入り口にぴたりと先端を押しつけると全身が面白いように跳ねた。まな板の上の魚ように動かず四肢をだらりと投げ出している劉備。虚ろな目つきで明後日の方向を眺め口をぱくぱくする。ぐ、と押し込む振りをするとまたぎくりぎくり、恐怖に身体を強ばらせる。股を開くために握られている太股が痛む。痕が付きそうなほどの力。
 よく見えん。独り言と共に更に横に広げられる。尻がやや上向きになり穴が丸見えになった。今度は手を根本に添えて確実に挿入しようと試みる。手近にあった整髪用の油をたっぷり塗り込めたために上下に擦るとぬるぬるとした奇妙な感触が返ってきた。体温で溶けた油が尻の合間を伝って絹に黒い染みを作った。それだけではない。君主の上等な寝具の上は男二人が垂れ流した諸々の体液で全体がぐっしょりと濡れていた。特に枕元は劉備の零す涙やら涎やらで酷い有様だった。
 か細い声で泣き続ける君主。関羽は涎まみれの頬を軽く叩き顔を覗き込む。

「どうしました、大丈夫ですか」
 あぐあぐ口を開け閉めするだけで何も答えることはできない。また関羽が尋ねる。
「じゃあ、もう入れてもいいですか」
 うううぐ、と喉の奥を鳴らし眉を寄せる。言葉を紡ぐことができない役立たずな唇はただ震えるだけ。拒否の台詞が思いつかない。
「いいんですね。なら、入れます」

 真っ赤な顔でぜいぜいと息をして、無慈悲な台詞を耳に入れた。と同時に進入してくる異物。先端がずるりと肉に潜り込む。脳天まで響く、裂かれるような痛み。酒で多少鈍感になっているとは言え、入れてはいけない場所に入れられるのは恐ろしさも相まって凄まじい苦痛だ。歯を食いしばる。隙間から押さえきれない悲鳴が漏れる。肉食の獣に捕らえられたげっ歯類のような奇声。戦慄く唇を唇で宥め賺す。体重が一気にかかる。強い抵抗感の中、ず、ず、と半分方がめり込む。くぐもった悲鳴が骨を震わす。腰を器用に回し更に奥深くに潜り込もうとする。ああ、あ、あ。離した唇から涎と声が垂れ流しになる。足を両脇に抱える格好になる。腰を進めれば繋がりはより深く、甘やかに、痛ましくなる。
 ぴったりと重なった下半身。浮き出た腹筋の下の黒々とした茂みが結合部のすぐ上に覗いている。堅い肉に性器をぎっちりと食い締めされ脂汗が吹き出す。

 天井を睨みがくがくと体を震わせる劉備。いたい、いたいと歪んだ唇で繰り返し熱い涙をぽろぽろ流す。それを全く無視しさてどんな体位でいこうかと思案する関羽。ひょろりとした両足を肩にかけてみることにした。深い場所で小刻みに腰を動かす。ぬじゅ、じゅぷという音と共にねっとり絡みつくような感触。それでいて狭く堅い肉。生々しい直腸の温度。初物の旨さに涎が湧き出た。
 足首を掴み上に引き上げる。おしめを換える赤子のように尻が浮き上がり良い眺めだった。膝立ちの状態で盲滅法に打ち始める。絶え間ない破裂音と断続的な呻き声。劉備は天蓋を硬直した目で見詰め腹の底からずるずると這い上がってくる得体の知れない感覚をやり過ごす。下っ腹が熱い。気持ちいい。どうして、こんなヒドいことをされてるのに……。

 何か、良くないことをされているという自覚はあった。それでも普段仲間たちが繰り広げる猥談を意味もわからず笑っていたような、あるいは性行為そのものに対して一種幻想めいた甘い想像を巡らせていたような純な少年には男に犯されているというこの状況は到底理解できる事柄ではなかった。
 合意なしで行われる性行為の惨憺たる様も、男同士で交わるのには尻の穴を使うのだということも、そうなれば必ずどちらかが受け入れる側にならなくてはいけないということも今まさに自分がその受け入れる、蹂躙される側になっていることもなぜ自分がそうならなければならなかったのかも、わからない。知りたくもない。
 やだ、いやだ、どうしてこんなヒドいことを、と回らない口で繰り返す。ガクガクと上下する視界。身体に突き刺さる荒々しい熱。快感に歪む獣の声。滲む天蓋は棺桶の蓋の裏側だ。たすけて、たすけて。重い身体を無理に捻って逃れようとする。否、正確には快感を受け流そうとしている。押しつぶされる性感に、前が完全に上を向く。こんなの、いやだ。うそだ、うそだうそだうそだうそだ。嘘だ嘘だと繰り返し、呆然と涙を流せば終わりは案外近かった。一際大きな唸りの後、とろとろと腸内に流れ込んでくる生温い液体に一層の絶望を感じた。どうしてこんなことを。薄暗がりの中に部下の顔を探してもぼやけた視界では一向に見つからず深い喪失にさらされながらあっけなく意識を失った。




「あのう」
 上着を羽織り帯を腰にしっかりと巻き付けながら関羽が言う。
「その、申し訳ありませんでした」
 答えはない。劉備は今、掛け布を頭からひっ被り寝台の上でぶつぶつ言うのに忙しい。裸の膝を抱え絹に浮いた染みを据わった目で見つめている。
 おろおろ冷や汗を流す関羽は床に転がっていた人形を拾い上げ劉備の前に差し出した。ちらと見てから力無く首を振る。
「汚れちゃうから」
 消え入る語尾。膝に顔を埋め泣き始めてしまった。小さく鼻を啜る音だけが響く。
 関羽は深く嘆息すると主の傍らにどっかりと腰を下ろした。人形は脇に放り出してしまう。

「なんでぼくだったの」
 素直な疑問が口をついて出た。眉を寄せる部下を横目につっかえつっかえ続ける。
「なんでこんな、ひどいこと。女なら他にいくらでもいるのに」
「それは」
「ぼくが女みたいになよなよしてて弱っちいからだろ」
 止まらず溢れだした嗚咽。肩を抱き寄せ胸にしまい込んだ。抵抗する気力もないのか、劉備はぐったりと頭を男の胸板に預け身を震わせるだけ。
「どいつもこいつも、みんな馬鹿にしやがって。弱いから、頭が悪いから、体が小さいからって、みんながぼくをいじめるんだ、いじめるんだ! 」
 着物に縋り顔を歪め泣き喚く。布がずり落ち露わになった髪を柔らかく撫でると嗚咽がほんの少し軽くなる。
「君だけは違うと思ってたのに」
 弱々しい声。
「君もぼくをいじめるんだね」
「いいえ、違います」
 対してはっきりと響く声。驚いて顔を上げる劉備。当の本人は自分の発した思いがけない台詞に目をうろうろとさせる。目線を下ろせば期待の籠もった丸い瞳。あの、ええと、と言葉にならない言葉を零す。
 さてうまい言い訳があったものか。主を欲望のままに犯したとなっては下手すれば首をちょんぎられてしまうことだってあるかもしれない。そんなの御免だ。なんとかして言い逃れしなければ。

「わ、わたしは」
 完全に明後日の方向を見ながら言う。
「貴方と親しくなりたいと思ったからこの度、このようなことをしたのです」
 え、と目を丸くする劉備。主の間抜け面をちらと見て額に浮き出る脂汗を拭う。
「さっき貴方も仰っていたでしょう。私のことをもっとよく知りたい、仲良くしたい、と。私も気持ちは同じです。しかし身分の差というものがありますから、なかなか踏ん切りが付かず、お近づきになる機会にも恵まれず…今宵はいきなり一歩進んだことをいたして、大将殿には本当に申し訳ないと思っております、はい」
 普段寡黙な男の異様に饒舌な語り口を怪しむこともなく、劉備は徐々に表情を和らげ男の胸に寄りかかっていた。うっとりと閉じられた瞳。赤くなった目尻にまたうっすらと涙が滲む。
「……どうしました? 」
「うん、なんかうれしくて」
 小さく笑い頬を擦り寄せる。
「ぼく、あんまり人に優しくしてもらえることってないからさ、君がこんなにぼくのことを想ってくれてるってわかって、すごくうれしいよ」
「は、はあ」
「こんなぼくを好きになってくれるのなんて、きっと世界で君だけだよ。……そうだ、ぼくたちの絆が深まった記念に義兄弟って奴になってみない? 今夜はその契りの儀式なんだ…いいな、すごくロマンティックだ……。もちろん偉い方のぼくが兄で君が弟だよ」
 虚ろな目でぶつぶつ呟く劉備に腹の底がすっと冷えていく気がして関羽はもっと忙しく目をうろうろさせる。おぞましい体験を塗り固めようと楽観的な方向に解釈をし始めた劉備は関羽にとっては都合が良かった。しかし、気味が悪い。
 後々大いに困ったことになりそうな予感に関羽は眉間に皺を寄せ唸った。これならば欲張らずに遠くからその美しい心映えを眺めているに留めておけばよかった。しかしこれも身から出た錆、自業自得という他ない。関羽が軽い調子で劉備に同意すると、その瞬間から二人は義兄弟となった。

「兄者…とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「うん、いいよ」

 向き合い唇を重ね、舌を吸い合う。柔らかな粘膜をくすぐられ劉備は幸せそうに眉を寄せた。関羽は別の理由で眉を寄せたまま。名残惜しく唇を離し息を荒くする君主のその口端にはべたりと唾液が垂れ落ちていた。唇を歪め笑う。

「ねぇ、明日も明後日もその次の日も、毎日毎晩一緒にしようね。ね? 」
 真っ黒な双眼に映った男の顔はにこと笑い返そうとして、しかし無様にひきつっていた。