14通の手紙~1章~

 窓の外に広がる、無限の宇宙。
恒星間難民用のカーゴシャトルに乗ったのはもう二か月も前だ。
ここはアウター・リム。銀河の端っこにある小さな太陽系群。
そのうちの一つ、恒星ズベンを中心とする星系に所属する、
緑の惑星ウォルコット―――
表面積の実に50%が森であとは海と川。
気候、生態系ともに地球型に分類されている。
原住民はヒト科ネコ目、つまるところ獣人だ。
ちなみにDNA鑑定によれば通常の人類との生殖は可能とのこと。
文化は自然尊重主義で、豊富な土壌を活かした農耕が盛んである。
特に花の輸出は他の惑星に類をみないほど盛んで、
その品質は宇宙1と評されている。
標準言語は現地の言語の他に、
昔開拓しにきた人が、よほど熱心に教えたのか、
とても綺麗な銀河公用語を話すという。
開発は全くと言っていいほど進んでおらず、
未だ手つかずの貴重な自然と、のどかな風景が自慢だと、
私の持つ惑星データに記載されていた。
そんな辺境の惑星が私の旅の目的地だ。

 次世代の学習型保育用のガイノイドとして私は製造され、
研修期間の二か月以外はずっと朝から晩まで一日中子供達の世話をしてきた。
それが私のレーゾンテイルであり、アイデンティティだった。
このままいつか動けなくなるまで子供達の相手をしていく事に、
何も文句も不満も無かった。…あの時までは―――

 私が稼働してから5年目の春。
預けられた子供が、迎えにきた親に向かって走っていく。
保育の場ではありきたりな風景。
そこに私を揺るがす大きな発見があった。
子供たちが親に向ける笑顔と、
私に向ける笑顔に明らかな違いがある事に気付いてしまった。
頬の筋肉の動きがどの位違うと言った具体的なものではなく、
しかし、絶対的な差。
笑顔は副交感神経が活発に働く際の副産物として処理し、
子供が笑顔でいれば何の問題もない。
と、いうのが私のこれまでの知識だった。
相手が笑えば、こちらも笑う。
泣いていれば、少しだけ悲しい顔をして、
話を聞いてやれば子ども達はいずれ泣きやんでくれた。
私のプログラムにあらかじめ入っている行動パターンを、
子供達の個体差に合わせて微調整して対応すれば、
どんなパターンのトラブルにも対応出来た。
そして子供たちは笑いかけてくれる。

 「ジェシカせんせいありがとー!」と。

 その笑顔が私の真の意味での報酬だった。
申し訳程度に給料はもらっていたが、
私は専属のアンドロイドでは無かったので、
ほとんどはメンテナンスやエネルギー触媒に消えていった。
別に欲しいものなんて無かった。

その日発見した違和感が私の中で、
いつまでも拭えない。
“私の知らない笑顔”がある。…欲しい。
私にそんな機能はないが、喉からマニュピレータ―が出るほど欲しい。
その日から来る日も来る日も私のCPUは同じ試行を繰り返す。

 『どうやったら、子供達は私にもあの笑顔を向けてくれるのだろうか?』

 メインCPUのメンテナンス中以外はずっとこの事ばかり考えていた。
けど、いつも最終的にたどり着く答えはたった一つ。
“私が子供を産む”という物理的に不可能な答え。
法律でアンドロイドが子供を養うことは禁止されているので、
養子をとる事さえ許されない私には、他に選択肢が無いのだ。

その日以来、私は自分がひどく惨めなモノに見えてしょうが無かった。
プログラムによって誘導された笑顔で、達成感を得る日々。
別に社会的にはなんの問題もないし、
人間の保育士も経験で誘導して笑顔を作るのだろう。
なにより、アンドロイドの私には自分で自分の仕事を選ぶことはできない。
イワン君のように、

 「僕大きくなったら、コロニー公社でお父さんの仕事を手伝うんだ!」

 なんて行動の自由は持っていない。
それでも、例え、傲慢でも、我儘でも、贅沢でもいい。
たった一回だけあの微笑を私だけに向けてくれれば。
だから、あの笑顔が私に向けられるためとあらば、
どんな努力でも惜しまなかった。
―――効果が無いとわかっていても。

言葉がうまく喋れなくなるほど、
基幹行動プログラムを弄ってもらい、
行動を人間により近付けてみたり、
私は完全なヒューマノイドなので、
髪型をある子のお母さんそっくりに変えてみたりもした。
もちろん全部失敗だ。
私は悩んだ。
初めての挫折は文字通り私の膝を簡単に折ってくれた。

『何が学習型だ!!このポンコツめっ!!』

 だんだん惨めな自分自身に憤りを覚えてきたころに、
私はある噂を耳にした。

――とある惑星に人間とアンドロイドの夫婦が暮らしていて、
子供を産み、育てている―――

 話を初めて聞いた時は雷が直撃したような衝撃だった。
はじめは冗談だと思ったが、
今の私は藁どころか髪の毛にすらすがる他ない。
私はショートしそうな頭をぶんぶんと振り、
その希望にすがる事にした。
それからと言うもの、いろんな惑星の保育園を転々としながら、
その噂を必死に追いかけ続けた。

そしてついにその惑星の詳しい場所の情報を入手できたのだった。
別にガセであっても、私には時間がたくさんあるので気にはしない。
違ったらまた別を当たればいいだけだ。

 スリープモードで待機していた私に、
タイマーが、けたたましい音を頭の中にだけまき散らす。
アンドロイドを周りに示すためのレオタードの上に、
Tシャツとホットパンツに革のブーツを履いた体を動かし、
内部の動作確認を行う。
どうやら件の惑星に着く時刻のようだ。
ピントを調整しながら、窓の外に目を向ける。
私のアイ・カメラは深緑の美しい星を捉えた。
惑星の近くまで来ると乗り換え用のスペースポートで、
離着陸用の小さなシャトルに乗り換える。
だんだん近づいてくる緑。
待つのは無限かゼロか―――今の私にはわからない。

 ヘリポートのように簡素な飛行場に着くと、
シャトルから降り、地面を踏みしめる。
とうとうこの星にやって来たのだ。
手続きを済ませ、荷物を受け取り空港を出る。
私を出迎えたのは、眼前に広がるもはや別次元の景色だった。
まずホバーカーが無い。あるのは超旧式の車輪型のビークルだ。
データではここ空港一帯が一番栄えている筈だが、
目の前にあるのは形だけのロータリーと、小さな商店が二つ三つ。
ロータリーから延びるあぜ道は、どれも緑の地平線に向かって伸び、
その道にそってポツポツと煉瓦造りの家が建っている。
人影はほとんどなく、大きめの荷物を持った
頭から猫耳をはやした原住民が数人歩いている程度。
地面は有機栽培農家が涎を垂らしそうな、100%天然の土。
土ぼこりと言う言葉自体が埃をかぶる今の世では、
おそらく自然の土ぼこりを見れる星の方が少ないだろう。
ここはそのマイノリティーを地で行く惑星なのだ。
私はなんだか先行きが不安になってきた。
しかし、ここで論理的思考とにらめっこしていても、
次のシャトルは最速で3ヶ月後。
ならばこの星でやるだけやる時間はたっぷりある。
私はさっそく、形だけのロータリーを歩き回り、
聞き込みを開始した。

結果から言うと聞き込みは実にあっけなく成功した。
誰に聞いても、ほぼ同じ様な内容が返ってくる。

 「アンドロイドと人の夫婦?ああ、クルツさん夫婦の事ですね。
え?知ってるも何も、知らない人探す方が大変ですよ?
子供?えーと…たしか12人いて、
もうお孫さんも何人かいるみたいですよ。
ええ、一人生まれるたびに近隣の他の家族全部集めて、
ものすごいお祭り騒ぎしますから。
場所?ああ、山一つ向こうからまた山一つまであの夫婦の、
花園になってますから、行った方が早いですよ。
ほんとにキレーでびっくりしますよ。
どっちがアンドロイド?奥さんのデージーさんですよ。
この方も花に負けない位綺麗な人で、
おまけに年を取らないからうらやましい限りですよ。
肌なんて48歳なのにまだツルツルなんです。
まぁ当然と言えば当然ですけど。
あ、もう行くんですか?なら一つお願いしてもいいですか?
私から話を聞いたって言うのは内緒でお願いしますね。」

ビンゴだ!あの噂は本当だった!
実際にいる。子を産み母となったアンドロイドが。
早く会いたい。あって聞きたい。
その奇跡の秘伝を。
動力部の稼働音が昂ぶる。
私は自分の背ほどあるトランクを引きずり、
あぜ道を花園めざし一心不乱に歩きだした。

丘を越え、坂を上り、砂利道をトランクを抱えてひたすら歩く。
カシュン、カシュンといつもなら重苦しく聞こえる歩行音も、
今日はなんだか軽やかだ。
途中の森の中で、体がエネルギー触媒の交換を訴えてきた。
そう言えばシャトルの中では大半がスリープモードだったので、
一度も触媒を交換していなかった。
本当は一秒でも早く花園に着きたかったが、
休憩を兼ねて作業に入る。体がダメになっては元も子もない。
木の陰に隠れ、誰もいないことを確認し作業開始。
お気に入りのホットパンツを下ろし、
下着の役割をしているレオタードの、股間部のジッパーを下ろすと、
毛一本無い割れ目が姿を現す。
その割れ目を指で開き、年中ジェルを吐き出している、
人で言う膣の部分に、中指と人差し指を突っ込む。
膣内の外部圧力センサーの入力出力が高い個所…
人で言う気持ちがいい場所を、ぐちゅぐちゅと淫音を立て掻き混ぜる。
と、同時に視界の隅に黄色いゲージが出現する。
指で中をかき回すとゲージが徐々に増え、
それに伴い私に擬似快感信号が入力される。
快感と手の運動速度は二次曲線を描きながら上昇していく。
非効率な私の排泄システム―――
自慰または性交渉において、
膣を刺激することによって貯まるゲージを満タンにしないと、
排泄口が開かないという、
何とも私的な趣味にのっとった仕組み。
私自身は別に良いが、
アンドロイドとはいえ年頃の女性の姿をした者が、
自分の中に指を突っ込み無言で弄り回すのだから、
どうしたって人目についてしまう。
おまけに少しだが時間がかかってしまうのも痛いところだ。
汎用性とか、利便性とか、私の開発段階で、
このシステムに異を唱える者がいなかったのが不思議だ。

そうこうしているうちにゲージは確実に貯まり、
75%を超えた。ここを超えると私は、
自分の意志でこの行為を止めることは出来なくなる。
やがてゲージは100%に到達し、
カシュっと私の尿道から金属の誘導管が飛び出た。
私は特殊なカップをトランクから取り出し、
誘導管にあてがうと、
そこに蛍光イエローの液体を流し込む。
 
 次にカップの中に、
同じくトランクから出した蛍光レッドの液体を、
スポイトで二~三的垂らす。
後は蓋をして、カップごとトランクの中の特殊な装置内に安置し、
その装置内から蛍光ブルーの液体の入った別のカップを取り出す。
ヘソを指でクリックすると、
中から金属のチューブが顔を出す。
そのチューブにカップをあてがえば後は体が勝手に吸い上げてくれる。
これで触媒交換完了だ。
今回の旅に際し、高級品を用意したので、
あと20日は交換なしで行ける計算だ。
さらに高級品は再利用しても質が落ちにくい。
さっき出した廃液も15日もたてば、
またもとのブルーに戻るはずだ。
エネルギー触媒を交換してしまうと、
更新作業により二時間は体が動かない。
仕方がないので私は、
スリープモードにして待機することにした。

 体のシステムも回復した私は、
目的地までの歩みを進めた。
そして、後はこの標高600M級の山を越えれば目的地という所まで来ていた。

山道を登り、山頂まであとわずかという場所で、
突如もの凄い轟音が鳴り響き、
一筋の光が空に向かって伸びていった。
以前、紛争地帯の星で見た事があったので、
私はこれの正体を知っていた。

 「荷電粒子ビーム?いったい誰が何のために…」

 のどかな農耕の惑星で、
成層圏外を狙撃できる大口径高出力ビームが出るとは、
穏やかじゃない。
状況確認のために急いで山を越える。
山を越えた次の瞬間、私の目に不思議な光景が映った。

 そこはまたも別次元だった。
山から向こうの山まで、色とりどりの花の絨毯が
谷や、山肌、山と山の間の平原にびっしりと敷き詰められ、
その配色はさながら、虹を地面に貼り付けたようだった。
桃源郷―――本星の古い記録にある理想郷の名前。
実際に有ったとすれば、たぶんこんな風景だった筈だ。
さらに目を引くのは目の前にある高さ20M程の衛星掃射砲。
私は軍事用では無いので詳しいデータを持ってはいない。
が、この桃源郷を守るには充分過ぎる威力があるのだろう。
その砲手席に、
白いワンピース姿の少女が座り、
インカム越しに誰かと話している。
物理的にこの短時間で誰かと入れ替わるのは不可能な計算。
だとすればあのビームはこの娘が撃ったことになる。

「ゼフィ、どう?当たった?
…そう。で、向こうの機体は航行不能になったのね?
ならいいわ、あとは任せるからしっかりね。
ほら、大丈夫!そっちにはマリーも一緒にいるんでしょう?
…うん、なら心配ないw…」

 少女は、はっと何かに気付いたのか、こっちを振り向いた。
あらわになる少女の顔。歳は16~18くらいだろうか?
鼻筋のしっかり通った整った顔立ち、
優しさの漂う大きな瞳は、今はまん丸に見開かれている。
透き通るような白い肌は、
少し傾いて来た日差しに染まり、淡いオレンジ色を湛えている。
加えてシルクのように風にたなびく、
肩口で切り揃えられた亜麻色の髪。
誰がどう見ても、大美人だ。

 「いっけない!お客さまよ、いったん切るわ。
こらっ、いつまでも甘えないの!
大丈夫、あなたならできるわよ。
だからよろしくね、ゼフィ。
OKわかったわ、ご飯はチキンを多めにって言っといてあげる。
じゃあ切るわ。またあとでね。」

 そう言ってインカムを外し、
砲手席から立ち上がると、おとぎ話にぴったりな容姿の少女は、
私に駆け寄りぺこりとお辞儀をした。
近くで見ると、スタイルも中々だ。
計測では身長162cm、B86W56H88と
まるでモデルだ。
お辞儀を終えると、にっこりと満面の笑みを浮かべこう言ったのだ。

 「なんだか見苦しいところを見せてしまってごめんなさいね。
歓迎するわ、ようこそウェルナー花彩園へ!
さぁ立ち話もなんだから、私の家に行きましょう。
すぐそこだし、ね?」

 ウェルナー花彩園―――のちに私は此処が奇跡の住まう場所だった事を知る。

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