。

「君の演じるエドン、本当に凄かった」

 全国演劇大会の演目として俺たちが選んだのは、『白い悪魔』。

 ヒロインである王女、マドレアの恋人役が、エドンことエドヴァンズ=ポーランだった。

 この役はありとあらゆる人物を引き付ける、異様なほどの妖しい魅力をもった青年だ。

 演じるのがとても困難で、マドレア役の水端さんと夜遅く残って稽古をした。

 今にして思うと、本当にいい想い出だった。

 「本当にぞくぞくする演技をしていた。君に魅入られていたのは、共演者たちだけじゃない。舞台を
見る審査員、観客まで君に釘付けだった」

「……」

「そしてビデオを見た僕やシズさんもね。シズさんなんか、ビデオにかじりついて、これだ、これだ!って
連呼していたんだからね」

 思い出し笑いをする永原さん。

 その顔はどことなく子供っぽい。

 しかし、その表情はすぐに消えて、真剣なまなざしをこちらに向けた。

「そして僕もね、舞台の上で輝いている君を見て“ああ、この子はこの上でしか生きられない人間な
んだ。”僕と同じ、舞台の上で生きる人間だって思ったんだ」

 その通りかもしれない。

 医者を目指していた時も、俺はずっと演じることを求め続けていた。

 忘れたくても、忘れることができなかったのだ。

 永原さんはおれの眼をじっと見つめ、静かに告げた。

「僕は君が舞台に立つ日をずっと待っていたんだよ」

「……永原さん」

「恐らく、湊もそうだったんだろうね。役者に復帰する際、君も一緒に連れて行くって」

─────」

「いや、湊は君と演じたい以上に、君のことを……ね?」

 ……ね?

 ……って、な、何ですか!?

 その意味深な笑みは。

 俺の顔はたちまち熱くなる。

 も、もしかして、知っているのか!?永原さん、俺たちのこと。

「そう。敢えて答えを言うなら、僕は君の演技に惚れたんだ。そして湊も君に惚れていた。演技だけじ
ゃなくて……ね?」

 だから……ね?って何!?

 え!?

 な、何!?

 じゃあ、永原さんは、湊の気持ちはずっと前から知っていたってこと!?。

 それならそうと、教えてくれたって。

 いや、そりゃ俺が永原さんの立場だったら、言わないだろうけど。

 動揺するな、俺。

 どうせ、いつか言わなきゃならないことだったんだ。

 あらかじめ知っていてくれていた方が、こっちも気が楽というか。

 俺は極力平静を装いながらコーヒーを飲んだ。

 ……いつもならミルクを入れるんだけど、ブラックのまま飲んでしまった。

 やっぱり、俺、動揺している。

 永原さんはそんな俺をじっと見て一言言った。

「なんか洋樹、綺麗になったよね」

「……!?」

 飲んでいたコーヒーを吹き出しかけた。

 い、いきなり何を言い出すんだ!?

「もしかして湊に抱かれたの?」

────

 コーヒー片手にさらっと聞いてきた!?

 あやうく咽せそうになるコーヒーを辛うじて飲み込んだ俺は、まじまじと永原さんの顔をみた。

 な……何で分かるんだ!?

 何も言っていないのに。

 当然湊だって、何も言ってないだろうし。

 キスマークだって、見えないトコにしてあるハズだし。

 顔だっていつもと変わらないし。

 しかし傍から見ると違うのだろうか。

「珍しいな。君がそんなに動揺するのって。図星か」

 永原さんはそう言って、実に楽しそうにくすくすと笑う。

 だ……駄目だ。

 平静を装いたくても、こうも言い当てられたら、反射的に驚いてしまうというか。

 俺もまだまだ修行が足りない、ということだろうか。

「人を好きになるっていいことだよ。人を知る上で、演技のブラスになるし。それに色気も出てくるし
ね」

「……」

 永原さんはそう言ってコーヒーカップを軽く上げた。

 まるで乾杯をするようなその仕草に、俺はますます顔が赤くなるのを感じた。





 



 


 












『演劇部定期公演 卒業生達に捧げる“桜の木の下”』と模造紙には書かれ、ホワイトボードにマグネ
ットで貼り付けられていた。

 懐かしいなぁ……。

 たまたまオフと重なったので、俺は山西女史に呼ばれて、再び母校を訪れていた。

 今日は定期公演の中でも卒業生たちへの餞。

 卒業生たちの他に、父兄や、他の生徒達も来ている。

 へぇ、あんまし来なくなった、というわりには学年の半数ぐらいは来ているじゃないか。

「あれー?もしかして浅羽君?」

 声を掛けられ、俺はびくっと肩を振るわせた。

 振り返るとそこにはクラスメイトの女子が。      

 そうだった……本来なら俺も卒業生になるんだよな。

 よく見たら見知った顔があちらこちら。

「おう、浅羽じゃねぇか。今までどうしていたんだ?」

「浅羽ーっ!!久しぶりじゃん」

 そこそこ親しかった奴等が、俺の方に気付いて集まってきた。

 うん、何か久しぶりに、学校に戻ってきたような感じだ。

「ねぇねぇ、浅羽君。聞きたいことあるんだけど……」

 クラスメイトの女子が目を輝かせて尋ねてくる。

「何?」

「来嶋先生と駆け落ちしたって本当!?」

「……は?」

 目をまん丸くする俺に、女子は人差し指同士を絡めながら、頬を赤らめて言った。

「だって、来島先生が学校辞めたと同時に、浅羽君も学校辞めてるんだもん」

「そ……それは、たまたまだよ」

 本当は全然たまたまじゃないんだけど。

 でも、駆け落ちではない。

 当時はそんな認識はなかったから。

 断じて違う。

「え?俺、医者継ぐのがイヤで家出したって聞いたぞ」

…………それは半分当たってるな。

「役者になる為に出たんだろ?で、役者になれたのか?」

 そうだよ、俺は役者になるために家を出たの。

 し、しかしローカル新聞には俺のこと大きく載っていたとか言っていたけど、読んでないヤツは読ん
でないよな。そりゃ。

「ああ、一応。明後日から名古屋公演だから」

「名古屋公演!?なんか格好いい」

 女子が手を合わせて、はしゃいだ声を上げる。

「じゃあさ、じゃあさ、いつかTVにも出たりすんのか!?」

「嘘、TV!?浅羽、サインくれ、サイン!!」

 …………というわけで、俺の初サインの相手は、クラスメイト三名であった。

 ちなみに俺は本名で舞台に出ている。

「ねぇねぇ、浅羽君。その花束誰にあげるの?」

 女子が興味津々尋ねてくる。

 そう、今 俺も手には一応、二つの花束がある。

 一つは演劇部のみんな、一つは……。

「来たね、浅羽」

 最前列の席を取っておいてくれた山西女史が嬉しそうに手を挙げた。

 俺は花束の一つを差し出して言った。

「先生、ご結婚おめでとうございます」

「あら、ありがと。ヤダ、来嶋君から聞いたの?」

「ええ。相手の方………役者さんって聞いてますけど」

 湊の奴、にやにや笑ったまま相手の名前教えてくれないんだもんなぁ。

 本人に聞けって。

「そう。あなたもよく知っているでしょ?鹿島さんって」

 か…………かしまさん!?

 あ、あの悪役の人!?

 最近、一緒に共演していたけど、全然そんな話聞いてないぞ!?

 だ、だって、あの人確か50は行っていたよな。

 そうか、鹿島さん独身だったんだ……って、いや、そうじゃなくて年の差20歳以上だぞ!?親子じ
ゃないか!!

「あの……どこで知り合ったんですか?」

「それがねぇ。半年前だったかしら。あたしが友達と飲んでいた時に、偶然来嶋君と役者仲間が同じ
飲み屋にやってきて、それで一緒に飲むことになったの。その中に鹿島さんがいて。あたしの友達も
来嶋君の役者仲間の誰かと付き合っている筈よ」

 …………何、じゃあ、ちょっとした合コンってこと?

 ふーん、じゃあ湊もそん時、誰かと仲良くなったりしたんだろうか。

 後で問いつめてやろっと。

 俺がそんなことを考えている横で、山西女史がにやにやと笑った。

「ちなみに来嶋君は誰とも付き合わなかったわよ。あたしの友達がかなりモーションかけていたけど
ね」

「え………な、何でそんなこと」

 心の中を読まれたみたいで俺はぎょぎょっとした。

 山西女史はにっこり笑ったまま、綺麗な顔をこっちに近づけてきた。

「浅羽、あんた最近綺麗になったよね」

「え……」

 いや、綺麗なのはそっち。

 そうじゃなくて、何……何でこの人まで、永原さんと同じコトを??

 山西女史の言葉に、俺は顔がだんだん熱くなる。

「ようやく来嶋君の片思いは成就したわけだ」

「え……」

「言わなかった?この前。来嶋君には好きな人がいるって」

「言いましたけど……」

「ずっと見ていたのよ。あんたのこと」

 な……なんだよ、それ。

 じゃあ、来嶋の好きな人って俺だったってこと!?。

 な、何でそれ早く教えてくれないんだよ!?

「あ、今、何で早く教えてくれなかったんだ!?って顔したわね」

「……しました」

「そう簡単に教えるもんですか。あたしは軽く失恋しているんだからね」

「……」

 そうだった。

 山西女史、言ってたっけ。

 来嶋君とだったらいいかな、的なこと。

 そういえば来嶋は俺が演劇部にいた頃から知っていて。

 全国演劇大会に出た時も知っていて。


『俺はずっと前からお前だけを見ていたんだ』

 

 あの人はずっと俺のことを。

 何で言ってくれなかったんだよ。

 俺、鈍いから全然分からなかったよ。

 自分の気持ちすら全然分からないぐらいに俺は。

「あ、そろそろ始まるみたいね」

 体育館が暗くなる。

 俺は山西女史の隣に座り、拍手をする。

 俺の拍手に続くかのように、あちらこちらで拍手が起こり。

 ぱらぱらと起こった拍手は、次第に大きなものになった。

  

 開幕。


 舞台には一杯の桜の木々があった。

 ああ、あの桜の木。

 部員みんなで手作りで作ったものだ。

 ひとつひとつが紙で出来た花で。

 あんな大道具をつくるのも楽しかったよなぁ。

 主人公桜子が現れる。

 きょろきょろと何かを探している。

 そう。

 彼女は父親からもらった万年筆を落としてしまい、それを必死に探していた。

 そこに現れた青年将校。

 ああ、杉本だ。

 うん、なかなか様になっている。

 桜を愛でながら、ゆっくり歩いている姿はじつに、風流を愛する育ちの良い青年を思わせる。うまい
な。

 客席の中にも小さな歓声が聞こえる。

 あいつのファンも結構いるんだな。

 前回会った時よりも格段と演技力もあがっている。

 あいつが部長なら、今後の演劇部も安泰だろう。

 青年将校が万年筆を拾い上げ、桜子に歩み寄る。

 はっと顔を上げ、顔を赤らめる少女。

 ヒロインの中江さんも、なかなかいい味だしているし。

 来年の全国高校演劇大会は期待できそうだ。

 戦地へ向かったまま、なかなか戻らない青年将校を待つ桜子。

 その間にも求婚者が現れたり、両親が無理矢理見合いを進めたりもしたが、彼女は頑として結婚を
受け入れなかった。

 そして、ラストシーン。

「桜子」

 ボロボロになった青年将校演じる杉本が桜子の名を呼ぶ。

 夢を見ているかのような……そんな表情が上手く現れている。

 あれから必死に練習したんだな。

「あ……」

 ゆっくりと目を見開く少女。信じられないものを見るかのように杉本を見る。

 そしてゆっくりと、愛しい人の元へ歩み寄り、目に涙を浮かべて恋人に縋った。

「もう離れません」

「全てを失ってしまった……将校としての地位も財産も。今や俺は何もないただの男だ。それでも一
緒になってくれるか?」

「もちろんです」

 嬉しそうに頷く桜子。

 杉本は彼女の両頬をそっと両手で挟み、静かな声で言った。

「結婚して欲しい」

「はい、喜んで」


 暗転


 会場には拍手が湧く。

 俺は立ち上がって、舞台の前に出てお辞儀をする中江さんに花束を渡した。

 本当は代表の杉本に渡そうと思ったんだけど、すぐさまヤツのファンであろう女の子が縫いぐるみを
渡してきたので邪魔しちゃ悪いかなぁ、と思って。

 花束を渡した瞬間、中江さんに抱きしめられたけどな。

 それを慌てて杉本が引き離して。

「邪魔しないでよ!部長」

「今はそんなコトしている場合か!」

「今しかないのが分からないの!?」

「アホ!状況を考えろ!!」

 視界の隅、頭を抱える山西女史が見える……多分、桜子と青年将校は一時間説教だな。

 こうして桜子と青年将校の口喧嘩で、舞台の幕は閉じた。






公演が終わった後、俺は久々に学校の校舎へ立ち寄った。

 屋上へ続くドアを開けた瞬間、暖かな風がふわりと頬をかすった。

 春来を告げる風だ。

 茜色に染まる空を背景に、町並みが影絵のように見える。

 「あれ……?」

 屋上に俺以外の人間がいる。

 フェンスに凭れて煙草を吸うその人物は。

「湊、何でここに……?」

「仕事が早めに終わってな。お前を迎えに行こうと学校の前で待っていたんだけど、ちょっと懐かしく
なったから」

 ということは、俺と同じ考えでここに来たのか。

「だったら山西先生に挨拶すりゃ良かったのに」

「あのな、俺は無断欠勤した上に、学校辞めてんだぞ。山西は置いておいて、他の生徒や教職員に
は合わせる顔がないだろうが。校舎に入るのも、人目を忍んでいるんだからな」

 言いながら、湊が俺に煙草を差し出してきた。

 俺はそれを一本抜きながら言った。

「湊」

「ん……?」

「いつか禁煙しなきゃ駄目だよな」

「……そだな」

 身体にも悪いってのもあるけど。

 何しろ喫煙は、歯の色や顔色を悪くする。

 顔が命の俳優。

 いつまでも続けるわけにはいかない。

「これで最後にすっか」

 湊の言葉に、俺は苦笑する。

「それ、この前も言った」

「今度こそ本当だ」

「それもこの前言った」

 言いながら俺は煙草に火を付けた。

 雲一つ無い空を見上げると、そこは茜色と藍色のコントラストがあった。

「あんたと初めて話したのもここだったよなぁ」

「ああ……そうだな」

 湊は短くなった煙草を携帯用の灰皿に入れた。

 俺は空に向かって煙を吐いてから。

「その頃から俺のこと好きだったの?」

「ああ、好きだったよ」

 あっさりと答えるなぁ。

 いや、俺も何気なく聞いたんだけど。

「じゃあ、あの時キスしたのは」

 そう。

 最初に出会ったのは此処、屋上だった。

 そして二度目にこの人に出会った教室の中で。

 役者になりたい、と言った俺に対し。


「役者ってのはな。どんな役でもこなすのが役者だ。たとえば、こういう役もだ」


 そういって強引にキスをしてきたのだ。

 来嶋はふっと微笑を浮かべ、俺の顔をのぞき込む。

「下心がなかったと言えば、ウソになるな」

「……」

 来嶋の手が俺の顎を捕らえる。

 そして親指が唇をなぞってきた。

 まるで体温を感じとるかのようにゆっくりと。

 それだけで、俺はびくんと身体が震え、あやうく持っている煙草を落としそうになる。

「お前は、いつから俺に惚れていた?」

 問いかける声に俺は上目遣いでぼそりと答える。

「……キスされた時……からかも」

「演技に惚れたんじゃなくて?」

「あんたに惚れたんだよ」

 何、恥ずかしいこと言わせるんだ。

 ぶっきらぼうに答える俺に対し、唇を重ねる湊。

 手に持っていた煙草がぽろりと地面に落ちる。

 俺は湊の首に手を回す。

 いつから惚れていたかって?

 キスされた時から………本当は違う。

 好きじゃなかったら、いくら演技とはいえ、受け入れなかった筈だ。

 キスされる前から好きだった。

 そう、ここで初めて話した時から。

 俺は最初からあんたが好きだったんだ。

 




湊の温もりを感じながら俺は思い出していた。

 あの夏の日のことを。

 湊と出会ったあの日のことを。

 運命が変わったあの日のことを。

 

 


                                                                春来 FIN  




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