「本当にごめんなさいね、うるさかったでしょ? ほら、最近になってようやく、うちの花って有名になってきたじゃない? だからそれを狙う人がたまにこうやって盗みにくるのよ。 さっきも密漁者の船が接近してたから、 エンジンを打ち抜いて動けなくなってもらったの。 ホント馬鹿っていなくならないのよねぇ。 まあ、良くて2か月に一回来るか来ないか、 だから別に負担はないんだけどね」 さっき出会った少女と二人、夕陽の差す山道を下り、 歩いて10分のところにあるという、少女の家を目指す。 「あの…御名前を聞いてもいいでしょうか?」 私の識別システムはこの少女を人間と認識している。 確率的に見て、おそらくこの娘も生んだ子の一人の筈だ。 ならば、仲良くなり少しでも多くの情報を集めた方が得策だ。 「あら、あなた教わらなかったの?」 ?…今の私とこの人物とのやりとりにおいて、 一般社会的にずれた内容の発言は無い。 「何を、でしょうか?今の質問に何か無礼があったのなら、 今後の参考までに指摘していただ…」 戸惑う私を見て少女が声をあげて笑う。 「あっははははは!あ、あなたって真面目なのねっ。 うふふふ、そんなに気にする必要無いわよ。 ただね、相手に名を訪ねる時は、 自分から先に名乗るっていう聞いた事無いカナ? って思っただけよ」 後ろ手を組みいたずらっぽく体を揺らして笑う仕草は、 私には無い行動パターンだ。覚えておこう。 「なるほど、そんな礼節がこの星にはあるのですね、失礼しました。 私の名前はジェシカ。 正式型番はSRT/237型、保育用学習型ガイノイドです」 「へーっあなた、アンドロイドだったの! 最近のはよく出来てるのねぇ。継ぎ接ぎが全く無いわ。 これじゃ、人間と区別つかないわね」 「はい、光学的な特徴では人間と区別がつかないので、 そういったアンドロイドはこのようなレオタードを 身に着けることによって、自信を証明します」 そう言って私はシャツをめくり上げる。 あらわになる“非人間”の証。 紺のレオタードには型番とシリアルが打ってあり、 許可が無い限り、私は自分の意志でこれを着脱できないよう、 行動規制プログラムに監視されているのだ。 「あらあら~?胸にジッパーが付いてるわね。 これは、やっぱりイケナイ事とかする時には、 開いて触ってもらうのかしら?」 なんだか好意の持てない笑顔を少女が私に向ける。 「実際に使用した経験はありませんが、 カタログスペックには、 その部位は確かにそういった用途に使うものと記されています。」 「ふーん、なるほどねぇ。 あなたに、いつかそれを使う日と、 する相手が見つかるといいわね」 そう、少女はにっこり微笑み、 遠くに見えたログハウスを指差した。 「あれが私の家よ。 なかなか風情があって良いでしょ? ログハウスなんて最近じゃ、 高級リゾートにでも行かないと見れないんだから」 えっへんと胸を張るこの、 人間らしい仕草もついでに覚えておこう。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 到着した少女の家は、床面積30坪位の二階建てで、 目前に広がる“花の虹”を思う存分堪能できる立地だった。 家の裏には、この星にきて初めて見たまともな文明の利器、 ホバーバイクが停めてある。 「さぁ、ここが私の家よ。 正確には“私たちの家”なんだけどね」 べっと舌を出してややハニかんだ表情。 この少女の仕草はどれも女性らしさが詰まっていて、 私にとって、とても参考になる。 「私達…とは、配偶者と一緒に住んでいるのですか?」 「ええ、そうよ! 愛しのダーリンとの愛の巣なの。 あと少しで夕御飯の時間だから、 長くは居られないけど、 それまでの間少しお話しましょうか?」 入り口前の階段を登り、 少女がドアに手をかける。 「お話…ですか?」 トランクを背負い少女に続く。 「あ、トランクはデッキに置いといていいわよ。 どうせ盗る人間なんてここにはいないしね」 「分かりました、これはここに置いていきます。 所で、お話とは何のお話ですか?」 「あら、決まってるじゃない。 あなた…」 少女が振りむいたまま、 傾いた夕陽の差す家に入る。 そして…家の梁が作る影が、 少女のその目にエメラルドグリーンの光を灯した。 「子供が欲しくてわざわざ、 この惑星に…私に会いに来たんでしょう?」 私は咄嗟にドアの横の壁にかかっている、 木製の表札を見た。 そこには、ポップな字体で確かに、 “ウェルナー&デージー”と記されていた。 「馬鹿な…確かに私の認識システムは… そんな……まさか……」 混乱する私を尻目に、少女はマイペースで話を進める。 「混乱するのも無理は無いけど、 あなたアンドロイドなんでしょう? なら、まず目の前の事実を認めなさい」 私はうまく言葉が出ないので無言で頷く。 「あのねぇ、今の私を見てその調子じゃ、 夕飯の時に母屋に行ったら機能停止しちゃうわよ?」 「あ、は、はい。ですが、 私にはあなたがアンドロイドである事実が認識できないのです。 失礼ですが何か、決定的な証拠があれば…」 「証拠ね、お易い御用だわ。 ホラ、これが証拠よ」 少女が…デージーがおもむろにスカートを掴み、 ワンピースをたくしあげる。 履いている水色の下着が顕わになり、 そしてその上…へその周りには幾何学模様の黒いモールドが、 お腹にびっしりと入っていた。 「これ…は……?」 「赤ちゃんが私のお腹の中で窮屈にならないように、 成長に合わせて膨らむ仕掛けよ。 外はこれで済んでいるけど、 中は元のボディとは別物と言っていい位改造してあるの。 子宮内で赤ちゃんに栄養をあげる仕組み、 私が口径で食物を食べ、分解し動力に返還する仕組み、 不要な物を捨てる仕組み、お乳を作る仕組み。 全部後から付けたものよ。 それだけじゃないわ、OSも全部書き換えたし、 外皮だって培養品だけど、 人間の皮膚を移植してあるわ」 「そうまでして…」 「ええ、私はあの人との子を望んだの。 そりゃ一筋縄じゃいかなかったわよ? 沢山、本当に沢山の失敗があった。 でも、今はこうして自分の子供達と暮らせているんだもの、 やっぱり希望は捨てちゃダメね」 懐かしい物を見るような笑みを零す。 やはり分からない。 仕草だけならどんな最新のアンドロイドよりも、 ヒトに近い…いやここまで来たらヒトそのものなのだろう。 これだけのものを見せつけられてなお、 認識システムの分類はヒトなのだ。 「では、私もそれだけ改造すれば、 子を生む事が出来ると言う訳ですね」 「そうよ、産む事は出来るわ、“産む事”はね。 ところであなた、誰かイイ人はいるの?」 「それが交際している、好意を持っている等の意味であるなら、 答えは“ノー”です」 「やっぱりね…はぁ最近の若い子はどうしてこう、 結果ばかり求めちゃうのかしら。 よくない傾向ね。 …悪いけど、今のあなたには子供を持つのは無理よ」 「それは何故でしょうか?」 「だってあなた、 子供を産んだ先全く考えてないでしょう?」 「!?」 「図星ね。いい? 貴方がなんで子供が欲しいのかは後で聞くとして、 子供は産んでハイ終わりじゃないのよ? 生後2年位までは夜も寝る暇ない位忙しいし、 そこからだって言葉や、様々な道具の使い方、 しつけや教育、本当にやらなきゃいけない事がいっぱいあるわ。 これを全部あなたが“自分の意思”でやらなきゃいけないのよ? 誰の命令でも無くあなたが、自分で決めて行動するの。 これがどれだけ難しいか、わかるかしら?」 「あ……ああぁ…………」 私は愚かだった。浅はかな自分の思考に言葉が出ない。 「そうよ責任重大なんだから。 それでも…それでもあなたは産みたい? 自分の子供、欲しい?」 あれだけ切望していたのに、 今目の前にチャンスがあるのに、 私はどうしても“イエス”の3文字を口に出せなかった。 「…………」 「ま、今すぐ答えを出す必要もないわ。 焦らず、ゆっくり探しなさい。 あなた、どうせ仕事辞めてここに来てるんでしょう? なら、ここで働きなさいな。 人手はいくらでも欲しいし、 いろいろ勉強になる事も多いでしょうし」 「……分かりました。 まだ情報がうまく整理できてないですが、 ここはデージーさん、あなたの言葉に従います」 「よし、決まりね! じゃ、ちょっと早いけど母屋に行きましょう! 夕食の準備もあるし、 なにより、子供達にあなたの事紹介しなくっちゃ」 そう言ってデージーは、 家の奥へ消えていった。 呆然としながらも辺りを見回す。 と、壁にかかった写真に人相認識システムが引っ掛かる。 視点をズームし、写真の詳細を調べる。 そこには赤ちゃんを抱き幸せそうに微笑むデージーと、 隣で同じ様な表情を浮かべ、二人を両手で包む男が写っていた。 「これが、ウェルナー…」 その男は眼鏡の似合う男だった。 顔のパーツはどれも優しさを感じる作りだが、 目だけが確固たる意志と、 絶対の意志を宿していた。 「なーに?見入ちゃって。 何か面白い写真見つけちゃった?」 ピッチリとしたライダースーツに着替えたデージーが、 胸を揺らしながら近付いてくる。 「あー、懐かしいわね、コレ。 確か長男の生まれた時に撮ったやつね。 あの頃はいろいろ大変だったわ」 「この隣の方が、ウェルナーさんですか?」 「そうよ、カッコいいでしょう? 宇宙一素敵な人よ。これは間違いないわ。 それより、早く母屋に行きましょう?」 デージーの家を出発し、 私とトランクを乗せたホバーバイクが山の斜面を軽快に下っていく。 この後私は母屋で再度見る事になるのだ。 奇跡は確かに存在するという事を。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ それは立派な建物だった。 山と山の間に広がる平原の、ちょうど真ん中、 沢山のひまわりに囲まれた広場。 そこに17世紀の教会のような煉瓦作りの建物が、 どっしりと居を構えている。 高さは標準的なビル4階分はあるだろうか? 幅20M、奥行き35Mとなかなかのサイズだ。 屋根から突き出る煙突はすでに仕事をはじめ、 その頂上から揚げ物の匂いと共に、 黒い煙りをもうもう吹き出している。 家の横には、ホバーバイクやホバートラックが、 計10台程停まっていた。 「あら、ちょっと遅かったかしら? 仕込みを始めちゃってるわね。 さ、急ぐわよ!」 そう言って私はデージーの後について、 この雄大な建物の中に入って行った。
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